シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(4・完)ワニ神話が不思議な味わい/最優秀作品賞に「クロコダイル」

2014/11/30

tokyo_fil_p_2014_0401.jpg 11月29日夕の授賞式を前に、プレス向けに受賞結果の発表と記者会見が行われました。中国の映画監督ジャ・ジャンクーを審査員長とする5人の審査員が選んだのは、最優秀作品賞がフィリピンの『クロコダイル』、審査員特別賞がイスラエルの『彼女のそばに』、そして中国の『シャドウデイズ』にスペシャル・メンションを、という結果でした。

【写真】受賞者と審査員。前列左が作品賞のフランシス・セイビヤー・パション、右がスペシャル・メンションのチャオ・ダーヨン。後列右から審査員の柳島克己、ジャ・ジャンクー、張昌彦、リチャード・ローマンド。

 フランシス・セイビヤー・パション監督の『クロコダイル』はフィリピン南部の湿地帯で少女がワニに襲われて亡くなったという事件をドラマ化した作品で、再現ドラマの部分とドキュメンタリー部分を、村の長老が語るワニ神話で包んだ、不思議な味わいの作品でした。パション監督は2010年のネクスト・マスターズ(現タレンツ・トーキョー)修了生で、『イロイロ ぬくもりの記憶』(12月13日より日本公開)のアンソニー・チェン監督とは同室だったそうで、劇中で母親を演じたアンジェリ・バヤニは、『イロイロ』では主人公の少年と心を通わせるフィリピン人のメイドを演じているという繋がりがあります。

 アサフ・コルマン監督の『彼女のそばに』は、学校の用務員として働く姉と、彼女が一人で面倒を見ている知的障害のある妹との関係を描いたもの。姉を演じた監督の妻リロン・ベン・シュルシュの実体験が基になっていて、姉妹の親密な愛情関係と、愛する者に束縛され、自分の人生を失ってしまう女性の痛々しい姿が胸に迫ってくる作品でした。

 ヨルダンの『ディーブ』やイランの『数立方メートルの愛』といった、まとまりのいい、よく出来た映画でなく、荒削りながらアイデアの優れた『クロコダイル』が選ばれたことは、フィルメックスの主旨に合った、いい選択だったと思いました。また、中国の『シャドウデイズ』にスペシャル・メンションが出たことは審査が割れたことをうかがわせますが、その点について質問したところ、スペシャル・メンションは作り続けることを応援するという意味で、各賞は審査員の全員一致で決まったとのことでした。

 私が特に感銘を受けたのは、パク・ジョンボム監督の『生きる』でした。山崩れで両親を失い、神経衰弱の姉とその娘の面倒をみながら、山奥の味噌工場で働く男の必死に生きる姿を描いた3時間近い作品で、市山ディレクターとのインタビューにもあるように低予算で撮られていますが、そんな悪条件を突き抜けるような監督の意志とパワーに圧倒され、この力作が賞から漏れてしまったことを、とても残念に思いました。

tokyo_fil_p_2014_0402.jpg 第15回東京フィルメックス受賞結果
<コンペティション部門>
●最優秀作品賞:『クロコダイル』フランシス・セイビヤー・パション監督(フィリピン)
●審査員特別賞:『彼女のそばで』アサフ・コルマン監督(イスラエル)
 スペシャル・メンション:『シャドウデイズ』チャオ・ダーヨン監督(中国)

●観客賞:『プレジデント』モフセン・マフマルバフ監督

●学生審査員賞:『彼女のそばで』アサフ・コルマン監督

<タレンツ・トーキョー>
●タレンツ・トーキョー・アワード2014:『Somewhere South of Reality』
 ジャンカルロ・アブラアン(フィリピン)
 スペシャル・メンション:『A Family』ムン・クォン(韓国)

【写真】タレンツ・トーキョーの修了生と講師

前列右から講師のフロリアン・ウェグホルン、ウィニー・ラウ、諏訪敦彦
後列で賞状を広げているのが受賞者のジャンカルロ・アブラアン(右)とムン・クォン(左)
(敬称略)

(齋藤敦子)

(3)コンペ作品を見てほしい/林加奈子ディレクターに聞く

2014/11/27

tokyo_fil_p_2014_0301.jpg-今年のカンヌで特に感じたんですけど、今のカンヌは巨匠が何個パルムドールを取るかみたいなところに来ていて、いきなりコンペでパルムを取るような新人は出てきにくくなっている。新人発掘の機能はフィルメックスのような、あまり大きくない映画祭に託されているような気がするんですが。

林:カンヌは既にパルムをとってしまった監督たち用にもう1つセクションを作らないと、同じ人達の同窓会の繰り返しになってしまうと思いますね。ただ、あれだけ大きいカンヌだけど、プサンやベルリンに比べたら、かなりコンパクトである努力はしていると思う。それは悩ましいとは思うし、誰に言われるよりもカンヌが一番よくわかっていると思うんだけど、映画祭の宿命として、映画祭は大きくなっちゃうんです。フィルメックスの場合は逆に広げないように、大きくしないようにしています。これで何億円かポンともらったらわからないけど(笑)。ニューヨーク映画祭なども厳選して30本くらいしかやらない。フィルメックスは今年25本ですが、全部の映画を見ることができる。1日3本とか4本で、同じ映画について話せる映画祭にしたいんです。ベルリンに行くと"私はパノラマのこれを見た、よかった"と言っても、"私はフォーラムでこっちを見ていた"となって話として成り立たない。カンヌはあれだけ大きいけれど、オフィシャルの数が限られているから、会って同じ話ができる珍しい映画祭です。

-カンヌの場合はコンペがすべての中心で、レッドカーペットにしても何にしてもすべてコンペが基本になっていて、そこを外していない。だけど、ベルリンの場合はコンペが弱いから、パノラマを見たり、フォーラムを見たりしないとベルリンに行った甲斐がないということになる。

林:映画祭の醍醐味を味わえない。

-フィルメックスもコンペが柱ですね。

林:コンペが核だと言い続けているんですが、コンペというのははっきり言って、お客様が一番入らないセクションなんです。それはカンヌとの大きな違いで、なぜなら今年9本コンペティションでやりますが、そのうち5本がデビュー作なんです。だから監督といっても知る人がいない。あとはフィルメックスを信じて見てもらうしか方法がないんだけれども、11月3日からチケット発売をしていますが、売り切れになっているのは特別招待のキム・ギドクであったり、クローネンバーグであったりで。でも考えてみるまでもなく、ギドクさんは第2回のコンペティションで上映した作家だし、アピチャッポン・ウィーラセタクンも第1回のコンペティションで上映しているんです。特別招待作品はお祭り的な賑やかなものを必要としているけれども、フィルメックスの核はコンペティションで、コンペティションを見てもらいたいと思う。みんな自分が審査員になったつもりで見てみてください。これが今、世界で最も新しい映画だし、10年15年たったときに、ギドクさんのように、即日完売のような形で新作を待っている監督になってくれる可能性はありえると思うから。

-映画祭は満席にならないと苦しいものですか?

林:満席になってもだめです。チケットの売り上げだけでは1席1万円くらいにしないと。1万円で売ってもぎりぎりかな。以前、"3分の1は州や国などの行政でカバー、3分の1はスポンサー、3分の1は入場料収入だと、なんとかバランスがとれる"と、セルジュ・ロジック(モントリオール世界映画祭ディレクター)に言われたことがあって、なるほどと思ったけれども、会場費などを全部計上していくと映画祭によっては凄いでしょうね。カンヌなんかは自前の会場がありますが。

●映画祭ならではの自己矛盾
-そうすると、チケットを売っても売らなくても赤字で、寄付なり助成金なりで補填して運営していくわけで、純粋にお客に来て欲しいというのは、この映画監督を見て欲しい、作品を見て欲しいという気持ちですよね、儲かりたいという気持ちじゃなくて(笑)。

林:というか、お客様が入ることは結果的には望まなきゃいけないことだけど、入ることを1番の目的としていたら、もっとお客様が入る映画ってある。たとえばエンターテインメント。香港映画とか、スターが出ているとか。入ることを目的とするんであれば、全然違うセレクションになるわけです。

-以前、市山さんが"インド映画をやれば入ることはわかってるんですけどね"と言ってました。

林:うちのアンケートでも、サプライズ映画はインド映画や香港映画がいい、誰々の新作だったらいいというはある。でも、お客様はもちろん大事だけど、お客様が見たいものを見せるだけだったら映画祭じゃないと思う。ただ、やる限りはお客様に入っていただかないといけなくて、"こんな凄い映画をやってるけど誰も見てくれなくていい"というのとは違う。見てもらいたいんです。そこの自己矛盾は凄いです。逆に、映画祭のビジョンとは何かを考えていたときに、逆説的に考えたらフィルメックスがなくてもいいことだと思ったんですね、世の中的に。東京フィルメックスがなくても、こういう映画が普通に公開されて、普通にお客様が見に来てくれて、配給会社でも何でも全然なりたっていて、フィルメックスがなくても機能しているんだったら、本当はそれが一番理想なんじゃないかなと思った。

-そうはいかない、"もっと他にいい映画がありますよ"って絶対に言い出すよ(笑)、今年のコンペ9本以外にも紹介したい映画があるはずだから。

林:元を返すと、フィルメックスがなかったら日本で上映されなかった作品がこれだけあるってことですね。私がどうしてもやらなきゃと思う映画が日本でどんどん公開されて、いくらでも見るチャンスがあれば、普通にお金を払って映画を見た方が、精神的には幸せじゃない?って思う。天の邪鬼な言い方じゃなくて、本当の幸せはどこにあるんだろう?と思います(笑)

-15年やってきて、フィルメックスでやらないとどこもやらないような映画が増えていると思いますか?

林:数としてどうなっているかわからないけど、相変わらずありますね。

-この15年、リーマン・ショックの前後でいろいろ変わったし、映画がフィルムじゃなくなったり、日本映画も沢山作られているけど上映されない映画も沢山あって。

林:80年代90年代ミニシアターまで含めると波が幾つもになりますが、ここ15年に絞ってもフィルメックスで上映される映画が1本も配給が決まっていなかったときと、ちょっと決まっていたときがあって、また最近厳しくなっていて、より一層やらなきゃいけない映画がある。それは悲しい、残念なことだと思う。

●才能を見つけたい

-今は配給する側の話でしたが、作る方は?

林:数は増えているんじゃないでしょうか。海外からフィルメックスの名前をあげて上映して欲しいと言ってくる作品が増えているからかもしれないけれど。日本映画は前からですが、海外でも、たとえばトルコは今まで1作品もやれていませんが、毎年20~30本以上見続けていて数はすごいです。アフガニスタンとか、今まで知らなかったところからビデオで撮った作品が出て来たりしている。ただ、私達は技術はつたなくても、アイデアというか、なんとかしなきゃというユニークネスがどこかにあるものを取ろうとしているんです。

-撮れる状況があれば才能が増え、なければ減るというわけではなく、どんな状況でも才能はいる?

林:それを何とか見つけようとしている毎日なんです。

-今年は見つかりましたか?

林:今年の9本はいいと思いますよ、毎年同じことを言ってますけど(笑)

-フィルメックスはなるべく新人を捜そうとしているわけですよね?

林:1作目だけじゃなく、その人の次を見たいと思う作品を選んでいるつもりです。だから、その作品の完成度はそんなにびっくりするようなものでなくても、この人が次を作れるために、たとえば映画祭で選んで上映することで応援の気持ちを伝えられるんだったら、コンペでやるしかないという気持ちかな。監督に来てもらって、私がこんなにあなたの映画を好きだったんですよ、こんなにあなたの映画のことを受け止めていますということを伝えたいと思う人を選んでいるんです。

●賞が増える。映画祭の宿命
-今年はジャ・ジャンクーが審査員長で、中国映画が1本ですね。

林:ヨルダン映画が初めて入りました。イランはドキュメンタリーと劇映画が1本ずつ入っています。コンペティションというのは基本的に必要悪だと思っているんです。映画を比べるとは何事ぞと。それはわかっているけど、でもやっぱりコンペティションにすることでアテンションを高めたり、もし賞に結びついたら、その人が次に作れるためになる。フィルメックスでお客様が応援してくれたことが弱くても太鼓判になるんだったら意味があることじゃないかと。ベルリンのフォーラムも元々はコンペティションじゃなかったのに、コンペ部門よりも凄い映画をやってたから、いろんなスポンサーがついた。それでフォーラムの中の何かに賞をあげましょうとカリガリ賞とか、ウォルフガング・シュタウテ賞ができた。

-カンヌのある視点も、最初は賞の名前もなく、『そして人生はつづく』のときはグラス・ジェルヴェ賞といってアイスクリームの会社が出したんです。そのときはその1つだけだったのに、その後どんどん増えて、今は5つくらい出る。結局、賞って増えていく。

林:パルム・ドッグも含め(笑)。それは冗談ですが、批評家週間も監督週間も含めて、だんだん賞ができてくる。それは作った人への敬意、アプローズ、すばらしかったです、本当にあなたの映画を応援しているんです、ちゃんと受けとめたんですよと伝えるためのものだから、映画祭ができることとしては悪じゃないと思ってやるしかない。それは映画祭の宿命みたいなところです。

-今年のクローネンバーグ特集はどこから?

林:今年が日本とカナダの友好85周年というのを去年から聞いていて、フィルメックスが15年だから合わせて100年じゃないですかみたいな話から。

-足せるものですか?(笑)

林:これまでもフランス、フィンランド、ハンガリーなど、アジアにこだわらずに国をとりあげてきています。大使館にも周年だと予算があるので、カナダは前にガイ・マディンを特集したことがあって、他にやりたい監督を何人も考えて、最近の若い人のクラシックを見なさ加減を考えて、『ザ・フライ』より後の作品はDVDで見られるチャンスはあるけれども、本当の初期の頃のクローネンバーグって、今の若い人たちや作り手にとっては本当に全く初めましてなんだな、と思ったんです。今年、私達がクローネンバーグをやることで、『ザ・フライ』とか『ザ・ブルード』とか、見ようと思えばDVDで見られるものはキャッチアップしてもらえる。やる気のある人達は調べようがある。今年、初期の2本と『マップ・トゥ・ザ・スターズ』と両方上映できるのは、ある意味奇跡なんです。

-変わってないということがわかる。

林:この人って最初から巨匠だったんだと。

-いや、最初から変だったと(笑)

林:最初からずっと、ということは本当に凄いことです。クローネンバーグが初期のお金がない中で、学校の校内を使って撮って、空間が独特な雰囲気を持っている。クローネンバーグが工夫していることを今、篠崎誠さんが『SHARING』でやっている。それはすごくつながったなと思ったし、キム・ギドクさんの『ONE ON ONE』や塚本晋也さんの『野火』のバイオレントへの考え方も、巨匠と見比べると見えてくるものがあるはずだなと思った。映画祭にできることって、そういう一緒に見ることでつながっているのを見せることだと思う。例えばサプライズ映画の『ジャ・ジャンクー フェンヤンの子』も、ウォルター・サレスがなぜジャ・ジャンクーに密着してドキュメンタリーを撮ったか、なぜこんなにジャ・ジャンクーのことを愛しているのかということがわかるドキュメンタリーですが、ジャ・ジャンクーが審査員にならなかったら、これをやってもサプライズの意味があんまりなかった。結果的にうまく収まって本当によかったです。ジャ・ジャンクーがいるときに、この映画を見て、"ジャ・ジャンクーは、もう世界の作家なんだ"ということがわかってもらえる。本当に、まとまるまでは本当に苦しい日々だったんです。『マップ・トゥ・ザ・スターズ』もカンヌ直後に配給が決まらなかったりで、よくフィルメックスでやらせてもらえたなと思うし、映画祭はいろんなミラクルの積み重ねなんです。

-特別招待作品にはバイオレントという切り口もあるように思え、そうすると<1960 破壊と創造のとき>の特集にもつながりますね。

林:1960年て、塚本さんとギドクさんが生まれた年でもあるんです。だから何って言われたら何でもないけど。

-85と15を足したら100みたいに(笑)。

林:本当に結果的なものなんだけど、楽しんでもらいたいなと思います。

(11月10日、赤坂の東京フィルメックス事務局にて)

(齋藤敦子)

(2)上映活動への締め付け厳しく・中国/市山尚三プログラムディレクターに聞く

2014/11/25

tokyo_fil_p_2014_0201.jpg-まずうかがいたいのは、今年インディペンデント映画祭(北京独立電影展)が中止になり、香港でも学生デモがあって、外から見ると揺れている中国のことですが。

市山:検閲に関しては特に変わってないです。コンペ作品の『シャドウデイズ』は、内容が一人っ子政策の批判なので、許可がとれないのをわかりきって作っていて、ベルリン映画祭を始め、いろんな映画祭に出ていますが、特に監督に何か害が及んだという話は聞いていない。ジャ・ジャンクーやロウ・イエがアンダーグラウンドで撮っても妨害がなかったのと同じで、アンダーグラウンド映画を作ることに特に締め付けがきつくなったということは聞かない。締め付けが厳しくなったのは映画祭なんです。インディペンデント映画祭に対して締め付けが厳しくなった。それは3年前に、誰も知らないと思いますけど、北京映画祭(北京国際電影祭 BJIFF、今年4月に第4回を開催)というのが始まって、その頃から始まっているんです。

-上海映画祭は有名ですが。

市山:上海は歴史があるし、国際映画製作者連盟にも加盟しているんですが、突然北京映画祭というのが始まって、それはもう完全に国家イベントなんです。上海映画祭は、上海撮影所を母体としている上海電影集団という製作配給会社があって、そこが運営しているんで、ある意味民間なんです。民間といいながら、中に国家官僚出身の人達がいるんだけど、厳密に言うと国家イベントではない。

-私は国家がやっていると思っていました。

市山:許可をとった映画しかやっていませんけど、もともと国営の撮影所だった上海撮影所を民営化して、製作出資をやったり、配給をやったり、ジャ・ジャンクーにいつも投資している上海電影集団というのになって、そこのトップの人がプレジデントの映画祭なので、実は国家イベントとは言えないんです。これに対して北京映画祭は完全に国家イベントで、1年目には結構日本映画もやって、日本の映画関係者もたくさん行って混乱ぶりを目の当たりにして(笑)、いろんな話を聞いたんですが、2年目から日本映画をやらなくなって、第2回、第3回は日本映画一切上映なし。それに対して上海映画祭は日本映画をがんがん上映している。

-そう聞くと、確かに国家イベントですね(笑)。

市山:インディペンデント映画祭は、北京映画祭が始まった年から突然締め付けが厳しくなった。今までリ・シェンティン(栗憲庭)というアーティストが募金で作った基金(栗憲庭電影基金)があって、そこがソンチュアン(宋荘)という北京の郊外にあるアーティスト村で映画の上映会をやったり、ドキュメンタリー映画の助成をやったりしてきた。それが、今年ついに中止に追い込まれた。一説には、どうせインディペンデント映画祭なんて見に行く人もいないだろうと思っていたら、意外に海外で評判になって外国の映画祭のディレクターが見に行ってる、あるいは北京市内の映画ファンが行ってるということで、今まで無視していいと思っていたものが、何となく盛り上がっていることに気がついた。今までも、オープニングの招待者の名簿を出せとか、そういう干渉はあったんですが、今年はついにアートディレクターのワン・ホーウェイと、もう一人が呼ばれて、宣誓書みたいなのを書かされて中止になったということです。これは僕の予想ですけど、たぶん北京映画祭をネットで検索していたら、知らない間にこっちが出て来て(笑)、それで気がついたんじゃないかと。

●映画祭の影響力
-今年は香港で大規模なデモもあったんで、いろんなところに締め付けが来ているのかと思いました。

市山:それとはあまり関係ないです。3年前からじわじわと。オープニングのパーティをやってると警察がやってきて、皆を見張っている中で飯を食っているという、そういうのが2年くらい続いてた。

-なるほど(笑)

市山:笑い事じゃないですよ。でも、去年までは結構笑い事で終わってたんですが、今年ついに中止に。

-私もネットのニュースで知りました。
市山:中止だけだったらいいんですが、映画基金に置いてあった、いろんなドキュメンタリーのフッテージが接収されたらしい。そっちの方がもしかしたら重大かもしれません。そこで中国のドキュメンタリーを閲覧できた。見たいというと見せてくれたんです。製作に関しては相変わらずで、許可をとらずに勝手に撮って、それが妨害されたという話は聞かないけど、上映活動に関して、いろいろなクレームが来ている。それは北京だけじゃなく、地方の主要都市でもインディペンデント映画祭をちょくちょくやってるんですが、場所によってはホールを貸してくれないとか、そういった締め付けが来ている。もしかしたら、北京が中止に追い込まれたんで、地方のホールがビビってるだけかもしれないけど、今年になってから上映活動に関する締め付けが厳しくなったのは間違いない。以前は映画祭なんて関係ないと思ってたのに、意外に影響力を持ち始めていることに気がついたのかもしれないですね。

-『シャドウデイズ』は無事に外へ出られたわけですか?

市山:ベルリンで上映してますし、監督本人もいろんな映画祭に参加しています。

-中国国内での上映は?

市山:できないですね。前はできたんです。インディペンデント映画祭では王兵の『無言歌』を上映してQ&Aをやっているんで。今回は何を上映するのか事前にリストを出せというところからじわじわ始まって、最終的には、何が理由かということは言わないんです。この映画をやったらダメとかは絶対に言わない。とにかく中止にしないと、お前達はここから帰さないみたいなことを言われて結局中止という。

-作れていることは作れているが、上映はできなくなっている?

市山:ただ、いずれにしても収入にはならないんです。こういう作家は海外に出資相手の人達がいるし、細々と上映料を徴収したりしながら何とかやっているけど、中国国内では見返りを期待していない。公開はできないわけだし、インディペンデント映画祭から上映料をとるわけにもいかないだろうから。でも、今までは少ないながらも見せる機会があったのに、それが今、失われつつある。中国のインディペンデントの作家達が今大変だと思うのは、彼らが普通の映画を撮ろうと思ったとしても、今度は商業的な検閲があって公開されないとか、その前に出資者がつかないとか、アートシアターというものが全然ないんで、結局、作ったのはいいけど世に出ない映画がたくさんある。

-作っても上映できなければ出資者がいなくなるでしょうね。それで自己検閲したりする。

市山:作家性なんか関係なくなって、スターを使って娯楽映画を作らないと道がない。だから、政府の検閲にプラスして、そういう商業的な一種の検閲があって、そういう点では厳しい状況ではありますね。

-最近、中国映画が大きな映画祭のコンペになかなか出てこなくなりました。

市山:娯楽映画的なものは海外の映画祭はやらないんで。今年でいうと、カンヌはコンペがなく、ヴェネチアでワン・シャオシュアイがかろうじてコンペに入っただけ。文革の傷跡みたいなものを扱っていて、ちょっと社会性もあり、検閲的にはすれすれのクレームのつかないところで撮っているというタイプで、いい映画だとは思いましたが、じゃあ、国内で公開して当たるかというと、おそらく当たらない。中国には、他で儲けているから映画が儲からなくてもいい、映画祭に出してみたいというスポンサーがたまにいたりして、そういう人達をなんとか見つけてきて撮ってるみたいなところはありますね。

 前にフィルメックスでやった『オールド・ドッグ』のペマ・ツェテン監督の新作が今年の上海映画祭に出ていましたが、ちゃんと許可を取って撮ってて、政治的なテーマは一切なし、チベットを舞台に弓矢を射る若者達の話で、ちょっとエキゾチックだけど、別に有名な役者が出てるわけでもないし、公開はされるだろうけど、ではそれが当たるかというと難しい。インディペンデントの人達が生き残るのは、自主ばっかりやっていると疲弊するだけだし、かといって商業的なものを作っていると国際映画祭からは遠ざかっていくという、そういうジレンマというものは皆あるかもしれないですね。

●韓国映画にも同様の問題
-今年は韓国映画が2本ありますが。

市山:去年は韓国映画が1本もなかったですけど、今年は結構面白い映画がありました。ただ、韓国映画も同じような問題があって、『扉の少女』の方は一応ペ・ドゥナというスターが出ていて、大当たりするような映画ではないけど、公開はできる。『生きる』の方は、実はチョンジュ・デジタル・プロジェクトの一環なんです。今までは短編3本だったのが、それがなぜか長編3本になって、1本が『生きる』で、もう1本がパールフィ・ジョルジの『フリー・フォール』、それにもう1本が韓国映画。

-『フリー・フォール』は東京映画祭で見ました。クレジットにチョンジュの名前が出てきたんで驚いたんです。

市山:今年からアジアとか関係なく3本長編を作るというふうに変えたんです。どの程度製作費が出たのかわかりませんが。『生きる』も、お金がない中で作っていると思うんですけど、そういう意味では極まってて、すごい映画なんです。チョンジュ映画祭のおかげで出来た映画とも言える。実際に韓国映画界でこういうものを作っていくのが大変なのは間違いない。やっぱり商業映画が強いですし、基本的には商業映画にしか興味のない出資者というか、そういう人達しかいない。

-韓国映画は行き詰まっている感じがしますね。キム・ギドクさんのところはギドクさんというパーソナリティがあるので別格でしょうけど。

市山:日本だと、例えばビデオ会社とかが何回か投資して、いつか儲かったらいいみたいな感じがあるじゃないですか。でも韓国だと、出資者が投資会社みたいなところなんで、長期的にやってどこかで儲ければというより、その場で儲からないともう次は出さない。

-シビアなんですね。

市山:長い目で見て、この人にぜひ投資をというような言い分がほとんど通用しない。キム・ギドクとかホン・サンスは海外セールスで回収できるくらいの低予算で作って、韓国で当たらなくても最悪なんとかなるというやり方だから、なんとかなってる。

-チョンジュも変なことをやりますね。

市山:不思議ですね。ディレクターとかが一層されて新体制になったら突然。1つわかるのは、短編オムニバスにすると3本全部がいいということはほとんどない。フィルメックスにも応募が来るけど、1本は駄目なものがある。で、これやるのは厳しいよねということになって、結局やらなくなることが多い。長編だとバラ売りしてどんどん出て行く。少なくとも『フリー・フォール』と『生きる』の2本が展開していければ、映画祭のプロモーションとしてはすごくよかったということになる。最近は政府のサポートが厳しくなり、昔ほど助成金が多額に出るという状況じゃないんで、それがたぶん韓国映画が映画祭的に厳しくなってる1つの理由ではありますね。前は新人だと助成金が結構出るというんで、思い切ったものが出来ていたのが、今は新人でも商業的なことを考えなきゃいけなくて、そこで日和ってしまっているということはあるかもしれない。

-中国と韓国はインディーズの作家に別の意味で問題があるような感じしますね。中国は政治的な、韓国は経済的な。
市山:経済的なというところでは中国も同じかもしれない。自主で作る以外には、もう商業映画と折り合いをつけなければやっていけないという状況になってますから。

-フィリピンから『クロコダイル』という作品が入ってますね。

市山:フィリピンは今年も面白い映画が何本かありました。フィリピンはとにかく低予算で作るんです。確かにお金があまりかかってないように見えるけど、その代わりに国際映画祭に対して強いのと、いろんな助成金がある。1つはシネマラヤ映画祭が企画に助成金を出してて、そんなに大きなお金じゃないけど、人によってはその助成金だけで映画を作ってしまうし、多少実績のある人はヨーロッパから助成金を貰えたりするんで、そういったお金だけで作ってしまう。そうすると日本で商業公開するのはなかなか難しいようなものしか出来てこないんだけど、とりあえず作り続けることはできる。
 最近大きく変わってきたのは、この『ディーブ』がそうなんですが、アラブなんです。アラブ圏にはドバイとアブダビとカタールという3つの映画祭があって、それが競って助成金を出している。

-オイルマネーで。

市山:ドバイは資金難で今年コンペがなくなったと聞いたんで、これがいつまで続くかわかりませんけど、その3つの映画祭がアラブ・プレミアを条件に助成金を出しているんで、どれかの助成金が出たアラブ系の映画が結構多いです。

●1960年という切り口
-特集上映<1960―破壊と創造のとき>について。

市山:今年、松竹が大島渚監督の『青春残酷物語』のデジタル・リマスター版を作ったところから始まったんですが、大島さんの特集は、すでにいろんなところでやっているんで、時代を切ってみた方が面白いのではないかと。特に1960年というのはいろんな人達が続々デビューしてるんです。厳密に言うと、大島さんはその前の59年のデビューで、60年は吉田喜重さんや篠田正浩さんなんかがデビューしている。ただし、吉田さんや篠田さんの作品は海外に出ているので、今回は高橋治さんの『彼女だけが知っている』と森川英太郎さんの『武士道無残』の2本で、英語字幕を作ったのは初めてなんで、海外では誰も知る人がいないと思います。

-これはデジタル上映ですか?

市山:そうです。なぜかというと、去年ベルリン映画祭で中村登監督の特集をやったときに35ミリで上映できる会場が2か所しかなかったんです。1か所はデルフィという昔ながらの会場で、西ベルリン側なのでプレスの人もなかなか行かない。もう1か所はアルセナールというキャパの小さいところで、すぐ人がいっぱいになってしまう。でも、ベルリンだから35ミリで上映できたんで、他の映画祭はデジタルでなければ上映できないところに来ていると思い、だったらDCPを作ってしまおうということで、DCP英語字幕付きになりました。作ったはいいけど上映できなければ話にならないんで。

-デジタルで英語字幕が付くのはこの3本?

市山:『青春残酷物語』は松竹がJ-LOP(ジャパン・コンテンツ ローカライズ&プロモーション支援助成金)で作ったんですが、『彼女だけが知っている』と『武士道無残』はフィルメックスの経費で作りました。本当はあと何本かやるべきとは思ったんですが、この本数が限界なんです。

-1960年という切り口が面白いですね。

市山:大島渚さんが61年に松竹を辞めてるんで。もちろんその後、吉田喜重さんとか篠田さんがいろんな作品を作ってますけど、松竹全体で盛り上がったのは、本当にこの1年限りなんです。
 この『武士道無残』は見てますか? 監督の森川英太朗という人は1作しか撮ってないんです。松竹とごたごたして、おそらくそれが嫌で辞めてしまって、しばらく創造社にいて、大島渚さんの助監督をしたり、日活の映画の脚本を書いたりしていた方ですが、結局、監督作品はこれ1本で終わってしまった。『武士道無残』はすごく硬派な作品で、演出力もあるし、もったいない人材という感じがします。

-1960年と言えば日米安保の年でしたし、若い映画ファンに1960年を再発見してもらいたいですね。

(11月10日、赤坂・東京フィルメックス事務局にて)

(齋藤敦子)

(1)熱帯の緑、血の赤・・/戦争の悲惨さ描く塚本監督の「野火」

2014/11/23

tokyo_fil_p_2014_0101.jpg 11月22日夕、第15回東京フィルメックスが開幕しました。これから30日までの9日間、林加奈子ディレクターが胸を張る"厳選の25本"が、メイン会場の有楽町の朝日ホールとTOHOシネマズ日劇、ヒューマントラストシネマ有楽町で上映されます。

 オープニング作品は、今年の9月にヴェネツィア映画祭コンペティション部門でワールド・プレミア上映された塚本晋也監督の『野火』で、今回の上映がジャパン・プレミア。原作は大岡昇平の小説<野火>で、大岡自身のフィリピンでの戦争体験を基に、飢えにさいなまれながら敗走する兵士の孤独と生への執着をテーマにしたもの。

    tokyo_fil_p_2014_0102.jpg            

 1959年に市川崑が船越英二主演で映画化していますが、当時はまだ戦争の記憶があらわに残っていたため、モノクロ映像を使うなど、わざと残虐さを弱める配慮がなされていましたが、今回の映画化は逆に、熱帯の緑、血の赤、死体の黒など原色を強調したリアルな映像で、戦争の悲惨さ、残酷さを目に焼き付けています。20年前から映画化を願っていたという塚本晋也監督は、「多くの人に見てもらいたいので有名な俳優に主役を演じてもらいたかったが、こういう映画が作りずらい状況になってきたので、自分とカメラ1台から始め、1人1人協力者を集めていった。暴力シーンがポイントで出て来るので、げんなりされると思うが、本当に戦争が始まればこんなことではすまない。"戦争は映画の中でたくさん"という気持ちを込めて作った」と語っていました。

tokyo_fil_p_2014_0103.jpg 『野火』は来年7月25日より、東京・渋谷ユーロスペース他で全国公開されます。

【写真・上】開会宣言する林加奈子ディレクター
【写真・中】来日が間に合わず、ビデオで挨拶する今年の審査員長ジャ・ジャンクー監督
【写真・下】『野火』の舞台挨拶の模様で、右から音楽担当の石川忠、出演のリリー・フランキー、森優作、監督・主演の塚本晋也の各氏

(齋藤敦子)
1