シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(4完)最優秀作品賞に『息もできない』

2009/11/29

 29日の正午から、審査員の記者会見が開かれ、受賞作が以下のように発表になりました。

FILMeX 2 023.jpg  最優秀作品賞を獲得した『息もできない』は、俳優だったヤン・イクチュンの監督デビュー作で、製作・脚本・編集・主演をも兼ねた手作り感覚のインディーズ作品。父親の暴力のせいで母と妹を亡くし、父親を赦すことが出来ずに非情な借金取り立て屋をしている主人公サンフンと、家にも学校にも居場所のない女子高生ヨニが出会い、次第に心を通わせていく様を描いた切ないラブストーリーです。監督自身も家族の問題を抱えていて、やむにやまれぬ思いで、疎遠だった父親に借金してまで映画化した作品ということで、その切実で熱い思いが映画に滲み出た、胸を打つ感動作になっていて、審査員と観客の両方から支持されたのは当然だと思います。ロッテルダム映画祭のタイガー・アワード他、各地の映画祭で受賞している今年の収穫の1本でもあります。

 審査員特別賞の『ペルシャ猫を誰も知らない』は、カンヌのある視点部門の特別賞を受賞しており、今年のカンヌの欄でも紹介しましたが、自由な音楽活動が禁止されているイランで、ロックやラップで自分を表現しようとする若者達を描いたドキュメンタリータッチの青春群像劇です。今回、改めて見てみると、ゴバディ監督の体制批判以上に、登場するミュージシャン達の音楽に対する真摯な姿にとても感動しました。

FILMeX 4 034.jpg ただ、ヤン監督もゴバディ監督も授賞式に来ることができず、映画祭が寂しい閉幕になったのが少し残念でした。

 今年はコンペティションにエントリーした10作品のうちの6本は、すでにカンヌとヴェネチア映画祭で上映されており、この欄でレポート済みだった作品もあるうえ、仕事が重なったのとで、思ったように映画を見ることが出来ませんでした。日常生活を続けながら映画祭に通うことの難しさを感じると共に、それでも大勢の観客が朝日ホールに足を運んでいるのを見て、フィルメックスが東京の映画ファンの中にしっかり根をおろしていることを再確認しました。

【受賞結果】
 最優秀作品賞:『息もできない』ヤン・イクチュン監督(韓国)
 審査員特別賞:『ペルシャ猫を誰も知らない』バフマン・ゴバディ監督(イラン)
 観客賞:『息もできない』

 写真上は、『息もできない』上映後のQ&Aの模様で、ヤン・イクチュン監督(左)と、ヨニの弟を演じたイ・ファンさん。
 写真下は、審査員記者会見後の記念写真で、左からトロント映画祭プログラマーのジョアヴァンナ・フルヴィさん、ロウ・イエ監督、審査員長の崔洋一監督、女優のチェン・シャンチーさん、シネマテーク・フランセーズのジャン=フランソワ・ロジェさんです。

(齋藤敦子)

(3)崔洋一監督に聞く 「デジタルは道具にすぎない」

2009/11/25

フィルメックスは10周年を迎えましたが、10年前の1999年といえば、崔さんが『豚の報い』を監督され、『御法度』に出演された年です。10年後の今年、『カムイ外伝』に至るなかで、ご自身で映画作りのスタンスや、日本映画自体に対する考え方などに変化がありましたか。

091126FILMeX004.jpg 崔「今、一番微妙な時期に入ってきたような気がしますね。『豚の報い』を作ったきっかけは、95年に韓国に留学した際に、たまたま又吉栄喜さんの非常に面白い原作を読んでいたことと、当時僕の相棒であった鄭義信も沖縄を自分の作品の中で相対化することが可能かを考えていた時期で、彼も面白い、やろうということになったことでした。鄭義信には在日のテーマとは別に、島に関心を持っていた時期があるんです。1948年に韓国の済州島で四・三事件と呼ばれる島民の蜂起事件があって、さまざまな文学や映画の題材になっているんだけれども、とりわけ金石範さんの『鴉の死』という小説を僕が非常に愛していて、いつかこれを映画にするという目標を掲げたのが、二人で一緒に事務所を作った理由の1つでもありました。当時は島に果てしない興味があって、島の中の人の愛情や、不思議や、小さな共同体が二分化して行くことに興味があって、そんな前提が幾つか重なる中で、又吉栄喜さんの『豚の報い』との出会いがあり、映画化ということになったわけです。10年で映画の周期は一回りするけど、10年前といえば仙頭がまだ華々しい頃でしたからね」

―プロデューサーの仙頭武則さんのことですね。

 崔「まだ河瀬直美と一緒にいる頃で、WOWOWからサンセント・シネマワークスという自分の会社を立ち上げたところで、その最初の作品が『豚の報い』でした」

―『カムイ外伝』も、ある意味、島の話ではあるし、島でつながっているとはいえ、映画界の状況は10年前と今とでは随分変わりましたね。

 崔「変わってきています。ただ、自分自身のこの10年の変化というのは、自分ではよくわからないんです。いつも居直って、どうせ死ぬまであと何本か撮って、死んだら誰かが映画史的に体系づけてくれるよ、と。自作を語るというのは難しいですね」

―10年前と今とでは邦画と洋画の比率が逆転し、邦画が占める割合の方が多くなりましたが、作品の質は落ちていると思うんです。10年前の仙頭さんのような独立系のプロデューサーは今の状況では生き難いのではないかと思うんですが。

 崔「端的に言ってその通りだと思います。インディペンデントは生き残れませんね」

―今はテレビを通過して出てくる、テレビのディレクター系の新人が多いですね。

 崔「いわゆるメジャーのシネマコンプレックスを中心とした興行に関しては、テレビ出身のディレクターないしはテレビ局の社員ディレクターが映画を撮る、それもほとんどデジタルで撮るのが今日の状況ではあります」

―仙頭さんの時代も、元はWOWOWだったのだから、テレビはテレビだったのでは?

 崔「あのときは逆の発想で、意識的に、映画がテレビに介入する、というアナクロな形を実験的にやろうとしたんです。93年にJ・MOVIE・WARSというのがあり、その延長として、仙頭およびWOWOWの一部の人達が映画作りにのめり込んでいったわけです。それは破綻するわけですけれども。あの時代は、インディペンデントがメジャーと向かい合いながら、どこかでシェイクハンドしていくという時期にさしかかってきていた。サンセントに限らず、シネカノンもメジャーに切り込もうとしていたし、自分の映画をかける劇場を持ちたいというある種の野望を持っていた。
これは2000年前後といっていいと思うが、映画会社の中に、自分で映画を作らず、当たる映画を入れればいいという考え方が出てきた。本音として、映画会社の社内や映画会社の周辺から出てくる企画が観客のニーズと乖離しているのではないかという考えがあり、映画作りがマーケティングを軸に動き始めた。それでもまだ邦画会社の骨のある企画者や興行担当者には、映画会社が映画を作らなければお終いだという抵抗の時期があったが、それも次第になくなり、シネマコンプレックスを中心とする興行で、企画をテレビに任せるようになって、最初はテレビ会社が相乗りという形だったのに、今や軒先を貸して母屋をとられる状態となり、各映画会社がややもすると下請けの製作会社的な、客観的にはそう言わざるをえないような状況も生まれてきている。映画会社が独自に企画を出すのでなく、テレビ局、特に在京キー局の企画にドッキングすることによってヒットさせるという方程式のようなものが、この4、5年で自然に生まれてきていると思います。それで必然的に監督・製作者がテレビから出てくるんです」

―でも、それはすごく不毛な感じがするんですが。

 崔「おっしゃるとおりです。みんな、パーフェストなスタイルで映画を作るということを夢に見るんだけれども、実はそうはいかなくなってる。それにプラスして、この10年で、製作委員会方式の問題、ファンドの問題が出てきた。つまり、まったくの他業種異業種から資本が投下されて映画が製作されるわけで、そのためにマーケティングをして、大衆的に人気がある題材を、前提として原作はコミックス、俳優は今一番売れてるスター、大量宣伝をかける、というヒットの方程式、それもテレビ局プラス東宝というような形が客も安心するんだ、というような意識が定着してしまった」

―ただ、そういう映画はヒットはしても、観客が完全に満足しているかといえば、ヒットしていると聞いて何となく見に行っているだけで、また映画館に足を運んでくれる観客を縮小再生産しているだけような気がするし、映画というものがどんどん痩せていくという危機感があるんですが。

 崔「危機感は僕にもあります。僕もテレビ局と組んで成功した映画が1本あります。それが『クイール』です。これは幸い、在京キー局ではあったけれども12チャンネルという小さな局で、出資の率も大変低く、基本的に松竹がヘゲモニーをとって進めたということで、ある意味で映画会社の勝利ではありました。それと、『クイール』に関しては、香港・台北を中軸にした東南アジアでも大成功し、日本では知られてないけれど、アジアに輸出された作品としては数字の上で1、2を争うくらい大ヒットしたんです。あの映画はいろんな意味で、とば口に立った作品でしたが、残念ながら、そこでお終いになってしまいました」

―日本映画監督協会が製作した『映画監督って何だ』という映画を見せていただいて、日本では映画監督に著作権が認められておらず、映画は作品でなく商品として扱われていると知って驚きました。

 崔「著作権の問題は40年来解決していません。それぐらい敵は強靱なんです。日本では、映画は、大中小含めて著作権に関しては文部科学省、劇場については厚生労働省、映画産業全体の行政監督は経産省と3つの役所に管轄が別れている。映画を作品だなんて誰も考えてこなかった、というか、大昔はほっといても金が儲かる業界だったんです。ただ、これからも、権利をめぐる問題については、我々はどこまでもしゃしゃり出るつもりですけどね。
今現在の話に戻すと、いわゆるメジャーの映画会社が直営館を軸にした系列に同じ映画をかけるというブロックブッキングはなくなったけれども、シネマコンプレックスという形で別のブロックブッキングが生まれたようなものです。しかし、一概にシネマコンプレックスをやり玉にあげるというのは、諸刃の剣になる。たとえば都市型のシネコンでは、かつてミニシアターや単館系で上映されたような映画を掛け始めているし、その中でヒットの芽のあるものは拡大公開になるという現実もある。シネコン批判というのは、どうしても東京視線になりがちで、地方にいけばそれなりの番組の作り方をしているし、批判するなら、そういうことをデータ的に挙げた上でしなければならない。シネコンが日本をダメにしたと言えばそれで収まってしまうけれども、そこにはいろんな矛盾と矛盾しないことが両方あるってことを、僕らは作り手として把握しなければいけない時期に来ていると思います」

―名画座がどんどん潰れたり、立ち行かなくなっているときに、シネコンが映画を見る場所を提供する、最後の砦みたいになってきていますしね。

 崔「さっきご指摘があったように、邦高洋低という時代に入ってきて、これも複合的な意味において洋画というか外国映画がダメになっている一方、情報世代である若年層が、メディアリテレシーという観点で非常に弱くなってきていて、自分で選択する力を持とうとしない。"ゆとり教育が悪い"なんて、やけくそで言い放つ人もいるんだけど、それだけではなくて、たとえば字幕を読むというような、我々にとってはごく当たり前な習慣が崩れてきている。ディズニーのアニメだから吹き替え、というようなことじゃなくて、大人向けの恋愛物まで、典型的なデート映画まで、今や吹き替え版の方がお客が入る状況です」

―加えて、デジタルの問題も、ここ10年すごく映画界を変えてきたと思いますが。

 崔「実は、人間の脳内に映画という倉庫があるとしたら、アナログの方が脳内の倉庫に収まりやすいんですよ。これは当たり前の話なんです。たとえば色の再現能力なんかもフィルムの方が高いことは科学的にも実証されていることだし、実はデジタルを開発しているトップクラスは皆知っていることです。デジタルは今、いかにアナログに近づくかに努力している最中なのに、いつのまにかデジタル万能であるという風になってきた。これはこの国、およびアメリカの特色ですよ。それに、安価であると言われているが、フル・デジタルを技術的に映画並のところに持っていこうとすると、実はまだデジタルの方がお金がかかるんです。ここも経産省やハードウェアの会社がきちんと伝えていない。大衆的に説明責任を果たしてないところです」

―デジタルの方が、その場で見られたり、編集できて安上がりと聞いていますが。

 崔「そんなのは嘘っぱち、というのは言い過ぎにしても、"なんちゃってデジタル"なら、フィルムよりは安くあがる、それだけの話です。デジタルだって、手が込んでくればフィルム並に金がかかるってことは皆が知っていることです。今、僕が試みているのは、『カムイ外伝』もそうですが、アナログで撮って、デジタルで処理して、アナログで出す(上映する)という、これはハリウッドやヨーロッパでも今、一般的になっている世界水準の方法で、編集や特殊効果、サウンド系の音に関する様々なエディティングは全部デジタルでやっているんです。実は、僕はかなり早くからデジタルを使っていて、だから余計わかるんだけど、デジタルは道具にすぎない。ツール・ボックスの1つですよ」

―でも、これから上映までデジタル化されていくと、映画製作や作品自体が変わりませんか。

 崔「変わるし、それによって日が当たる作家たちがいることは間違いない。つまり、フィルムを回す製作費を保証できない若いインディペンデントの人達が、自らデジタルカメラを持って撮るという、そういう利点は確かにあります。ただ、アナログで見る際の記憶のされ方と、デジタルの記憶のされ方は明らかに違うんです。これは何人もの人が実験で科学的に照明しています」

―今の若い人はテレビをいっぱい見ているけど、フィルム経験が少なく、デジタルの世界に近いですよね。とすると、脳でアナログ映像を感じ取る感性というのが育たないのではないでしょうか。

 崔「その危険性はすでに出ていますね。今、東宝を中心にデジタル上映に切り替えると言っているけれど、そうなってくると、ますますそういうことになるでしょう。つまり、観客は、普段は家のテレビもしくは携帯のワンセグで映像を見ていて、映画館に行くというのが、"たまには大型テレビを見に行くか"、というような発想になってくる。そのうち、巨大なサーバーから回路を通じて映画を配信するということになれば、映画館は完全に大型テレビになってしまう。今はそういう方向に向かっていますね。幸い、たとえば5000館以上映画館があるインドでは、それだけの設備投資が出来ない。中国も無理です。つまり、まだまだフィルムとデジタル、アナログとデジタルの競合は続くだろうと思います。
また、技術論でいえば、アナログの方が優れているし、なおかつ意識の問題でいうと、デジタルで作ってデジタルで上映されるものよりは、アナログで作ってアナログで見ることの方が人間の身体に向いている。記憶する能力とは自分の中で物語を再生産する能力です。映画という一つの歴史に、デジタルで知識を注入するのとアナログで注入するのと、どちらが向いているのかといえば、当然ながらそれはアナログ=フィルムです。フィルムを一人一人の観客の脳内の映画館にデリバリーし、記憶としてテイクアウトしてもらうのが一番いいわけです」

―問題が資本だけなら、世界はどんどんデジタル化してしまうけれど、問題が人間だったら、アナログが踏みとどまれる余地がある?

 崔「僕はそう思ってますし、そうしなければいけないと思います。ただ、日本映画監督協会の場合、ほとんどの会員はデジタルで仕事をしている、これが現実です」

(齋藤敦子)

(2)<映画の未来>を考える 二部構成でシンポジウム

2009/11/23

Filmex091123-005.jpg 林ディレクターがインタビューでも語っていたように、開会式前日の21日、神田駿河台の明治大学アカデミーホールで、北野武監督から創作の秘密を聞くマスター・クラスと、黒沢清、是枝裕和監督をパネリストにしたセッションと、両監督に加えて俳優の寺島進、西島秀俊両氏を加えたセッションで<映画の未来>を考える第10回記念シンポジウムが開かれました。

 第一部、マスター・クラスの聞き手は映画評論家の山根貞男さんで、これまで何度もインタビューしてきた経験をふまえて、公には、なかなか語られることのなかった映画監督としての北野武の考え方をあぶりだした、興味深い内容になっていました。特に、『あの夏、いちばん静かな海』は、"耳の聞こえない人は健常者とは視覚が異なり、汚い海でも美しく見えるはずだ"と思ったのが創作のきっかけだったとか、"自分でやりたいようにやれ、いい作品になったと思えるのは『ソナチネ』"などの発言には驚いたり、納得したりしました。なかでも、"『風雲たけし城』でも何でも、テレビは自分のやりたいようにやれたが、映画は妥協の産物"という発言には、オフィス北野の森昌行社長も"逆だと思っていた"と驚いていました。もちろん、言葉通りではなく、タダで見られるテレビの視聴者と金を払って見る映画の観客の差を踏まえた北野監督らしい発言ととるべきで、さすが舞台でナマの観客を相手にしてきた一流のエンターテイナーだと思いました。

Filmex091123-028.jpg 第二部の<映画の未来へ>と題したシンポジウムでは、この10年で映画製作のみならず興行の形態も動かそうとしているデジタルや、これからの映画界を担う新人監督達などの問題が語られました。ノルウェーの映画祭で全作品が上映された是枝監督が、フィルムで撮った昔の作品をデジタルで上映した際に、フィルム上映よりクリアに見えたという体験を語ったり、東京芸術大学で教鞭をとっている黒沢監督からは、今はデジタルカメラが身近にあるので、学生がすでに作品を製作した監督でもある時代だが、この10年で映画の現場は厳しい状況になってきて、新人監督としてデビューしにくくなっているなど、興味深い話が聞けました。ただ、寺島、西島両氏が加わった後半は、主催者側からの説明や問題提起などで大半の時間がとられて、肝心のパネラーからの発言がほとんど聞けず、<映画の未来>が見えてこなかったのは残念でした。林ディレクター自身も"スケジュールを合わせるだけでも大変なゲスト"だと言っていたのですから、ここはマスター・クラスのように第三者の進行役を立てた方がよかったのではないかと思います。

写真上は、マスター・クラスの模様で、右から司会の山根貞男さん、北野武監督、森昌行プロデューサーです。

写真下は、第二部のセッションの模様で、右から是枝裕和、寺島進、西島秀俊、黒沢清の各氏です。

(齋藤敦子)

(1)林ディレクターに聞く 「10回目はミラクル」

2009/11/21

Filmex2009-001.jpg 11月21日から、10周年を迎えた東京フィルメックスが開催されます。10回を記念して、今年はさまざまなイベントが企画されています。昨年に引き続き、ディレクターの林加奈子さんに今年の見所などをうかがってみました。

―まず10回目の意気込みから。

 林「フィルメックス10回の軌跡は、ある意味、ミラクルの"奇跡"なんです。1回1回積み重ねてきて、よく10回まで続いてきたなと思いますね。フィルメックスはスタッフが変わってないので、前の年にできなかったことを、運営の問題や広報のやり方などを少しずつ継続的に改善しながら歩んできました。また、毎年百人弱くらいのボランティア・スタッフに手伝ってもらっているんですが、経験者の方が何人もいて、その人達の経験も力になっているし、観客の目で問題点を指摘してもらったり、そういうことの積み重ねで成り立ってきたと思います」

―今年は10周年記念ということで、"韓国映画ショーケース"のような新しい試みもありますが。

 林「今年は、まずプレイベントとして、会期前に"東京フィルメックスの軌跡"と題して、今まで賞をとった作品で上映可能なものを集めて上映しました。それと初日の大イベント、神田駿河台の明治大学アカデミーホールという1000人ちょっと入る会場で、"映画の未来へ"と題したシンポジウムを行います。まず、北野武さんを講師とした映画のマスタークラス。そして、北野さんに劣らず国際的に活躍している黒沢清さん、是枝裕和さん、寺島進さん、西島秀俊さん、スケジュール調整するだけでも大変な人達ですが、彼らに来ていただき、この10年を話していただこうと思います。フィルメックスの10年の軌跡とは、つまりは21世紀になってからの10年で、映画的にも、素材がデジタルにどんどん変わっていったり、前からあった製作委員会方式が、『トウキョウソナタ』や『空気人形』のように、海外の資本が入って共同製作の形へと進化していったり、大きな変化がありました。ワールドセールスも含めて、ここ10年で日本映画はかなり大きく変化したと思います。それを軸に、それぞれの視点からお話いただきたいと思っています。
今はシネコンやDVDで映画がいつでも誰でも見られるようになって、80年代のミニシアターの時代とは映画を取り巻く環境がまったく変わってきました。ところが、若い人達には逆に映画があまり身近なものではなくなっているのではないか。としたら、映画に魅せられるきっかけ作りというか、映画って面白いなと思う初めの一歩をどういう風に作っていくのかを考えることは、映画の未来にとって、すごく大事なことだと思うんです。寺島進さんは映画にこだわりを持っていて、何年間か前まではテレビにはまったく出てなかった人です。でも、もしテレビやコマーシャルに出ることで人気が出て、あの人が出ている映画なら見てみようと、人が映画に戻ってくれるんだったら、テレビでも何でも出てやろうという覚悟ができて、それでテレビやコマーシャルに出るようになった。西島さんもそうです。彼も、朝ドラや普通の商業映画に出ながら、あるところでは非常にこだわりを持ってインディペンデントの映画に出たり、ご自身も積極的に映画を見ていたりしている。単にアクターというよりも意識の高い人達なんです」

―役所広司さんもそうですね。

 林「そうです。私は『ガマの油』は今年の収穫の1本だと思っています。役所さんは数々の名監督の現場を経験し、すべてをちゃんと吸収していた人だったというのが本当にすごいと思いました」

―映画祭は映画ファンが最初に集まるところですが、この10年で観客の変化を感じることがありますか。それとも毎年同じ固定ファンがついている? 

 林「80年代のミニシアターで洗礼を受けた固定的なファンはいます。一般のお客さんですが、お互いに顔見知りになっていて、見た後で「面白かったよ」とか感想を言ってくれる、そういう人達は、ある程度は必ず来てくれます。ただ、フィルメックスは同じような映画ばかりやっているわけではなく、『愛のむきだし』もやれば、インドの歌って踊るミュージカルもやる。今年は『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』をやるので、松田翔太と高良健吾をナマで見たいという高校生たちが来てくれるでしょう。去年、『愛のむきだし』を見に来てくれた高校生が、アンケートに上映後のQ&Aが熱い感じで面白かったから他の映画も見てみたいとか、来年も来てみたいと書いてくれたり。何の前情報もない映画を見るサプライズの楽しさ、それがフェスティバルなんだと若い人に理解してもらえるきっかけ作りになればと思います。それで、数年前から学生券を導入したんですが、高校生や大学生にはなかなか映画に興味を持ってもらえない、時代的な危機感がありますね」

―前情報がなくサプライズでといっても、フィルメックスに出ている映画なら全部見ようというのは固定ファンに限られますよね。観客を広げるという意味ではセレクションが重要になるのでは?

 林「ただ、観客を広げるために妥協することは絶対にありません。イケメンが出ている、ウェルメイドな、わかりやすい映画と、何が何だかわからないが、すごい映画があるとしたら、迷わず後者を選びます。そこは筋を通したいですね」

―では、妥協のない今年のセレクションについて。

 林「今年は、といっても毎年同じことを言ってるんですが、今年は凄いです。コンペティションにデビュー作が3本も入っています。イスラエルの『天国の七分間』はその1本で、去年も一昨年もイスラエル映画がグランプリを獲っていて、市山(プログラム・ディレクター)曰く"今イスラエルには映画の神が降りている"というくらい。イスラエルは年間製作本数がせいぜい2、30本なのに、すごい映画がどんどん出てきています。マレーシアの『セルアウト!』はミュージカル仕立てのブラックコメディですが、これもデビュー作です。映画の選考は私と市山でするんですが、これは普通だよね、というものは入らないんです。二人がひっかかりを感じる、これはうちでやらないとダメだよね、という10本になる。韓国の『息もできない』もそうです。これは、ロッテルダム映画祭あたりからずっと追いかけて、ようやく出品OKをとった後で日本の公開が決まりました。この作品もデビュー作です」

―面白いけれど日本の配給には乗りにくい、そういう難しいけど面白い映画を選んでくるところがフィルメックスの真骨頂ですね。

(11月11日、赤坂の映画祭事務局にて)

(齋藤敦子)
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