シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(5・完)ビジョンに欠ける東京/現場の熱意生かす必要

2013/10/27

tokyo13_p_05_01.jpg 25日夜、授賞式が行われ、受賞結果が発表になりました。今年の審査員は映画監督のチェン・カイコーを長に、オーストラリアのプロデューサー、クリス・ブラウン、イギリスの映画監督クリス・ワイツ、韓国の女優ムン・ソリ、日本の寺島しのぶの各氏です。

 大賞の東京サクラ・グランプリに選ばれたのは、楽器もないのに、やみくもにパンク・バンドを始めてしまう3人の少女たちの奮闘を描いたスウェーデン映画『ウィ・アー・ザ・ベスト』。ルーカス・ムーディソン監督が、妻であるココ・ムーディソンの自伝を映画化したもので、完全にノー・マークの作品でした。

 受賞後の記者会見でクリス・ワイツ監督が漏らした話によれば、賞は『ウィ・アー・ザ・ベスト』、『馬々と人間たち』、『ルールを曲げろ』、『エンプティ・アワーズ』の間で争われ、最終的に以下のような結果になったとのこと。つまりは男女優賞は政治的な配慮の結果なのだと思います。『レッド・ファミリー』が外れたのは予想外でしたが、ああいうB級テイストを面白がる審査員がいなかったのは残念でした。

 バブル期に"日本にも世界的な映画祭を"と目標を高く掲げて出発した東京国際映画祭ですが、その後バブルがはじけ、当初は潤沢だった予算が次第に縮小されるにつれ、マイナーチェンジを繰り返しながらも、ここまで続いてこられたのは、ひとえに現場の熱意があったからだと思います。今年、国際感覚に優れたカリスマ経営者で映画好きだった依田巽チェアマンが退任した結果、TIFFの抱えていた問題が一気に表に出たように感じました。

 その一番の原因は、国際映画祭とは何か、どうあるべきかというビジョンが日本の映画業界に欠けていることだと思います。業界がTIFFに求めるのは、スペシャル・スクリーニングに公開間近の作品を並べ、ゲストにグリーン(レッド)カーペットを歩かせて宣伝に利用することだけ。矢田部プログラミング・ディレクターのインタビューにもあるように、彼らがコンペティション部門に求めるのは、劇場公開してヒットする『最強のふたり』のような作品、という意識の低さです。これは業界だけでなく、映画を扱うのが経産省と文化庁(文科省)に別れ、一貫した政策のない行政の側にも言えることで、今では官民一体となって映画産業を盛り上げている韓国のプサン国際映画祭に追い抜かれ、山形ドキュメンタリー映画祭にさえ質と量で敵わない状態になっています。

 これからTIFFがどういう道をたどるかは、日本の映画業界がどこまで国際映画祭を必要としているのかにかかっており、業界の意識改革なくしてTIFFの未来はない、ということを改めて強く感じた今年の映画祭でした。

 写真は大賞の東京サクラ・グランプリを受けた「ウィ・アー・ザ・ベスト」の1シーンです。

【受賞結果】
<コンペティション>部門
東京サクラ グランプリ、東京都知事賞
『ウィ・アー・ザ・ベスト』監督ルーカス・ムーディソン(スウェーデン)

審査員特別賞
『ルールを曲げろ』監督ベーナム・ベーザディ(イラン)

最優秀監督賞
ベネディクト・エルリングソン監督『馬々と人間たち』(アイスランド)

最優秀女優賞
ユージン・ドミンゴ『ある理髪師の物語』監督ジュン・ロブレス・ラナ(フィリピン)

最優秀男優賞
ワン・ジンチュン『オルドス警察日記』監督ニン・イン(中国)

最優秀芸術貢献賞
『エンプティ・アワーズ』監督アーロン・フェルナンデス(メキシコ)

観客賞
『レッド・ファミリー』監督イ・ジュヒョン(韓国)

<アジアの未来>部門
作品賞
『今日から明日へ』監督ヤン・フイロン(中国)

スペシャル・メンション
『祖谷物語-おくのひと-』監督 蔦哲一朗(日本)

<日本映画スプラッシュ>部門
『FORMA』監督 坂本あゆみ

(齋藤敦子)

(4)「蟻族」の青春描く/アジアの未来・作品賞「今日から明日へ」

2013/10/26

tokyo13_p_04_01.jpg 昨年まで<アジアの風>といった部門が<アジアの未来>という長編2作目までの若いアジアの監督を対象としたコンペティション部門になりました。この部門では出品作8本のうち7本を見ましたが、仕事が重なって、やむなくキャンセルした日本映画『祖谷(いや)物語-おくのひと-』を見逃したことがとても心残りです。

 石坂健治プログラミング・ディレクターとのインタビューにも出てくるように、新人でもインディーズと限らないのがアジアの特徴。インドの『祈りの雨』は、1984年にインドのボパール市にあるアメリカ企業ユニオン・カーバイト社の農薬工場から猛毒ガスが流出し、周辺に住む住人1万人が死亡したと言われる事件の映画化。社会問題を扱いながらマーティン・シーンやミーシャ・バートンといった有名俳優やアメリカで活躍するインド系アメリカ人のカル・ペンといったスターを配して娯楽映画に仕立てたところがインドらしいと思います。ラヴィ・クマール監督はボパール出身で、これが長編デビュー作です。

 韓国の『起爆』は、爆弾を製造・爆破させて少年院に入った過去を持つ大学の研究員が、反抗的な学生と出会って深みにはまっていくサスペンス映画。キム・ジョンフン監督は31歳の新鋭で、長編デビュー作ながら、手慣れた演出で面白く見せてくれます。ただ、これは今年のカンヌで短編パルムを獲得した韓国映画『金庫』を見たときにも感じたことですが、全面的な国のバックアップを得て、映画業界と教育機関が一体化して新人を育成する韓国映画からは技術的にも優れた立派な作品が次々に生まれてくるものの、この作品をどうしても作らねばならなかった監督の思いのようなものが希薄な気がするのです。イ・チャンドン、キム・ギドク、ヤン・イクチュンに次ぐ新しい才能を早く見たいと思うのですが。

 トルコの『空っぽの家』は家族の絆をテーマにした作品で、父に家を出ていかれてバラバラになった家族を必死につなぎとめようとする長女の姿を中心に描いたもの。デニズ・アクチャイ監督はニューヨークで映画を学び、脚本家としてキャリアをスタートさせた女性で、これが長編監督デビュー作。トルコでは近年ニューウェーブといってもいい潮流が生まれており、2010年に『蜂蜜』でベルリン映画祭金熊賞を受賞したセミフ・カプランオール監督、今年のTIFFのコンペ部門に『歌う女』を出品したレハ・エルデム監督など、優秀な才能が生まれています。

 イランの『流れ犬パアト』は、主人が殺されて野良犬になったパアトという犬の目を通してイランの社会問題を浮き彫りにするもの。アミル・トゥーデルスタ監督は多くのCMを制作してきた31歳の新鋭で、これが長編デビュー。CM制作で培った垢抜けた映像で面白く見せてくれます。

 完成度の高い、新人らしからぬ作品が多かった中で、作品賞を受賞したのは中国の『今日から明日へ』でした。再開発の進む唐家嶺という北京郊外の町を舞台に、生活費を節約するため家賃の安い集合住宅に固まって暮らす蟻族と呼ばれる若者たちの姿を描いた青春映画で、ヤン・フイロン監督の自伝的な作品。技術的には前述の韓国、トルコ、イラン映画などには及ばないものの、監督がこの作品を撮りたいと思った、思いの強さがより高く評価されたように思いました。

 審査員の一人を務めた青山真治監督の講評によると審査は2対1に別れたそうで、1票差で破れた蔦哲一朗監督の『祖谷物語-おくのひと-』にはスペシャル・メンションが与え
られました。

 蔦監督は1984年生まれ。独自の方法で現像から焼き付けまでのすべての作業を自分で行うという文字通りインディペンデントの映像作家。『祖谷物語』も、デジタル全盛の時代に逆らい、35ミリフィルムを使って四季折々の自然を徳島の山奥で1年間に渡って撮影したものだそうです。

  写真はクロージングイベントから。(c)2013 TIFF

(齋藤敦子)

(3)大自然の下、驚きのエピソード/エルリングソン監督の「馬々と人間たち」

2013/10/25

tokyo_p_2013_03_01.jpg 今年から<コンペティション>と<アジアの未来>という2つの部門がコンペになったため、賞に引っかかる可能性のある映画は見ておかねばと、いつもより多めに映画を見たのですが、賞の対象が増えて23本になり、とても全部は見きれなくなってしまいました。コンペ部門で面白かったのは、韓国のイ・ジュヒョン監督の『レッド・ファミリー』とアイスランドのベネディクト・エルリングソン監督の『馬々と人間たち』の2本です。

 『レッド・ファミリー』は、誰もがうらやむ理想の家族が実は北朝鮮から潜入してきたスパイの疑似家族だった、という奇想天外な設定で、隣に住む喧嘩ばかりしている韓国人家族と交流するうちに次第にお互いに影響を受けて...、というストーリー。日本でも大ヒットした『シュリ』あたりから続く北朝鮮スパイものをパロディにしたような映画です。製作と脚本をキム・ギドク監督が手掛けているので、毒のあるユーモアが散りばめられていて、それでいて人間にとって祖国とは何か、幸せとは何かという根源的な問いを突きつける、感動作になっていました。

 『馬々と人間たち』は、野生の馬を調教したり、使役したりして生計を立てている村を舞台に、馬と人間にまつわるエピソードを綴ったもの。沖を通るロシア船まで馬に乗ってウォッカを買いに行く男、道に迷って吹雪に見舞われ、馬を殺して腹の中にもぐりこんで助かる男など、驚くべきエピソードが続くなかに、厳しい大自然の中で暮らす馬と人間の性と生活が浮かび上がってきます。

 エルリングソン監督は俳優出身で、この作品が長編デビュー作だそうで、製作を『精霊の島』や『コールド・フィーバー』で日本でもお馴染みのフレドリク・トール・フレドリクソン監督が担当しています。

その他の作品で気になったのは、『北京好日』で1993年の第6回東京国際映画祭の<ヤングシネマ>部門で大賞の東京ゴール賞を獲ったニン・イン監督のひさびさの新作『オルドス警察日記』。これはモンゴル自治区のオルドスを舞台に、私生活を犠牲にして公務に尽くし、殉職した警察署長ハオ・ワンチョンの実話の映画化で、熱血漢ハオ署長の人柄に急速に発展していく新興工業都市の問題を交えて描いた作品です。

 メキシコの『エンプティー・アワーズ』は、浜辺のモーテルの管理を任されることになった17
歳の少年セバスティアンと、いつも恋人に待ちぼうけをくわされるミランダとの淡い恋を描いたもの。監督のアーロン・フェルナンデスはパリで映画を学んだ新鋭で、これが長編2本目。登場人物の心の動きが繊細に描かれ、あざとさのないところに好感を持ちました。

  写真は『馬々と人間たち』の記者会見の模様で、ベネディクト・エルリングソン監督(右)とプロデューサーのフレドリク・トール・フレドリクソンさんです。

(齋藤敦子)

(2)「プサン」をモデルにコンペ強化/石坂健治<アジアの未来>ディレクターに聞く

2013/10/24

tokyo13_p_02_01.jpgQ:今年は大きな変化がありました。一番大きかったのは<アジアの風>が衣替えして、新しいコンペティション部門である<アジアの未来>になったことです。変えるに当たってTIFFはどういうポリシーを選択したのか、その選択に矢田部さんや石坂さんの意向はどの程度反映されたんでしょうか。

石坂:今年の大幅なシフトチェンジには積極的な前向きの理由と消極的な理由があるのは確かです。予算が厳しいというのが消極的な理由です。予算がないならないで、できる範囲で前向きなことをやろうという話し合いが、かなり前からありました。積極的な理由はいくつかあって、1つは、1985年の1回目から97年まで<ヤングシネマ>というコンペ部門があったことで、新人のコンペという精神はどこかで復活させたいという思いは前からあった。ただ、<ヤングシネマ>は全世界が対象でしたが、最近の傾向として、毎年100本から200本単位で応募本数が増えているなかで、特にアジア、中東の映画が増えていて、しかも1本目とか2本目の監督が多い。そこだけ限定しても第2コンペ的なものができるんじゃないかという見通しは数年前からありました。

 加えて<アジアの風>という部門は非常にたくさんのメニューでやる非常に大きな部門で、最優秀アジア映画賞を出していたけど、賞の成り立ちからすると、部門の方が先にあって、賞を後で作ったんです。それでパノラマ的な、たくさんメニューがあります的な部分と、賞もあります的な部分の関係がよくわからないまま来ていた。賞の審査も、この作品とこの作品はよそでもやってるから外し、この辺はベテランの監督だから外し、この辺で賞を決めましょう、みたいなことに毎年なっていた。だったら新人のコンペと、コンペとは関係のない、パノラマ的なものとにはっきり分けようという考え方です。パノラマ的なところは、今年は<ワールド・フォーカス>という部門に入れたんですが。それから、もう1つは、コンペに日本映画も入れるということ。<アジアの風>はアジアといってるわりに日本は入ってなかった。日本は日本で、別の部門があったので。

Q:本数的にはぐっと減りましたね。<ワールド・フォーカス>にアジアが含まれるとしても、<アジアの風>の何分の1というか、ぐっとコンパクトになりました。今まで石坂さんがやろうとしていたことは、こういうやり方で達成できるんですか?

石坂:今年は我慢の時だと思っています。青写真としては、プサンみたいなモデルを考えていたんです。プサンには<ニュー・カランツ(新しい潮流)>というアジア映画のコンペがあって、ここで10本程度、そして<アジアの窓>というパノラマ的な部門で50何本か紹介する。で、10プラス50ですごい数になるわけです。私の考えたモデルはそれで、予算が減ったなかで、そこに向かうには、まずはコンペというシフトチェンジをきちっと作り、そのうえでパノラマを膨らましていく。これは本当に予算次第ですが。

Q:今後は<ワールド・フォーカス>でアジアを扱っていく。今回は台湾が特集になっていますが、そういう形で膨らませていくということ?

石坂:アジア映画というくくり方が希薄になるかもしれないし、それまでのアジア映画ファンが戸惑うかもしれないとは思っています。

Q:<アジアの風>についていたお客さんがすごくがっかりしている気はします。

石坂:映画祭の作り方が両極あるとすると、お客さんやファンに向けての顔と、世界の映画祭の中で、どういうステイタスでいるかということで、ファンをおいてきぼりにする気持ちは全然ないですが、今年はちょっとハードルを上げてみたんです。

Q:TIFFはこんなアジアの新人を発見した映画祭だというのを全面に出していこう、真にインターナショナルな映画祭になっていこうという意志の現れ?

石坂:私の担当する部門についてはそういう意識です。

Q:今年は新人の作品を沢山見たわけですが、何か傾向は?

石坂:日本では、新人というと低予算のインディーズという感覚があると思うんですが、全然そんなことはなくて、特に映画が盛んな国、具体的には韓国とかインドでは1本目でも大作を撮るといった人がかなりいますね。今年の8本でも、そういう傾向が見えてるという気がします。

Q:こうなるとフィルメックスとバッティングしませんか。その辺はどういう風に差別化を?

石坂:むしろプサンの<ニュー・カランツ>との棲み分けですね。あそこは10本ちょっとで、すべてワールドプレミアです。去年までの<アジアの風>はプレミアとは関係ないですから、ワールドプレミアの時点で出してくださいと交渉しても、プサンに持っていかれることがよくあったんです。<アジアの未来>はアジアンプレミア以上というハードルをつけた。そしたら、結果として8本中4本がワールドプレミアになりました。

Q:プサンが仮想敵なんですね。プサンとはバッティングしませんでしたか?

石坂:全然ダブってない。アジアンプレミア以上だからバッティングしないわけです。青山真治監督がプサンと<アジアの未来>の両方の審査員をやるのは1本もダブってないからです。

Q:作品はバッティングしなかったのに審査員はバッティング?

石坂:お互い全然知らなくて、蓋を開けてみてあれっと思った。プサンには『共喰い』が出るし、若い監督を青山さんに見て欲しい、新人たちも励みになるということで、たまたまそうなったんです。
 今後の課題は、パノラマ的なところをいかに膨らませるということです。予算がなくなっていくなかで、パノラマ的な部門がただ小さくなっていくという見せ方はダメですから。

Q:コンペにしましたと言えば、小さくなったものがそれほど小さく見えない?

石坂:結構、背水の陣ですよ。そもそも扱える本数が激減しているなかで、どうやるか。プログラム・ディレクターの役割がこれからもう少しスポンサー探しとか大使館回りとか、そういう部分が大きくなっていくんじゃないですかね。
 <アジアの未来>に関して言うと、応募する側の意識が変わってきた感じはあるんです。まだ1回目ですが、新人なのでよろしくというのが多くなっていて、これから東京に応募しようかプサンにしようかという悩み方になるといいなと。

Q:この映画はプサン向き、これは石坂さん向きとかの色が見えてくれば、応募する側も考えるんではないですか。選ぶに当たっての基準のようなものは?

石坂:今年のコンペの審査員長のチェン・カイコーさんがこの間の記者会見のときにビデオメッセージを流したなかで、すごくいいことを言っていました。彼は"作家の新鮮な世界観を見たい、それは不思議なことにキャリアの早い時期に現れているものだ"という言い方をしていて、的を射たというか、審査員としては完璧なコメント、臨み方ですよね。まさにそういう世界観を見たい。こんな世界の切り取り方があるのか、というものを見たいという思いで予備審査からずっとやってきています。

Q:今、アジアや中東の映画界はどんな状況ですか?

石坂:製作本数は増えています。中国がひとりで伸びてる感じもあるけど、台湾も元気になってきたし、トルコなんかはずっと好調だし、インドネシアも撮れています。
 インドは今年がインド映画生誕百周年なんですが、それとは関係なく、非常に新しい感覚の映画がどこに行っても出ていて、これはもう十分特集できるくらいの固まりにはなると思っています。ボリウッドは別として、アート系と言われる中で、非常に新しいものが出ている。カンヌで上映された『モンスーン・シューティング』、福岡でもやりましたが。
 あと、去年のインドネシア特集を現地でもやってくれということで3月にインドネシアに行って、いろんな監督やプロデューサーに会ったんですが、とにかく女性監督がたくさん出てきています。今年、モーリー・スルヤ監督の『愛を語るときに、語らないこと』を<ワールド・フォーカス>で紹介しますが、"インドネシア女子会"という特集が出来るんじゃないかというくらいです。

Q:女性の社会進出と重なっているんですか?

石坂:そういうこともあるでしょうが、背景にはベルリンとかフィルメックスのタレント・キャンパスに参加して、それからキャリアを積んでいくという人に何人か会いました。監督ばかりでなくプロデューサーもそうです。モーリーは3年前のフィルメックスでネクスト・マスターと呼んでいた頃に参加しています。ああいう映画人の育て方には私も大いに敬意を払いますね。

Q:今年はフィルメックスのタレント・キャンパスから出た新人がカンヌでカメラ・ドールを獲っていますが、TIFFはそういうことは考えてない?

石坂:今のところはないです。

Q:本当はファンドみたいなものが出来ればいいんだけど。

石坂:最近、アジアの若い人たちと話すときによく聞くのは、"アート系の映画を作る場合は韓国のファンドをもらって、日本で配給できるようにがんばる"みたいな言い方です。日本は一応ミニシアター系のサーキットが残っているけど、日本以外では彼らが作るような、ちっちゃな映画を公開するサーキットがまったくないんです。

Q:作って映画祭に出しても、問題はそこから先なわけですね。

石坂:インドネシアのエドウィンもそうだし、ガリン・ヌグロホもそう。ミニシアターが花開いたのはアジアでは日本だけですし、まだそこそこ頑張っているから、これは映画祭とは話がちょっと離れるけど、大事にしなくちゃいけないと思いますね。

Q:<アジアの未来>は賞金が出ますか?

石坂:1万ドルです。

Q:新人で1万ドルは大きいですね。でも、<ヤングシネマ>の苦い思い出として、最初はバブル期だったので大金の賞金だったけど、だんだん減っていったという。

石坂:これ以下になることはないと思いますよ、たぶん。<ヤングシネマ>は次回作にお金をつけるというやり方で、それがなかなかうまくいかなかったんで、途中から切り替えたんですね。でも、ガリン・ヌグロホは京都の大会(注:1994年の第7回)で賞金をもらったおかげで次回作以降の資金が全部回るようになったそうですから、やっぱり相当大きな力にはなる。

Q:賞をもらうタイミングもありますね。何をいまさらっていう監督もいるし、今この人に賞をあげたら、大きく成長するって時期があるわけですから。そういうきっかけを作るのには格好の部門?

石坂:そうなって欲しいですね。
(10月8日、東京・新川の映画祭事務局にて)

(齋藤敦子)

(1)秋の新作をいち早く上映/矢田部プログラミング・ディレクターに聞く

2013/10/20

tokyo13_p_01_01.jpg 10月17日の夜、ポール・グリーングラス監督の『キャプテン・フィリップス』の上映から第26回東京国際映画祭が開幕しました。

 昨年まで5年トップを務めて任期満了で退任した依田巽チェアマンに替わって、今年4月に角川書店取締役相談役の椎名保氏がディレクター・ジェネラルに就任。トップの名称がチェアマンからディレクター・ジェネラルに変わっただけでなく、映画祭の中身についても様々な変化がありました。まずは映画祭の価値を決める作品選定について、矢田部吉彦プログラミング・ディレクターにうかがいました。

Q:今年の東京国際映画祭(以下、TIFF)は劇的な変化がありました。その一番の理由は、おそらく予算の削減だろうとは皆が思っていることですが、この変化は、これからTIFFをどういう方向に変えていこうという考えがあってのことなのか、今までの延長上なのか?

矢田部:それについては、私は話せないし、話す立場にないですね。

Q:<natural TIFF>がなくなり、<アジアの風>が<ワールド・シネマ>と合体した<ワールド・フォーカス>という形に集約されました。そういう変化に矢田部さんはどの程度、意見を言えたんですか?

矢田部:ゼロです。闘いましたが。なので、出来るところをやっていくしかなかったです。変わった一番の理由は予算ではなく、ヘッドが変わったことです。なので、そこの変化は私が話すべきことではないです。ただ、<natural TIFF>は、なくなったのが非常に悲しかった。ああいう主旨の部門は1回やり始めたらやめちゃいけないと思いますし、役割を終えたなんてことはないですから、個人的には忸怩たる思いでしかなかったです。

Q:結局、ナチュラルのコンセプトで残ったのはグリーン・カーペットだけというか。

矢田部:まあ、映画祭は山あり谷ありで、続けていくことが重要だと思いますので、また出来るかぎり本数も増やしていきたいですし、部門も増やしていきたいと思います。

tokyo13_p_01_02.jpgQ:ユニジャパンは映画祭を続けていこうという気はあると思いますが、日本の映画業界はどうなんでしょう?

矢田部:おそらく、映画会社の社長であり、相談役であった椎名さんが映画祭の外にいたときの空気を知っているからこそ、今、危機感を持って、映画祭のディレクター・ジェネラルとして積極的に国内の映画会社の人たちとの交流を深めています。積極的に東宝、東映、松竹の社長さんたちと会合を持ったり、映画業界内の盛り上げ外交を非常に積極的に行っていらっしゃいます。

Q:コンペティション部門はこれからもこの規模で続けられるわけですよね?
矢田部:そうです。今年あるものは確実に来年あります。今年以上に減るということはなくて、来年は何を復活させるか、あるいは何を新しく作るかというところに向かっていくと思います。

Q:最大の部門はアジアで、コンペにしたのはいいけど、あの本数では寂しいなという気がして。

矢田部:<ワールド・フォーカス>を2倍か3倍くらいにしたいですね。今年は石坂さんが8本、僕が8本みたいな感じでアジアと欧米を混ぜてるんですけど、これを最低2倍にはしたい。30とか40本くらいを目指したいですね。

Q:コンペの作品選定について、去年と比べて矢田部色が変わったということは?
矢田部:なるべく自分が変わらないことを目指しました。コンペティション部門も日本映画スプラッシュ部門もそうなんですが、基本的に作品選定のやり方を変えたとか、選ぶにあたって考え方を変えたとかいうことはないんです。けれども、実はちょっと突っ込んで、今までカンヌの作品が1、2本入っていたんですが、もう少し夏・秋の作品で固めていきたいな、と。

Q:いつもは、どこかの映画祭でやっていたというのが入っていましたが、今年は見当たらなかった。それは意識的に?
矢田部:かなり意識的に。ただ、細かく見ると、例えば、トロントに出ているのはありますし、サンセバスチャンからも1、2本入っています。

Q:では本当に秋の新作という感じですね。

矢田部:秋の映画祭サーキットに入っているものをいち早く日本の観客に見せようと。

Q:あと、変わった部門といえば、<日本映画・ある視点>が<日本映画スプラッシュ>に発展的に変化?

矢田部:コンセプトは一緒で、表紙だけ変わりました。より強く海外展開をプッシュしていきたいというのが椎名ディレクター・ジェネラルの意向でもあり、我々もそれを意識して選んだんですけれども、基本的な選び方は去年とそれほど変えてないです。

Q:コンペに日本映画が2本入っていますが、<日本映画スプラッシュ>と重なりませんか?

矢田部:インディーズ色が見えるというところでは近くなっているかもしれないですね。ただ、深田晃司監督の『ほとりの朔子』は日本映画ある視点の次のステップということで上がってきたわけで、去年の松江哲明監督の『フラッシュバック・メモリーズ』と同じ道をたどっているんです。榊英雄監督の『捨てがたき人々』の場合は、大森南朋さんが体を張ってて、インディーもメジャーもあまり関係ない、格を持った作品であるということで選びました。日本映画が1本だと、日本の映画祭なのに、なぜコンペに1本しかないの、ということも昔よく言われて、なるべく2本は入れたいよな、というところは意識しているんですけれども。

Q:世界基準と日本基準が違っていて、コンペティションみたいなところで並べるとその差が見えてしまい、お互いにあまり得をしない感じがする。去年の松江哲明さんの『フラッシュバック・メモリーズ』は、とっても面白かったんですが、観客賞はとったけど、本賞の方は、きちんと撮られたイスラエルの『もうひとりの息子』の方に行ってしまいましたね。それは審査員にもよるでしょうけど。ただ、『もうひとりの息子』も公開されることですし、受賞作を公開につなげるという路線で言えば、順当なセレクションであったとは思います。

矢田部:続いて欲しいなとは思うんですが、本当に難しいところですよね。だったら公開されそうだな、というのを選んでいけばいい。

Q:コンペティション部門の作品は日本公開を睨んで選んでいる?

矢田部:昔ほどは無視してないですね。

Q:昔は無視してた?

矢田部:完全に無視してました(笑)。6、7年前のラインナップを見ると、今だったら選ばないだろうというのが入ってますね。

Q:それは日本の映画状況が変わってきたから?

矢田部:それもありますし、もうちょっと粒の大きさというのを意識しますね。ちっちゃいのもありますけど、あんまりインディー、インディーで固めてはいけないという意識はあります。

Q:去年、西村さんにインタビューしたときに、日本映画はなぜ外国に行けないのかという質問をしたら、日本映画は国内のマーケットで完結するから海外に持っていくことなんて全然考えていない、プサン映画祭や韓国映画があれだけ外に向いているのは国内にマーケットがないからだ、と言われて、なるほどと目から鱗だったんです。私たちプレス関係者は、TIFFはなぜもっとメジャーな映画祭にならないのかと思うけど、日本の映画業界はそんなこと求めてなかった。その目でコンペティションのラインナップを見ると、納得するところがある。つまり、業界の人たちは、コンペの作品にある程度粒を求めるわけじゃないですか。それを矢田部さんが配慮している感じが見えるときがある。

矢田部:配慮しているというより、このくらいの粒は必要だろうなと思ってきているということはあります。『最強のふたり』問題というのがあって、あれを成功だったと言う人もいれば、逆だという人もいますよね。僕は両方の言い分がものすごくよくわかる。たとえば国内の映画関係者に、コンペティションで『最強のふたり』が賞を獲って、その後、日本でヒットしたんですよ、というと、ほとんどの映画会社の人は、TIFFのコンペ、すばらしいじゃないですか、と言うんですよね。でも海外に対してTIFFのコンペで『最強のふたり』が賞をとったというのは、あんまり言わない。このジレンマに引き裂かれながら過ごしてますね。僕はラリュー兄弟のフランス映画みたいな変化球、フランス映画祭ではしょっちゅうやるけど日本公開はまだない、でも新作が出ればカンヌのコンペに入る、みたいな人が、ちゃんと公開されてヒットすれば、これは結構自慢できると思うんですけれども。

Q:業界の人たちは日本公開できそうな、でも売れてない映画がTIFFで見たい。2番目の『最強のふたり』みたいな映画をラインナップで探したい?

矢田部:それはありますね。そこで、それを探している人の期待に応えるのか、いや、あれをもう1回探されても困るよ、なのか、どうしていいかわからない。

Q:TIFFが日本映画を外に出して行こうという気持ちを分からないではないけど、日本映画自体に外に出ようという気持ちで作っている映画って、そんなにない。

矢田部:ないです。だから、そこを焚きつけるしかないなと。その焚きつける薪になればなと思っています。審査員に海外の映画祭のディレクターなどに入ってもらいますけど、外に出て行くのはそう簡単ではないと思います。

Q:それをTIFFがやってくださればいいんですが、単に英語の字幕をつけて上映するだけでは、そこで終わってしまう。

矢田部:そうなんですよね。たとえば、作家性を持った作家が意識的に精一杯作っても、やっぱり海外の土俵に出ると、まだ力不足で負けちゃう。本当にいつまでも園子温、三池崇史、是枝裕和じゃないだろう、というか。それはすばらしいんですけど、日本映画からまだ10年くらい新しいスターが出てきてないので、その下の世代を見つけて、ちょっと盛り上げていきたい、あるいはそういう人を無理矢理作っていきたいぐらいの思いはありますね。今、『サウダーヂ』の富田克也監督と『Playback』の三宅唱監督、あの二人に続いて欲しいし、次の作品がカンヌやベルリンのパノラマとかに入って展開していくと、いいなあと思いますし、こういう人を育てていきたいですね。

Q:PFFの監督は少し若いですが、TIFFのスプラッシュとフィルメックスで上映される日本映画って、相当重なっていますよね。

矢田部:たぶん応募してる人は両方に応募してると思います。<日本映画・ある視点>時代に特別招待作品とどこが違うの?みたいな日本映画が入ってたんで、わかりにくいと思ってインディー寄りにしたら、TIFF内ではわかりやすくなったんですけど、今度はフィルメックスとの違いがわかりにくくなった(笑)。本当はPFF、TIFF、フィルメックスという、ほぼ同時期にやっている映画祭が提携して日本映画を盛り上げていくみたいな仕組みがそろそろあってもいいんじゃないかなとは思っています。

Q:どうしても重なるのは仕方がないですし、若手を応援しないと映画祭の意味がない。そうすると、何かの連動があってもいいですね。

矢田部:それについては、椎名ディレクター・ジェネラルから皆、意識は一緒だと思います。

(齋藤敦子)
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