シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(6完)グランプリに『僕の心の奥の文法』

2010/11/01

221101_01.jpg 最終日の31日午後、授賞式が行われ、イスラエルのニル・ベルグマン監督『僕の心の奥の文法』に最高賞の東京サクラ・グランプリを、新藤兼人監督の『一枚のハガキ』に審査員特別賞を授与し、閉幕しました。

 『僕の心の奥の文法』は、デヴィッド・グロスマンの同名小説の映画化。第三次中東戦争直前、エアポケットのように平和だった1963年のイスラエルで、ホロコーストの生き残りである父親と強圧的な母親、好戦的な周囲の中で孤立し、成長を止めることで抵抗する少年の姿を描いたもの。猥雑な大人の世界と、繊細で純粋な子供の世界の対比や、成長を止めるといったファンタジックな設定が、審査員長であるジョーダン監督の『ブッチャー・ボーイ』とも通じるものがあると私は思ったのですが、選考理由については最後に述べるような事件があって、直接うかがうことは出来ませんでした。ニル・ベルグマン監督は2002年に長編デビュー作『ブロークン・ウィング』でTIFFのグランプリを受賞し、8年後の第二作でTIFF初の二度目のグランプリという強運の持ち主です。

 2席の審査員特別賞は、日本映画界最長老、98歳の新藤兼人監督が"最後の作品"という『1枚のハガキ』に。戦友が妻から貰ったハガキを生き残った男が届けに行く姿を通して戦争の傷跡を描いた作品で、くじ引きで戦地に贈られた中年兵100名のうち、生き残った6名の1人だったという新藤監督自身の体験を映画化したものです。1949年に近代映画協会を設立して以来、大手の映画会社に対抗して映画作家の立場を貫いてきた日本インディーズ映画監督の祖である新藤監督のキャリアに対しては何らかの賞が与えられるはずと思っていたので、納得の受賞でした。

 『サラの鍵』の受賞、特に観客賞は予想の内でしたが、意外だったのは2本の中国映画の評価です。

 『ブッダ・マウンテン』は親に反抗して家を出た3人の若者が、引退した有名な京劇の歌手の家に下宿することになり、初めは軋轢を生むものの、女性歌手を見舞った悲劇が明らかになるにつれ、互いに理解しあうようになるというストーリーで、ブッダ・マウンテンとは四川省にある観音山のことです。チェン・ボーリンとファン・ビンビンという2人のアイドルスターを主役にした青春映画で、彼らが『エデンの東』のジェームズ・ディーンのように列車の屋根に乗って観音山に行く場面など、イメージ先行気味なところも気になりましたし、心に傷を負った京劇歌手という難しい役柄を演じたシルヴィア・チャンの方がファン・ビンビンよりもずっとよかったので、受賞は驚きでした。

 審査員の一人であるドメニコ・プロカッチ氏によれば、『僕の心の奥の文法』で母親を演じたオルリ・ジルベルシャッツや『サラの鍵』のクリスティン・スコット=トーマス、『ビューティフル・ボーイ』のマリア・ベロなど候補者が多く、女優賞の選考は最も難航したが、ファン・ビンビンの新鮮な魅力をとったとのことでした。

 『鋼のピアノ』は、別れた妻に娘をとられまいとして、娘のために鉄工場の仲間と鋼でピアノを作ろうとする父親の涙ぐましい奮闘を描いたもの。ピアノは中国人にとって豊かな西洋文化の象徴なのでしょう。設計図さえあれば素人でもピアノが作れてしまったり、長渕剛の<乾杯>が歌われても著作権のクレジットがまったくなかったり、今の中国をよく反映した映画ではありました。

 授賞式のあと、六本木ヒルズの49階に場所を移して受賞者の記者会見が行われたのですが、そのときにちょっとした事件がありました。会見の最後に審査員長のニール・ジョーダンが登壇し、審査のやり方を説明したところで、進行係がジョーダン監督を帰してしまったのです。審査員長の総評を聞くために集まっていたプレスは唖然。せめてグランプリ作品の選考理由を聞かなければ記事にならないと事務局に抗議し、ようやく連絡がとれたときには、体調を崩していたジョーダン監督はホテルの部屋で休まれた後。急遽ドメニコ・プロカッチ氏と根岸吉太郎監督に来てもらって、臨時に会見を開いたというわけです。

 臨時に会見が開かれるのを待つ間、ある新聞記者から思いがけない話を聞きました。このレポート(3)でも触れましたが、初日に台湾の呼称をめぐって中国・台湾の両方のゲストが授賞式に出席しなかった事件について取材で問い合わせたところ、映画祭事務局が"事件はなかった"と答えたのだそうです。外交的に緊張が高まっている難しい時期であることはわかるのですが、起こったことを起こらなかったというのは明らかに嘘であり、事務局への信頼を裏切る行為だと思います。

 何事も滞りなく進めることも大事ですが、映画祭は何のためにあるのか、記者会見は何のために開かれるのかを事務局はもう一度よく考えて欲しい。TIFFの映画に対する意識の低さをあらわにした事件だったと思います。

 上の写真は、グランプリのトロフィーを持つニル・ベルグマン監督


◇受賞結果
コンペティション部門
 東京サクラ・グランプリ:『僕の心の奥の文法』監督ニル・ベルグマン(イスラエル)
 審査員特別賞:『一枚のハガキ』監督新藤兼人(日本)
 最優秀監督賞:ジル・パケ=ブレネール監督『サラの鍵』(フランス)
 最優秀女優賞:ファン・ビンビン『ブッダ・マウンテン』監督リー・ユー(中国)
 最優秀男優賞:ワン・チエンユエン『鋼のピアノ』監督チャン・メン(中国)
 最優秀芸術貢献賞:『ブッダ・マウンテン』
 観客賞:『サラの鍵』


ナチュラルTIFF部門
 TOYOTAアース・グランプリ:『水の惑星 ウォーターライフ』監督ケヴィン・マクマホン(カナダ)
 審査員特別賞:『断崖のふたり』監督ヨゼフ・フィルスマイアー(ドイツ)

アジアの風部門
 最優秀アジア映画賞:『虹』監督シン・スウォン(韓国)
 スペシャル・メンション:『タイガー・ファクトリー』監督ウー・ミンジン(マレーシア=日本)

日本映画ある視点部門
 作品賞:『歓待』監督深田晃司


221101_02.jpg

審査員特別賞の新藤兼人監督、右は孫の新藤風さん


221101_03.jpg

監督賞と観客賞のジル・パケ=ブレネール監督


221101_04.jpg

男優賞のワン・チエンユエンさん


221101_05.jpg

女優賞と芸術貢献賞を受賞した『ブッダ・マウンテン』のリー・ユー監督


221101_06.jpg

審査の手順について説明するニール・ジョーダン監督。この後、帰ってしまった


221101_07.jpg

急遽開かれたプロカッチ氏と根岸監督による会見


(齋藤敦子)

(5) 独裁政権下の風景 レルマン監督の『隠れた瞳』

2010/10/31

tokyo101031_02.jpgtoykyo101031_01.jpg 今年の映画祭の収穫は、むしろ小粒な映画の方にありました。アルゼンチンのディエゴ・レルマン監督の『隠れた瞳』は、軍政末期の厳格なエリート高校が舞台。新任の女教師が生徒の一人を好きになり、喫煙者を摘発するという名目でストーカーまがいの監視を始めるが、その奇妙な性癖を上司に知られてしまい...というストーリー。日本公開されている長編デビュー作『ある日、突然』のオフビートなタッチとは作風をがらりと変え、独裁政権下の監視社会を背景にしたマルティン・コアンの原作をきっちり映画化したものです。面白かったのは、女教師が好きになる生徒が、ハンサムでもカッコよくもない、普通の男の子だったこと。会見で、その点を質問してみると、"金髪で青い目"というような典型的な美男子にはしたくなかった、とのことでした。

 1976年3月24日という軍事クーデタが起きた日に生まれ、ご両親が反政府活動家だったため、少年時代は隠れ家から隠れ家へと移動する、常に"逃げ続けている"日々を過ごしたというレルマン監督ですが、原作のテーマが堅苦しかったので、映画自体が堅苦しくならないように描きたかった、とのことでした。生徒の前では厳格であろうとしながら、家庭に帰るとナイーブなもろさを垣間見せる女教師を見事に演じたフリエタ・シルベルベルクさんの透明感のある美しさも印象的でした。写真(上)は記者会見後のフォトセッションでのフリエタ・シルベルベルクさんとディエゴ・レルマン監督です。

 アメリカの新鋭ショーン・クー監督の『ビューティフル・ボーイ』は、突然息子が乱射事件を起こして自殺してしまい、残された夫婦がどうやって事件後を生きていくかを描いたもの。一見幸せそうだった夫婦が、マスコミや世間の好奇心によって崩壊寸前にまで追い詰められ、世間から孤立することで、徐々に夫婦関係を修復していく様を丁寧に描いています。クー監督は2007年にヴァージニア工科大で起こった銃乱射事件に触発されたとのことで、実際に関係者に取材したのかどうかうかがってみると、やはり事件が事件だけに当事者に接触することは難しかったとのこと。撮影に入る前に、ある雑誌に載ったコロンバイン高校銃乱射事件の犯人の親にオプラ・ウィンフリーがインタビューした記事を読んで、どんな子供でも親にとっては"ビューティフル・ボーイ"である、という自分の考えは間違ってなかったと思ったそうです。映画は全編デジタルで撮影された低予算の小品ですが、『クィーン』のブレア首相や『フロスト×ニクソン』のデヴィッド・フロスト役で知られるマイケル・シーンと、クローネンバーグの『ヒストリー・オブ・バイオレンス』で注目されたマリア・ベロがすばらしい演技を披露し、見応えのある感動作になっていました。写真(下)は記者会見後のフォトセッションの模様。クー監督に年齢を尋ねたら、なんと40歳との答え。30代前半かと思っていたので、びっくりしました。>

(齋藤敦子)

(4) 日本映画界抱える問題痛感

2010/10/29

 矢田部ディレクターの言う"大粒化"が図られた今年のコンペ部門は、昨年よりも商業映画寄りの作品が並びました。その最右翼が、マーク・ロマネク監督の『わたしを離さないで』、ローワン・ジョフィ監督の『ブライトン・ロック』という2本のイギリス映画と、ジル・パケ=ブレネール監督の『サラの鍵』というフランス映画です。

 『わたしを離さないで』は、カズオ・イシグロの小説の映画化で、ヘールシャムという謎の施設で育てられた子供たちの運命を、その中の一人だった女性の回想で描いた作品。『17歳の肖像』でアカデミー主演女優賞にノミネートされたキャリー・マリガン、『パイレーツ・オブ・カリビアン』の大ヒットで知られるキーラ・ナイトレイ、『スパイダーマン』の新作で主演が決まっているアンドリュー・ガーフィールドというスターたちが出演し、来春20世紀フォックス映画から全国公開されます。

20101030.jpg 『ブライトン・ロック』は文豪グレアム・グリーンが1938年に発表した同名小説を、60年代に移して映画化したもので、ギャング団の中で次第に頭角を現していく不良少年と、ウェイトレスとして働く純情な少女のせつないラブストーリー。主演は『コントロール』で注目された新鋭サム・ライリー。写真は「ブライトンロック」のローワン・ジョフィ監督です。(10月29日、ムービーカフェで開かれた記者会見の後で)
 『サラの鍵』は、タチアナ・ド・ロネの同名のベストセラーの映画化で、主演は『イングリッシュ・ペイシェント』でアカデミー主演女優賞にノミネートされ、英仏の完璧なバイリンガルであるクリスティン・スコット=トーマス。映画は大部な原作を手際よくダイジェストし、1942年に家族と共にフランス警察に逮捕され、収容所に送られることになるユダヤ人の少女サラの数奇な運命に、ホロコーストの取材でサラの存在を知る現在のアメリカ人ジャーナリストの生き方を絡めて描いていて、3本の中では一番よく出来ていました。

 では、この3本からグランプリ作品が選ばれるかといえば、それはまた別の話。国際映画祭で問われるのは、まず芸術性であって商業性(興行的に価値を持つか否か)ではなく、映像表現としての独創性、豊かさ、深さで、そういう意味では3本とも少しずつ不満の残る作品でした。

 実は、今年"大粒化"が図られた裏には、TIFFおよび日本映画界が抱える大問題があると私は思っています。それは、日本の映画界では、映画が芸術作品なのか商品なのかという根本的なコンセンサスさえ未だに出来ていないこと。昨年のフィルメックスでのインタビューで崔洋一監督がおっしゃっていましたが、日本では映画を文部科学省、厚生労働省、経済産業省の3つの省が分かれて管轄しています。作品として認められていないために映画監督に著作権が認められていなかったり、映画祭のような催しを開いたり、映画を援助し、育成する段になると、微妙な問題が発生するのです。いち早く官民あげて映画をもり立てていく体制を整えた韓国・中国・台湾とは大違いで、こんなところにも日本の映画産業の官民あげた認識の遅れを痛感してしまいます。

 さて、映画祭のいいところは普段あえないような人に遭えること。井谷直義さんは、フィレンツェで歴史を勉強する学者の卵。何とか日本文化をフィレンツェに紹介しようと、NPO法人を作ったフィレンツェ在住のオペラ歌手松本高明さんと共に奔走し、トスカーナ州からの援助を取り付け、ついには昨年、第1回日本映画祭を立ち上げたという熱意の人。今年はさらにフィレンツェ市からの後援も受けて11月に第2回を開催するということです。ぜひ長く続けてほしいと思いますし、イタリア側だけでなく、日本側も彼らのような人を援助することができたらと思います。

 2007年のこの欄で少し触れましたが、舞台・映画美術家の星埜恵子さんにばったり会って、彼女がその頃からずっと奔走していた成瀬巳喜男の『浮雲』のセットが、ついに千葉県佐倉市の国立歴史民族博物館に保存されることになったという嬉しいニュースを聞きました。彼女の努力には本当に頭が下がる思いですが、こういった映画史に残る貴重な文化財が散逸されるままになっている現状に、映画遺産を保護し、保存する意識の薄い日本の映画産業と行政の問題を、またまた感じてしまいました。


221029.jpg写真は、TIFF会場で、フィレンツェ日本映画祭2010を熱心に語る事務局長の井谷直義さんです。

(齋藤敦子)

(3)世界的な映画危機のなかで

2010/10/27

221027_01.jpg 開催3日目の25日に六本木ヒルズのムービーカフェで審査員記者会見が行われました。今年の審査員長は、1985年の第1回東京国際映画祭に『狼の血族』をエントリーしたアイルランドのニール・ジョーダン監督。TIFFは自分にとっても思い出深い映画祭ということで、審査員長のオファーを受けたときは「喜んで」と即答したのだそうです。

 当時はバブルが弾ける前で予算もたっぷりあり、2千席以上もある主会場のオーチャードホールで、ゆったり映画を鑑賞したものでした。第1回の審査員長はベルナルド・ベルトルッチ、グランプリは相米慎二の『台風クラブ』でした。
 では、当時の方がよかったかといえば、それはまた別の問題があります。あれから25年、六本木に移った今の映画祭の印象をジョーダン監督に質問してみると、「当時は観客と一緒に映画を見たが、今は審査員だけで見るのが大きな差」とのことでした。

 昨年のイニャリトゥ監督同様、会見でジョーダン監督が強調していたのは世界的な映画危機のこと。幸い、ジョーダン監督自身は映画用に書いたシナリオがアメリカのケーブルテレビで20時間のシリーズ化されることになって仕事があるが、知り合いの監督たちのほとんどが失業中であるそうで、インターネットがすべてを変え、映画館に行く人が減っている今の流動的な状況が落ち着いて、また映画に人が戻ってくることを願っていると語っていました。


 221027_02.jpg 写真は記者会見の後で行われたフォトセッションの模様で、左から根岸吉太郎監督、プロデューサーのドメニコ・ブロカッチさん、ニール・ジョーダン監督、ジュディ・オングさん、ホ・ジノ監督です。

 今年のTIFFは開幕前から様々な問題が持ち上がっていました。まず、事業仕分けで映画祭の予算が3割カットされたことです。インタビューではプログラミング・ディレクターのお二人は、うまく回避できたと語っておられましたが、字幕を担当した私の周辺では、かなり大きな影響が感じられました。事業仕分けの理念には賛同するのですが、いざ予算を削るとなると常に上からではなく下からになるのはなぜか。アジア型官僚政治の弊害なのか。これは映画祭だけの問題ではないような気がします。

 そして大きかったのは、9月7日に起こった中国の漁船衝突事件を発端とする日中の緊張の高まりでした。中国から日本に向けた輸送が滞った結果、いつもぎりぎりで行われる字幕作業がさらにぎりぎりになったり、中国映画1本が映画祭に間に合うかどうかわからなくなって、上映スケジュールを載せたチラシから外されたり、ついには北京の空港までプリントを取りに行くというような事態も。

 さらに23日、いよいよグリーンカーペットを歩いて開会式の会場へという段になって、中国から台湾の呼称にクレームがつき、映画祭側が折衝を行ったものの、最終的には中国・台湾双方のゲストが登場しないという寂しい開幕になりました。TIFFでは、ずっと台湾という呼称を使っており、これまで一度もクレームがなかったとのことですので、昨今の中国の強硬な外交姿勢には首をかしげざるをえないのですが、私は、この事件が25日の夜になるまでどこにも報道されなかったことで、日本のマスコミの姿勢にも疑問を感じてしまいました。

 「ホスピタリティの心が、いつもより試される」、「こういうときこそ、きちっとやるべき」という二人のディレクターの言葉を、プレスの側も真摯に受け止めるべきだと私は思います。

(齋藤敦子)

(2)アジアの風部門・石坂健治ディレクターに聞く

2010/10/26

221026.jpg―石坂さんはアジアの風部門のディレクターになって4年目ですが、この4年を振り返ると?

 石坂「日本では香港なら香港、韓国なら韓国という感じに細かい映画ファンが割拠しています。それはそれでいいんですが、もう少し大きなパースペクティブで、各地域の状況みたいなものを部門全体で出せればと思ってやってきていまして、それはだいぶ浸透してきた気はしています。」

―お客さんがついてきている手応えですね。石坂さんのディレクションは4年で変わりましたか?

 石坂「アジア映画という概念を広げるというか、もう少し広い範囲をカバーしてほしいという意味でここに呼ばれたと考えているので、それは去年までかなりやってきました。それこそ去年はエジプトまで取り上げ、一回りした感じで、今年は、半ば計画的、半ば偶然に、東アジアにもう一度回帰するという形になりました。3年を1つの周期とすると、2周り目に入って、今年はかなり東アジアに戻ったわけです。」

―今年はヴェネチア映画祭に台湾映画がなくて寂しいと思っていたら、アジアの風で台湾特集がありますね。

 石坂「台湾は80年代のニューウェーブ以降、侯孝賢、エドワード・ヤン、蔡明亮ら、非常に個性の強い作家たちが映画界をリードしてきた一方で、そういう人たちが重石になって、後の世代どうやってそれを乗り越えて行くかというような状況があり、マーケット的にもが苦戦を強いられてきました。
 ところが2008年が大きな転機になりました。まず、『海角七号 君想う、国境の南』がメガヒットになり、『九月に降る風』がヒットになり、『ORZボーイズ』という若い世代の、しかもお客も入れる映画が出てきて、一気に状況が上向きになったんです。それに韓国の影響で台北フィルムコミッションが出来て、官の側からも体制が出来、官民あげて映画を支援する体制が整った。それが2008年です。それで、『海角七号』の成功で上向きになったここ数年の台湾映画がどういうことになっているか見てみたいと思ったんです。」

―台湾以外の中国映画は?

 石坂「香港は、今や大陸のマーケット抜きにはやっていけなくなっていて、大陸で上映できるよう、検閲を含めてきちんとしなければならないので、荒唐無稽さがどんどん減って、優等生的なものが増えているような気がします。なので、あえて破天荒なパワーのあるもの、香港映画の原型をとどめているようなものを無意識に選んでいますね。」

―ヴェネチア映画祭で見たドニー・イェンの『精武風雲』は、そこまでやらなくともと想うくらい反日色が強くなっていました。資本プラス思想の縛りが入ってきて、香港が大陸に取り込まれている感じがして、悲しかったです。

 石坂「王兵の『溝』はサプライズ映画だったんですか?」

―サプライズです。ジャ・ジャンクーの『長江哀歌』もサプライズで金獅子賞だったので、ディレクターのマルコ・ミュラーはたぶんその線を狙ったんでしょうが。

 石坂「ああいう風にサプライズで現れるか、ロウ・イエのように平気で撮って、記者会見で訴えるみたいな、そういう映画がヨーロッパの映画祭では目につきますよね。政府の肝いりでものすごい資本を投下して行う映画というのは、『ボディーガード&アサシンズ』のように、提携企画の中国映画週間などで紹介されるのではないでしょうか。」

―尖閣諸島の問題が起こって波をかぶったというようなことはないですか?台湾は尖閣諸島問題とは直接関係ないでしょうが。

 石坂「あの問題が起きたときにはすべて選定が終わっていました。それに、こういうときほど、きちっとやるべきだと思っているので、今のところ特に何も問題はありません。」

―問題が起きそうな中国映画を選んでないというような感じがしないではないですが。

 石坂「中国映画は山形でやるようなインディーズ系にも目配せはしているんですが、傑作揃いかというとそうでもなかったりするので。TIFFより他にふさわしい映画祭があるんじゃないかというようなことも結局考えてしまうんです。」

―今年の見どころは?

 石坂「近年、大きさという意味で、フィルムを使ってかなりな予算を投下して作る作品と、デジタルを使った個人映画に近い小さな作品に映画が二分割しています。これはたまたまなんですが、東南アジアはデジタルのアート系の映画が並びました。見かけは地味ですが、ディレクターとしては映画の未来を占う上でその辺の方が重要じゃないかと思っています。チケットは東アジアの方がかなり売れていますが、穴場は東南アジアですね。タイの場合は、アピチャッポンがポンと出てしまいましたが、『ハイソ』のアーティット・アッサラットという監督もアメリカで勉強して帰ってきた人で、雰囲気としてはタイのアントニオーニだと思っています。」

―大きく出ましたね。

 石坂「今年はそういう人がいっぱいいるんですよ。『燃え上がる木の記憶』は監督のシャーマン・オンは現代美術家なのでマレーシアのペドロ・コスタ、『追伸』のヤルキン・トゥイチエフはウズベキスタンのタルコフスキー...。」

―インドのマニ・ラトナムは、今年のヴェネチアで監督ばんざい賞を受賞しましたね。

 石坂「彼の『ラーヴァン』は本当に面白いです。ゲリラに誘拐された奥さんが犯人と恋心が芽生えてしまうという話なんですが、ヒンディー語版とタミール語版を同時に撮影しています。普通どちらかで撮って、後で吹き替えるんですが、マニ・ラトナムならではで、女優は両方しゃべれるので同じですが、後の配役は全部別。2組キャストがいて、同じシーンを2回ずつ撮っていったんです。」

―『三文オペラ』に配役の違うドイツ語版とフランス語版があるように、トーキー映画の初期によくそういう撮り方をしていましたね。

 石坂「ある意味、映画の原初的パワーがあるんです。しかも追いつ追われつあり、ドンパチあり、崖から転げ落ちたり、海の中に飛び込んだり。それを女優さんが2回ずつやったんだと思いながら見ていると笑えるんですが。」

―今年はイスラエル映画が入っていますが、アジアが広くなりすぎていませんか?

 石坂「去年はエジプトまでやっていますし、今年は実は西の方はかなり少ないんですよ。確かに地域のことはありますが、移民社会ということを考えると、問題意識としてはつながってくると思います。」

―事業仕分けで予算が減らされた件は、矢田部さんによれば、いろんなところのバランスで何とかなったということでしたが。

 石坂「もちろんプログラミングでは、やろうと思ったら先に配給がついてしまったとか、そういうレベルの困難さは毎年あるんです。特に今年はすごく節約モードだったので、台湾の特集については最初から台湾の援助を取り付ける形で行いました。そういう形で様々なところから助けてもらったというようなことがあって、結果的にパノラマと4つの特集は去年並なので、節約したわりにはスケールとしては落ちてないと思います。」

―トルコのレハ・エルデム特集について。

 石坂「トルコも映画産業は上向きなんです。03年に18本だったのが09年に69本になり、国産映画のシェアが5割を超え、国内での映画産業の好調が、海外の映画祭での受賞につながるという健全な形で動いている。作家の映画と娯楽映画と両方面白い。エルデムはキャリアは長いんです。80年代に1本撮ったあとの沈黙が長く、活発に活動しているのはここ10年で、ドタバタ喜劇のようなものを撮っていた人が最新作の『コスモス』ではかなりスケールアップしてきています。私のイメージだと、最初歌謡曲映画を撮っていた侯孝賢が10年で『非情城市』まで行ったというのと同じ位のスケールアップを感じて、この人を全部やってみたいと思いました。」

―今年はブルース・リーの特集がありますが、いまなぜブルース・リーなんでしょうか?

 石坂「今年はブルース・リーの生誕70年なので。追悼や生誕年はメジャーな映画祭を標榜するには王道としてとりあげるべきだという思いに最近なってきまして、たまたま今年はブルース・リーと黒澤明だったので、そのままやるのは芸がないので、ちょっとひねりを入れて、という感覚で、新しい観客を、特に若い人を獲得したいという思いです。」

―香港映画にマーシャル・アーツを持ち込んだのはブルース・リーで、彼以後、それまで京劇の出身者が振り付けでアクションを行っていたカンフー映画が、アスリートが俳優としてアクションを行っていくようになったという感じがします。関係図を作ったら結構ブルース・リーから発しているものが多いことにも気づき、その意味でもいい企画だと思ったんですが、前々から暖めていたんですか?

 石坂「一つは香港映画祭で生誕70年の企画をやっていたということ。それから『イップ・マン』がシリーズ化されて、今年の興行で1位だったり、ブルース・リーの伝記映画が新たに企画されていたり、生誕70年から始まる動きがあるんです。ウォン・カーウァイも『イップ・マン』も撮ると言ってるし、『イップ・マン』1と2の次に0というのも出来て、これは全然関係ない人が便乗して撮っている映画ですが、サモ・ハン・キンポーはそっちにも出てたりとか、すごく香港映画的なのりで。今度はブルース・リーの弟の回想録を元にしたブルース・リーの伝記映画3部作とか、すごい動きがあるので、そこにつなげたいという思いです。」

―少しワイヤーアクションのようなところに行き過ぎていたのを、肉体へ復権させるという意味あいで、そういう動きが出てきたんでしょうか。

 石坂「おっしゃる通りです。今回の『ギャランツ』は、もうお爺さんになっている昔の俳優たちが、ノースタントでアクションをやるというカンフー映画です。作りとしては『怒りの鉄拳』のパロディで、映画は肉体だというのを改めて認識するみたいな映画で、出てる人は古いけど、動きとしては新しいし、『イップ・マン』から始まっている、アクション映画をもう1回読み直す、みたいな流れとも連動するんです。」

―ジャッキー・チェンやジェット・リーが動けなくなってきているから、新しい動けるアクションスターを香港映画は出さなきゃいけないというのもありますね。とはいえ、『ギャランツ』も、もうチケットは買えないのでは?

 石坂「瞬殺で売れてしまいました。」

―石坂さんから見た韓国映画の近況は?

 石坂「韓国は国が後ろ盾になって映画産業をもり立てていく先駆けです。金大中時代から数えて12年目で、釜山映画祭の成功を含めて、非常にすごいわけですけど、映画って面白いのは、あれだけ力を入れてやっていて、何本もカンヌのコンペに入っていても、最高賞をとるのは、国の援助の何にもないアピチャッポンだったりするわけです。国家がいくら支援しても、韓国は三大映画祭最高賞まだゼロでしょう。そこが悔しくてしょうがないらしいです。でもオリンピックじゃないんだから、といつも言うんですが。」

―でも、日本映画は黄金時代に欧米に紹介されていましたが、韓国は朝鮮戦争後のごたごたがありました。国際的に発信するという意味で、日本に一日の長があったというそれだけだと思います。

 石坂「今年の韓国映画3本はバラエティに富んでいます。『黒く濁る村』は『シルミド』の監督の大作系で、『八つ墓村』かな。楽しめる映画です。『妖術』は中規模で、韓国版『花より男子』の主演女優の監督第一作で音大が舞台『のだめカンタービレ』よりもう少しシリアスで、チェロの青年2人とピアノの女の子のラブストーリーです。」

―『妖術』といってもオカルトじゃないんですね。

 石坂「昔、『猟奇的な彼女』という映画がありましたが、猟奇といっても、変わった女の子という意味だったように、マジックというほどの意味なんです。それから、思いっきり小規模のインディーズに面白いものがあって、『虹』は、なら映画祭で上映された映画ですが、どうやってインディーズ映画でやっていくかという悶々とした日常をウダウダと描いた脱力系の映画です。」

―ヴェネチアに出ていたホン・サンスの新作がちょっとそんな感じの映画でした。

 石坂「ホン・サンスは精神としてはインディーズですよね。それから釜山映画祭が作ったオムニバスがあります。去年は全州映画祭、今年は釜山映画祭で、映画祭が映画作りまでやるというのも韓国の1つの特徴です。」

―今はそこまでやらないと映画祭にいい作品が来ないということもありますね。TIFFもいずれはとは思ってるんですが。韓国のオムニバスは1編30分くらいですが、10分くらいの短編でもいいし、そういう企画もありなんじゃないですか?」

 石坂「それ、グッドアイデアですね。

―ナントでは若いプロデューサーの養成講座を開いていますし、ロッテルダムのヒューバート・バルス・ファンドもありますし。

 石坂「実はシャーマン・オンの『燃え上がる木の記憶』はロッテルダムのアフリカ・プロジェクトという枠で製作した作品で、タンザニアで撮っていてアジアの景色は何も出てこないんです。」

―TIFFはアフリカをどうするつもりなんだろうと思っていたら、去年エジプトまで行き、今年はタンザニアですからね。アジアの風、がんばって、どんどん西に吹いて行ってください。


(10月19日、築地の東京映画祭事務局にて)
 

(齋藤敦子)

(1)コンペティション部門・矢田部吉彦ディレクターに聞く

2010/10/22

221022_01.jpg 10月23日から始まる第23回東京国際映画祭。コンペティション部門を担当されたプログラミング・ディレクターの矢田部吉彦さんに、今年の見どころや映画界の状況について、お話をうかがいました。

―去年の東京国際映画祭(TIFF)は、審査員長のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥが「イースタン・プレイ」をグランプリに選び、こういう難しい映画の配給を映画祭が支えなければいけないと発言して終わりましたが、矢田部さんとしてのリアクションは?

 矢田部「まさに我が意を得たり、というのが正直な気持ちでした。私もまったくそういう思いで映画祭に参加しているので、よくぞ言ってくださった、と。」

 ―受賞映画を配給する側にも賞を出すという映画祭もありますね。

 矢田部「実はそういう思いはずっとありました。具体的になってきたのは去年からで、まだ表だった形にはなっていませんが、グランプリ作品を配給する会社には経費の一部を映画祭が補償するというようなことをやろうと、実はちょっと予算もとっています。まだ公にしていないんですが、「ソフィアの夜明け」(「イースタン・プレイ」の日本題名)の配給会社には、映画祭としても何らかの形でお手伝いするということで進めていて、こういう形を定着させたいと思っています。」

―いい話が聞けて嬉しいです。そういった形で映画祭から街の映画館への道が開けると、映画祭の意義がよく見えてきますよね。逆に、去年から今年にかけて、民主党政権の事業仕分けで映画祭の予算が削られるというようなことがありました。予算の削減でプログラミングに影響が出たというようなことは?

 矢田部「なくはないです。ただ、洋画の配給が底を打ったという実感はあって、心ある配給会社の人が頑張っているという構図ではありますが、それでも、もしかしたら一番厳しい時期は脱したのかなと思っています。今年の「シルビアのいる街で」の成功は本当に嬉しく、あれを一昨年ワールド・シネマに入れるときには、ある意味ハードコアなアート系映画なので、これを入れたら自分の趣味に走りすぎてるんじゃないかと非常に悩みましたが、その後、配給がつき、しかもスマッシュヒットということで、この流れは大事にしたいなと思っています。
 コンペティションの作品選定ですが、ここ数年コンペの評判を聞くと、"粒ぞろいでいいが、ちょっと小粒だ"という風なことを言われ、小粒で何が悪いとも思いますが、もう少し大粒感を出してもいいかなと。コンペはリピーターのお客様も多いですし、喜んでいただけていますが、クオリティを落とさない範囲で、もう少し間口を広げて映画ファンをより多く引き入れたいというような欲を抱いて、やってみました。その結果が「サラの鍵」や、「私を離さないで」や、「ブライトン・ロック」など、少し大粒感のある作品です。それでも、「一粒の麦」、「フラミンゴNo.13」や「ゼフィール」など、はっきり言って小粒だけど、ビジュアルがすばらしく、視点の持って行き方が独特な若手監督の作品もワールドプレミアで入れて行くということも重視しています。コンペの15本が全部「サラの鍵」のような作品になってしまうのは個人的にはいいことではないと思っていますので。それと、新藤兼人監督の「一枚のハガキ」を招き入れることが出来たのは、ちょっと事件になるんじゃないかと。」

―もう1本の日本映画が熊切和嘉監督の「海炭市叙景」なので、非常にコントラストのついた選択ですね。

 矢田部「熊切さんについては、ついに実力派監督として一皮むけて、堂々たる作品を仕上げたということで、中堅のエースと98歳の超ベテランの作品をお迎えできて、いい日本映画の選定になったなと、素直に喜んでおります。」

―中国映画に関しては、尖閣列島問題の波を被ったというような噂を小耳に挟んだんですが。

 矢田部「その影響は感じないですね。ゲストの数もすごく多く、沢山中国の方がいらしてくださるみたいですし。逆に僕らが頑張らないといけないのは、このような政治状況の中で、映画でつながって、来日してくれる中国のゲストの人達に、いかに来てよかったと思ってもらえるか。こちらのホスピタリティの心が、もしかしたらいつもよりは試されるのではないかと思います。」

―続いてコンペ以外の部門について。びっくりしたのは、クロード・シャブロル監督の「刑事ベラミー」が入っていたことなんですが、これはシャブロル監督が亡くなる前に決まっていたんですか?

 矢田部「違います。全作品の選定が終わってチラシ入稿というときに、9月12日でしたか、日曜日に作業していたら、パリの知人からメールが来て、シャブロルが死んだよと言われたんです。僕は90年代以降のシャブロル作品が大好きなのに、日本で紹介される作品が本当に少なく、特集をやりたいとずっと思っていたんです。"今年も出来なかったな"と思っていたら訃報が届いてしまって、生きているうちにやらなきゃダメなのにと、本当に落ち込みました。今から特集を組むのは無理なので、追悼をやらしてくださいと各方面に頭を下げて、これを1本割り込ませていただいたんです。」

―今年のナチュラルTIFF部門は?

 矢田部「ナチュラルTIFFはエコロジー部門と言ってしまうと、見たいというプライオリティが低くなってしまう人が多いと思うんですが、実は結構掘り出し物が多いんです。選ぶときに相当遊んでいますし。」

―お薦めは?

 矢田部「「このカエル、最凶につき」は、びっくりしますよ。オーストラリアで害虫駆除のためにアメリカからカエルを輸入して畑に放つんですが、害虫を食べずにカエルが異常に繁殖して、しかも生命力が強くて、オーストラリア全土に広がりつつあるという状況を長年追ったドキュメンタリーです。このカエルの凶悪さたるや、犬が噛むと皮膚に毒があって犬が死んじゃうという、カエル嫌いの人は絶対に見てはいけないという作品です。それから、「四つのいのち」(原題は「4度」)はカンヌの監督週間で上映されましたが、これは映画の神様が宿っている作品だなと。」

―私もカンヌで見ましたが、あの1シーン1カットは凄いですね。よく撮ったというか。

 矢田部「久しぶりに見ていて、わーっと声が出ました。それから「闇の光の門」もカンヌの監督週間の作品で、アメリカ映画で、お母さんの遺体を埋めるべく、2人の兄弟がえんえんと棺をかついで旅をするというそれだけの話なんですが、これもお母さんを自然に帰す話なのだから、ナチュラルTIFFだということで。」

―コンペより、私は、むしろここに矢田部色を感じますね。

 矢田部:「(笑)日本映画ある視点部門については、去年かなりインディペンデント応援モードに切り替えた結果、特別招待作品枠の日本映画と差別化が出来てよかったんじゃないという反応をいただいて、手応えがあったので、今年もちょっとその路線を行きつつ、東さんをオープニングにお迎えし、「FIT」の廣末哲万監督とか「歓待」の深田晃司監督とか、面白い才能の人も集まってきてくれました。」

―最近は特にデジタル化などで世界的に映画界がバタバタしている感じがしますが。

 矢田部「びっくりしたのは、今まで選定のために送られてくる応募作品はVHSや最近はDVDだったのが、ついに今年、何月何日の何時から何時までの間、パスワードを渡すからこのサイトにアクセスしてくれというネット上での鑑賞になって、ああ、ついにこういうことになってきたかと思いました。輸送代がかからないので、コスト的にはいいのかもしれないが、面倒といえば面倒な面もありますし。TIFFは、まだまだ35ミリでの上映が多いですが、それもいよいよあと2、3年かなという感じで、ほぼすべてデジタルになる時期は思っていたよりも早い気がしています。」

―若い監督の作品は、どうしても製作費を切り詰めなければならないですからね。ただカンヌでもデジタル上映にどんどん変わっていくかと思ったら、そうはなっていないので、ある程度のところまで行ったら下げ止まって、35ミリが残ってくれるのではないかと期待しているんですが。

 矢田部「今は35で撮っている作品が少なく、ほとんどデジタルになっていますから。でも、結局、撮る素材は変わっても、我々が、良い悪いを感じることができる映画の作り方は変わらないのではないかとは思います。
 今年の夏に河瀬直美監督の「玄牝」を見て、ひさびさに感動したんです。撮れるもの撮れないものをわかってカメラを回している、ドキュメンタリーの手法としては16とデジタルは決定的に違ってくるなと、すごく考えさせられました。ぜひコンペに欲しいと思ったんですが、もうサンセバスチャン映画祭に出品が決まっていたので。」

―カンヌはドキュメンタリーとフィクションの壁が薄くなってきていますが、TIFFは?

 矢田部「はっきり言って壁はなくしたいです。ですが、なくすと言った瞬間に、何倍もの作品を検討しなくてはいけなくなり、こちらの運営体制から考えなくてはいけないということもありまして。くだらない理由で恥ずかしいんですが。もともと僕も佐藤真さんとドキュメンタリーに関わってきましたから、ドキュメンタリーとフィクションを隔てる必要は全然ないと思っています。一方で、山形ドキュメンタリー映画祭がない年、あるいは山形が取り上げないようなタイプのドキュメンタリーを特集する部門があったらいいなと去年くらいからずっと思っています。将来の夢ですね。」

―ナチュラルTIFFに、そんな匂いがちょっとしますね。

 矢田部「まさにそうなんです。」

(10月14日、築地の東京国際映画祭事務局にて)

(齋藤敦子)
1