シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(4完)コンペの意義とは?

2011/11/01

 最終日10月30日午後から授賞式が行われ、以下のような結果が発表になりました。

 前回のレポートで"大粒化"の難しさについて触れましたが、今年の問題点は審査する側にもありました。一昨年のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ、昨年のニール・ジョーダンと監督が続いてきた審査員長が、今年はプロデューサーになったこと、しかも5人の審査員のうち、プロデューサーが2人もいて、監督が1人しかいないのは問題になるだろうと危惧していました。おそらく今年はプロデューサー受けのする"仕上がりのいい"映画に賞が行くのではないか、という私の予想は残念ながら当たってしまいました。

 『最強のふたり』は、事故で首から下が麻痺した大富豪と、介護に雇われる貧しい黒人青年の交流を描いたコメディで、楽しい映画に仕上がってはいるのですが、普通に劇場公開されて当然の商業映画で、これがTIFFのグランプリかということに私は違和感がありました。この違和感はプレス共通だったようで、授賞式後の審査員記者会見で、"映画祭のコンペの意義とは何か"という質問が飛んだのですが、残念ながらその質問の真意は審査員に伝わりませんでした。
 矢田部ディレクターは、2006年にミシェル・アザナヴィシウスの『OSS117私を愛したカフェオーレ』がサクラグランプリを獲った経緯を傍で見ていたはずで、『最強のふたり』をコンペに入れることについて"最後まで悩んだ"とインタビューで語っていたのはそのためでしょう。今年のカンヌでも、最後に員数合わせでコンペ部門に格上げになったアザナヴィシウスの『アーティスト』が予想外の賞を獲ってしまったり、去年のヴェネチアでは王兵の『無言歌』が無冠に終わったりと、映画祭側と審査側の齟齬はTIFFだけの問題ではないのですが。

 今年、賞に絡んだ作品の中で唯一、映画的に冒険していた作品は監督賞の『プレイ』でした。スウェーデンの地方都市イェーテボリで、ショッピングモールにいた3人の少年が黒人の少年グループから"お前の携帯は仲間の弟の盗まれた携帯だ"と因縁をつけられ、つきまとわれ、ついには携帯も財布もすべて盗られてしまうまでをドキュメンタリーのように撮りあげた作品。黒人少年グループが巧妙に"カツアゲ"する様を、周囲の無関心な大人の視点で観客に体験させるように撮るという手法が、ときにあざとく感じるものの、普通の人々の良識に隠された差別意識をあぶり出す、意欲的な作品でした。

 プレスマンの講評によれば、『最強のふたり』、『キツツキと雨』、『プレイ』の3本が最終審査に残り、『キツツキ』は軽すぎ、『プレイ』は暗すぎ、結果として『最強』がグランプリになった、とのことでしたが、よくよく聞いてみれば『プレイ』を支持したのは小林監督だけで、グランプリと他2本の間には大きな差があったようです。

 むしろ、私が注目したのは観客賞に『ガザを飛ぶブタ』が選ばれたことの方でした。イスラム教でもユダヤ教でも不浄とされているブタを海で釣り上げてしまったパレスチナ人の漁師が、厄介者のブタをなんとか処分しようと奮闘する姿に政治的な寓意を込めて描いた作品で、作りに甘さはあるものの、見ていて考えさせる面白い映画でした。これが『最強のふたり』よりも支持されたことに、私はTIFFの観客の"健全さ"を感じました。

 今、TIFFはワールドプレミア、インターナショナルプレミアなど"プレミア"度が高く、かつ知名度のある監督の作品を並べることで、外向けに映画祭の格式を整えようとしているように見えます。その難しさが見えてきたのが今年でした。が、実は観客は必ずしもその方向性を支持しているわけではなく、むしろ『ガザを飛ぶブタ』のような、小粒でも映画祭でしか見られない世界の映画をもっと見たいと思っているのではないか、そんな感触を受けた今年の幕切れでした。



受賞結果

●コンペティション部門
東京サクラ グランプリ:『最強のふたり』監督エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ
審査員特別賞:『キツツキと雨』監督 沖田修一
監督賞:リューベン・オストランド監督プレイ』
女優賞:グレン・クローズ『アルバート・ノッブス』監督ロドリゴ・ガルシア
男優賞:フランソワ・クリュゼ、オマール・シー『最強のふたり』
芸術貢献賞:『転山』監督ドゥ・ジャーイー『デタッチメント』監督トニー・ケイ
観客賞:『ガザを飛ぶブタ』監督シルヴァン・エスティバル

●TOYOTA Earth グランプリ
グランプリ:『鏡は嘘をつかない』監督カミーラ・アンディニ
審査員特別賞:『ハッピー・ピープル タイガで暮らす1年』
監督ドミトリー・ワシコフ、ウェルナー・ヘルツォーク

●アジアの風部門
最優秀アジア映画賞:『クリスマス・イブ』監督ジェフリー・ジェトゥリアン
スペシャルメンション:『鏡は嘘をつかない』監督カミーラ・アンディニ
             『TATSUMI』監督エリック・クー
             『ラジニカーントのロボット』監督S・シャンカル


●日本映画・ある視点部門
作品賞:『ももいろそらを』監督 小林啓一


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TOYOTA EARTHグランプリ
『鏡は嘘をつかない』カミーラ・アンディニ監督(左)
『ハッピー・ビープル』ドミトリー・ワシュコフ


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日本映画・ある視点作品賞『ももいろそらを』小林啓一監督


RIMG0193.jpg芸術貢献賞『転山』ドゥ・ジャーイー監督


RIMG0219.jpg観客賞『ガザを飛ぶブタ』シルヴァン・エスティバル監督と女優のミリアム・テカイアさん


RIMG0235.jpg審査員特別賞『キツツキと雨』沖田修一監督


RIMG0254.jpg監督賞『プレイ』リューベン・オストルンド監督


RIMG0265.jpg審査員記者会見の模様

(齋藤敦子)

(3)創造性、冒険性に課題

2011/10/31

 開幕翌日の22日、六本木ヒルズのムービーカフェで審査員の記者会見が開かれました。今年の審査員は、審査員長が『ウォール街』などで知られるアメリカのプロデューサー、エドワード・G・プレスマン氏、ピーター・グリーナウェイ作品のプロデューサーでオランダ人のキース・カサンダー氏、昨年『ブッダ・マウンテン』で最優秀女優賞を受賞した中国の女優ファン・ビンビンさん、フランスで活躍する特殊メイクアップ・アーティストのレイコ・クルックさん、日本から、最新作の『ぎりぎりの女たち』がARIGATOプロジェクト"震災を越えて"で上映される小林政弘監督です。

 矢田部ディレクターとのインタビューにもあったように、今年のコンペ作品は15本、イギリス、アイルランド、フランス、イタリア、スウェーデンといったヨーロッパ映画が優勢。中南米はメキシコが1本だけ、アジアは中国映画2本、タイ、トルコ、日本が各1という内訳で、印象としては西高東低です。内容的には、名のある監督の作品はとりあえず揃ったが、必ずしも創造性にはつながっておらず、冒険している作品は少ない感じがします。有名監督、スターの出ている"普通"の作品か、無名監督、ノースターでも先鋭的な作品か。ここ数年、TIFFのコンペは"大粒化"を目指しているわけですが、それが必ずしも内容的な充実に一致しないし、一致させるのは容易ではないことが明らかになった年ではないかと私は思います。
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CIMG4118.JPG写真上は、10月23日に六本木ヒルズのムービーカフェで行われた審査員記者会見の模様。左からレイコ・クルック、キース・カサンダー、エドワード・G・プレスマン、ファン・ビンビン、小林政弘の各氏です。

写真下は、今年はARIGATOプロジェクトの一環として会場のあちこちで募金活動が行われたのですが、矢田部ディレクターの姿を見かけたので、写真を撮らせてもらったもの。募金に協力しているのは、ワールドシネマ部門に『黒澤、その道』を出品したカトリーヌ・カドゥー監督です。『黒澤、その道』は評判の高さにもかかわらず、黒澤作品の映像使用許可の問題があり、劇場公開できるかどうかは未定とのことです。

(齋藤敦子)

(2)映画熱高まる中国、台湾・・・/アジアの風 石坂健治ディレクターに聞く

2011/10/25

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―石坂さんはディレクターになって5年目ですが、依然としてアジアは西寄りの傾向が続いているんでしょうか?
石坂:私としては、ぶれないで、ずっと同じことをやっている感じです。特集に関しては基本的に国と人と歴史(映画史)の3本柱で、今年はたまたまきれいに3つが揃いました。

―今年の傾向を一言で言うと?
石坂:国や地域として映画が上り坂になってきているところが目立ってきている。具体的にいうと、中国、台湾、トルコとか、その辺ですね。あと、『ノルウェイの森』の映画化以降、漫画を含めた日本文学をアジアの監督が映画化するというものが今年も幾つかありました。

●国の援助が手厚い中国
―中国、台湾は、以前からニューウェーブがありましたが、上り坂というのは新たな形で、それともそれに続く形で?
石坂:より一層という感じです。ただ台湾と中国は事情が違って、中国はどちらかというと国家的なソフトパワーのプロモーションというか、文化支援を国としてやりだしていて、国家の援助が、ものすごく手厚くなっています、それは本数に如実に表れていて、去年は製作本数が500本を越え、日本を抜いて、インド、アメリカに次ぐ世界3位の映画製作国になりました。量としての充実があって、大作から、アジアの風で上映されるような中規模なもの、アングラ、インディーズまで、それぞれ特徴が出て来ていますね。

台湾はまったく別で、若い人達が作っている娯楽映画が、観客の支持を得て大ヒットが相次ぎ、観客動員から見たルネッサンスのようになっています。2008年の『海角七号』が起爆剤でしたが、あれが花火に終わらずに、産業として盛り上がってきたんです。かつての台湾映画は作家性の強い監督がリードしていたものの、興行には結びつかず、暗黒時代と言われていたけれど、ここ3年くらい産業としても上向きになりました。今年で言えば、リエン・イーチーの『運命の死化粧師』は、『おくりびと』みたいに始まるけど、どんどんサスペンスになっていく。それから、ギデンズの『あの頃、君を追いかけた』は、これは青春ものの王道ですが、今、記録的な大ヒットをしています。『死化粧師』もそうで、この2本は現地で大ヒットしているのをそのまま持ってきた感じですね。

―ただ、中国でいうと、国家的支援を受けた映画は海外の映画祭ではなかなか認められない、質としてどうなのかという点。台湾についても、去年の台湾映画の特集で見た限りでは、私としては作品的には薄味になっているなと思ったんですけど。
石坂:中国はどこを切り取って見せるかという課題がこっち側にありますね。それこそ大作の歴史物なのか、アングラ、インディーズなのか。私の好みはその真ん中くらいなんです。例えば『ここ、よそ』は、王兵の『無言歌』の撮影監督だったルー・シェンの監督作で、彼はパリで勉強して、ジャ・ジャンクーのスタッフをやり、王兵の「無言歌」を撮った人ですし、『僕は11歳』の王小師は、『北京の自転車』や『重慶ブルース』を監督した人で、世代でいうとジャ・ジャンクーやロウ・イエと同じ第六世代ですが、私はあの世代の中では一番好きで、追っかけています。ジャ・ジャンクーが上海だとすると、この人は重慶で、内陸というか、より奥に入って、そこで変わりゆく中国をずっと見つめている。若い頃に結構上映禁止をくらったりはしたけど、彼もやっぱり真ん中を行っている人ですね。

●辰巳ヨシヒロ作品のアニメ化
―中道路線ですね。東南アジアは?
石坂:日本文学の映画化という意味でいうと、辰巳ヨシヒロの漫画をアニメ化した『TATSUMI』というのが1つ。監督のエリック・クーはTIFFの常連ですが、今やカンヌの常連でもあり、辰巳ヨシヒロは<ガロ>の漫画家だったんで、日本ではかなりマニアックな読者がついてる人だけれども、英語訳や仏語訳が出ていて、エリック・クーも英訳で読んで、辰巳さんにじきじきお願いに行ったらしいです。

―これは私もカンヌで見ました。インドネシアはどうでしょう?
石坂:台湾とちょっと似たところがあって、昔はガリン・ヌグロホなどの映画作家が、スハルト時代に反体制的メッセージを潜ませながら作った映画が海外の映画祭で賞を獲っていたという感じですが、ポスト・スハルトの時代になって十数年過ぎて、かなり規制がとれて、映画としては風通しがよくなって、若い人達が出て来ています。

―最近のヌグロホは?
石坂:ついに娘の時代になって、この『鏡は嘘をつかない』というのは娘の監督作なんです。テーマは父親と似ていて、きれいな珊瑚礁の南の島で生きる、父親を海で亡くした少女の成長物語なんですけど、父ヌグロホがプロデューサーに回ったことと、日本の3.11の映像が早くも使われているのが話題です。フィルメックスが上映するパナヒの『これは映画ではない』にも軟禁されている家のテレビに3.11が出て来ますが、これも皆でテレビを見ている中に出てきます。いろいろな災害が多いだけに、アジアの監督はリアクションが早いですね。

●大江文学の映画化「飼育」
日本文学の映画化ではもう1本、『飼育』が大江健三郎の映画化です。大江文学はいろんな国で翻訳されていますが、リッティ・パニュはフランスで読んだと思います。フランスのテレビ局で制作したものですね。原作は太平洋戦争中に米軍機が落ちて、黒人兵を飼育する話ですが、これは舞台をベトナム戦争の時代のカンボジアに変えています。原作小説では、黒人兵を"飼育"するのは皇国史観の少年だけど、映画ではポルポト派に洗脳されたクメール・ルージュの少年になっている。パニュには山形でグランプリを獲った、一連のポルポト派の傷跡をえぐるドキュメンタリーもありますし、これは注目の作品で、大島渚監督の『飼育』を一緒に比較上映します。

―大江文学の映画化があって、突然インドはボリウッドで、ラジニカーントというところが凄いですね。
石坂:私的にバランスを考えて(笑)。地域的なこともそうですが、ジャンルとか、規模とか、やたらにバランスを考える人間なんです。今年は映画史の特集でボリウッドをやりますが、これとラジニ様で、今年のインドはガンガンお祭りです。

―ディスカバー亜州映画で各国の映画史をやるということですが、それになぜかキム・ギヨンの『玄界灘は知っている』が入っていますね。
石坂:要望が多かったからです。『玄界灘』は2度目の上映ですが、キム・ギヨンは毎年やってますよ(笑)。『玄界灘』の上映後に、キム・ギヨン発掘最前線レポートのようなことをしゃべるんですが、今年の話題は、アメリカでデビュー作のフィルムが発見されたことです。朝鮮戦争が終わってすぐの1955年にデビューした『死の箱』という作品で、ソウルのフィルムセンターで見せてもらったんですが、映像は完璧なんですが、音声が欠落してて、これをやるかどうか随分悩んで、今年は諦めました。

―台本は?
石坂:何にも残ってない。資料も何もない。映像だけでは韓国でもディテールがわからないという。ただ面白いんです。『死の箱』というのは白木の骨箱のことで、朝鮮戦争が終わって、戦死した息子がいる農家に戦友という男が骨箱を持って帰ってくるんですが、最初の場面で農家の庭で鶏を絞めている。

―既にキム・ギヨンですね。
石坂:農家には可愛い妹がいて、男は"お兄さんとは戦友で、仲がよかった"とか言いながら居着いてしまう。どうも変だなと思っていると、男は実は北のスパイで、骨箱といっていた箱のなかには時限爆弾が入っていて、時がきたら町の中に持っていって爆破させ、北のゲリラが山から出てきて制圧するという作戦になっていた、さて、どうなるか、みたいな話です。

―当時の時代背景にギヨン・タッチが入っていて面白そうですね。例えば読唇術の出来る人に俳優の口の動きを読んでもらって字幕をつけたらどうでしょう?ひソウルのフィルムセンターの方にお願いしてみてください(笑)。
 ではイランですが、イランは国として、いろんな問題がありますけど。

●手話が活躍するロードムービー
石坂:イランはすごく応募作品も多くて、質も高くて、選ぶのに迷いました。モルテーザ・ファルシャバフの『嘆き』は、ついさっきプサンでグランプリを獲ったと聞き、俺の見た目は間違ってなかったと、ちょっと勇気を持ったんですが、聾唖の夫婦と少年が車で旅をするというロードムービーで、手話で物語が進んでいくという実験的な作品です。最初ちょっと途惑うけど、見ていると、はまっちゃうんですよ。
イラン同様、中東は好調です。トルコのセイフィ・テオマンは、『夏休みの宿題』という子供が主人公の映画を3年前にやったんですが、今度はダメ男二人と女子大生が同居してどうなるかという話で、どちらかというとヨーロッパ的な洗練された映画です。テオマンは、ポーランドのウッジ国立大に留学し、冷戦時代の東側の教育を受けているんだけど、影響を受けたのはエドワード・ヤンと侯孝賢だと言ってはばからない人で、前回来たときには、あの頃の台湾映画のような映画を撮りたいと言っていました。

―そういう映画になっているんですか?
石坂:全然。そのあたりが面白いなと思って。イスラエルの『孤独な惑星』はフェイク・ドキュメンタリーで、大戦中に狼に育てられた元野生の少年、今は野生の老人をイスラエルの撮影隊がシベリアに探しに行くという、これも凄く面白い映画です。

―では特集ですが、今年"フィリピン最前線"という特集を組むくらいフィリピン映画は面白いですか?

●これこそ祭り「シネマラヤ映画祭」
石坂:7月に開かれるシネマラヤ映画祭はフィリピンのサンダンス映画祭とも言われている私の大好きな映画祭で、毎年行ってるんですけど、盛り上がりが凄いんです。これこそお祭りだという感じで、作品も質が高いです。1つには、これはフィリピン型の援助の仕方なんだけど、国立のフィリピン文化センターが毎年10本企画を選んで製作費を出すんですね。全額ですが、わずかで300万くらい。デジタルなので、その位で撮れちゃうんです。そのお披露目が7月のシネマラヤ映画祭というわけです。

―商業映画界自体はまだ成り立ってはいるんですか?
石坂:成り立ってはいます。スターシステムもプロデューサーシステムもハリウッド型です。ただし、リノ・ブロカ級の海外でも有名な巨匠はもういない。それに、フィリピン映画界はフィルムの黄金時代があっただけに、いまだにフィルムにこだわっていて、うまくチェンジできてない。それで若い人達がデジタルで撮り始めたら、こっちの方が面白いということになって、大スターもこっちに移動してきてるという感じです。

―去年見たフィリピン映画も、規模が小さいわりに、主役はちゃんとしたスターが演じていました。
石坂:去年上映したシャロン・ダヨックの『海の道』は今年もやりますけど、大スターが出ていて、フィリピンのニューウェーブのきざしというか、台風の目になる予感がしています。

―ブリヤンテ・メンドーサが出て来て、その次の世代が育っているという感じですか?
石坂:みんなメンドーサに憧れを持っていますね。彼がデジタルで雑音まで全部入れてスラムを撮ったというのが1つの規範になっています。

●出会いの才能
―それと、杉野希妃さんの特集がありますね。
石坂:杉野さんの周りにマレーシアや韓国のインディーズが集まって来ている。出会うということも才能のうちとすると、彼女には出会い才能があって、出会いが出会いを呼んでいる。一番象徴的なのは、『タレンタイム』の後でヤスミン・アフマドと一緒に映画を撮るはずだったこと。ヤスミンが死んでしまって企画は頓挫しましたが、そこでもネットワークを作っています。

―杉野さんは女優でありながらプロデューサー感覚がある。
石坂:しかも日本にこだわってない。気が合ったらどこの国の監督とでも、みたいなところがあって、それが新しいタイプです。

―自分のやりたい映画のビジョンがはっきりしている人ですね。去年はトルコの監督の特集でしたが、彼女になって、ぐっと東京っぽくなりました。
石坂:海外メディアは杉野希妃をトップで報道したりしてるんですよ。こういう発信の仕方はじゃんじゃんやっていきたいんです。日本だってアジアですから。

●善し悪しあるノンリニア
―今年、何か新しいと思われることは何ですか?
石坂:フィルムの時代はどんどん終わりに近づいているということですね。近づく速度が予想していたより速い。それで輸送費が安くなって楽になったりのいい面と、作家達がなかなか作品を手放さないという困った面もある。フィルムというのは覚悟を決めて、エイヤっとやる世界ですから。

―フィルムは1回性のものですが、デジタルの世界は何回もできる。編集も1回だけじゃなくて、何回もやり直せる。
石坂:ノンリニアというんですか。これは善し悪しですね。

―実際的な面だけでなく、クリエイティブな面でも変わってくる?
石坂:もちろん伴ってきますね。ある1回性の下で切って繋ぐという思想はなくなり、それに変わる思想が出てくるんじゃないかな。

―フィルムとデジタルの割合は?
石坂:去年までデジタルはせいぜい5,6本だったんですが、今年は逆にフィルムが2、3本ですから、完全に逆転しました。

―今はワンセグだとかYouTube とか、何でも映像で見られてしまう。すると、今までフィルムで作っていた、きちっと切り取られた世界が崩れていく気がする。それが面白い方向に行くのか、つまらない方向に行くのかはまだ未知数ですね。
石坂:王兵に14時間とか、9時間とか長尺の作品があります。私は9時間の作品を見たけど、あれは見るという体験ではなく、一緒に生きるというか、一緒にその時間を過ごすという体験でした。王兵は思想的にかなり考えて、ああいう方法をとっているけど、多くは"とりあえずデジタル、低予算でいい"というあたりから始まっていて、方法的に成熟していくにはもう少し時間がかかりそうです。
―王兵くらい才能がある監督が撮ればいいけど、そうじゃない人がやったらとんでもないしょうしね。
(10月18日、渋谷・コミュニティーシネマセンターにて)

 

(齋藤敦子)

(1)若い人に映画を/矢田部吉彦プログラミング・ディレクターに聞く

2011/10/21

tokyo2011_01.jpg●"命"という切り口
-東京国際映画祭(以下、TIFF)は5月のカンヌ映画祭で、震災への支援に感謝するARIGATOナイトを開催しましたが、今年のTIFFには何か震災の影響はありましたか?
矢田部:"いい影響"というと語弊がありますが、応募作品が非常に増えました。例年5月から公募を開始し、検討対象作品というのは800本くらいなんですが、今年は1000本くらいになりまして、それだけ日本に対する関心が高まったというか、応援の意味もあると思います。それから、震災が映画の中に反映されている作品が幾つかあって、心に響きました。

-震災や福島の問題は、ナチュラルTIFFのテーマとも重なりますね。
矢田部:今までのナチュラルTIFFは"自然と人間との関わり"をテーマに掲げていたんですが、今年は、そこに、これは言葉を選びますが、"命"という切り口を設けてみました。それから、チェルノブイリを扱った『失われた大地』という作品も、これは今年本当に見てもらいと思って入れました。

-では、今年のコンペ作品について。去年のインタビューでは、大粒化を図っているというお話をうかがいましたが、今年は去年より、もう少し大粒になった感じがします。
矢田部:まさにご指摘の通り、去年の路線をもう1歩進めてみたというのが今年で、秋の世界の新作をいち早くTIFFに持って来れるようにしたいと思ったのと、有名監督の作品を意識して選びました。欧米の作品を東京でワールドプレミア上映するというのは、まだまだ難しい。これは認めざるをえないんですが、せめてトロントでワールドプレミアした作品を、その直後に東京でアジアンプレミア、というような流れを何本か作ってみたいなと思ったんです。それがセドリック・カーンの『より良き人生』、ロドリゴ・ガルシアの『アルバート・ノッブス』、マイケル・ウィンターボトムの『トリシュナ』だったわけです。

-去年は大粒化を図ったわりに、さくらゴールド賞受賞作がまだ日本公開されていないという問題があります。その『僕の心の奥の文法』は決して悪い映画ではないけれど、あのくらいの粒の大きさだと、よほど集客力のあるスターがいなければ日本公開が難しいという現実がある。大粒化はいいけれど、粒の大きさが難しい段階に入ったような機がしますが。
矢田部:去年、主要な賞をとったのが『サラの鍵』と『僕の心の奥の文法』と新藤兼人監督の『1枚のハガキ』でした。『サラの鍵』については公開に持って行きやすい内容だったし、監督賞、観客賞をとって、そのまま配給が決まったのはいいパターンだったと思うんですけど、『文法』の場合は、やはり映画祭映画というか、商業映画ではないので...。

-見れば面白いけれど、見てもらうためのとば口をどうするかという問題がありますね。映画祭が受賞作の公開を援助するというお話は去年うかがいましたが、それでも難しい問題が残ります。
矢田部:だからといって、公開されやすそうな作品を中心に選べば、それはまたぶれることになってしまうので。

-本末転倒ですしね。
矢田部:相変わらず、いろんなジレンマの中で選んでます。

●1人の作家に向き合う
-カメン・カレフ、エラン・コリリンといった、以前さくらゴールドを受賞した監督の新作が入っていませんね。
矢田部:映画祭が1人の作家にきちんと付き合っていくというのは必要だと思っていまして、実はカメン・カレフの『アイランド』に関してはものすごく議論しました。僕は、あれは偉大なる失敗作だと思っています。彼が『ソフィアの夜明け』の路線で縮こまってしまうのではなく、ああいう大胆なチャレンジをしたことは評価していて、ワールドシネマでやろうかと本当に悩んだんですけれども、最終的にはごめんなさいをしたんです。

-『迷子の警察音楽隊』のエラン・コリリンの新作は面白かったですよ。
矢田部:コリリンの映画は別の理由があり、ワールドセールスの都合で持ってこれなかったんです。

-ただし、サッソン・ガーベイさんは『ガザを飛ぶブタ』に登場しますね、代わりにと言うのも変ですけど。
矢田部:スピリッツは引き継いでいますね(笑)。ガーベイさんはイスラエル人ですが、パレスチナ人の役で、彼が主演男優賞をとっちゃうんじゃないかと。脚本もいいですし。

-『迷子の警察音楽隊』ではエジプト人の役でしたよね。何でもできちゃう人ですね。
矢田部:彼はあの地域の見えない壁を越える人ですね。

-今年の日本映画は、選択が難しかったですか。
矢田部:正直、難しかったです。本当は2本入れたかったんですけれど、今年はヨーロッパ映画が強かったんで、アジア映画も少なくなり、日本映画が1本ということも残念なんですが、若手といってもいい沖田修一監督が、役所広司と小栗旬を迎えて撮ったコメディということなので、1本で勝負できるかなと思いました。

去年の『1枚のハガキ』と『海炭市叙景』という2本の最強の組み合わせは、去年の時点で"こんないいことなかなかないぞ"と思ってたんですが、やっぱりあそこまで揃えるのはまだまだ楽ではないですね。

●コンペとステータス
-今年のヴェネチアは日本映画ががんばっていたし、震災があって日本映画はこれからだと思うのに、TIFFには日本映画がなかなか出て来ません。それは時期が合わないのか、それとも、ずらしているのか。
矢田部:その両方でしょうね。これは映画に限らず、スポーツでも何でもそうですけど、人って海外での評価の方が喜ばれがちですよね。それは心理としてはあると思いますし、ただ、それはそれとして、まだまだTIFFのコンペに出すことがステータスにつながるんだとか、その後の公開のはずみになるんだとか、そういったものがアピールしきれてないのかなと思いますね。これは本当に忸怩たる思いですけど。

-日本映画はもっと自国の映画祭に協力した方がいいと思うんですけど。
矢田部:『1枚のハガキ』は新藤監督がどうしてもTIFFのコンペでとおっしゃってくださったんです。実は配給側は夏に公開を予定していて、TIFFに出すと公開が延びてしまうので、新藤監督でなかったら映画祭で上映できなかったかなという風にも思います。それは配給会社としては当然だと思うんです。じゃあ、正月に公開される映画をTIFFのコンペでとなると、お披露目はプサン映画祭にしたい、となる。プサンを越えるものをこちらが提供しなきゃいけないんでしょうけど、なかなかそこを出しきれていないようです。

●ドキドキものの『メカス×ゲリン往復書簡』
-さっき矢田部さんがおっしゃった、"TIFFで秋の新作をいち早く"というイメージが定着すると日本映画も出しやすいような気がするんですが、そういう流れを作るのは1年や2年で出来ることではないので、がんばっていただきたいと思います。では、ワールドシネマ部門について。
矢田部:一昨年までは映画祭で受賞した作品が日本の配給会社になかなか買われなかったのが、今年になって、ベルリンのグランプリが決まったし、カンヌの主要各賞は買われてるし、ということで、逆に言うと、そういった冠作品が減りました。日本の洋画興行界にとってはいいニュースだと思うんですけれども。

-洋画の配給については、本当に底を脱した感はありますね。一昨年は本当に何にも決まらなかったのに、今年はずいぶん買われています。
矢田部:その決まってない中で、私を含めスタッフが認める作品というのを選んでいって、僕は非常にいいセレクションになったのではないかなと思います。真っ先に決めたのがジョナス・メカスとルイス・ゲリンの『メカス×ゲリン往復書簡』です。僕は、この2人の組み合わせというだけでドキドキしちゃうんです。それと、サンダンスの脚本賞をとった『アナザー・ハッピー・デイ』も、すごく良い出来です。エレン・バースティンも出てますし、このサム・レヴィンソンというのはバリー・レヴィンソンの息子なんですよ。弱冠23、4歳で、すごい脚本を書きました。これは傑作だと思います。

それから、さっき話に出た、映画祭が付き合っていかなきゃいけない監督の1人がこの『盆栽』のクリスチャン・ヒメネスです。これはカンヌのある視点に出ていた作品ですが、ヒメネスは前作の『見まちがう人たち』を2年前のTIFFのコンペで上映した際に、ジュリー・ガイエたちと会って、この作品を作るきっかけが出来たんで、これは縁結びの作品というか、東京が生んだ作品なんです。

●当日券がワンコイン
-今年は香川京子さんのレトロスペクティヴがありますね。
矢田部:日本映画のクラシックが数年間なかったので、これは映画祭としてはよろしくないなと思っていたところ、フィルムセンターさんから、香川京子さんが表彰を受けるんで、これを機に一緒にやりませんかということで、渡りに船で、やらせていただいたという経緯ですね。来年どうなるかはまだ決まっていませんし、ずっと俳優でいくかもわかりませんが、クラシックを何らかの形でやるのは映画祭の義務だと僕は思っております。

-今年の東京映画祭はここが変わったというようなところはありますか。
矢田部:すごくアピールしたいのは、学生当日券500円です。ここ数年、とにかく若い人に映画を見て貰いたいと思ってまして、映画人は皆危機感を持っていると思いますが、若い人が映画を見ないと業界の未来はないと思います。僕は、学生は無料でいいとまで言ったんですが、さすがに無料だといろんなオペレーションに問題があるみたいで、オープニングとクロージングをのぞく全部門、当日1コイン500円で見て貰えるようになりました。これは今年に限らず、何年か続けてアピールしていきたいと思います。
(2011年10月12日 東京・映画祭事務局にて)

写真は中央区新川のオフィスで映画祭スタッフに囲まれて。

(齋藤敦子)
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