シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(4・完)作品賞に「孤島の葬列」/アジアの未来部門

2015/11/04

tokyo2015_p_04.jpg 今年3回目となるアジアの未来は、新しい才能を東京発で、という映画祭本来の意義が感じられる部門に育ってきたように思います。

 作品賞の『孤島の葬列』は、ライラーと彼女の弟、その友人の3人の若者が、タイ南部のイスラム圏に住む伯母に会いに行く旅を描いたもの。不思議な人々に導かれながら、伯母の住む孤島にたどり着くと、島は自由を求める様々な人々のユートピアのようになっているが、そこにも危機が迫っています。政情不安、宗教、自由といったテーマが織り込まれた、最も知的で幻想的な作品でした。

 特別賞の『告別』は、監督のテグナーが、癌で亡くなった父親との日々を自らが主演して映画化したもの。テグナーは内モンゴル出身で、父親は撮影所長、母親も映画監督で、自身はロンドンでメディアアートを、北京電影学院の監督学部で演出を学んだという映画エリート。卒業制作とは思えない演出力と現代的な感覚に、彼女の確かな才能を感じましたが、自身が出演せず、演出に徹した方が作品の視点が定まったように思いました。

 石坂建治氏とのインタビューにもあるように、今年はノミネート10作品のうちの半分が女性監督で、受賞した2作も女性監督の作品という、アジアの女性監督の優秀さが再確認された年になりました。

 残り3作のうち、日本の横浜聡子の『俳優 亀岡拓次』は未見ですが、台湾のサニー・ユイ『The Kids』は、上級生を好きになった中学生の少年が、彼女が妊娠したため学校をやめて食堂で働き始めるが、母親がギャンブルで作った借金を返すために窮地に立たされるというもので、ストーリーが古めかしいところが気になったものの、シンプルな演出に好感を持ちました。香港のジョディ・ロック『レイジー・ヘイジー・クレイジー』は、援助交際で生活費を稼ぐ一方、バスケットの上手いハンサムな男子に熱をあげる女子高生3人組の青春を赤裸々に描いた、面白い作品でした。

 審査員は香港国際映画祭のジェイコブ・ウォンに加えて、元ロカルノ映画祭アーティスティック・ディレクターで、現アルテ・フランス・シネマのオリヴィエ・ペール、日本から映画監督の大森立嗣の3名で、さすが映画をよく見ている人の選ぶ受賞結果になったと思います。

 東京国際映画祭は1985年に誕生しました。第1回目の会場は渋谷文化村で、コンペ部門はヤングシネマと呼ばれ、審査員長はベルナルド・ベルトルッチ、受賞作は相米慎二の『台風クラブ』でした。それから30年。紆余曲折を経て、形を変えながら現在まで続いてきました。

 "世界の有名映画祭と肩を並べる、アジアを代表する国際映画祭に"というかけ声だけは勇ましいけれど、それにはほど遠い現実が象徴的に現れているのがコンペ部門で、映画祭のステータスのためにプレミア作品に固執した結果、物足りない作品が並ぶことになる、という状況は今年も変わりませんでした。

 数年前に最低まで落ち込んだ予算は、去年あたりから戻ってきていて、日本映画を中心に部門も増え、イベントも増えているし、会場も六本木のメイン会場、お台場のマーケット会場に、昨年は日本橋1館、今年は新宿3館が加わりました。けれども、増えた予算が現場まで下りてきているのかといえば、それはまた別の問題。新国立競技場問題で露呈された、公的な資金で運営される日本の公共事業すべてに見られる構造的な欠陥をここでも見る思いがします。東京国際映画祭をよりよい映画祭にするには、政権・官僚・業界が一体になって税金を浪費し、誰も責任をとらない日本の公共事業のあり方を考え直すことから始めなければならないのかもしれません。

【アジアの未来部門受賞結果】

作品賞:『孤島の葬列』監督ピンパカー・トーウィラ(タイ)
国際交流基金アジアセンター特別賞:テグナー監督『告別』(中国・内モンゴル)

日本映画スプラッシュ部門
作品賞:『ケンとカズ』監督 小路紘史

WOWOW賞:『カランダールの雪』監督ムスタファ・カラ

(齋藤敦子)

(3)グランプリはブラジル精神科医師を描いた「ニーゼ」/コンペティション部門

2015/11/02

tokyo2015_p_03.jpg 10月31日に閉会式が行われ、以下のような受賞作が決定しました。

 東京グランプリと最優秀女優賞の「ニーゼ」は、保守的で旧態依然としたブラジルの精神療養界に革新をもたらした実在の精神科医ニーゼ・ダ・シルヴェイラの半生を映画化したもの。監督のホベルト・ベリネールはドキュメンタリー出身で、劇映画は2作目。審査員特別賞の「スリー・オブ・アス」は、フランスのスタンダップ・コメディアンのケイロンが、王制時代から反体制運動に身を投じ、宗教革命後のイランからフランスへ亡命し、今度はパリ郊外で住民のために闘った父の半生を自身の主演でコメディタッチに映画化したもの。

 監督賞の「カランダールの雪」は、トルコの寒村を舞台に、地道に働いて借金を返すよう望む妻を尻目に、一攫千金を狙い、鉱脈を当てようとするも失敗し、雄牛を闘牛に出して賞金を稼ごうとする夫を描いたもの。監督のムスタファ・カラもドキュメンタリー出身で劇映画は2作目。男優賞の「地雷と少年兵」は、第二次大戦直後、デンマークの海岸線に埋められた200万個の地雷を除去するという過酷な任務を命じられた戦争捕虜のドイツ軍少年兵と、彼らを監督するデンマーク人軍曹のふれあいを描いたもので、軍曹役のローランド・モラーと少年兵役のルイス・ホフマンが受賞。観客賞の「神様の思し召し」は有能だが傲慢な外科医が、息子が心酔する神父と出会って改心するというコメディ。芸術貢献賞の「家族の映画」、日本公開が決定しているイーサン・ホーク主演の「ボーン・トゥ・ビー・ブルー」、小栗康平の「FOUJITA」などは未見です。

 今年の審査員はブライアン・シンガーを長として、監督のベント・ハーメル、スサンネ・ビア、トラン・アン・ユン、大森一樹、プロデューサーの施南生(シー・ナンサン)の6人。私が一番好きだったのは、ハオ・ジエが自身の青春を映画化した「ぼくの桃色の夢」でしたが、映画祭の常として、社会的なテーマを持つ作品に賞が集中する結果になり、残念ながら受賞には至りませんでした。また、今年もなぜコンペに選ばれたのか疑問を持つような作品も数本あり、コンペ部門の質の向上に課題を残しました。

 写真は東京グランプリ「ニーゼ」のホベルト・ベリネール監督

【コンペティション部門受賞結果】
東京グランプリ:「ニーゼ」監督ホベルト・ベリネール(ブラジル)
審査員特別賞:「スリー・オブ・アス」監督ケイロン(フランス)
最優秀監督賞:ムスタファ・カラ「カランダールの雪」(トルコ)
最優秀女優賞:グロリア・ピレス「ニーゼ」
最優秀男優賞:ローラン・モラー、ルイス・ホフマン「地雷と少年兵」
       監督マーチン・ピータ・サンフリト(デンマーク)
芸術貢献賞:「家族の映画」監督オルモ・オメルズ(スロベニア)
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観客賞:「神様の思し召し」監督エドアルド・ファルコーネ(イタリア)

(齋藤敦子)

(2)元気な東アジア/アジアの未来部門プログラミング・ディレクター石坂建治氏に聞く

2015/10/30

tokyo2015_p_02.jpg -去年から今年にかけてのアジア映画の成果というか、動きはどうですか。

 石坂:結果として、今回のアジアの未来も11月の東京フィルメックスも、東アジアの映画がすごく増えています。特に中国の勢力が非常に厚くなっている感じがしました。特に若い力というか。それで、今年は私としては珍しく、中国語圏の映画が多いです。

 -これまで避けてましたよね(笑)

 石坂:避けてたということはないですが、バランスを重視していたことは間違いない。それが、クオリティ重視で選んでいくと、当然多くなった。


 -少し前まではイランとかトルコとか西が強い感じでしたが、それが東に来たというのは何か理由があるんでしょうか。

 石坂:相変わらずトルコは元気で、今年は3本入ってますし、ヌリ・ビルゲ・ジェイランがいたりと、個別の例はあるけれど、群れとして出て来ているのは中国語圏ですね。

 -資本とかが、うまく回っているということですか。

 石坂:もあるけど、コンペの「ぼくの桃色の夢」の監督ハオ・ジエはインディーズで2、3本撮って、東京フィルメックスで受賞した人ですが、こういう人がスケールアップして普通の映画というとおかしいけど、予算もそれなりのものを撮っている。

●アングラからスケールアップ

 -成長してきている?

 石坂:それなりに政府と闘ったり、アングラというか、無許可映画を作っていた若者たちが、こういう一般映画を撮るようになっているわけです。ハオ・ジエの「ぼくの桃色の夢」は、ちゃんとした青春映画です。それから、地方、といっても広いんだけど、内モンゴルやチベットの映画もある。「河」の監督のソンタルジャはペマ・ツェテンのところのカメラマンだった人で、これもある意味でチベット・インディーズ発だけど、ちゃんと上海映画祭に出ている。やっぱりスケールアップしてきている。ペマ・ツェテンの新作は11月の東京フィルメックスで上映されるから、ペマ・ツェテン組が2人出ています。その「河」は、たぶんいろんなメッセージが込められてるんだろけど、見た目はものすごく雄大な高原の幼い娘の話で、非常にうまく出来てる。内モンゴルの「告別」も非常に変わった映画で、監督のデグナーはロンドンと北京電影に留学した女性で、自伝的な話を自分が主役で演じる、相当頭のいい人です。

 -他に香港映画の「レイジー・ヘイジー・クレイジー」が。

 石坂:監督のジョディ・ロックはパン・ホーチョンの弟子、それから「The Kids」のサニー・ユイはチャン・ツォーチの弟子。

 -弟子の世代なんですね。

 石坂:世代交代を非常に感じますね。

 -台湾、香港、内モンゴルと中国、たしかに中国系多いですね。

 石坂:それに10本中5本が女性監督、日本の横浜聡子、中国、台湾、香港、内モンゴルです。

 -アジアの女性は優秀ですね。
 
 石坂:特に意識はしてなかったんです。女性映画祭じゃないから。もう違う土俵で女性特集という時代じゃないですね。

 -女性特集というもの自体が差別だと私は思います。

 石坂:去年の特別賞を獲ったカンボジアのソト・クォーリカーも女性監督でした。今度、TIFFでアジア三面鏡というオムニバス映画を作るんだけど、彼女はその1人です。

 -知りませんでした。
 
 石坂:この間の記者会見で発表したんですが、彼女と、今年フィリピンで特集するメンドーサ、日本からは行定勲。

 -3本とも長編?

 石坂:いや、30分×3本です。40分くらいになるかもしれないですが。それぞれの監督が自国以外の国で撮るというのが条件で、メンドーサとクォーリカーは日本でロケしたいと言っていて、行定さんは未定です。行定さんは韓国で「カメリア」という作品を撮り、中国で「真夜中の五分前」を撮っていて、いろいろアイデアはあるようです。

 -どこだったか、韓国の映画祭で最初にやりだした企画と似てますね。

 石坂:チョンジュです。チョンジュはもうやめちゃいましたが。一応、つなぎ目も作って3話で1つの物語にはしようと思っています。来年のTIFFでお披露目というお尻が決まっているんで、今、みんなシナリオを書いているところです。

●80、90年代の回想目立つ中国
 -そういうステップアップが見えてないと、作品を出しにくいですしね。

 石坂:女性監督の作品が10本のうち5本、ワールドプレミアも5本で、残り5本も全部インターナショナルプレミアだから、TIFFまで来て見てくださいと、海外のプレスにはそういうPRの仕方をしています。プサン映画祭のニュー・カランツ部門は今年8本なんですが、8本ともワールドプレミアを揃えた。ところが中東だけなんです。理由はわからないですが。今年はプサンと1本も被ってなくて、新人というか新鋭のいい映画は、もっといっぱいある感じがしました。

 -そういう意味では選び甲斐がある?
 
 石坂:ありますね。というより、これはどうしようかと悩む映画が多い。アジアの新人コンペは映画祭の身の丈に合っていると思います。今年3回目ですが。

 中国語圏の映画は非常にノスタルジックな、ちょっと前の過去を回想するものが多いです。それは今、この5,6年の流行で、台湾の「あの頃、君を追いかけた」とかヴィッキー・チャオが監督した「So young 過ぎ去りし青春に捧ぐ」とか、どれもそんな感じです。80年代、90年代を振り返るのはなぜかと考えると、文革が終わり、自由になった時期、台湾だと戒厳令がなくなった時期、表現の自由を若者が謳歌するというか。日本だと戦後15年たって太陽族が出たり、日活アクションがあったり、そういうずれた感じが今来ているのではないかと。

 -私は逆じゃないかと思います。前の方ががんばってた気がする。規制があっても闘ってた。それを一番よく感じるのは韓国映画で、80年代、90年代の韓国映画はどれを見てもすごく触発されたけど、最近は技術は上手だけど、あんまり打たれない。韓国には韓国の事情があると思うけど、中国の若い監督は現状に窮屈な感じがあって、過去に行ってしまうのではないか。

 石坂:今ノスタルジックに思い出す余裕が出て来ているくらい豊かになっている。豊かになった時点で、あの頃は貧しかったけど、結構よかったんじゃないかという描き方は半分ありますね。
 東南アジアはタイとインドネシアですが、両方に共通するのは宗教的な紛争とか不寛容とか、そういう問題です。


 -タイもインドネシアもイスラム原理主義の問題が出て来ていますしね。

 石坂:タイの「孤島の葬列」は、おばさんを訪ねて南へ旅していく話ですが、タイの南はイスラム地域なんです。それで車のラジオをつけるとバンコックの政治的な争乱のニュースが入ってきたり、南へ行ったら行ったで、テロの恐怖があったり、という。インドネシアの「三日月」は、新月の後の最初の月を見るために父と息子が旅をしていく過程で、イスラム原理主義とキリスト教会のいざこざに巻き込まれたりという。この2本がアジアにおける宗教的な問題を扱っています。
 あと、インドの「If Only」のイシャーン・ナーイルはミーラー・ナーイルの甥なんだけど、これは何というか、おしゃれな映画です。

 -審査員は?

 石坂:ジェイコブ・ウォンは同じ。あとアルテ・フランスのオリヴィエ・ペール、大森立嗣監督。

 -ワールド・フォーカス部門のアジアの部分ですが。

 石坂:アジアの未来は新人、ワールド・フォーカスは巨匠という風に色分けしています。まさに今年は巨匠が揃いました。巨匠ばかりだけど、今の時点では配給がついてないんです。

 -私はホン・サンスの「今は正しくあの時は間違い」が楽しみなんですが。

 石坂:今年のロカルノ映画祭の金豹賞ですね。去年はラヴ・ディアスでしたが。

 -東アジア、強いですね。

●東アジアにネットワークを
 石坂:あと、マニラトナム、ガリン・ヌグロホ、懐かしいところで台湾のワン・トン。侯孝賢が美学の世界に行ったとすると、ワン・トンの「風の中の家族」は、逆に「悲情城市」みたいな世界。台湾は「九月に降る風」のトム・リンの「百日草」もいいです。
 今年の傾向は上海映画祭と提携したということ。それで「少年班」と「河」の2本を推薦してもらいました。ジェイコブ・ウォンは香港との提携だし、東アジア圏で横のネットワークを作っていくという目的です。

 -いいアイデアですね。それで、ブリヤンテ・メンドーサの特集ですが、ひとこと言わせてもらいたいのは、カンヌのコンペに初めて「キナタイ」が出たとき、記者会見で本人を前にして司会者が開口一番、「皆さん、この人の名前はブリランテでもブリリャンテでもなく、ブリヤンテです」と言ったんです。それで私はずっとブリヤンテと表記してきたんですけど、なぜブリランテにしたんですか?

 石坂:彼は商業公開された映画があるんで、その表記にならったんです。この特集は福岡のアジア・フォーカスで上映された3、4本と、DVDが出ている「キナタイ」を除く、ほぼ全作になります。

 -今年大変だったことは?
 石坂:アジアの風の時代はプレミアにこだわることもなく、何でもやりますというスタンスだった。だから自由だったけど、その代わり、海外プレスにしたら、東京まで行かなくてもどこかで見られるということだった。それを3年でチェンジし、コンペティティヴにプレミアを取りに行くということになると熾烈な争いがある。

 -矢田部さんの苦労がわかってきたわけですね(笑)

 石坂:アジアの未来はまだ助かっているところがありますが、それでも、いろんな映画祭の連中と会うと、昔は「ハーイ!」なんて言ってたのが、今はバチバチっと(笑)、表面はニコニコしてますけど。相当選び方、探し方が違ってきてますね。

 -アジアの未来という部門には、これから面白くなるかもしれない人を見るという楽しみもあるし、ようやくTIFFから新しい才能が出て来るというか、育てようという気配が出て来たなと思いますね。

 石坂:もともとTIFFはヤングシネマがメインだったわけですから。

(10月19日、新川の東京映画祭事務局にて)

(齋藤敦子)

(1)印象的な今を生き抜く視点/コンペティション部門ディレクター矢田部吉彦氏に聞く

2015/10/26

tokyo2015_p_01.jpg -まず、今年の映画祭は去年とどのように違っているかを。
 矢田部:1つは会期が1日増え、今まで9日だったのが10日になり、会場が六本木を中心に新宿のシネコン3館も2スクリーンずつ使うことになって、横に広がっていっているということ。それに加えて日本映画をよりアピールするという意味での部門が増えています。会場も本数も日程も増えているというのが1つ大きな去年との違いだと思います。

 -随分予算が戻ってきているようですが、現場での感触は?
 矢田部:新しい経済産業省のスキームの中でお金がつく部分があるので、そこが新しい部門などを作るのが可能な理由です。たとえばジャパン・ナウといった部門は日本映画を海外に持っていくというコンセプトで経産省の新しいスキームが利用できるので、とても重宝しているんですけれども、いつまで続くかわからないので、サステナビリティ(持続可能性)については、ちょっと不安です。

 -東京映画祭の悪いところですね。1年1年落ち着きがない。見に行く側としても、これを続けてくれるのかなという不安があります。

 矢田部:日本で大きな映画祭をやろうとしたら、国の支援を受けなければできず、国の支援というのは単年度決算なので、どうしても長い目での絵が描きずらいでしょうね。

●コンペ部門、より多彩に
 -今年のコンペの特徴は?
 矢田部:今年は未来の巨匠を狙う直前くらいの、中堅の実力どころが揃ったな、と。あとは、監督の才能はもちろん重視するんですが、例年以上にジャンルがバラエティに富んでいる。国のバランスもうまくとれ、今、中南米がとても注目されていて、ヴェネツィア映画祭で賞をとり、カンヌでコロンビア映画が注目され、という流れの中で、ブラジル映画とメキシコ映画がコンペに入ったというのも、よかったなと思います。

 -コンペの本数も増えたんですか?
 矢田部:1本増えて、15本から16本になりました。それは(会期が)増えたことで可能になったことでもあり、日本映画を3本入れたので、15本中日本映画が3本だとちょっと多いと思ったので、16本に増やしたということもあります。

 -以前、日本映画の選択が難しい、映画会社がなかなか出してくれないという話をうかがっていたので、今年いきなり3本というのはどういう変化があったんでしょう?
 矢田部:去年は「紙の月」1作品で、ああいったメジャーな作品とコンペがお付き合いできるという機会があまりなかったので、その1本で勝負しようということだったんですが、その反動でもないですが、今年は2本以上やりたいと思っていている中で、小栗康平さんという巨匠と、中村義洋さんというヒットメーカーと、深田晃司さんという若手のホープの3タイプの作品がコンペの可能性として残ってきて、この3人だったらコンペの組み合わせとしてありだなあと思って交渉を進めたところ、うまくまとまったということです。最初から3本やろうと決めていたわけじゃないですが、この3人を並べてみたいと思ったというのが経緯です。

 -去年、宮沢りえさんが女優賞を穫って授賞式に出たり、あれはすごく日本映画界へのPRにもなったのでは?
 矢田部:なりましたね、おかげさまで。日本映画3本とも素晴らしい作品だと思ってますので、今年この3本が入ったことは満足してます。僕が満足してもしようがないですが。

●ワールド・プレミアどう揃える?
 -コンペ部門のプレミアに限るという縛りは?
 矢田部:相変わらず、そのジレンマがあります。最低アジアン・プレミアということなんですけど、結局ワールド・プレミアをとらないと海外プレスからの注目度が落ちてしまいますよね。つまらないワールド・プレミアを揃えてもしょうがないんで、面白いワールド・プレミアを揃える、あるいは有名監督のワールド・プレミアを揃えるというのはやはり、まだまだがんばらなければいけないなと毎年思っています。

 アジア映画に関しては少なくともワールド・プレミアにしないと恥ずかしいので、それは何とか叶えてはいるんですけど、やっぱり欧米作品を東京までとっておいてもらうというのは至難の業ですね。ヴェネツィア我慢して、トロント我慢して、東京にというのは。その分、彼らに何を与えられるのかっていうことを、これは本当に映画業界全体で考えないと。

●物足りない日本の若手
 -コンペの他に矢田部さんが手掛けているのは?
 矢田部:日本映画スプラッシュとワールド・フォーカスの欧米部分です。

 -私はいつも日本の新人監督が海外の映画祭に出てこないことに忸怩たる思いがあるんです。スプラッシュの作品を選んでいる矢田部さんも感じることでしょうけど、それは日本の映画作家の問題なのか、海外の映画祭が日本の新人に目を向けてくれないのか、どっちでしょう?
 矢田部:両方だとは思いますね。皆、海外の人に売り込む努力をしてるんでしょうけれども、もっとやりようがあるのではという部分と、僕は外国映画と日本映画と同時に見てるので、海外の映画祭で実力のある若手に比べて、日本の若手の作品が見劣りしてしまうということはあります。若い人があまり外国映画を見ないということもあるのかもしれない。国内の一定の身内にある程度受けて、なんとなく公開も限定的ながら出来てしまい、というようなところで留まっていて、もう少し外国映画の水準みたいなものに気づいた方がいいんじゃないかなとは思います。国内のある層には受けるだろうなという作品は沢山あるんですが、たとえばロッテルダムに行って、この映画がこの部門に入るだろうかと考えると、いや、入らないなっていう作品が多いです。

●海外からの注目度を高めたい
 -群青いろとか空族とか、ユニークな映画作りをしている人がいるので、期待はしているんですが。
 矢田部:海外のプログラマーに聞くと、日本映画に対して少し諦めているところがあって、日本をあまり注目してくれてないような、全部の映画祭ではないですが、ちらりとそんな本音が聞こえてきたことがあって、これはまずいなと。河瀨直美、黒沢清で終わっていて、次が全然出て来ないというところで、海外のプログラマーが探す努力をやめてしまっているとしたら、これは危機感なので。

 -映画祭で沢山映画を見てほしいけれど、なかなか日本の若い監督は他の監督の映画を見ないですね。
 矢田部:そうなんです。中には30本見ました、なんてことを言ってくれた監督もいたんですが、見ない人は全然見ないです。

●不穏な空気を打ち破る
 -今年のコンペティションのお薦めは?
 矢田部:今年は"今を生きのびるために必要なものは何か"を求める作品というか。やはり現代を描いていて、不穏な現代の空気を作品に盛り込んだもの、今を生き抜くためにはどうすればいいのかを最終的には描いている作品が多い気がします。たとえば、ブラジルの「ニーゼ」という作品は、40年代を舞台にした、実在した精神科医の話です。今年は実話の映画化というのが多く、これはその中の1本ですが、なぜ今40年代のお医者さんの話を映画化するのかということなんですが、見終わると、なるほどなと思うわけです。彼女は男性社会と保守的な治療法という2つの壁を打ち破ろうと闘った人で、精神医療に革命をもたらし、そのタフネスに感動するんですが、これは今求められているメンタリティだなとすごく思います。

●移民の視点で描いた「スリー・オブ・アス」
 コンペの敷居が高いと思っている人にお薦めしたいのは「ボーン・トゥ・ビー・ブルー」です。これは映画を年に1、2本しか見ない人にも薦めやすい作品で、チェット・ベイカーのどん底時代をイーサン・ホークが演じるという、音楽に痺れて、イーサン・ホークのカッコよさに痺れるという作品です。

 フランスの「スリー・オブ・アス」は、スタンダップ・コメディアンのケイロンがお父さんの話を自分で映画化し、自分で主演もしたという映画で、ストレートなコメディです。イラン人のお父さんがイランで投獄され、革命後にパリに亡命し、パリで力強く生き抜いていくという物語で、現在を生き抜く不屈の闘志という話でもあり、移民問題で揺れる現在のヨーロッパで、移民の物語を移民側の視点から描くということでは、シャルリー・エブド事件があった年にこの映画が作られたという意味で、エポックメイキングな作品になりうるのではないかと。

 注目のトルコ映画の「カランダールの雪」は、しかもワールド・プレミアなので、今年はこれもとても押したいですね。


 -セレクションした側の意志が審査する側に伝わるかというと、それはまた別の問題ですね。
 矢田部:全然別です。あまり伝わらないですね。ここ数年、伝わったためしがないです。

 -今年の審査委員長は?
 矢田部:ブライアン・シンガーです。彼も「ユージュアル・サスペクツ」から「Xメン」まで、いろいろありますが、周りがベント・ハメルとか、スサンネ・ビアなど曲者達がいますので。

 -映画監督が多いときは、ろくな結果にならないですよ(笑)。
 矢田部:揉めますね。だから、本当はヘッドはプロデューサーがいいと思ってるんですけど、なかなか難しいです。(10月18日、六本木ヒルズの映画祭事務局にて)

(齋藤敦子)
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