シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(8完)「KOTOKO」にオリゾンティ賞/「ヒミズ」の染谷将太さん、二階堂ふみさんにマルチェロ・マストロヤンニ賞

2011/09/12

20110911_01.jpg 映画祭最終日の午後、副会場のペルラでオリゾンティ部門の授賞式が行われ、見事、塚本晋也監督=写真左から2人目=の『KOTOKO』が最高賞であるオリゾンティ賞を受賞しました。30分前に受賞したと聞いたばかりと言う塚本監督は、まだ実感が沸かないと驚きの表情でしたが、映画の撮影直前に震災が起こり、「子育てに神経質になる母親達の姿が琴子に重なり、そういう母親達への応援というとオーバーだけれども、そんな気持ちになって作った。それが普遍的なものに迫れて、今ならではの映画になったのではないか」と語っていました。

 同日の夜7時から主会場のパラッツォ・デル・チネマでコンペティション部門の授賞式が行われ、園子温監督の『ヒミズ』に主演した染谷将太さんと二階堂ふみさんが、新人俳優に贈られるマルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞。日本映画が二部門でそれぞれ受賞を果たし、最高の幕切れとなりました。日本に帰国している二人に代わって、園子温監督が壇上でトロフィーを受け、「これからの世界で生きる若い人たちにこの映画を捧げます」と英語で感謝の言葉を述べました。

 最高賞の金獅子賞を受賞したのは、ロシアのソクーロフ監督の『ファウスト』。ゲーテの<ファウスト>のエッセンスをソクーロフ流に映画化したもので、ファウストの悩みが映像と音の奔流となって画面から溢れ出てくるような作品でした。

 審査員特別賞の『本土』はシチリア島の貧しい漁師の祖父と孫が、海で漂流していた不法移民を助けたことから巻き起こる問題を描いたもので、ルキノ・ヴィスコンティの名作『揺れる大地』を意識した、その現代版のような作品。男優賞のファスベンダーと女優賞のディニー・イップは私の予想通り。

 撮影賞の『嵐が丘』はエミリー・ブロンテの名作をヒースクリフを黒人にするなど大胆に脚色したもので、小説の真の主人公といってもいいヨークシャーの荒野が見事に映像化されていました。脚本賞のヨルゴス・ランティモスは2年前に『犬歯』でカンヌ映画祭のある視点賞を受賞した新鋭で、今回もまた、瀕死の人や死者の家族の要求を叶える"アルプス"という名の不思議なグループを描いた不思議な作品でした。

 今年は、どの賞も納得で、違和感を感じた去年の受賞結果は論外として、とてもバランスがいい、審査員のセンスがよくわかる受賞結果になっていると思います。 
<ヴェネチア映画祭2011受賞結果>

●コンペティション部門
金獅子賞:『ファウスト』監督アレクサンドル・ソクーロフ(ロシア)

銀獅子賞(監督賞):蔡尚君『人山人海』(中国・香港)

審査員特別賞:『本土』監督エマヌエーレ・クリアレーゼ(イタリア)

ヴォルピ杯 男優賞:マイケル・ファスベンダー(イギリス) 『恥』監督スティーヴ・マックィーン

女優賞:ディニー・イップ(中国・香港) 『桃姐』監督アン・ホイ

マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞):染谷将太、二階堂ふみ(日本) 『ヒミズ』監督 園子温

オゼッラ賞
撮影賞:ロビー・ライアン(イギリス) 『嵐が丘』監督アンドレア・アーノルド

脚本賞:ヨルゴス・ランティモス、エフティミス・フィリッポウ(ギリシャ) 『アルプス』監督ヨルゴス・ランティモス

未来の獅子賞(新人監督賞):『向こう』監督グイド・ロンバルディ(イタリア)


●オリゾンティ部門
オリゾンティ賞:『KOTOKO』監督 塚本晋也(日本)

審査員特別賞:『娼婦の栄光』監督ミヒャエル・グラウォッガー(オーストリア・ドイツ)

●名誉金獅子賞:マルコ・ベロッキオ

●監督ばんざい賞:アル・パチーノ

●FIPRESCI賞(国際映画批評家連盟賞)
コンペティション部門:『恥』監督スティーヴ・マックィーン

オリゾンティ&批評家週間部門:『海での2年』監督ベン・リヴァース(イギリス)

20110911_01.jpgオリゾンティ賞授賞式の塚本晋也監督、左は審査員長のジャ・ジャンクー


20110911_02.jpg新人監督賞グイド・ロンバルディ監督、右は審査員長のカルロ・マッツァクラーティ


20110911_03.jpg撮影賞ロビー・ライアン


20110911_04.jpg脚本賞ヨルゴス・ランティモス監督(左)とエフティミス・フィリッポウ


20110911_05.jpgマルチェロ・マストロヤンニ賞園子温監督


20110911_06.jpg女優賞ディニー・イップ


20110911_07.jpg男優賞マイケル・ファスベンダー


20110911_08.jpg審査員特別賞エマヌエーレ・クリアレーゼ監督


20110911_09.jpg銀獅子賞蔡尚君監督


20110911_10.jpg金獅子賞アレクサンドル・ソクーロフ監督

(齋藤敦子)

(7)母子愛に共感 塚本監督の「KOTOKO」

2011/09/10

20110910_01.jpg
 映画祭の終わりが近づいた8日の夜、オリゾンティ部門で塚本晋也監督の『KOTOKO』と、水江未来監督の短編アニメ『モダンNo.2』の公式上映が行われました。

 『KOTOKO』の題名は、沖縄出身のシンガーソングライターCocco(こっこ)が演じる主人公のシングルマザー、琴子のこと。幼い息子を一生懸命に育てているが、あまりに一生懸命すぎてうまくいかず、自傷癖があり、歌っているときだけ不安が消える、そんな不器用で繊細な女性の生き方を描いたものです。

 塚本監督は、7年前に『VITAL』のエンディングテーマ曲にCoccoから作品を提供してもらって以来、ずっと彼女との映画作りを考えていたのだそうです。彼女から聞き出した話を基に脚本を書き、どこからどこまでと分けられないくらい密接に協力しあいながら作り上げていった作品とのこと。母子の愛情という、今までの塚本作品にはなかったテーマを、これこそ塚本作品としか言いようのない作品に仕上げていました。

 写真上は、公式上映後に拍手を受ける塚本晋也監督。母子愛という普遍のテーマがイタリアの塚本ファン層を大幅に広げたようで、大勢の人々が会場から去らずに拍手を送ってくれました。翌9日にオリゾンティ部門の記者会見が行われ、そのときにうかがった話によれば、『KOTOKO』もまた、撮影に入る直前に震災が起こって、一時は撮影不可能かとも思われたそうです。が、震災後の放射能問題で、様々な母親達を身近に見て、大事なものを大事に育てることの難しさを肌で感じたことが映画に反映されたのではないか、とのことでした。

 今年の映画祭はいろいろな新機軸がありましたが、一番大きな変化が、映画祭のIT化です。その1つが、今年からチケットがネットで買えるようになったこと。これで自宅のパソコンでチケットを購入し、プリンターで印刷した紙を持ってくるか、あるいはスマートフォンにダウンロードした画面を入口で見せればよく、窓口に長い列を作る必要がなくなりました。写真下は、『ヒミズ』の上映の際、スマートフォンを持っていた男性に見せてもらった"チケット"です。また、今年はプレスルームのパソコン持参者用の場所が(やっと)広くなったり、オリゾンティ部門の上映作品の情報が毎日メールで届くようになったりしました。
20110910_02.jpg
(齋藤敦子)

(6)サプライズは蔡尚君監督の「人山人海」

2011/09/09

 『ヒミズ』の上映と同じ6日、コンペ部門の23本目となるサプライズ映画がベールを脱ぎました。それが中国の蔡尚君監督の『人山人海』です。レポート(1)で、今年は中国本土の作品がないという質問がディレクターの記者会見で出たことには触れましたが、そのときマルコ・ミュラーが奥歯に物の挟まったような答え方をしていたのには、こういう理由があったのだと、ようやく腑に落ちました。

 サプライズ映画でコンペというと、北野武監督の『TAKESHI'S』のように、映画祭開幕前にイタリアの新聞に書かれてしまったような"驚き"のない場合もありますが、今回の中国映画は検閲を受けずに製作された作品で、外国の映画祭で上映する許可も受けていないため、中国当局から横やりが入らないよう、上映日まで情報が固く守られていました。

 『人山人海』は、実際に起こった事件を基に作られたフィクションで、刑務所を出たばかりの男に弟を殺された兄が、犯人に復讐するために男を追って各地をさまよい、ついには非合法の炭鉱にたどりつくというストーリー。題名は黒山の人だかりという意味だそうです。

CIMG3057.JPG 劣悪な労働環境にある炭鉱を描いたのが、検閲に触れる恐れがあったのではないかと言われていますが、映画のテーマは復讐ではなく、復讐をきっかけに人生のノーマンズランドに迷い込んでいく男の彷徨を描いたもの。特に冒頭の白い岩の荒野で、弟が殺される場面の何気ない恐怖の描写に、監督の並々ならぬ映画センスを感じました。写真は夜のプレス上映のときの模様で、中央の恰幅のいい坊主頭の眼鏡の男性が蔡尚君監督です。

 去年の王兵監督の『溝』(日本公開題『無言歌』)もサプライズ映画でコンペでしたし、2006年にもジャ・ジャンクー監督の『長江哀歌』がそうでした。サプライズ映画は上映日まで映画の一切の情報が流せないために不利なように思われますが、『長江哀歌』の場合は見事に金獅子賞を受賞しています。さて、『人山人海』はどうでしょうか。

 これで中国映画は全部で4本がコンペにエントリーすることになりましたが、中でも香港のベテラン女性監督アン・ホイの『シンプル・ライフ(桃姐)』をとても面白く見ました。映画は、香港に住む映画のプロデューサーと、彼の家に60年4代に渡って仕えたメイドのタオチェ(桃姐)との交流を描いたもの。香港のアパートで独身生活を送るロジャー(アンディ・ラウ)を実の母以上の愛情で世話していたタオチェ(デニー・イップ)が、脳梗塞で倒れ、老人ホームに入って亡くなるまでを、さすがアン・ホイと思わせる緻密で丁寧な描写で、心に響く感動作に仕上げていました。映画プロデューサーの実話の映画化ということで、映画監督のツイ・ハーク、サモハン、アンソニー・ウォンら、多くの香港映画人が友情出演しているのも見所です。

 

(齋藤敦子)

(5)「震災後」を生きる若者たち 園子温監督の「ヒミズ」

2011/09/08

20110908.jpg 映画祭が終盤に入った6日の夜10時、園子温監督の『ヒミズ』の公式上映が主会場のパラッツォ・デル・チネマで行われました。写真はそのときのもので、左から二階堂ふみさん、染谷将太さん、園子温監督です。

 『ヒミズ』は古谷実の同名コミックが原作。両親から虐待され、捨てられた15歳の少年住田祐一(染谷将太)と、彼を見守るクラスメートの茶沢景子(二階堂ふみ)を主人公に、住田が犯した罪と彼らを取り巻く過酷な世界を描いた作品です。ちなみに、ヒミズとはモグラの別称。

 今までオリジナル脚本しか撮っていない園監督にとって、初の原作ものですが、撮影に入る直前に震災が起こったため、急遽、脚本を書き換え、テーマは同じながら、特にラストは、震災後の厳しい世界を生きてかねばならない若者へのエールという意味合いがより強く込められています。

 撮影は一部、撮影スタッフの故郷という震災直後の石巻で行われていて、津波で荒廃した町の光景が、主人公の荒涼とした心象風景を代弁するように使われています。
 被災地を撮ることに関して、かなり悩んだという園監督ですが、"ドキュメンタリーが撮ってよくて、フィクションがダメという区別はおかしいし、今撮らなければ一生後悔すると思って撮った"ということでした。
 映画を完成した後、再び石巻を訪れ、避難所で炊き出しのボラティアをしたのだそうです。この後も、福島の放射能問題を扱った映画を企画しているとのことでした。

 園子温監督の作品はヴェネチアには昨年『冷たい熱帯魚』がオリゾンティ部門に出品されているので、2年連続の登場。独特の過激でパワフルな世界に慣れていたせいか、上映終了が深夜を過ぎるのにも関わらず多くの観客が最後まで残って大きな拍手を送ってくれました。

(齋藤敦子)

(4)自由という名の孤独 マックィーン監督の「恥」

2011/09/06

20110906_01.jpg 映画祭が折り返しを迎えた5日の日曜日に、見ることの喜びを感じる映画に出会いました。それが、イギリスのスティーヴ・マックィーン監督の『恥』です。

 スティーヴ・マックィーンは、かの有名な俳優と同姓同名ですが、アフリカ系イギリス人のビジュアル・アーティストで、数年前にビエンナーレのイギリス館で彼の作品を見たことがあります。映画監督としては、2008年に監督第1作の『ハンガー』がカンヌ映画祭のある視点に出品され、見事カメラ・ドールを受賞。

 『恥』はそれに続く2本目の監督作で、主演は『ハンガー』でも主人公の、北アイルランドの刑務所内でハンガーストライキを行い、死亡したIRAメンバー、ボビー・サンズを演じていたマイケル・ファスベンダーです。

 『恥』の舞台はニューヨーク。リッチな独身生活を謳歌する男(マイケル・ファスベンダー)が、実はセックスマニアで、完璧なルックスと肉体で、街で拾った女性と、あるいはプロの娼婦とセックス漬けの毎日を送っていたところ、歌手で自殺癖のある妹(ケイリー・マリガン)が突然やってきて自宅に居候するようになってから、彼のセックス・ライフに狂いが生じていく...、というストーリーです。

 『ハンガー』の主人公が刑務所に閉じ込められ、あらゆる自由を奪われた男とすれば、『恥』の主人公は正反対に、経済的にも肉体的にも満たされた、自由な男です。ところが彼はセックスを通してしか他者と交わることが出来ず、唯一愛情を交わすことの出来る妹とは傷つけあってしまうために一緒にいることが出来ない。
 
 完全に自由に見えた彼の世界は実は孤独で不毛な世界であり、一見、自由な彼こそ"不自由な"男であった、というのが映画のテーマで、それをまさに美術品のような映像と編集で完璧な作品に仕上げていました。もしこの作品が金獅子賞を逃すことがあっても、『危険な方法』のユング役と合わせて、今年のヴェネチアを圧倒したマイケル・ファスベンダーの男優賞は固いと思います。

 写真上は記者会見のマイケル・ファスベンダー(左)とスティーヴ・マックィーン監督。この欄の2008年のカンヌ映画祭の写真と比較すると、随分貫禄がついてきたなと感じました。

 写真下は、『恥』の公式上映と同じ4日に、修復されたニコラス・レイ監督作品『我々はもう家に帰れない』の上映の模様で、左でマイクを持っているのがディレクターのマルコ・ミュラー、1人おいて右の赤いドレスの女性がレイ夫人のスーザン・レイです。

20110906_02.jpg 『我々はもう家に帰れない』は、1971年にニコラス・レイが教授に就任したニューヨーク州立大学で、映画学科の学生たちと共同で製作した作品。1973年にカンヌ映画祭で上映されていますが、79年にレイが亡くなるまで、手を加え続けていたという最後の作品でもあります。今回はニコラス・レイ財団とヴェネチア映画祭などが中心となって修復したもので、レイの実験精神と70年代のラディカルな空気がいっぱいに詰まった作品でした。

(齋藤敦子)

(3)さすがの演出に高評価 ポランスキーの「殺戮」

2011/09/04

 連日暑が続くヴェネチア。映画祭が最初の週末を迎えたところで、コンペ部門で最も評価が高い映画は、ロマン・ポランスキーの『殺戮』と、デヴィッド・クローネンバーグの『危険な方法』で、2本とも戯曲の映画化作品です。

 『殺戮』は、日本でも上演されているヤスミナ・レザの戯曲<殺戮の神>の映画化。ニューヨークに住むミドルクラスの2組の夫婦、ジョディ・フォスター&ジョン・C・ライリー、ケイト・ウィンスレット&クリストフ・ヴァルツが、子供の喧嘩を収めるための話し合いを持つことになり、最初は穏やかに話し合っていた4人が、次第に本性をむきだしに本音をぶつけあって"戦う"までを、ポランスキーが堂に入った演出力で見事に描き出しています。

 残念ながら、ポランスキーとジョディ・フォスターはヴェネチアに現れませんでしたが、トッド・ヘインズの『ミルドレッド・ピアース』、スティーヴン・ソダーバーグの『伝染』にも出演し、引っ張りだこの感があるケイト・ウィンスレットが、完璧なドレス姿でレッドカーペットを歩き、会場を盛り上げていました。

20110904_01.jpg 『危険な方法』はクリストファー・ハンプトンの戯曲<トーキング・キュア>の映画化。スイスの精神科医で心理学者のカール・グスタフ・ユング(マイケル・ファスベンダー)、ユングの患者で愛人、のちに自身が分析医となるサビーナ・シュピールライン(キーラ・ナイトレイ)、彼が師と仰ぎ、のちに決別する"精神分析の父"ジークムント・フロイト(ヴィゴ・モーテンセン)との関係を描いたものです。

 驚いたのは、まるでクローネンバーグらしくない作品であること。前景と後景に二重に焦点を合わせた異様な画面構成に、ほんの少し彼らしさを感じたくらいで、誰の映画かと思うくらい、非常に重厚でクラシックな作品になっていました。

 写真上は、『危険な方法』の記者会見の模様で、左からヴィゴ・モーテンセン、クローネンバーグ監督、キーラ・ナイトレイ。"らしくない"作品になった理由を聞かれたクローネンバーグは、「題材に合ったスタイルを選んだだけ」と答えていました。

20110904_02.jpg 写真下は、新宮殿の建築予定地で、ご覧のように掘り返した土地に白いカバーが掛けられたまま、工事が中断されています。
(齋藤敦子)

(2)マドンナの「W.E.」でヒートアップ

2011/09/03

20110903_01.jpg
 オープニングのジョージ・クルーニーに続き、2日目はマドンナの登場で会場は大騒ぎ。もちろん歌手としてではなく、監督2作目の『W.E..』が特別招待作品として上映されるからです。
 
 今年は最初の週末までの5日間にアメリカ映画が集中しており、2日目の木曜はマドンナの他にコンペにロマン・ポランスキーの『殺戮』が登場し、金曜はデヴィッド・クローネンバーグの『危険な方法』、土曜はスティーヴン・ソダーバーグの『伝染』、アル・パチーノの『ワイルド・サロメ』、日曜はトッド・ソロンズの『ダーク・ホース』という具合。それぞれの作品に出演したスター達がレッドカーペットを歩くのを見ようと大勢の映画ファンが詰めかけ、例年になく、オープニングからヒートアップ。まさに、ディレクターのマルコ・ミュラーの手腕を見せつけるような凄いラインナップです。

 私がヴェネチア映画祭に来るようになって20年近くになりますが、マルコ・ミュラーほど上手くヴェネチアを運営できたディレクターはいませんでした。2期8年の任期を全うしたディレクターはマルコが初めてですし、特に近年は、資金も地の利もずっと恵まれたローマ映画祭から追い上げられながら、これまで培ってきた経験とコネクションを活かして追随を許さないところなど、見事といっていいと思います。

 そんな彼に代わって、いったい誰にディレクターが任せられるのか。今に至るまで次期ディレクターの名前が発表にならないのは、誰がなってもミュラー以上のディレクションが考えられないからでしょうし、ミュラー自身もそれを自覚していることが、今年の凄すぎるラインナップから透けて見える気がします。

20110903_02.jpg 写真上は、プレスルームに設置されたテレビで、マドンナの会見の模様を見る記者たち。『W.E.』は、シンプソン夫人とエドワード8世の頭文字をとった題名で、映画はシンプソン夫人と、彼女に憧れる現代の女性が、時を隔てて愛を求める姿を交互に描いています。

 写真下は、オリゾンティ部門のオープニング作品に選ばれたアミール・ナデリ監督の『カット』の記者会見の模様で、左から常磐貴子さん、アミール・ナデリ監督、西島秀俊さん。
 イラン出身のナデリ監督は、20年前からアメリカで映画を撮ってきた方ですが、『カット』は監督の念願叶って日本で撮影された日本映画。映画の上映活動をしている映画監督の青年(西島秀俊)が、兄がやくざから借りた映画の製作資金を返すために殴られ屋になるというストーリーに、娯楽映画に席巻された今の映画界に、アートとしての映画の復権を込めた、映画愛に溢れた作品でした。
(齋藤敦子)

(1)オープニングはクルーニー作の「3月の15日」

2011/09/01

20110901_01.jpg 第68回ヴェネチア国際映画祭が8月31日から始まりました。今年のオープニング作品は、イタリアで絶大な人気を誇るジョージ・クルーニーの監督作『3月の15日』。開会式が開かれる会場前には、クルーニー目当ての大勢のファンが集まりました。

 今年のコンペ作品は、クルーニーの他、デヴィッド・クローネンバーグ、ウィリアム・フリードキン、ロマン・ポランスキーといったベテラン勢が顔を揃えているのが話題。アジア映画は、今年も韓国映画はなく、中国映画は3本で、香港のベテラン、アン・ホイ、ジョニー・トー、台湾から『海角七号』の魏徳聖がエントリーしていますが、大陸からの参加がなく、主催者の記者会見で中国通のディレクター、マルコ・ミュラーに中国のプレスから質問が飛んでいました。

 日本映画は、コンペ部門に園子温の『ヒミズ』、オリゾンティ部門に塚本晋也の『KOTOKO』がエントリー。他に清水崇の『ラビット・ホラー3D』が特別上映されます。 また、オリゾンティ部門のオープニング作品に選ばれたアミール・ナデリの『CUT』には常磐貴子、西島秀俊が出演。前述の魏徳聖のコンペ作品『虹の戦士』は、1930年に起きた霧社事件の映画化で、日本から河原さぶ、安藤正信らが出演しています。

 今年のコンペ作品は22本と発表されていましたが、現地に来たところで、昨年の王兵の『溝』のように、サプライズ作品がもう1本増えて、23本であることがわかりました。23本は去年に比べれば少ないですが、カンヌよりはぐっと多く、内容的にも充実していて、今年で任期の切れるマルコ・ミュラーの意気込みが感じられます。

 今年の審査員長は、『レスラー』で金獅子賞を受賞、昨年も『ブラック・スワン』を出品したダレン・アロノフスキー。他に監督のトッド・ヘインズ、アンドレ・テシネ、マリオ・マルトーネ、ミュージシャンのガブリエル・バーン、女優のアルバ・ロルヴァシェル、映像アーティストのエイヤ=リーザ・アティラの7人です。

20110901_02.jpg 去年、カジノ前の敷地が掘り返されたところで、土中からアスベストが発見されて中断された新宮殿の建築は、今年は飛散を防ぐためか、白いカバーが敷地全体にかけられていましたが、建築は中断されたままで、当初2012年に予定されていた完成は大幅に遅れるでしょう。また、マルコ・ミュラーに代わって来年から誰が映画祭の舵取りをするのかもまだ発表になっておらず、ある意味、先行きが見えない中で開かれる今年のヴェネチアです。

 写真上は、開会式直前の映画宮殿前の模様で、ジョージ・クルーニーを一目見ようとファンが詰めかけました。

 写真下は、審査員記者会見後にサインに応じるダレン・アロノフスキー。昨年のコンペ作品『ブラック・スワン』は興行的にも大ヒットし、主演のナタリー・ポートマンがアカデミー主演女優賞を受賞するなど、ヴェネチアと、とても相性のいい監督です。

(齋藤敦子)
1