シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(6完)「無人地帯」の福島に住む人々にスペシャル・メンション

2011/11/30

 最終日の11月27日に授賞式があり、ペマツェテン監督の『オールド・ドッグ』に最優秀作品賞が、パク・ジョンボム監督の『ムサン日記~白い犬』に審査員特別賞が贈られ、9日間の会期が閉幕しました。

 『オールド・ドッグ』については前のレポートで触れましたが、『ムサン日記』は、よりよい生活を求めて韓国にやってきた脱北者たちが厳しい現実に翻弄される姿を描いたもの。ポスター貼りで細々と暮らしながら、教会のコーラスで歌う娘に心を寄せる主人公の実直な青年スンチョルは、パク監督の学生時代の友人がモデルで、医療事故で不慮の死をとげた彼を追悼し、生き方をたどるために監督自身が演じています。2本とも、それぞれの監督の個性が光る、シンプルで深い映画で、アミール・ナデリを始めとする映画好きな審査員の好みがよく出た結果だと想いました。

 また、ハン・ジェ監督の『ミスター・ツリー』で、主人公の樹先生を演じたワン・パオチャンと、藤原敏史監督の『無人地帯』に映し出された福島に住む人々へ、スペシャル・メンションが与えられました。

 『無人地帯』が大きな賞を逸したのは、扱っている問題の大きさと深さを、見てすぐに消化することが難しいことに加えて、福島の人々の苦しみを他の映画と同列で裁くことに対する審査員のためらいもあったように思います。賞の結果とは関係なく、広く人々に見られるべき作品であり、いい形で日本公開が決まるよう祈っています。

 また、前日の26日にはタレント・キャンパス・トーキョーの最優秀企画賞が発表になり、中国のシャン・ゾーロン君の紡績工場を営むご両親を撮ったドキュメンタリー「桑の木の歌」(Song of The Mulberries)に最優秀企画賞が、イスラム教の神学校に入れられた自身の体験を基にしたマレーシアのアフィク・ディーン君の「白い少年」(The Boy in White)にスペシャル・メンションが与えられました。

20111130_06_1.jpg20111130_06_2.jpg写真上は受賞者と審査員で、左からフィリップ・アズーリ氏、チョン・スワンさん、審査員長のアミール・ナデリ氏、ペマツェテン監督、パク・ジョンボム監督、スーザン・レイさん、篠崎誠氏です。

写真下は、タレント・キャンパス・トーキョーの講師と参加者全員の記念写真で、後列で賞状を広げているのがアフィク・ディーン君(左)とシャン・ゾーロン君(右)です。

【受賞結果】
最優秀作品賞:『オールド・ドッグ』監督ペマツェテン(中国)
審査員特別賞:『ムサン日記~白い犬』監督パク・ジョンボム(韓国)
スペシャル・メンション:『ミスター・ツリー』の主演ワン・パオチャン
               『無人地帯』に映し出された福島に住む人々

【観客賞】:『アリラン』監督キム・ギドク(韓国)

【学生審査員賞】:『東京プレイボーイクラブ』監督奥田庸介

【タレント・キャンパス・トーキョー2011】
最優秀企画賞:『Song of The Mulberries』シャン・ゾーロン(中国)
スペシャル・メンション:『The Boy in White』アフィク・ディーン(マレーシア)

(齋藤敦子)

(5)「無人地帯」藤原敏史監督インタビュー

2011/11/29

fil1129.jpg―『無人地帯』は、単なる震災やフクシマの問題を越えた、人間とは何か、世界のあり方とは何かというところまで見通した映画でした。まず、最初に福島に行こうと思い立ったのは、どのあたりでしたか?
藤原:2009年くらいから大阪で撮っていた映画があって、2年、3年やっているのに、どうにもうまくいかない。どうしようかと悩んでいるときに震災が起きたんです。2009年というのは夏に民主党への政権交代があり、その後、新しい日本になるかと思ったら、むしろ政権が変わったことも含めてそのことを恐れるような風潮になっていった。そのことに強い違和感を感じていたんです。それが、震災が起こって、それってこういうことだったのかと見えてきたことがあった。とはいえ、お金もないし、それだけで福島に行く気にはならなかった。被災地に撮影に行くにはいろいろと考えなければならないことがある。特に物資が止まっていた時期なので、我々が行くことが迷惑をかけることになってしまう。それもあって4月の半ばまでは動かなかった。ところが、報道のあり方に、僕が感じていたおかしさが露骨に出てきた。にもかかわらず、映っていた被災地の人々が、あまりにも美しかった。あれは気仙沼だったか、小学校の男の子がテレビの生中継で、レポーターに今何が欲しいかと聞かれて、まだ電気が来てなくて、お年寄りが夜寒いから、電気と灯油が欲しいと言ったんです。小学校の5年生くらいの男の子がすごくしっかりした答をして、その瞬間、レポーターの方が衝撃を受けて崩れ落ちてしまった。その様子を見て、これは違うのではないか、と思ったこと。もう1つは、3月12日から考えていたことで、原発事故が起きて避難命令が出たときに、あの地域でも津波の被害があり、瓦礫の下で救助を待っている人達は当然いるはずなのに、そのことをマスコミがほとんど話題にしなかった。政府批判はすごく出たけど、官邸記者会見なり、ネットなりで、疑問を呈する人が誰もいない。そのときから、あまりにも避難させられた人達が無視されている、と思ったんです。

―では行ってみようと背中を押したものは?
藤原:ロフトプラスワンというのをやっている平野悠さんという人が、"金がない奴には10万円貸してやる"というようなことをツイッターで流していて、それでお金を貰えて、だったら行けると。カメラの加藤孝信に声を掛けたら、行くということで。

―行くと決めた時点で、映画に撮ろうという意志があった?
藤原:できるかどうかはわからないけど、我々が行く限りは作品にしなければいけないと。

―実際に行ってみた第一印象は?
藤原:郡山インターを降りて、三春の方から入っていったんですが、山の方から入っていくと景色がきれいなんです。ちょうど春になったばかりで、桜が咲いている。正直な感想は、黒澤明さんの『夢』の"狐の嫁入り"の風景そのままだった。オープニング・クレジットが終わると、次に出てくるのが玉の湯温泉の満開の桜で、大熊町の山の奥なんですけど、そこが一番最初に撮ったところです。20Km圏内であっても、地元の人には放射能によって死の町になる、みたいなイメージではないし、そこをきちっと撮っておかないとと思って。それに、そういうのが見えると、映画を見る人も多少考え方が変わるだろうと。

―女性の英語によるナレーションには、クリス・マルケルの『サン・ソレイユ』に似た感じも受けたんですが、あれは、いつ頃から考えていたんですか?
藤原:飯舘村を撮ったときあたりから、これはナレーションを使うべきだろうなと考えていました。5月の末ですね。日本人自身が語ることが出来なくなっている日本人的なもの、本来の農民の国として考え方というのは、逆に英語で語る方が論理的にクリアになるのではないか。最初はフランス語だったんですが、外国語でどういう風に言えるのかというのを自分で試してみたかった。ある種、抽象化できるし、世界的な問題でもある。

―意外に早い段階ですね。構想しながら撮っていったんですか?
藤原:飯舘村を撮ったときは完全に構想しながら撮っていました。飯舘村で一番最後に撮ったのが、映画の最後に出てくる弘法大師が彫ったと言われている十三仏で、あれを撮ったときに、これで映画の構想が分かったと思いました。もともと、下に十三仏の案内板があるので知っていたんですが、てっきり石仏だと思っていたんです。村の人にインタビューすると、飯舘村の場合は避難するまで時間があったので、皆さん、お祭りやお墓参りをちゃんとやってから出て行くというような話をされる。村の重要文化財だし、ちゃんと撮っておこうと思って行ってみたら、岩があるだけで、何だろうと思った。

―線彫りみたいな仏様でしたね。
藤原:遠くからは見えないが近くに行ったら見える。"見えること、見えないこと"というテーマがまさにこれだと。ナレーションについては紆余曲折があって、最初CNC(国立映画センター、映画の支援を行うフランスの公的機関)に申請するためのシノプシスでは、ほとんどフィクションの物語構造で、それはフランス人の女性が僕とやりとりをしていて、2人が映像を見て何を考えるかということだった。

―まるっきり『サン・ソレイユ』みたいですね。その時点で、すでに遠くから見た視点と、近くにある実際のものとの距離感を考えながら撮っていったと。
藤原:僕自身、福島県、特に浜通りなどはこの事故以前には行ったことがなくて、子供の頃に親に磐梯山に連れていかれたくらいで、会津の方にしか行ったことがなかったので、そういう意味ではよそ者なんです。

―地元の人が驚くほど快く出演してくれていますね。
藤原:2回だけ、インタビューは嫌だ、撮影されたくないという人達に会いました。1度はいわき市の四倉漁港で、地元の漁師さんが"インタビューはたくさんだ"と言いながらも、3人で30分くらい話をしてくれたんです。録音はしてたんだけど、残念ながら風がひどくて映画には使えませんでした。

―被災した家を撮ることに関してためらいはなかった?
藤原:撮ると決めてましたから。そこが演出とカメラマンを別にする利点で、演出は撮れというだけで自分は撮らないで済む。だからカメラマンは辛かったと思います。

―最初の映像が、津波で残った木で、そこからずっとカメラがパンしていく。あのオープニングは最初から考えていたんですか?
藤原:あれは撮ったときに、これはファーストショットだと思いました。

―原発が外から見えないという指摘も驚きでした。私達が報道で見ていた原発は海側から撮っているからよく見えるけど、内陸側からは見えない。外から見えないように隠すというのは日本的な感性で、まさに東電が作り上げていった世界がそれだったことに素直に驚きました。
 撮影のときに一番苦労したのは?
藤原:運転ですね。僕が演出と運転を担当したんですが、みんな避難しているから道路がほとんど直していないんです。夜遅くまで撮影していると、部分的に電気が通ってはいても街灯そのものがほとんどないから、真っ暗な道を走っていて、気がつくとマンホールがぼこっと持ち上がってたりする。

―スピードが出ていると危ないですよね。楽しかったというと言い過ぎかもしれないですけど、よかったことは?
藤原:全体的に撮影は楽しかったです。会う人会う人、みんな面白い方ばかりで。飯舘村で、"お前達にインタビューされても何の得にもならない"と言いながら、喋り続けたおじさんもいます。映画の中には使ってないんだけど、最初に行ったときに峠道で会って、ここから原発が見えると教えてくれた人がいて、その人が言ったのが映画で使った「おたまじゃくしと画面ばかり見ていても、何にもわかんないだろ」という言葉だったんです。おたまじゃくしって何だろうと思ったら、パソコンのマウスのことだった。最後の方で、茂原さんという方のお宅の茶の間まであがって話を聞いたときも、もの凄く楽しかった。

―もう少しで百歳になるおばあちゃんがいるお宅ですね。あの方達も今はみんな避難されて?
藤原:今は川俣町にいて、一軒家を借りられたそうです。この間、電話もらったら、お元気で、でも、おばあちゃんを東京に連れていくのは無理だから(上映には行けない)と。

―これからあの村は何年も無人地帯になる。とすると、何年か後に『無人地帯2』を作らなければならないのでは?
藤原:ある意味、まだ入口をやっただけだし、今後どうなっていくかは誰かがやらなきゃならない。今回の映画では、まだ抽象的に出ているだけの社会の大きな矛盾というのは、今後、具体的な形でどんどん出てくるし、今8か月たったところでも出てきてしまっている。そこをどうするかですよね。
 映画の最後でアルシネ・カーンジャンに言ってもらったんだけど、結局それはキリスト教的世界観のせいかもしれない。もともと日本人は、荒ぶる神には黙って耐えるしかないというような発想だったのに、神様は人間のために世界を作ったみたいな発想を安易に受け入れてしまっている。そのこと自体が間違っているのではないか。

―人間は自然に対して何をやってもいいというような?
藤原:それは土本典昭監督と一緒に水俣に行ったときに、そういう話を緒方正人さんとか言うわけですよ、我々の今の物質文明をどう意味論的に越えていくのかと。今まったく緒方さんが言った通りのことになっている。電気という問題にしたって、これだけ大量に電気を消費する社会がそもそも人間にとって幸福なのかというと、そのこと自体が大きな疑問であったりする。
 土本典昭監督の映画をやったときに面白かったのが、わりと歳を取った人の方が素直に見てくれることです。特に60歳を過ぎた女性、最後に出てくる茂原さんなんか、僕以上に物の考え方をわかっていると思う。残念ながら、まだ男が強い社会の中で、あまり大きな声では言えないと思ってらっしゃるみたいだけど。

―いえいえ、60歳を過ぎた女性は意外に強いですよ。
                   (11月26日、朝日ホールにて)

(齋藤敦子)

(4)心の近代化問う2作品

2011/11/26

 11月23日、『ワイルドサイドを歩け』のハン・ジェ監督待望の第2作、『ミスター・ツリー』が上映されました。
 映画の舞台は、鉱山会社が新たに建設した団地への移住が進み、さびれていく鉱山の村。主人公は"ミスター・ツリー"(樹先生)と呼ばれる男で、少年だった頃、不良の兄を罰しようとした父が誤って兄を死なせ、後追い自殺をしたという暗い過去があり、それがトラウマとなって、何をやってもうまくいかない。移住が進み、さびれていく村に残っていた彼が、思い切って仕事をしようと町に出て、マッサージ店で働く唖者のシャオメイに出会って恋をし、結婚を決意するのだが...、というストーリーです。

4-1.JPG ハン・ジェ監督によれば、この10年、中国では急激に都市化が進んでいて、過疎化した村を実際に見て回ったときに、崩壊した家屋とは対照的に生き生きと緑を茂らせている樹木を見て発想した映画だそうです。この映画は上海映画祭で上映され、審査員特別大賞と監督賞を受賞していますが、市山ディレクターとのインタビューに、映画を見た中国人の多くが、兄がしでかした不始末を天安門事件か、それに類する学生運動ではないかと思う、という話が出てくるのですが、監督によれば、そうではなくて、80年代という開放的な時代に、西洋文化にかぶれて自由恋愛をしたことが世間的に"恥"であったとのことでした。

 『ミスター・ツリー』の樹先生は、80年代の申し子であった兄と、そんな過去とは無関係で、さっさと町に出て成功した弟との間に挟まれた、"誠実であるがゆえに時代に乗り遅れた者"の代表。そこに多くの中国人が共感し、自分の姿を投影した結果、兄の死の原因について様々な憶測が生まれたのだろうと私は思います。

 21日に上映されたペマツェテン監督の『オールド・ドッグ』もまた、純血のチベット犬(チベッタン・マスチフ)が中国の富裕層の人気になっているという風潮を背景に、老いた父と子供の出来ない息子の姿にチベットの現状を仮託して描いた作品。『ミスター・ツリー』の地方の近代化問題は、『オールド・ドッグ』では中国化問題と一体となって寒村に及んでいます。"広い草原で羊を追うチベット犬はチベットの牧人のもの"という老父は、いくら値段が上がろうと、犬を中国人の手に渡すのをよしとせず、ついには最終的な手段に訴えてしまいます。

 時代が急速に変化しようと、人はその速度に追いつけるわけではないし、人の心は近代化できないということを、この2本の映画は見事に捉えていると思います。

写真は、『ミスター・ツリー』上映後、場内からの質問に答えるハン・ジェ監督です。

(齋藤敦子)

(3)デジタル化と映画文化のミライ

2011/11/26

3-1.JPG 今年のフィルメックスは、いろいろ考えさせられる企画が多いのですが、特に24日に開かれた"デジタル化による日本における映画文化のミライについて"というシンポジウムは画期的なものでした。これは市山ディレクターとのインタビューの中にも出てきますが、先月10月24日に渋谷の映画美学校で行われた第1回に次ぐものです。

 映画のデジタル化は製作の現場だけでなく、興行界でも急速に進んでいます。今、新たに作られているシネコン(シネマコンプレックス、いわゆる複合映画館)は、すでにフィルム方式ではなく、すべてデジタルによる映写方式に変わっており、大手のシネコンでは遅くとも2013年6月までにはデジタル化が完了することになっています。この設備の改変には相応の設備投資が必要になり、これが既存の映画館には大きな負担になってきます。この負担をデジタル化の受益者である映画館と配給会社で分担するシステムが考えられているのですが、今のシステムだと大手の映画会社、興行会社は確かにデジタル化の恩恵は受けても、いわゆる地方の小さな映画館や、独立系の配給会社には大きな負担を強いることになるのです。

 今回は、地方の映画館代表として、大分シネマ5の田井肇さんが日本における現状報告を、先頃ヨーロッパから帰国した元東京テアトルの工藤雅子さんがヨーロッパの事例報告をし、日本大学映画学部の古賀太教授の司会で、田井肇さん、瀬々敬久監督、俳優の村上淳さんを交えたトークセッションが行われました。

 今、着々と進行している映画界のデジタル化は、日本の映画環境をどう変えていくのか。35ミリフィルムは本当になくなってしまうのか。多くの問題をはらみながら、日本映画は待ったなしの状況にいる、ということを痛切に感じました。今回のシンボジウムの模様はUstream(http://www.ustream.tv/channel/cinerevo-digital-cinema-future-part2)でも配信されています。また、さらに多くの情報を知りたい方は、映画ファンのための応援ネットワーク、シネレボ!(http://d.hatena.ne.jp/cinerevo/)をご覧ください。

写真は、シンポジウムの模様で、左から古賀太教授、瀬々敬久監督、大分シネマ5の田井肇さん、俳優の村上淳さんです。会場には立錐の余地がないほど映画関係者が詰めかけ、熱気のある討論になりました。

(齋藤敦子)

(2)市山尚三ディレクターに聞く(後編)

2011/11/24

●映画祭が中止に
-去年は中国に新しい映画祭が出来たというお話でしたが。
市山:それが、中止に追い込まれたんです。今年の4月開催予定だったインディペンデント・ドキュメンタリー映画祭で、僕のところにもIDカードの案内が来たんですが、1週間後に"映画祭は中止になりました"という連絡が来て、何が起こったのかと思ったら、中国政府が検閲を要求してきたということでした。今まで一般の映画館じゃないからとお目こぼしだったのに、突然今年になって、映画祭で上映する映画を全部見せろと言ってきた。ただ、それだと困る人も出てくるんで、結局、中止にせざるを得なくなった。

-それは、政府が締め付けを強化しようという意図で?
市山:来年、習近平という人が国家主席になると言われていますが、その前に抑えられるところは抑えようとしている。今、地方で暴動が起きたりしていますが、そういった反政府的な運動に繋がりそうなところは、新体制になる前に叩いておこうとしているのではないか。検閲自体が急に厳しくなったということではないけれど、今まで自由にやってた映画祭が検閲を要求されるような事態になって、中止に追い込まれたわけです。

-今年ヴェネチアで上映された『人山人海』は、検閲を通らなかったからサプライズにしたということですが、それと関係は?
市山:あれは香港との共同製作で、無許可で撮って、でも中国で公開したいんで、今、申請中ということです。ただ、中国映画として申請すると、なぜ最初に検閲を受けないんだと言われるんで、香港の会社から申請しているそうです。映画を見ると、最後の違法な炭鉱とか、問題なところは幾つかあるんですが。

2-1.jpg●上海で受賞「ミスター・ツリー」
-コンペティションの中国映画の傾向は?
市山:三者三様ですね。ユー・グァンイーは以前『サバイバル・ソング』を上映していますが、黒竜江省で元版画家をやっていて、突然カメラを持って山の中に入って木こりを撮り始めたという人です。『独り者の山』はその続きではないですが、やっぱり黒竜江省で文明から取り残されているおじさんをずっと追っている映画で、田舎から消えていく生活を撮る、彼のライフワークという意味では一貫しています。
 『ミスター・ツリー』のハン・ジェは元ジャ・ジャンクーの助監督で、ジャ・ジャンクーのプロデューサーの会社が製作した作品です。上海映画祭で審査員特別賞と監督賞を獲っていますが、これはかなり危ない描写があるんで、よく検閲を通ったなと驚いているんです。

-上海映画祭で賞を獲っていて、危ない?
市山:中国人も見て驚いている。明らかに80年代の政治弾圧が背景にある。はっきりと描いていないんで、分からない人には分からないが、中国人が見たらすぐに分かる。夢に主人公の死んだ父親と兄が出てきて、どうも兄に問題があって捕まって、それを苦にした父親が兄を殺して自殺したのがトラウマとして残っているという設定で...。

-天安門?
市山:天安門事件を直接描いたという説と、天安門じゃないけど、あれに類する運動だという説がある。天安門と言っちゃうと絶対に検閲を通らないんで、お兄さんが法に触れることをやって、それを恥に思った父親が殺したというような、そういう描き方になっているんです。

-中国人が見ると、"ああ"と腑に落ちる?
市山:腑に落ちるらしいです。かなりすれすれのところで、一応許可を取って作っている、すごく勇気のある映画なんです。

注)後のフィルメックスでの監督のQ&Aにおいて、この件は80年代に自由な男女交際が認められていなかったことが背景となっており、政治的事件とは無関係であることが判明した。

ペマツェダンの『オールド・ドッグ』はチベット映画ですね。

市山:ペマツェダンは、もとは作家で、結構歳をとってから電影学院に入学してデビューした人で、もう40歳を越えていますが、これが3本目くらいです。いわゆるチベット人でチベット語で映画を撮っている。見ると分かるんですが、完全に政府に喧嘩を売っている映画です。

-今年TIFFに『転山』という台湾の中国人が自転車でチベットに行く映画がありましたね。
市山:あの映画は、台湾からチベットへ行くでしょう?どう見ても国策映画ですよね。台湾もチベットも中国の一部ですという。

-チベットといっても何の問題もない。チベット人はいつもすごく親切で、問題があるとしたら、山道で滑って転んで自転車が壊れたという、そのくらい。
市山:『オールド・ドッグ』は暗黒そのものですよ。ただ、シナリオだけ読むと全然何の問題もないが、見るとわかる。彼のその前の映画は『サーチ』というタイトルで、チベットオペラの劇団の人達が歌手を探してチベット中を探すが、なかなか見つからないという、ただそれだけのキアロスタミみたいな映画なんだけど、崔洋一さんにその話をしたら、"それはダライラマがいないという映画なんだよ"と、見てもいないのに言ってました(笑)。そういうことを考えて撮っていそうな人ではあります。

●世代が進む韓国
-韓国は?
市山:韓国も三者三様です。普通にフィルメックスらしい映画といえばパク・ジョンボムの『ムサン日記』ですか。

-この映画は日本に売れてるんですね。
市山:前の『息もできない』がかなり当たったんで、その線でだと思います。ジャ・ジャンクーの初期の頃のような、ああいうリアリズムの感じの映画なんで、ちょっと面白いと思います。監督のパク・ジョンボムはイ・チャンドンの助監督だった人、『豊山犬』のチョン・ジェホンはキム・ギドクの助監督だった人です。

-最近、誰々の助監督だったという監督が多くないですか。
市山:フィルメックスの初期でやった、イ・チャンドン、キム・ギドク、ジャ・ジャンクーたちの弟子が、今どんどんデビューしている時期なんです。

-10年経つと、そういう世代になるんですね。
市山:『豊山犬』はキム・ギドクが脚本を書いているんで、キム・ギドクらしい変なところが沢山あるんですが、全体がまったくの娯楽映画になっていてヒットしたんです。だから、キム・ギドクとは全然別の方向へ向いている才能だと思いますね。

-なるほど、師匠の轍は踏まなかったというわけですね(笑)。
市山:キム・ギドク・フィルムズ最大のヒット作ですよ。面白いのは両方とも脱北の話だということ。

●政治を娯楽作品に
-韓国映画は、北朝鮮がらみの政治的な問題を娯楽映画にするのが上手いですね。
市山:『シュリ』から始まっていますね。1つは、北朝鮮がある種の興味というか関心事として国民の中にずっとある。それをうまく娯楽映画として作っている。

-『カウントダウン』は?
市山:これは政治的な背景とは関係のない娯楽映画なんですけど、この監督は完全に新人なんです。初監督作品で、スターを2人使って、よくもここまでと、うまく撮っている作品で、今言ったような政治的な背景とは関係なく、娯楽映画としてかっちり出来ています。

-韓国の映画界はどうですか、去年は落ち込んでいるというお話でしたが。
市山:正直言って、巨大なヒット作というのはあんまりないですね。

-アート系の映画はどうですか。
市山:今年カンヌのある視点で、キム・ギドクとホン・サンスという、韓国では商売にならない2大巨匠の新作が揃って上映されました(笑)。2人とも海外セールスが頼りで。

-まったく対極だけど、それぞれ、彼ららしいすごく面白い作品でしたよ。
市山:業界からまったく圧力を受けないために、好きなものを低予算で作って、海外セールスで回収するという、韓国でのアート系の作家の生き残り方の1つですね。

-ただ、キム・ギドクもホン・サンスもベテラン監督です。彼らに続く若手の才能は?
市山:それがコンペのこの3人の辺りですね。映画祭的には、『ムサン日記』は既にロッテルダムで賞を獲ったりしているんです。

-『豊山犬』のチョン・ジェホンや『カウントダウン』のホ・ジョンホは、もう少し娯楽映画の方へ行けそうですね。
市山:メジャーから声が掛かってもちゃんと撮れるタイプの監督だと思いますね。チョン・ジェホンは、もともとキム・ギドク組の助監督だし、うまくいくと大きな映画も撮れるんじゃないかな。それにこの映画は低予算で撮っているのに、お金がかかっているように見えるんですよ。上手いと思いましたね。役者はノーギャラで出ているらしいんですが、オダギリジョーさんも1ポイント出ています。台詞も何もない役で。

2-2.jpg●不思議な魅力「フライング・フィッシュ」
-スリランカの『フライング・フィッシュ』は?
市山:これは結構驚きの映画で、とんでもない終わり方をするんです。ソウルのデジタル映画祭で監督のプシュパクマーラ本人から話を聞いたんだけど、彼の子供の頃に起こったことをそのまま映画にしている。内戦時代に、農村の人達が殺されたり、レイプされたり、そういう悲惨な境遇の中を生き抜いてきた人で、そのトラウマをぶつけた映画です。

-不思議な人がスリランカから出て来ましたね。
市山:彼はすごくシネフィルなんです。アピチャッポン・ウィーラセタクンの映画なんか結構見ていて、その影響も見れば分かります。

-イランはコンペにモハマド・ラスロフの『グッドバイ』、特別招待にジャファール・パナヒ&モジタバ・ミルタマスブの『これは映画ではない』がありますが、最近イランには行かれています?
市山:ここ数年ずっとファジル映画祭には行っていないんです。招待も来ないというか。別にむくれているわけじゃなく、カンヌに行けばイランのセールスの人達が来ていて、いくらでもDVDが貰えるし、昔みたいに行かないと見られないというわけじゃない。ファジル映画祭でやってる作品もベルリンに行けば全部DVDが手に入るし。

-わざわざ行く必要はないということですね。まだアハマディネジャド体制が続いていて、映画に関してはあまりいい話が聞こえて来ないんですけど、国内の映画界というのはどんな感じなんでしょう?
市山:映画産業が壊滅しているとかでは全然なくて、普通に作られているんだろうとは思います。ただ、以前は映画祭を回っていたアート系の作家達がみんな国外に出てしまったということはある。マフマルバフ・ファミリーとか、バフマン・ゴバディとか、みな国外に出てしまって、あまり国際映画祭にイランの映画が出なくなったということはありますね。

-作品があるのに出ない?
市山:それはないですね。『グッドバイ』や『これは映画ではない』などは、USBにデータを入れて持ち出してエントリーした、みたいなことをやってるんで。それはデジタル社会の恩恵ですね。フィルムだと大変ですけど。

-『グッドバイ』は監督本人がカンヌに来られなくて、奥さんが賞を貰いに来てましたね。パナヒは裁判の判決が出ましたが。
市山:判決が出たのは2週間くらい前で、その後の情報が入って来ないんで、どうなったか分からないんですが、即刻収監というわけじゃないと思います。フィルメックスが始まる頃にはまた新しい情報が来るかもしれないです。ラスロフの『グッドバイ』も、彼が1回捕まって保釈されて、自宅待機みたいな状態になった時に密かに撮ったということです。ラスロフはフランスのキャンペーンには行けたので、まったく出られないということではないようですが、フィルメックスには来られないという連絡が来て、代わりにカメラマンが来るという話です。ただビザが間に合うかどうか。

-その人が来たら、話が分かりますね。
市山:そうなんです。それから、パナヒの共同監督が拘束されたんですよ。

-ミルタマスブさん?
市山:そうです。これがひどい話なんですよ。フィルメックスに呼ぶために、ビザの書類を送って、彼は日本大使館に取りに行ったはずなんです。それで、9月のトロント映画祭から各地の映画祭を回り、そのまま日本に来る予定だったんです。そしたら、トロントに行く直前に拘束されてしまった。その理由というのが、BBCがイランで作ったドキュメンタリーの1本をミルタマスブが撮っていて、それがスパイ行為に当たると。それって、許可をとって撮ったドキュメンタリーなんですよ。

-ただの言いがかりですね。
市山:一緒に拘束された他の人達は釈放されたのに、ミルタマスブだけはまだなので、彼を国外に出さないために拘束したとしか言いようがない。

-パナヒの国際的な注目度が高いから、これ以上騒がれたくないということでしょうね。
市山:トロントに行く直前に捕まったということは、タイミングとしても非常に怪しいです。

●川島雄三と相米慎二
-今年は、なんと川島雄三と相米慎二の2大特集がありますね。
市山:川島は数年前からやろうと思って準備していました。川島と言っても海外の人はほとんど知らないんです。唯一、マルコ・ミュラーがロッテルダムのディレクターだったときに、日本の職人監督みたいなくくりで、森一生と川島雄三と鈴木清順の3人の特集をやっただけ。清順さんは本人が行ったから一番盛り上がって、鈴木清順特集というのはその後、映画祭を回り始めたんだけど、川島雄三は交流基金にあるプリントが断片的に上映されているくらいで、作家としての川島の知名度は皆無に近いんです。

-今村昌平の師匠なのに?
市山:外国の人に聞くと、唯一見てるのは『夜の流れ』という、成瀬と共同監督の映画だけで、それを成瀬特集で見た、というような状況なんです。

-相米慎二特集はなぜ今年なんですか?
市山:2001年に亡くなって没後10年なので。これはもともと松竹の榎さんという、『あ、春』をプロデュースしたり、『東京上空いらっしゃいませ』とか『風花』の脚本を書いた方から相談があった企画で、相米さんに近い人達が没後10年でどこかで特集をやりたいが、フィルメックスでどうですかという話があって、それはもう喜んで、と。相米さんは権利会社がバラバラなんで、特集を組むのがすごく難しいんです。権利があってもプリントを持ってなかったり、てんでんバラバラで、これは相米組の協力なしには出来なかった特集なんです。今回、榎戸耕史さんや、かつての相米組の人達が一生懸命やってくれて、なんとかクリアできました。

-相米さんが亡くなったのは9.11直前の2001年9月9日で、私はヴェネチア映画祭に行っていて、遠くで訃報を聞いたのでピンと来なかったんですが、今になると相米慎二の不在は大きいですね。相米慎二の不在イコール日本映画の不振に繋がるわけで、時代を振り返る、面白い企画だなと思います。
市山:ディレカン(ディレクターズ・カンパニー)が倒産したりしてゴタゴタしたのが、晩年ようやく、大手の映画会社で作って、しかもカンヌやベルリンに作品が出始めた頃だったんで、この後、生きていてくれたら違う展開が待っていたんじゃないかと、もったいない気がします。これをきっかけに海外でもやってくれればいいと思っているんです。もちろんまた権利問題が出てくるんですが。

-何とかならないんですか。
市山:本当はユニジャパンが中心になって全部権利をクリアして欲しいところです。

-国際交流基金が英語の字幕を入れて持っていたのでは?
市山:5本くらいあるんです。それは今ももちろんあるんですが、交流基金は少し前に朝日新聞とアエラに手ひどく攻撃されたんで、今は全然ダメなんです。

-知らなかった。どんな事件ですか?
市山:交流基金が、やくざ映画やポルノ映画やホラー映画のようなひどい映画を大使館で上映するという名目で、英語字幕入りのプリントを勝手に作っているという告発記事です。交流基金がちゃんと反論しなくちゃダメなのに、今後、大使館の皆様のご要望に添うものを作りますと、平身低頭で謝っちゃったんです。そうなると寅さんとか『釣りバカ日誌』みたいなものばかりになる。

-やくざ映画とは要するに深作欣二とか...。
市山:加藤泰。

-ポルノ映画とは日活ロマンポルノ...。
市山:神代辰巳ですね。ホラー映画というのは、たぶん中川信夫でしょう。その記事がちょうど事業仕分けのさなかに出た。交流基金は外務省の系列なんで、無駄なことに金を使ってるみたいな論調になってしまい、交流基金の活動は完全にストップしてしまいました。

-ショックです。
市山:フィルメックスは山本薩夫特集をやったときに焼いたプリントが全然回ってない、こういうのは困ると言われたりしてるんです。

―日本の新聞記者って、たとえば映画担当以外の人なら映画を知らなくていいというところがある。それが変だと思うんです。人間としての文化的な素養ってあるべきだと思う。
市山:ちょうど事業仕分けの時期なんで叩きやすい。交流基金自体、少し前から予算がなくて、ほとんどニュープリントが出来ないみたいな時期にはなっていたんですが。

-交流基金が持っているプリントをユニジャパンの管理にしてくれればいいのでは?
市山:ユニジャパンが中心になることがいい理由の1つは、僕らが映画を出してくれと言っても、海外展開に興味のない会社はなかなか出してくれない。でもユニジャパンの事業ということにすれば、メジャー会社も傘下なので出さざるをえない。

-友人にシッチェス・カタロニア映画祭のディレクターがいて、彼はずっと本多猪四郎の『ゴジラ』を上映したくて、何度も何度も大手の映画会社に申し入れたのに...。
市山:だめでしょ。

-だめ。ユニジャパンが中心になって、フィルムをストックしている全映画会社に働きかけてフィルムを回していくようなシステムを作らないともったいない。日本映画という文化を世界に知って欲しいと思うし、映画祭とは逆の意味で、そういうことをしなくちゃいけないと思いますね。
 去年はネクスト・マスターズと言っていた企画ですが。
市山:あの後、ベルリン映画祭と共同でやりましょうということになって、今年からタレントキャンパス東京という名称になりました。実質2回目ですが、タレントキャンパスとしては1回目で、あとはほぼ去年と同じです。それと、去年は監督志望だけだったんですが、プロデューサーも入れて欲しい要請が参加者からあり、今年は3人くらいプロデューサー志望がいます。

-そうすると教えることも変わってくる?
市山:あんまり変わらないですね。最近はジャ・ジャンクーなんかもプロデューサーをやっていて、教える話というのは両方に共通だと思うし、結局アジアの監督はプロデュースのこともある程度わかってないと話にならないと思うんですよ。

-ベルリンと提携したということはベルリンから誰か来るんですか。
市山:講師が1人来ます。去年もそうだったんですが、参加者の中から何人かベルリンに招待してくれるはずです。ベルリンと一緒にやった方がいいことの理由の1つは、情報がパッと広がることですね。去年は知り合いのつてを頼って参加者を募ったんですが、今年はつてを頼る必要もなく応募がどっと来て、みんなクオリティが高かったです。

-最後に、市山さんから今年の新機軸というか、気づいた点があれば。
市山:日本の震災と海外とは関係ないはずなんだけど、全体的に監督が社会の困難に向き合っているという感じがすごくしますね。それはキム・ギドクみたいに個人的な問題であってもそうだし、いろんな意味で個人が社会とどう向き合うかみたいな映画というのがすごく多いような気がしました。

-日本も否応なしに向き合わざるを得なくなっている。震災は今の若い人に、向き合う場所、向き合う面をはっきり示したんじゃないかと思います。
市山:そう思いますね。来年出てくる日本映画は違ってくる可能性があるんじゃないかな。

-ブレずに向き合って欲しいというのが私の希望ですけど。今日は本当にありがとうございました。(11月9日、東京・赤坂のフィルメックス事務局にて)

2-3.jpg写真上:21日、"チベット人によるチベット人の映画"『オールド・ドッグ』上映後に行われたQ&Aで、質問に答えるペマツェデン監督 。

写真中:21日、『フライング・フィッシュ』上映後に行われたQ&Aの模様、スリランカから現れた"不思議な才能"、サンジーワ・プシュパクマーラ監督。

写真下:5月のカンヌ映画祭で『これは映画ではない』上映前に挨拶するモジタバ・ミルタマスブ監督(右)。
このとき、ゾロアスターの言葉をひいて、"闇と闘うには、剣ではなく、ロウソクを灯せ"と挨拶されていたが、9月のトロント映画祭へ出発する直前にイラン当局に拘束された。


 

(齋藤敦子)

(1)市山尚三ディレクターに聞く(前編)

2011/11/21

CIMG4279.jpg 第12回東京フィルメックスが19日から開催されました。オープニング作品は、キム・ギドク監督ひさびさの新作『アリラン』。コンペ部門には中国、韓国、スリランカ、イラン、日本から10作品がエントリーしています。また、ニコラス・レイ生誕百年記念で、遺作の『ウィー・キャント・ゴー・ホーム・アゲイン』が上映されたり、川島雄三と相米慎二の特集上映があったりの盛り沢山な内容です。今年の審査員長は、新作『CUT』の日本公開を控えたアミール・ナデリ監督、受賞結果は27日に発表されます。
 今年も事前に市山尚三ディレクターにいろいろとお話をうかがいましたが、少し長くなるので、2回に分けてお届けします。


CIMG4253.jpg●来年に影響?東日本大震災震災
-今年は震災があったり日本では大きな変化がありましたが、フィルメックス的にも何か影響がありましたか?
市山:3月以前に予算はほとんど決まっていますし、助成金とか企業の協賛金も前年度に決まってるんで、あまり目立ったところでの影響はないです。むしろ懸念されるのは来年になったときに、震災の復興にお金を遣うんで、助成金が減りましたということはありうる話ですが、今年に関しては、そんなに大きな影響はないし、ゲストもそれを理由に来ない人は誰もいなかったです。

-パナヒの映画には、震災が出て来ますし、TIFFで上映されたヌグロホの娘の映画にも震災がちょっと出て来ますが、映画祭を回っていて、作品的に影響を感じたことはありますか。
市山:そういうことを意識して作品を選定してるわけではないので。1つには藤原敏文さんの『無人地帯』が直接震災を扱っているということはありますが、普通に見て、いいと思ったから入れたわけで、震災を扱っているから入れたのでないんです。

-日本映画の話題が出たので、去年は「冬のけもの」が見事にグランプリを獲りましたが、選定者の意図としては、してやったりですか?
市山:これはある意味、意外な結末でした。たぶん審査員が違っていたら、全然違った結末になったでしょうね。嬉しい驚きと言ってもいいかもしれないですけど。審査員がどう判断するかによって、まったく違う結果が出ていたと思いますね。

-今年の審査員長はナデリさんですが。
市山:ナデリはすごいシネフィルで、あらゆる映画を見てますし、ドキュメンタリーでは山形の審査員なんかもやっているし、こういうのがダメだということがない人なんで、逆に言うと、何を気に入るかというところに興味がありますね。

-去年は外国映画配給が底を脱して上向いてきたということでしたが。
市山:それは継続中です。今年もうちが決めた後に配給が決まったのが結構出て来てます。キム・ギドクの『アリラン』も売れないかなと思ったら、カンヌの直後にクレストに売れたりとか、何本か既に売れている作品もあります。

-ジョニー・トーの『奪命金』はまだ売れてませんね。
市山:まだほとんど見てる人がいないんです。ヴェネチアがワールドプレミアなんで。今回、ジョニー・トーは来ないんですが、セールスの人達が来るというんで、フィルメックスでセールスをするつもりなんじゃないですか。

●急激に進む中国のデジタル化
-去年から今年にかけて映画界を俯瞰してきて、市山さん的にはどんな印象を持たれましたか。TIFFで石坂健治さんにインタビューしたときに私が一番感じたのは、急速にデジタル化が進んでいる問題で、アジアの風部門では今年はフィルムが3、4本になってしまったという話でした。数年前に崔さんにインタビューしたときには、フィルムは残るだろうという意見だったんです。例えば中国は広いし、映画館をすべてデジタル化するには凄いお金がかかるだろうと。
市山:まず、中国は今、古い映画館が木っ端みじんになくなっているんです。それで全部シネコンに変わっている。最初からデジタルしかない、フィルムが掛けられない映画館がどんどん出来ているという状況で、中国のデジタル化は日本よりも急速です。

-そうなんですか。今、ヨーロッパでも独立系の映画館のデジタル化を政府の支援で行うという話が出ているようですね。アジアの映画界を回ってみて、デジタル化がクリエイティヴィティにどんな影響を与えると感じました?
市山:まず大きな問題は、今は最初からフィルムを知らない世代がどんどん出てきているということです。特にアジアの、映画産業とは別のところで映画を撮っていて、フィルメックスに応募してくるような人達ですね。学生の頃からデジタルで短編を撮って、フィルムを知らないままデビューする。だから、最初からフィルムとデジタルの違いなどというところとは別の次元にいる。最初からフィルムに興味がないんです。
 侯孝賢なんかは、彼はフィルム世代の人なんで、フィルムで撮ることの緊張感というか、フィルムを無駄に出来ないという中での緊張感があると言うんです。そういうわりに、彼は何度も撮り直しをして、どんどん無駄にしているような気がするけど。

●フィルムの質感は重要
-痛みを感じつつ無駄にしていると、痛みを感じないで無駄にしているのとは違うと(笑)。
市山:それは確かにクリエイティヴィティの領域ではあるけど、それはフィルムを知ってる人達の発言だと思うんです。デジタルの人達は最初からそれを考えないで撮っている。だから、これから出てくる人は逆に何が問題ですかということになってくると思うんです。あと、唯一、残るのは画面の質感ですね。カメラマンとか監督とかの狙いで、デジタル的ではなくフィルム的な狙いのものをやりたいんで、フィルムを使いますという、そういう実用的な意味のフィルムは生き残る。撮影媒体としてのフィルムというのは絶対になくならないとは思うんです。アメリカのテレビドラマも結局フィルムで撮ってるわけじゃないですか。ポスプロ(ポスト・プロダクション)はデジタルでやるんで、フィルムはないんだけど、映像に映画的な質感を出したいということで、アメリカの「24」とかああいう作品は撮影はフィルムで行っているんです。

-ネガでデジタルに変換する?
市山:撮影済みのネガをデジタルに変換して、編集はデジタルでやるんで、完成済みのプリントというのは存在しないんです。デジタルの素材しかない。アモス・ギタイの映画もそうですよね。去年の『幻の薔薇』とか。その前のジャンヌ・モローが出た『いつかわかるだろう』という映画も、もともとテレフィーチャーとして撮ったので、16ミリで撮って、デジタルでポスプロをやって、そのあと映画祭を回り始めたので、デジタルから35ミリのプリントを作ったという、すごい変な行程を辿ったんです。

-映画祭で上映するために35ミリを焼いた?
市山:最初はテレフィーチャーとして放映するだけなのでプリントは作らなかったんですが、映画祭を回り始めたので、HDマスターからプリントを焼いたんです。フィルメックスではデジタルで上映しましたが。

-映画祭ではまだデジタルの機材がないところが多いわけですか?
市山:そうですね。これはギタイ本人に確認が必要ですが、もう1つ考えられるのはフィルムにすると安定するんです。要するに、色調などを調整していったん35ミリのネガを作ってしまえば、どこにいってもプリントは、ほぼ同じように上映できる。デジタルだと会場によっても機械によっても全然違って映ってしまう。ここではちゃんと映っても、他の会場では全然違って映るとか、機械との相性で全然違って映るという問題がある。35ミリのネガを作っておけば、とりあえずプリントのクオリティは変わらない、というのはあるんです。

-過渡期的な問題でしょうか。今年はTIFFでもデジタルの素材がかからなかったということがありましたね。まだ世界標準というのがなくて、機材がいろいろ出回っているから。
市山:技術者に聞くと、"その辺は相性としかいいようがない、どうにもなりません"と言うんですよ。暗いところが全然映ってなくて、なぜだというと、"このプロジェクターでやったら、こうなるんです"と。今はまだそんな状態なんです。フィルメックスでもいちいち、毎回、調整に時間がかかるんですが、逆に言うとデジタルは調整できる、幾らでも変わるということは言える。

●デジタルの保存期間
-それは、ちょっと不安じゃないですか。でも、デジタルしか知らない人は"この程度の色調が出たらOK"みたいなことになるんでしょうか
市山:いや、やっぱり人によって狙いはあると思うんですよね。この程度出ていればOKですという人と、思った通りのここが出ないとダメだと言って、何回も何回も明るさを変えながらやるとか、そういう人もいると思う。デジタルの場合、そういう可変的な部分が逆に言うとクオリティが一致しないという問題になる。フィルムは安定してるし、歴史にも百年保存できることがわかっているわけですが、デジタルは百年保つかどうか誰にもわからない。

-デジタルだから保つとみんな思ってるのでは?
市山:もしかしたら50年後に完全に劣化して使えなくなるかも。

-データって半永久的に保存できるのかと思った。
市山:まだ誰も百年保存したわけじゃないから、わからないんです。フィルムはとりあえず百年間保っているのが歴史的に証明されています。

-褪色問題もありましたが。
市山:フィルムは元が残っていれば復元できるんですが、デジタルの場合は果たして復元できるかどうか。

-データだけに、消えちゃったらそれまで?
市山:そうです。だからフィルムがなくならないという主張はその通りだと思うんです。保存に適しているのと、クオリティが安定している、それと作家としてフィルムの質感というのを大事にしたいという意味で、撮影媒体としては残るんだけど、上映の媒体としては、どんどんデジタル化していく。35ミリで撮った映画でもデジタルマスターを作ってそれを公開することになっていく。

-すると興行形態がまったく変わってきますね。
市山:今度、土肥悦子さんが24日にフィルメックスでやるシンポジウムがまさにそれです。今、日本の映画館が直面しているのは、急速にデジタル化が進む中で、既存のアートシアターがどう生き残っていけばいいのかで、それは痛切な問題なんです。
(つづく)

 写真上は、開会式の壇上に並んだ今年の審査員、左からフランスの批評家フィリップ・アズーリ、映画監督のアミール・ナデリ、前ジョンジュ国際映画祭ディレクターのチョン・スワン、映画監督の篠崎誠の各氏。
 写真下は、市山尚三ディレクターです。

(齋藤敦子)
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