シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(6完)アート系映画、絶滅の危惧

2009/10/26

TIFF297.jpg 25日の午後2時から授賞式が行われ、以下のような受賞作が発表されました。グランプリ、監督賞、男優賞の3賞を独占したのはブルガリアの『イースタン・プレイ』。監督のカメン・カレフはパリのFEMIS(フランスの国立映画学校)で学んだ俊英で、『イースタン・プレイ』は旧友のアーティスト、フリスト=フリストフの生き方をそのまま映画にした、いわゆるドキュ・ドラマです。実はフリストは最後の5、6カットの撮影を残して事故死してしまい、映画は未完で終わっているのですが、激変する東欧社会の中で苦悩する孤独なアーティストの姿を映し出した迫力と誠実さが高く評価されたようです。監督のカレフは、主人公との対比で、ネオナチ集団に入って暴動に参加する弟という架空の人物を設定し、ドラマを作ってはいるのですが、フリストが画面に登場するとドラマの虚構が浮き上がって見えるほど、彼の存在感は圧倒的でした。

 授賞式後の記者会見で、審査員長のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥは、『イースタン・プレイ』の中でフリストの言う、"立ち上がる力はある、だが立っていられるだけの支えがない"という台詞を引き、せっかく映画祭で珠玉の作品を発見しても、多くの人に見てもらえなければ何もならない。東京が先頭に立って、受賞作を公開する機会を作って欲しいと訴えていました。 スーパーヒーローを主人公にしたバカげた映画に巨大な資本が投じられ、芸術としての映画が片隅に追いやられている、と、イニャリトゥが憂える映画界の現状については私もまったく同感ですが、日本の状況はイニャリトゥが思っている以上に深刻だと思います。映画祭でさえ、昼間の上映回には空席が目立つのですから、たとえ受賞作というお墨付きがあっても、劇場公開に観客が詰めかけるかといえば、そうはならないと思うのです。 実は私はアート系の映画の配給が低迷しているのは、映画館のシネコン化で単館ロードショー館が減り、作品を上映できるスクリーンが少なくなっているためだと思っていたのですが、会場で様々な人に会って話を聞くうちに、劇場側でも上映する映画がなくて困っているのだということがわかってきました。今回ワールド・シネマで上映された作品は、従来なら日本配給が決まって当然の秀作揃いですが、まだ1本も買い手がついていませんし、年に1、2本の超大作だけが大ヒットし、ハリウッド映画でさえ中ヒット、小ヒットがない、いわゆる"1本かぶり"現象が続いていて、このままでいけば、まさにイニャリトゥの言葉通り、映画は絶滅危惧種になってしまうでしょう。

 映画館に観客を呼び戻すにはどうしたからいいのか、それとも映画は20世紀と共に滅んでいく宿命なのか。問題が大きすぎて、解決法がどこにあるのかさえわからないような状況ですが、映画と映画人の出会いの場である映画祭が、映画の未来を考えるための最良の機会であることだけは確かだと思います。

 上の写真は、グランプリ・監督賞・男優賞の3賞を独占した『イースタン・プレイ』のカメン・カレフ監督

 ◇受賞結果

 コンペティション部門 東京サクラグランプリ:『イースタン・プレイ』監督カメン・カレフ

審査員特別賞:『激情』監督セバスチャン・コルデロ

最優秀監督賞:カメン・カレフ、『イースタン・プレイ』

最優秀女優賞:ジュリー・ガイエ、『エイト・タイムズ・アップ』監督シャビ・モリア

最優秀男優賞:フリスト・フリストフ、『イースタン・プレイ』

最優秀芸術貢献賞:該当なし

観客賞:『少年トロツキー』監督ジェイコブ・ティアニー

アジアの風部門

最優秀アジア映画賞:『旅人』監督ウニー・ルコント

次点:『私は太陽を見た』監督マフスン・クルムズギュル

特別功労賞:ヤスミン・モハマド

日本映画・ある視点部門

作品賞:『ライブテープ』監督松江哲明


TIF241.jpg審査員特別賞のセバスチャン・コルデロ監督と主演のマルチナ・ガルシアさん

TIF290.jpg最優秀女優賞のジュリー・ガイエさん

TIFF278.jpg観客賞のジェイコブ・ティアニー監督とプロデューサーの父ケヴィン・ティアニーさん

TIFF155.jpg日本映画・ある視点部門 作品賞の松江哲明監督

TIFF142.jpgアジアの風部門 最優秀アジア映画賞のウニー・ルコント監督

TIFF370.jpg総評を述べる審査員長アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督

(齋藤敦子)

(5)再生の物語『ストーリーズ』

2009/10/24

 映画祭も今日を入れて残すところあと2日。コンペティションの作品の上映が終わり、明日の授賞式を待つばかりとなりました。矢田部ディレクターとのインタビューにもあった通り、洋画の不振が映画祭にとっての追い風になったのか、今年はレベルがぐんと上がり、面白い新作を何本も見られたことは私にとっても大きな収穫でした。

TIFF2009099.jpg 私が好きだったのは、スペインのマリオ・イグレシアス監督の『ストーリーズ』。主人公はスペイン、ガリシア地方の小さな町に住む主婦ロサリオ。原因不明の不眠症に悩む彼女がカウンセラーを訪れるところから物語が始まります。カウンセラーは、過去に死産で息子を失ったことが今も彼女の心に影を落としていることを察知し、今の状態から一歩踏み出すために、趣味で書いている小説を出版社に持ち込んでみるよう勧めます。彼女の小説は編集者に酷評されてしまうのですが、出版社に行く途中、道に迷っているときに発見した建物の穴に思い切って入ることで、彼女の人生に転機が訪れるのです。映画は、彼女が書いた、心の奥に潜む過去の痛み、喪失感、漠然とした不安をテーマにした短編小説を織り込みながら、不眠症を克服するまでの心の動きを追っていきます。

 主人公のロサリオも、ロサリオの短編の登場人物たちもすべて女性、それを男性のイグレシアス監督が撮ることについて聞いてみると、この作品だけでなく、以前から自分自身の考えを女性に語らせることが好きであったことと、登場人物の設定に大きなスペースを設け、そこに女優達からのアイデアを盛り込んで、物語をふくらませていったのだということでした。

 フランスの『エイト・タイムズ・アップ』もまた、一人の女性が人生を建て直すまでの物語。主人公はカウンセリングを受けながら定職を探している女性エルサ。少しエキセントリックな性格が災いして面接に通ることができず、子守とバスの清掃のバイトで当座の生活はしのいでいるものの、ついには家賃を溜めてアパートから追い出され、車上生活者となってしまいます。彼女には10歳になる息子がいるのですが、親権は元夫にとられているうえ、2週間に1度認められている息子と過ごす週末もたびたびすっぽかすため、息子からの信用もゼロ。彼女のアパートの隣人マチューも失業中で、真夜中に突然ベッドを直し始めるような変人。彼もまたアパートを追い出され、森林公園でキャンプ生活を始めることに。普通の人から見れば性格破綻者である似たもの同士の二人が、自分自身の問題に折り合いをつけ、互いを理解しあうところで映画は終わります。ちなみに、題名は"七転び八起き"のこと。映画の中で、面接官に信条を聞かれたときの答えとして用意する格言の一つなのですが、"八起きは前向きだが、七転びは失敗ばかりしているように聞こえる"と、エルサに却下されてしまいます。

 上の写真は、21日にムービーカフェで行われた『ストーリーズ』の記者会見の模様で、左がマリオ・イグレシアス監督、右が主演のコンセプシオン・ゴンザレスさんです。六本木ヒルズの屋上展望台に行ってきたばかりの二人は、東京の街の大きさに驚いていました。

TIFF2009131.jpg 右の写真は、23日にアジアの風で上映されたキム・ギヨン監督の『玄界灘は知っている』のディスカッションの模様。左から石坂健治ディレクター、脚本家の高橋洋さん、映画監督の青山真治さん。キム・ギヨンは、一昨年『高麗葬』がアジアの風で上映されたのがきっかけとなって、大きな注目を集めるようになった韓国の名匠。石坂ディレクターは国際交流基金時代からキム・ギヨンを紹介してきた方ですが、深夜まで会場に残って熱心にディスカッションに聞き入る観客を見ると、映画祭という場を得たことは、映画を紹介する側にとっても見る側にとっても、大きかったのではないかと思いました。

(齋藤敦子)

(4)流行に終わらせない文化交流を アジアの風部門

2009/10/22

TIFF091021_1.jpg 19日の午後、今年の審査員の記者会見が行われました。今年の審査員長は、『アモーレス・ペロス』で2000年に東京映画祭グランプリと監督賞を受賞したアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督、昨年のTIFFで『アンナと過ごした4日間』が審査員特別賞を受賞したポーランドのイエジー・スコリモフスキ監督、ゴダール作品や『TOKYO!』のレオス・カラックス編などで知られるフランスの撮影監督キャロリーヌ・シャンプティエさん、ホ・ジノ監督の『春の日は過ぎゆく』やパク・チャヌク監督の『オールドボーイ』に出演した韓国の俳優ユ・ジテさん、アテネフランセ文化センターのディレクターで映画美学校代表の松本正道さんの6名です。

 イニャリトゥ監督は『バベル』の撮影でも何度も来日したことのある知日家ですが、日本を神秘的かつ複雑で、理解したと思ったら実は何もわかってなかったことがわかる国と形容。『バベル』の撮影を日本で行ったときのエピソードを引き、"ファックユー"に相当する罵り言葉が日本語にないと知って驚いたり、役所広司演じる父親が菊地凛子演じる娘に"アイ・ラブ・ユー"と言う場面で、日本人のスタッフから「日本の親は子供に"愛してる"と言わない」と教えられて驚き、その話を日本人の友人にしたら、「日本では言葉より態度の方がずっと大きな意味を持っているのだ」と言われて、そのときだけ少し日本がわかったような気がした、と話していました。

TIFF091021_2.jpg 18日の夜、アジアの風部門で、今年6月に亡くなった韓国のユ・ヒョンモク監督の代表作『誤発弾』の追悼上映と、『誤発弾』で撮影監督を務めた金学成の人生をたどる田中文人さんのドキュメンタリー『2つの名前を持つ男、キャメラマン金学成・金井成一の足跡』が上映されました。金学成は韓国で生まれ、女優だった姉の薦めで日本に渡り、専修大学卒業後、新興キネマに入社してカメラマンとなりました。同僚だった名撮影監督の岡崎宏三さんとは終生に渡る親交があり、岡崎さんから彼の話を聞いた田中さんがドキュメンタリーを思い立ったもの。実際に製作に入る直前に岡崎さんが亡くなってしまうのですが、遺志を継ぐ形で完成されました。金学成の前妻が、申相玉と共に北朝鮮に拉致された名女優崔銀姫だったことや、戦前・戦中だけでなく、戦後もずっと日韓両国の映画界に交流があった事実に驚くと共に、日韓の映画史に隠された様々な逸話が詰まった、興味深いドキュメンタリーでした。すでに山形映画祭と韓国の全州映画祭で上映されていて、全州映画祭では、上映後に若い韓国人女性から、"こういう映画人がいたことを今までまったく知らなかったし、この映画を作ったのが韓国人ではなく日本人であることが恥ずかしく嬉しい"と言われたというエピソードを田中さんが紹介してくれました。

 韓流という名で大流行したものの、今は一時の勢いがなくなった韓国映画ですが、韓流の奥にある韓国映画の深さを知り、流行に終わらせない文化交流を続けていかねばならないと思います。

 写真上は『2つの名前を持つ男』上映後のディスカッションの模様で、左から日本映画・ある視点に最新作『ライブテープ』を出品した松江哲明監督、撮影の長田勇市カメラマン、監督でTIFFスタッフの"2つの顔を持つ"田中文人さんです。

 写真下は審査員記者会見の模様で、左から松本正道、シャンプティエ、イニャリトゥ、スコリモフスキ、ユ・ジテ、原田美枝子の各氏です。

(齋藤敦子)

(3)石坂健治ディレクターに聞く 「目立ったボーダレス化」

2009/10/21

091021syasin.jpeg.jpg 今年もアジアの風部門のディレクター石坂健治氏に、セレクションについてお話をうかがいました。

―まずは今年のアジアの風について。

石坂「今年、ディレクターとなって3年目になりますが、やっていることは同じです。広い地域の旬の収穫を定点観測的に集めること。そして特集で特色を出すという二段構えの基本は今年も揺るがず、です」

―去年はキム・ギヨンの特集が大評判になりましたが、そういった知られざる作家の発掘という面では?

石坂「知られざるというわけではありませんが、すでに名前が知られている監督の知られざる面を発掘する。たとえば今年はアン・ホイのテレビ時代の作品の特集ですが、そういう形になっています。知られざるという意味では同じで、特に80年代にアジアでニューウェーヴが始まったんですが、台湾・中国・韓国は、始まりまで映像で確認できるんです。侯孝賢やエドワード・ヤンは日本でも初期から見ることができましたし、中国の第五世代も、韓国のイ・チャンホ、ペ・チャンホもそうです。唯一、香港だけ、起源は70年代後半のテレビ番組にあると言われていたのに、全然見ることができなかった。今回はアン・ホイのテレビ作品に特化していますが、これはまだ始まりで、今、第一線で活躍している人達、たとえばツイ・ハーク、パトリック・タム、イム・ホーとか、みんな初めはテレビ作品を撮っているんです。それで、今回の反響を見て、香港ニューウェーヴの源流みたいなことでシリーズ化できればと思っています」

―今年はユセフ・シャヒーンのアレキサンドリア4部作の一挙上映や、残念ながら亡くなったヤスミン・アハマドさんの追悼がありますね。

石坂「シャヒーンは非常に多作な監督で、日本でもポツポツと紹介されてはいたんですが、系統立ってというところまではいっていないので、まずとっかかりとして自伝的な4部作から。これも1本目は86年に矢野和之さんのところで公開しているんですが、その後の3作は全然フォローされていません。シャヒーンはライフワーク的に自分の人生と社会情勢を常に映画の中に入れて撮っていた人ですし、今年はタイミングよくエジプト大使館のサポートが受けられたこともあり、では4本まとめて紹介しようということになりました。ヤスミン・アハマドの死は本当に残念で、私もまだショックです。エドワード・ヤンを2年前に追悼したときは、しばらく近況を聞かないと思っていたら、遠くアメリカから訃報が届いた、という形でしたが、ヤスミンの場合は1年1作のペースで撮っていて、なおかつ自分のお祖母さんのルーツを探る『忘れな草』という作品の日本ロケに入る直前に亡くなったという身近さがあるので、ショックは大きいです。春に香港で会って、今年TIFFで、という話をした矢先のことでしたし。彼女の死はアジア映画にとって大きな損失です。彼女は異文化の交流をテーマにずっと映画を撮ってきた人で、それはマレーシアの社会を反映してのことなのですが、同時に今の世界に必要な視点でもあり、彼女の映画はまさに道しるべの役割を果たしていたからです」

―ヤスミンはシンガポール、マレーシアの若い映画人をつなぐ役割を果たしていたようなところもありますね。彼女を継ぐような人はいるんでしょうか?

石坂「私が交流基金にいたときに、06年にTIFFで、暉峻創三氏と一緒に<マレーシア新潮>という特集をやったんですが、そのときに上映した様々な作品の中からヤスミンが人気になっていったわけです。内容が深く、なおかつ大衆性も持っている、誰が見てもわかる、という映画を撮るのはヤスミンがピカいちで、そこまで行ってる人はなかなかいません。ホー・ユーハンでも誰でも、個性的な作家ではあるけれど、メジャーな存在という言葉は適切ではないかもしれませんが、どこまで飛躍するか、というところです」

―私は、ホー・ユーハンは大きく育ってくれるんじゃないかと期待しているんですが。

石坂「フランスのヌーヴェルヴァーグがそうだったように、お互いのスタッフを交換しあったりする交流からニューウェーヴは生まれてくるんですが、今のマレーシアはそういう状態にはなっています。ヤスミンが欠けたのは大きいですが、うねりのようなものは続くのではないかと期待しています。ちなみに、マレーシアでTIFFの直前にヤスミン追悼の全作上映会をやっているんです。ホー・ユーハンなど皆そっちに参加してからTIFFにやってくることになっています」

―今年の収穫は?

石坂「中華圏の中をボーダレスと言うには語弊がありますが、結果として中国映画であっても香港が絡んでいたり、香港映画のスタイルだと思ったらプロダクションが北京だったり、という具合に、ボーダーがなくなってきています。具体的に言うと、『カンフー・サイボーグ』という作品は香港の監督で完全に香港映画のスタイルで撮られていますが、主演はフー・ジュンという大陸の俳優ですし、『愛してる成都』という四川大地震を題材にした作品は、フルーツ・チャンが香港から呼ばれて四川省で撮っているんです。フルーツ・チャンは一番象徴的な存在で、今年3本の中国映画に関わっています。1本は中田秀夫の『女優霊』のリメイクで、これはハリウッドで撮っている。もう1本がアジアの風の『愛してる成都』で、大陸で撮っている。もう1本がヴェネチアに出ていた台湾映画の『涙王子』のプロデュースです。彼は香港の枠を超えて活躍している。そういうボーダレス化が目立ちました」

―今年はカンヌもヴェネチアも、中国・韓国に代わってフィリピンが頑張った感がありますが。

石坂「7月にシネマラヤというデジタル映画祭に行ったんですが、フィリピンでは若手がデジタルで映画を競いあって撮っていて、裾野が非常に広くなっていました。今回、レイモンド・レッドの作品がコンペに出ていますが、アジアの風の『白タク』もシネマラヤで審査員賞を獲った作品です。今、フィリピンはデジタルで一番映画を撮っている国ではないでしょうか。ただ、ブリヤンテ・メンドーサが成功した影響なのか、似た映画も出てきていますが」

―ああいう撮り方だと、必然的に似てきてしまいますね。
石坂「そうなんです。少し前に、みんな北野武っぽくなったり、ジャ・ジャンクーぼくなったりしたように」

―イラン映画がみんなキアロスタミっぽくなったように。
石坂「でも、みながメンドーサっぽくなっているということは、フィリピンには勢いがあるという意味なんですよ」

(10月16日、築地の映画祭事務局にて)

 

 

 

(齋藤敦子)

(2)スペイン語圏に注目

2009/10/19

 海洋ドキュメンタリー『オーシャンズ』の上映から開幕した東京国際映画祭。華やかな開会式の模様は、テレビ各局がニュースでも取り上げていました。とはいえ、映画祭の本当の華は、やはりコンペティション。今年はまだ全作品を見たわけではないのですが、昨年よりは確実にレベルが上がっているように思われます。なかで、矢田部ディレクターがインタビューでもお薦めと語っていたスペイン語圏に面白い作品がありました。

TIFF2009_025.jpg 1本はボリビアのフアン・カルロス・ヴァルディヴィアの『ボリビア南方の地区にて』。ボリビアの首都ラパスの富裕層が住む南区の1軒の豪邸が舞台で、主人公は、この家に住む白人一家と先住民の住み込みの執事と通いのメイドの6人です。女主人が父親から相続した家は、贅沢な調度品で趣味よく飾られていて、料理から身支度まで、家事一切をとりしきる執事がいるおかげで家族は何一つ不自由のない生活を送っているのですが、実は女主人の事業がうまくいっておらず、執事の給料はおろか、生活費にも事欠いていることが次第にわかってきます。ある日、以前親交のあった先住民の女性が現れ、トランクに詰めた現金を見せて家を売るように迫るところで映画は終わります。

 原題は『南区』といい、監督のヴァルディヴィアによれば、南米では一般に都市の北が富裕層の住む地区、南が貧しい人の住む地区に分かれているのに、ラパスは逆に南が富裕な地区、北が貧しい地区になっているのが面白くてつけたのだそうです。1シーン1カットの見事なカメラワークで、最高級品で整えられた上流階級の生活を丁寧に描写しながら、それが、やがては滅んでいく階層の最後の輝きであることが画面から滲み出てくるところが映画の見所。女主人と執事との関係も、白人と先住民、主人と使用人、金持ちと貧乏人といった一面的な見方ではなく、階層と人種の差は歴然とありながら、そこに一種の愛情のようなものが存在することも描いています。禁を破って村に帰った執事を叱っている女主人が、帰省の理由が彼の息子が死んだためだったと分かった途端に、思わず執事を抱きしめる場面には、胸を突かれる思いがしました。

TIFF2009_029.jpg もう1本はエクアドル人のセバスチャン・コルデロがスペインで撮った『激情』。主人公はスペインの都市に出稼ぎに来たコロンビア人2人。建築現場で働いている男と、裕福な家のメイドとして働いている女が出会い、激しい恋に落ちるのですが、男の方は現場監督と諍いを起こして誤って彼を殺してしまいます。行き場を失った男は、女が住み込みで働く豪邸に忍び込み、空き部屋に住みついて影のように彼女を見守る、というストーリー。ちょっと江戸川乱歩の<屋根裏の散歩者>か、キム・ギドクの『うつせみ』を連想しました。私が驚いたのは、ネズミの駆除の煙を吸い込んで肺を病んだ男が次第に衰えていく描写。主演のグスタボ・サンチェス・パラが実際に体重を落として演じていました。記者会見で監督にうかがったところ、パラは撮影に入る前に減量し、睡眠時間を削って、孤独に生きる男の鬼気迫る役作りをしたのだそうで、撮影では痩せた場面から先に撮り、7週間の撮影期間で体重を増やしていったのだそうです。

 写真上は、映画祭期間中だけ六本木ヒルズの会場に設けられたムービーカフェで開かれた『ボリビア南方の地区にて』の記者会見の模様で、左から、まるで美術館のような室内をしつらえた美術のホアキン・サンチェス、監督のフアン・カルロス・ヴァルディヴィア、女主人を演じたニノン・デル・カスティーヨの各氏。監督によれば、娘と娘の恋人の大学助教授を演じた二人だけがプロの俳優で、残りの出演者はすべて素人だそうです。

 写真下は、『激情』の記者会見で、監督のセバスチャン・コルデロとプロデューサーのグアダルーペ・バラグアーさん。この映画は『パンズ・ラビリンス』の監督として日本でも有名なギジェルモ・デル・トロのプロデュース作品でもあります。

(齋藤敦子)

(1)矢田部ディレクターに聞く 「多くの作品の受け皿に」

2009/10/17

TIFF2009001_UP.jpg 第22回東京国際映画祭が10月17日から開幕します。今年は、渋谷の会場をやめ、六本木のTOHOシネマズとシネマートの2カ所に上映会場を集中させるなど、多少の変化はあったものの、エコロジーのテーマは昨年を踏襲、主要部門も例年通りです。


 今年はまず、映画祭の華、コンペティション部門のプログラミング・ディレクター、矢田部吉彦さんに作品選定のご苦労や、今年の見所をうかがいました。

―矢田部さんが東京映画祭に入られた経緯をおうかがいしたいんですが?

 矢田部「私がいわゆる映画祭業界に入ったのはフランス映画祭からなんですが、そのときのスタッフが同時に東京国際(TIFF)もやっていて、"手伝ってみない?"と言われて、引っ張ってもらったのが2002年でした。それで、第15回から参加し、最初は運営、その後、作品選定のチームに入って、日本映画ある視点という部門を角川さんが立ち上げたときに、そこの選定を担当することになり、2年間日本映画の選定をやり、3年前から、田中千世子さんの後を継いで、コンペのプログラミングをやるようになったんです」

―選定の際の"矢田部基準"は?

 矢田部「それは、むしろ周りの方のご意見をうかがいたいところです。表面的なことを言いますと、なるべく多くの国から、なるべく多くのジャンル、なるべく多くの監督を、という風に、ヴァラエティを揃えたいと思っています。もちろん作品のクオリティを一番大事に。とても悩むのがプレミア性です。コンペティションのステイタスは、いかに沢山のワールドプレミア作品を揃えられるかが1つの判断基準になっているんですが、一方で、お客さんにとっては、その作品がプレミアかどうかというのは関係がなく、目の前の作品が面白ければ、カンヌですでに上映されていようが、関係ないのではないかと思う。その2つでいつも悩んでいます。3年前からワールド・シネマという部門を作って、ここで、海外の映画祭で評価を受けながら日本公開が決まっていない作品を見せ、コンペティションには、無名で、海外で評価されていなくても、クオリティのある作品を揃え、コンペとワールド・シネマの両輪で見せていけたらと思っています」

―ワールド・シネマのセレクションも矢田部さんですか?

 矢田部「はい、私がやっています。以前から、コンペに入らないアジア映画はアジアの風という受け皿があるのに、アジア以外の作品にはそういう受け皿がなかったので、まずはそういう部門を作りたいと計画していたんです。ようやく3年前に企画が通って、ワールド・シネマが出来ました。基本的にはコンペを選ぶ過程の中で、これはコンペ、これはワールド・シネマという具合に、私が中心になって分けています」

―途中で、どこかの映画祭で受賞したりすると、必然的にコンペからワールド・シネマに移さざるを得ない?

 矢田部「そうなんです。今年も一応、海外のメジャーな映画祭のコンペティションに出ている作品は避けようとはしているんです。では中小の映画祭で賞をとってしまったら、それはもうしょうがない、ということで割り切ってはいます」

―10月というのも難しい時期ですよね。カンヌ、ヴェネチアは終わり、トロントも終わり、次の年の映画祭を狙っている準備期間みたいな時ですから。

 矢田部「10月末になると2月のベルリンがだんだん見えて来て、映画祭的には年度末かな、という感じの時期です。ヨーロッパには9月末にサンセバスチャン映画祭もありますし、"そこに出さないでうちに出して"と言うには、きちんと戦略を立てないと難しいですね。今年はコンペについてはワールドプレミア5本、インターナショナルプレミア5本、アジアプレミア5本ということで、プレミア面から言ったら、まずまずかなと思っています」

―今年の見所は?

 矢田部「後から見返してみると、失業とか不況とか、わりと今日的なテーマの作品が多いなという印象です。これは結果論で、偶然なのか必然なのかよくわからないんですが。国としてはスペイン語圏がスペイン2本と南米2本の計4本で、スペイン語圏の作品が注目だと思っています」

―今、ちょうど羽田と成田のハブ空港化問題がマスコミを賑わせていますが、成田が後発の仁川にハブを取られてしまったように、TIFFも後発の釜山映画祭に"ハブ"を持って行かれた感があります。その辺を建て直さなければいけないご苦労もあると思いますね。今年はいかがでしたか?

 矢田部「日本における洋画の興行が低迷しているという状況がありますが、その点はむしろ映画祭にとっては追い風というか、映画祭の果たす役割が大きくなっている気がしています。ワールドセールスの会社には、日本のマーケットのポテンシャリティはわかっている、なのに日本は全然(洋画を)買わなくなっちゃった、だったら、ちょっと映画祭で見せて、ということで、各会社を回ると、去年より今年の方が、これをTIFFでぜひ、というような、向こうからのやる気が違う。そこはがんばらなければいけない部分なのかなと思います」

―逆に、日本映画は興収があがっていますが、映画らしい映画が当たっているかというと、そこに問題があると思うんです。コンペで日本映画をどう扱うかについて、ご苦労があるのでは?

 矢田部「そこのところは非常に話しにくいんですが、確かにコンペティションの日本映画については、とてもとても大きな問題です。大きな会社を回っていて、なんでコンペにうちの大作を出さなければいけないのかという反応をいただくことは、やっぱりあるんです。特別招待作品で華々しくやればいいので、コンペはいいですと言われてしまう」

―むしろコンペは嫌われるわけですか?

 矢田部「嫌われるとまでは思いたくないですけど」

―コンペに出して賞を獲らなかった場合のことを先に考えてしまう?

 矢田部「それもあるみたいです。でも、同じ人がベルリンのコンペに入って喜んでいるのを見たことがあるので、"何だ、ベルリンならいいのか"と思って、それはもう現実を突きつけられましたね。東京は特別招待作品があるから、日本のお客さんのためにコンペに入れる必要はない、ただし、海外はコンペがメインなので、ベルリンなどはコンペに入ればそれはそれでニュースになるのでよろしい、というような構造が日本の大きな映画会社の中に出来てしまっている。これを覆すのはなかなか容易ではないです」

―今年のコンペの日本映画は1本だけですが、日本映画枠というのはあるんでしょうか?カンヌやヴェネチアだと自国の映画は4本くらい入れられますよね。

 矢田部「コンペが20本以上あれば、そうしたいとは思うんですが、東京は15本なので、2本が限度かなと思っています。今年は他国の作品でいいのがありましたし、監督辻仁成さん、主演アントニオ猪木さんなら1本で勝負できるかなと思いまして。個人的に辻さんの『ACACIA』をとても気に入っていて、今回コンペに入れることができてとても嬉しいです。
日本映画について言えば、特別招待作品と日本映画ある視点の違いがわからないという指摘を受けることがよくありました。今年の日本映画ある視点は、かなりインディペンデントというか、若手寄りの作品を選定しました。これがどう受け入れられるか、今年の反応を見ながら来年を考えていきたいと思います」

(10月14日、六本木ヒルズの東京映画祭事務局にて) 

(齋藤敦子)
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