シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(8完)金獅子賞にコッポラ監督の「サムウェア」

2010/09/12

    

Venezia2010_245.jpg 最後に驚きが待っていました。タランティーノを長とする審査員団が金獅子賞に選んだのはソフィア・コッポラ=写真=の『サムウェア』。名前が呼ばれた瞬間、記者会見場で授賞式の生中継を見ていたプレスの間からブーイングの声があがりました。

 『サムウェア』は、ソフィアの個性が光る感じのいい小品ですが、イエジー・スコリモフスキやアレックス・デ・ラ・イグレシアの作品を抑えて金獅子賞という評価に納得のいかない人も多かったと思います。監督賞と脚本賞を受賞したイグレシアは手放しで喜んでいましたが、審査員特別賞と男優賞(ヴィンセント・ギャロ)のスコリモフスキは、"狙っていた賞は1つ(金獅子賞)だけ"と、ちょっと憮然としていました。

 下馬評が最も高く、私も金獅子賞を確信していた王兵の『溝』が無冠に終わったのは非常に残念でした。中国当局の反発を覚悟でコンペにエントリーさせたヴェネチア映画祭も同様だったようです。

 実は、初日の審査員記者会見で、ある記者からイランのジャファール・パナヒへのコメントを求められたタランティーノが、"政治的な発言はしない"と答えたのが私はとても気になっていました。パナヒの問題は政治的などではなく、映画作家の表現の自由への政治の干渉として、個々の映画人が自分の問題として受け取り、プロテストすべきものだからです。このレポートの(2)に引用したパナヒからの感動的な声明に対する返答としては、あまりにも冷たく、浅いと思いました。タランティーノが、もし、王兵の『溝』に対しても、パナヒに見せたような浅薄な考えから評価を下したのだとしたら、映画作家としてはともかく、人間としての資質には疑問を持たざるを得ないと思いました。

 私が個人的に嬉しかったのは、ギリシャの女性監督アティナ・ラシェル・ツァンガリの『アッテンバーグ』で主演を演じたアリアーヌ・ラベドが女優賞を受けたことでした。『アッテンバーグ』は思春期から大人の女になろうとする娘が、たった一人の女友達を相手に周囲の世界を知ろうとする様子と、死んでいく父親との関係を綴った作品です。特に友人も作らず、家族もおらず、社会の中で孤立した父娘の世界が、シンプルな表現の中に痛々しいまでに濃密に描かれていて、今年のコンペの作品で最も心を動かされた映画でした。

 

 ▽ヴェネチア映画祭2010受賞結果

金獅子賞(最優秀作品賞):『サムウェア』監督ソフィア・コッポラ
銀獅子賞(最優秀監督賞):アレックス・デ・ラ・イグレシア 『トランペットの悲しいバラード』

審査員特別賞:『エッセンシャル・キリング』監督 イエジー・スコリモフスキ

ヴォルピ杯男優賞:ヴィンセント・ギャロ 『エッセンシャル・キリング』

ヴォルピ杯女優賞:アリアーヌ・ラベド 『アッテンバーグ』 監督アティナ・ラシェル・ツァンガリ

マストロヤンニ賞(新人俳優賞):ミラ・クニス 『ブラック・スワン』監督ダーレン・アロノフスキー

オゼッラ賞(撮影賞):ミハイル・クリシュマン 『サイレント・ソウルズ』監督アレクセイ・フェドルチェンコ                         

オゼッラ賞(脚本賞):アレックス・デ・ラ・イグレシア 『トランペットの悲しいバラード』

特別獅子賞:モンテ・ヘルマン これまでのすべての作品に対して

 
20100912_05.jpg監督賞と脚本賞のアレックス・デ・ラ・イグレシア



20100912_04.jpg審査員特別賞のイエジー・スコリモフスキ



20100912_03.jpg特別獅子賞のモンテ・ヘルマン


20100912_02.jpg女優賞のアリアーヌ・ラベド


20100912_01.jpg 撮影賞の『サイレント・ソウルズ』の監督
アレクセイ・フェドルチェンコ
 
(齋藤敦子)

(7)スコセッシの思い 「エリアへの手紙」

2010/09/12

 今年は日本映画の取材が多く、コンペ以外の部門の映画を見る機会が少なかったのが残念でした。特に楽しみにしていたイタリアのコメディ映画の特集には、ほとんど行けず、唯一の例外が開催日前日に見たディノ・リージの『女の香り』で、名優ヴィットリオ・ガスマンの物故10周年を記念しての上映でした。

Venezia2010_013.jpg 『女の香り』は、『セント・オブ・ウーマン』の題名でハリウッドでリメイクされ、ガスマンが演じた盲目の退役軍人役をアル・パチーノが演じていました。2本を見比べると、プロットの流れに納めるために枝葉を切ってシンプル化していくハリウッドと、面白いものは何でも取り入れ、夾雑物を整理せず、パワーで押し切ってしまうイタリアの映画作りの違いが見えてきて興味深いと共に、一見傲慢で、ちょっとエッチで、実は純情で愛すべき軍人を演じたガスマンの見事な演技を堪能しました。

 実は、今年の映画祭で私が最も感動した映画は、特別招待作品として上映されたマーティン・スコセッシ&ケント・ジョーンズ共同監督の『エリアへの手紙』でした。

 エリアとはエリア・カザンのこと。カザンが1998年にアカデミー名誉賞を受けたとき、会場はスタンディングで栄誉を称える人たちの中に、カザンが赤狩り時代に仲間を裏切った行為を許さず、拍手を拒否して席に座り続けた人たちがいて、異様な雰囲気に包まれました。そのときに壇上でカザンを支えていたのがスコセッシでした。当時テレビ中継でその模様を見たとき、スコセッシは必ずカザンについての映画を作るだろうと私は確信したのですが、そのときのスコセッシの無念の思いがこの映画に結実したような気がしました。

 『エリアへの手紙』は、同じ移民の子として生まれ、同じ映画の道に進んだスコセッシが、カザンの人生をたどりながら作品を解説していくという内容ですが、その中でスコセッシ自身は自分の心情を正直に吐露しています。特に『エデンの東』に描かれた善い兄アロンと悪い弟キャルの関係を、自分と兄の関係に引き写して語るところなど、胸に痛く響いてきました。長年親交がありながら、面と向かって言えなかったカザンへの感謝を、スコセッシが声を詰まらせながら言うエンディングには特に感動しました。

 写真は、最終日11日昼に開かれた3Dアワードの記者会見で、左から、今年審査員長を務めた清水崇監督、日本映画研究家のロベルタ・ノヴィエリ、映画祭ディレクターのマルコ・ミュラーの各氏です。今年の3Dアワードは、ジェームズ・キャメロンの『アバター』と、ディーン・デュボワ&クリス・サンダース共同監督の3Dアニメ『ヒックとドラゴン』が受賞しました。

(齋藤敦子)

(6)国際的評価を受ける日本人監督、園子温と三池崇史

2010/09/11

 日本では酷暑が続いているようですが、今年のヴェネチアは中盤から下り坂で、最高気温も20度程度しかなく、何度も雨が降るあいにくの天候です。老朽化したカジノの会場は雨漏りがひどく、プレスルームのコンピュータが水に濡れてダウンし、ますます新宮殿の完成が待ち遠しいところです。

  映画祭も終盤に入った7日にオリゾンティ部門で園子温監督の『冷たい熱帯魚』の公式上映があり、翌8日に記者会見が行われました。写真上はそのときの模様で、左からでんでん、黒沢あすか、園子温監督、吹越満の各氏です。

  『冷たい熱帯魚』の主人公は、若い後妻と娘の折り合いが悪く、家庭が崩壊しつつある社本(吹越満)。熱帯魚店を経営する彼は、万引きで捕まった娘を助けてもらった縁で、同業者の村田(でんでん)という男と知り合います。大規模な熱帯魚店を経営し、羽振りのいい村田には年の離れた妻の愛子(黒沢あすか)がいて、二人は娘の就職の世話をしてくれたり、なにくれとなく社本に親切にしてくれます。ところがある日、立ち会ってくれと連れて行かれた会議室で、社本は悪魔のような二人の本性を知り、とんでもない犯罪に引き込まれてしまうのです。

 園子温監督は、実際にあった事件(埼玉愛犬家殺人事件)の資料を克明に調査し、それを基にして、崩壊していく家族という自分のテーマを盛り込んだのだそうです。途中から村田夫婦が殺した遺体を解体するところなど残酷な描写がエスカレートしていくので、関係者は観客の反応を気にしていましたが、過去の作品で園監督の作風は国際的に知られており、残酷さと滑稽さが表裏一体になった描写に何度も笑いが起こって、心配は杞憂に終わりました。

Venezia2010_Day8.jpg そして2日後の9日夜、コンペのもう1本の日本映画、三池崇史監督の『十三人の刺客』の公式上映が行われました。写真中はレッドカーペットの模様で、左からプロデューサーのジェレミー・トーマス、山田孝之、三池崇史監督、役所広司の各氏です。

  『十三人の刺客』とは、もちろん工藤栄一監督の傑作『十三人の刺客』のリメイク。工藤作品の筋をほぼ忠実にたどりながら、現代風なアレンジを加えたもの。今や日本映画を代表する国際派となった役所広司が13人のリーダー、島田新左衛門を、山田孝之が甥の島田新六郎を演じています。オリジナルでは片岡知恵蔵と里見浩太朗が演じた役だと思うと隔世の感がありますが、敵方も53騎から200騎、歩行(かち)の侍を含めると300人以上と、大幅にスケールアップしています。

Venezia2010-Day11.jpg 公式上映の行われた会場、定員1100人のサラ・グランデはチケットがソールドアウト。満員のファンが立ち上がって三池崇史監督一行を待ち受けるという熱狂的な歓迎で始まり、上映が終わったときにもスタンディングで大喝采。なかなか帰らない観客に向かって、三池監督が、"この後、『ゼブラーマン2』の上映がありますので"と日本語で退出を促す一幕もありました。

(齋藤敦子)

(5)国内タブー破る中国映画「溝」

2010/09/09

 映画祭の中日にあたる5日の夜、コンペ部門の中国映画、ツイ・ハークの『通天帝国』の上映が行われました。通天とは、唐を倒して自分の王朝を立てた、日本では則天武后の名で知られる武則天のこと。武則天(カリーナ・ラウ)の戴冠記念に創られた巨大な菩薩像の建設中に起こった謎の殺人事件を、前帝の時代に諫言して牢に入れられていた狄仁傑(アンティ・ラウ)が解決するという時代アクション映画です。ちなみに狄仁傑とは、皇帝にも恐れず諫言する剛胆な性格を武則天に気に入られ、低い身分から宰相にまで出世したという実在の人物です。

 今年、名誉金獅子賞を受賞するのが香港映画の雄ジョン・ウーということで、彼の新作『剣雨』の記念上映がありました。『剣雨』は、不思議な力を持つという高僧のミイラを手に入れようとする謎の暗殺集団の女剣士の物語で、ミッシェル・ヨーと韓国のチョン・ウソンの共演が話題です。中国映画は他にアンドリュー・ラウが日本占領時代の上海を舞台に、日本の帝国主義支配に抵抗するカンフーの達人(ドニー・イェン)の活躍を描いた『精武風雲』がコンペ外特別招待作品として上映されました。

 いつもコンペに複数の映画がエントリーしてくる中国としては寂しい年かと思っていたら、6日にサプライズ作品として上映された映画が、コンペの2本目の中国映画で、まさに驚きの作品でした。

 それは、『鉄西区』などで知られるドキュメンタリー作家王兵の『溝』。王兵監督初めてのフィクション映画ということも驚きですが、その内容がさらに驚きなのです。というのも、今も中国でタブー視されている問題を扱っているからです。

 毛沢東時代の中国で、1956年の百花斉放百家争鳴運動を批判した知識人を弾圧するため、1957年から1961年にかけて、単に教師や医者だというだけで全国で40万人以上の"インテリ"が逮捕された、いわゆる反右派闘争が起きました。『溝』が描いているのは、中でも最も過酷な、モンゴルとの国境に近い砂漠の収容所に入れられた人々の運命です。この収容所では40人ほどの定員の施設に3000人が詰め込まれたため、入りきれない人々は砂漠を掘った、収容所とは名ばかりの"溝"に入れられました。おりしも当時の中国は、毛沢東の指導による大躍進政策が失敗し、全国で2千万人とも3千万人ともいわれる餓死者を出した飢饉のまっただ中。辺境の収容所に回される配給もなく、ネズミから雑草、果ては他人の吐いた吐瀉物まで、食べられるものは何でも食べ、ついには死んだ仲間の遺体から服を剥いで食べ物と交換したり、死体を切り取って食べたりという地獄のような状態になっていきます。

 未だにタブーとされている内容だけに、中国からの資本は一切入らず、フランス・ベルギー合作で製作され、撮影自体もゴビ砂漠で秘密裏に行われたそうです。王兵監督は、中国でこの映画が見られる日は、あと30年は来ないだろうと語っていました。

 
220909_05.jpg 
 写真は王兵監督の記者会見の模様で、真ん中が監督、左右が出演者で、二人とも演劇学校を出たばかりの新人だそうです。

(齋藤敦子)

(4)面白かった2女性監督の作品

2010/09/09

 今年のコンペ作品は24本。去年が25本だったので1本少なくなっていますが、カンヌ映画祭が19本だったことを考えると、ぐっと多いですし、オリゾンティ部門の長編28本、短編36本の他に、イタリアの新人を発掘するコントロカンポ・イタリアーノ部門、作家の日々部門、批評家週間部門があり、この他に特別招待作品とイタリアのコメディ映画特集が加わるので、会期はカンヌより1日少ないながら、かなり見応えのある映画祭になっています。これで2年後に新宮殿が完成すれば、リド島という地の利のなさと狭さという欠点を乗り越え、ヴェネチアの念願だったマーケットを拡充し、業者を呼び込むことも可能になってくるかもしれません。

 さて、去年は8本と例外的に多かったコンペ部門のアメリカ映画ですが、今年も、オープニングのダレン・アロノフスキー『ブラック・スワン』、ソフィア・コッポラの『サムウェア』、ヴィンセント・ガロの『水に書かれた約束』、モンテ・ヘルマンの『ロード・トゥ・ノーウェア』、ケリー・ライカートの『ミークズ・カットオフ』の5本で最多、ニューヨーク生まれのジュリアン・シュナーベルがフランス・インド・イスラエル・イタリア合作で撮った『ミラル』を加えると6本になります。

 中でも面白かったのは、ソフィア・コッポラとケリー・ライカートという2人の女性監督の作品です。

 『サムウェア』の主人公はハリウッド・スターのジョニー・マルコ(スティーヴン・ドーフ)。今、仕事のない彼は、黒いフェラーリを乗り回したり、住みかとしているホテルの部屋に女性を呼んでショーをさせたり、毎日をぼんやり過ごしている。そこに、別れた妻から11歳の娘クレオ(エル・ファニング)を預かることになり、無意味な人生の無意味さに直面させられる、というもの。『ニューヨーク・ストーリー』の中のフランシス・フォード・コッポラが監督した『ゾーエのいない人生』という1編に、ニューヨークでホテル暮らしをするショービズ業界で生きる両親を持った娘を描いたものがありましたが、あの娘を父親に置き換えた版といったらいいでしょうか。映画一家に生まれ、ショービズ業界のまっただ中で育ったソフィアの個人的な体験が見え隠れするような作品でした。

 一方の『ミークズ・カットオフ(ミークの近道)』の舞台は1845年のオレゴン。開拓者による入植が始まった頃、ソロモン・テスロー(ウィル・パットン)、エミリー・テスロー(ミッシェル・ウィリアムズ)ら3家族の幌馬車隊を率いて、山男のスティーヴン・ミーク(ブルース・グリーンウッド)がカスケード山脈を越えようとするが、ミークが案内した近道をとったおかげで、荒涼とした原野に迷い込んでしまう、というもの。

 実際にあった出来事を克明に映画化した、一見ニューエイジ風西部劇ですが、脚本のジョン・レイモンドによれば、映画のヒントを得たのは数年前にオレゴンで起きた住宅バブルだったそうで、道を知らない案内人に未来を託した3家族とは、ブッシュ政権(あるいはオバマ政権)下のアメリカの暗喩なのでした。映画の途中で、ミークがインディアンを捕まえてきて、彼に道案内させることになるのですが、言葉も文化も違う異分子の登場で一行の中に緊張感が生まれるところなどは、9.11以降のアメリカ社会でのアラブ人への対応を思わせました。

 実は映画を見た後、偶然レストランでミークを演じたブルース・グリーンウッドさんと隣の席になったので、3家族が水を求めて荒野をさ迷い続ける映画のエンディングのことを聞いてみました。「あの後、彼らに待っているのは死なのか、救いなのか、それは誰にもわからないんですよ」とのこと。確かに、道を知っていると信じた案内人に未来を託したアメリカ(あるいは日本)の行く手に何が待っているのか、それは今の私達の誰にもわからないのです。



220909_04_01.jpg

220909_04_02.jpg写真上は、新宮殿建築のために掘り返されたカジノの前の広場。
写真下は、カジノの横に設けられた今年の入口とムービー・ヴィレッジのチケット売り場です。

(齋藤敦子)

(3)物議醸した非商業的な「黒い羊」

2010/09/06

 去年は『ビデオクラシー』の予告篇放送拒否事件があって揺れた映画祭ですが、今年もちょっとした物議を醸す事件があったようです。その映画が、イタリア映画のトップバッターとしてコンペに登場したアスカニオ・セレスティーニの『黒い羊』。

 母親が精神疾患で死んだあと、家族に顧みられず、祖母に育てられていたニコラ少年が、兄たちが起こした事件の責任を負わされて修道女が管理する精神病の療養所へ入れられ、そこで"治療"を受けさせられて、かえって精神障害を発症してしまう、というようなストーリー。初監督兼主演のセレスティーニが舞台で何百回も演じてきたニコラの物語を映画化したもので、題名の"黒い羊" とは"のけ者"という意味。フランスのル・モンド紙は"ゴーゴリの<狂人日記>と同じ種類の傑作"と評していました。

 この映画がなぜイタリアで物議を醸したのかといえば、精神病を扱った内容ではなく、新人監督の非商業的な作品が、ベテランで評価の高いプピ・アヴァティの新作を押しのけてコンペに選ばれたからだそう。2008年の金融恐慌に端を発する世界恐慌で、ご多分に漏れずイタリアでも文化に割かれる予算が大幅に削られ、映画の製作本数も激減しました。

 映画祭をショーケースとして役立てようとする業界側は、アヴァティのような安定感のある作品が選ばれ、興行に繋がっていくことを望んだのでしょうが、映画祭はセレスティーニの作品を選ぶことによって、商業的な成功より、芸術性とオリジナリティの重要さを暗黙の内に示したのだといえるでしょう。

220906_01.jpg さて、『ノルウェイの森』の公式上映の翌日、2本目の日本映画、和田淳監督の短編アニメ『春のしくみ』がオリゾンティ部門で他の短編作品と合わせて上映されました。和田監督は1980年生まれの30歳。春が来て子供達やカエルやカメなどの動物たちがユーモラスに動き出す様(和田監督によれば、"春のうずうず感")を綴った4分のアニメーションで、ところどころで会場から笑いが起こっていました。写真は上映後にクラブ・オリゾンティで開かれた記者会見の模様で、右から2人目が和田淳監督です。

(齋藤敦子)

(2)今も軟禁状態が続くパナヒ監督の「アコーディオン」

2010/09/04

 実はヴェネチアではオープニングの前日から上映が始まるのですが、そこでジョルナーテ・デリ・アウトーリ(作家の日々)という部門に出品されているイランのジャファール・パナヒ監督の『アコーディオン』という短編を見ました。これはパナヒが3月にイラン政府によって拘束される以前に作られた9分の短編で、幼いストリートミュージシャンの兄妹が、うっかりモスクのそばで楽器を演奏したために、兄のアコーディオンを取られそうになるが...、という内容の小品ながら心温まる作品でした。

 パナヒは審査員に選ばれたカンヌに来ることが出来ず、不当な拘留に抗議して拘置所でハンガーストライキを行ったことは、カンヌのレポートに書きましたが、映画祭終了直後に釈放され、自宅に戻ったものの、今も軟禁状態が続いています。ヴェネチアも彼を映画祭に招待したのですが、"公判が終わるまで"という理由で当局から国外に出る許可が下りないのだそうです。9月1日にパナヒから映画祭に送られてきた声明が公表されました。

 それによると、"世界中の映画作家や映画ファンは、文化の違いにもかかわらず、ひとつの声で結ばれたコミュニティなのだと感じ、自分もまた、この国際的な映画コミュニティの栄誉ある一員であると思うことが獄中での強い支えになった"とのこと。そして最後は、次のような文章で結ばれていました――"私に送られたすべての支援には、映画を信じ、映画作家の表現の自由を信じる多くの個人または組織からのものもあったように思います。いつか世界中の政府がこの信念を分かち持つ日が来ることを共に祈りましょう"。
 
Venezia2010 Day3 010.jpg さて、開幕翌日の2日、日本映画の先陣を切って、『ノルウェイの森』の公式上映が映画宮殿のサラ・グランデで行われました。写真はその日の午後に行われた記者会見の模様で、左から松山ケンイチ、水原希子、菊地凛子、トラン・アン・ユン監督です。会場には、香港や台湾のジャーナリストも詰めかけ、つたないながら日本語で質問する中国人記者も現れ、村上春樹の人気ももちろんですが、昨今の日本文化の浸透ぶりが伺えました。ラオスで生まれ、幼い頃にフランスに移住し、フランス文化の下で育った"国際人"トラン・アン・ユン監督の演出と台湾の名撮影監督リー・ピンビンによる美しい映像、日本人の俳優、スタッフとのコラボレートによって出来上がった作品は、広い意味で"アジア的"な作品になっていました。

 

(齋藤敦子)

(1)「ブラック・スワン」で開幕

2010/09/02

220902_03.jpg 第67回ヴェネチア国際映画祭が9月1日の夜の『ブラック・スワン』の上映から始まりました。
   日本では酷暑が続いているようですが、ヴェネチアでは最高気温が27,8度程度なので、連日35度を超える東京から来ると、ぐっと涼しく感じます。リド島の会場は、去年から開始された新しい映画宮殿の建設が2年目に入り、プレス・センターのあるカジノ前の広場も掘り返され、いよいよ手狭になってきた感があります。新宮殿の完成予定は2011年末から2012年初頭にかけてなので、来年の映画祭もまだ今のような状態で続けられるとのことです。写真上は開会式が行われる映画宮殿前の模様で、足場の悪さにもかかわらず、レッドカーペットを歩くゲストを一目見ようと、大勢のファンが集まっていました。

 去年はアメリカ映画が多い年でしたが、今年は例年になく日本映画の多い年になりました。その内訳は、コンペ部門にトラン・アン・ユン監督の『ノルウェイの森』と三池崇史監督の『十三人の刺客』の2本、オリゾンティ部門に園子温監督の『冷たい熱帯魚』と和田淳監督の短編アニメ『春の仕組み』の2本がエントリーし、賞を競います。三池監督は、『ゼブラーマン』と『ゼブラーマンゼブラシティの逆襲』がコンペ外招待作品としてミッドナイト上映されますし、3Dアワードの審査員長に清水崇監督が選ばれ、『戦慄迷宮』が上映されることになっています。

220902_01.jpg オープニングを前にした9月1日の午後、審査員の記者会見が開かれました。今年の審査員は、クエンティン・タランティーノを長として、映画監督のアルノー・デプレシャン、ルカ・ガダニーノ、ガブリエーレ・サルバトーレス、脚本家のギジェルモ・アリアガ、作曲家のダニー・エルフマン、女優のインゲボルガ・ダプクナイテの7人です。写真中は、そのときの模様で、プレスに向かってVサインするタランティーノ審査員長。左が映画祭ディレクターのマルコ・ミュラー、右が作曲家ダニー・エルフマンです。

220902_02.jpg 写真下は、引き続き行われたオープニング作品の『ブラック・スワン』の記者会見の模様で、左から監督のダレン・アロノフスキー、右が主演のナタリー・ポートマンです。アロノフスキーは2年前に『レスラー』で金獅子賞を獲得しています。どさ回りのプロレスの世界から高尚なバレエの世界へ驚くような方向転換ですが、アロノフスキーは"両方ともパフォーマーが自己表現の手段に肉体を使うという点で似ている"と語っていました。

(齋藤敦子)
1