シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(4・完)羊飼いと身分証の物語/ペマツェテン監督の「タルロ」に最優秀作品賞

2015/11/29

tokyofil2015_p04.jpg 11月25日に授賞式が行われ、以下のような結果が発表されました。

 最優秀作品賞の『タルロ』は、身分証を作るために町に出かけた羊飼いのタルロが、証明写真を撮るため、身なりを整えようと入った美容院で、美容師の女に羊の値段の話をしたのが運のつき、ついにはすべてを失ってしまうという寓話のような物語。ペマツェテン監督の話によれば、数年前に全員が身分証を持つよう法律が改正され、これまで身分証などとは無縁に生きてきたチベットの山奥の人々も身分証を作ることになったのだそうです。身分証と羊飼いの関係に託して、監督が何を描こうとしたのかは明らかでしょう。タルロが毛沢東語録の一節を中国語のまま、まるでお経のように暗唱する場面は圧巻でした。タルロを演じたシデニマはチベットでは有名なコメディアンで、本当に毛沢東語録を丸暗記させられた世代なのだそうです。

 審査員特別賞の『ベヒモス』は内モンゴルの巨大な露天掘りの炭鉱をテーマにしたドキュメンタリー。ベヒモス(怪物)とは人間の欲望を邪悪なエネルギー=怪物として捉えた題名で、ダンテの神曲をモチーフに、炭鉱を地獄、そこで働く人間の苦しみを煉獄、住宅政策の失敗でゴーストタウンと化した高層住宅群を天国(幽霊の町)として描いていました。監督のチャオ・リャンは2007年に2作目の『罪与罰』でナント三大陸映画祭の金の気球賞を受賞、3作目の『北京陳情村の人々』がフィルメックスや山形ドキュメンタリー映画祭でも上映された注目のドキュメンタリスト兼アーティストです。

 賞とは無縁でしたが、私が好きだったのはチャン・ツォーチ監督の『酔生夢死』。市場で野菜を売って小銭を稼ぎながら生きる不良青年ラットを主人公に、アメリカから返ってきたゲイの兄、ラットが好きになる口のきけない娼婦、兄貴分として慕うホストなど、台北の裏社会に生きる人々の姿を描いた群像劇です。今年の台湾金馬奨で、侯孝賢の『黒衣の刺客』に次ぐノミネートを獲得、ラットを演じたリー・ホンチーが新人俳優賞を受賞しました。市山プログラム・ディレクターのインタビューにもあるように、チャン・ツォーチの代表作となるべき1本だと思います。

 写真はクロージング作品『山河故人』上映後のQ&Aの模様で、左からプログラム・ディレクターの市山尚三さん、監督のジャ・ジャンクーさん、通訳の小坂史子さん、主演のチャオ・タオさん。『山河故人』は『山河ノスタルジア』という邦題で、来春、渋谷文化村ル・シネマで公開されます。

【受賞結果】

●コンペティション部門
最優秀作品賞:『タルロ』監督ペマツェテン(中国)
審査員特別賞:『ベヒモス』監督チャオ・リャン(中国)
スペシャル・メンション:
『白い光の闇』監督ヴィムクティ・ジャヤスンダラ(スリランカ)
奥田庸介監督(『クズとブスとゲス』/日本)

●観客賞:『最愛の子』監督ピーター・チャン(中国、香港)

●学生審査員賞:『タルロ』監督ペマツェテン(中国)

●タレンツ・トーキョー・アワード2015
『A Love to Boluomi』(タウ・ケクフアット/マレーシア)

(齋藤敦子)

(3)厳しいクラシックの上映環境。客の意識も変化/市山尚三プログラム・ディレクターに聞く(後)

2015/11/27

tokyofil2015_p03.jpg -今年の邦画は、オープニングが園子温監督の『ひそひそ星』、コンペに奥田庸介監督の『クズとブスとゲス』、特別招待に塩田明彦監督の『約束』と『昼も夜も』がありますが、クラシックは?

 市山:今までやってきたクラシックの特集は、松竹の創立120周年の特集と提携しているだけで、こちら主導でやっている去年の松竹ヌーヴェル・ヴァーグ特集みたいなものは出来なかったことが残念です。

 -なぜ?

 市山:一番大きな理由は予算の問題です。前は出ていた助成金が去年から出なくなったんです。去年はフィルメックスの予算で何とかデジタル化した。<1960-破壊と創造のとき>特集の3本のうち、1本は松竹が作った『青春残酷物語』で、あとの『彼女だけが知っている』と『武士道無残』はフィルメックスの予算で作ったんですが、その分が持ち出しになったのと、今年は上映の枠が少ないことで、初日に朝日ホールが使えないし、2日目の朝の2枠まるまる空いている。これで邦画の特集をやると、コンペや特別招待作品を減らさなきゃいけない。侯孝賢特集も今年だから英語字幕のプリントが借りられるとか、いろんな制約もあって、今年は見送ろうということになったんです。

 ●人気作に偏るデジタル化

 -この分で助成金がないと来年も苦しい?

 市山:いろんな助成金に応募したりしているんですが、今のところ、来年やるかどうかもわからない。


 -残念ですね。松竹は自分のところの映画のデジタル化を進めていくつもりでしょうか。

 市山:進めていくでしょう。今年は『晩春』と『残菊物語』の2本を初めてデジタル化していますし。ただ、やっぱり売れるものしかできないというところがある。だから去年は『青春残酷物語』はやっても、他の2本に関してはできないと言う。

 -向こうは商売でやってるんだから仕方がないですが。

 市山:本当は商売抜きで、ドンとお金が出るところがないと、なかなか難しいです。テレビの方も"放映します"という保証があればいいんだけど、向こうも視聴率とか考えると、小津とか黒澤だったらやるけど、他の知らない監督のものだったらできませんということになるだろうと思います。

 -日本の弱いところですね。本当は公のお金で支えていかなければいけないのに。

 市山:フランスだとARTEとかカナル・プリュスとかがそういうことを度外視してやる、みたいなところがあるんだけど、日本の場合、特に今のNHKにはない。

 -ないですね。なんだかどんどん嫌な方へ行っている。

 市山:このまま進んでいくと、例えば今年のTIFFで復元した大映時代の市川崑を特集したじゃないですか。ああいう名作はできると思うんです。各社が復元してくれるから。名作はできるけど、知られざる映画を復元するのが難しくなる。それは今言った助成金の問題があるのと同時に、海外の映画祭に行ってプログラマーの話を聞くと、有名作品には人が入るけど知られざる映画には人が入らないと言う。それは日本映画だけじゃなくて。

●人気作中心は世界的な傾向

 -何でも見るというような人が少なくなったんですね。

 市山:僕らもベルリンのフォーラムで誰も知らない監督の映画を見て、これはすごいと思っても、確かにお客さんは入ってない。そういう傾向が世界的になってくると、たとえばフィルメックスで復元したとしてもそれが世界に回らない可能性もある。映画祭としても、あまりアテンションが少なければやらないだろうし、そうなってくると著名な作品ばかりをクラシック部門でかけるということになっていく。

 -ランキング症候群じゃないけれど、ベストテンとかランキングに入らない作品は忘れ去られちゃう傾向がありますね。今は自分の目で見て自分なりのよい映画を発掘するみたいな、そういう視点が欠けているのかもしれない。
 それで、ピエール・エテックスの特集ですが。

 市山:これは5、6年前にカンヌ・クラシックでエテックスの『ヨーヨー』をやっていて、そのときから言ってはきたんですけど、なかなか機会がなくて。今年まだ外国映画の特集が決まってない頃にアンスティテュ・フランセに声をかけたら、アンスティテュにDCPがあるということで実現した。理想を言えば、本人が来てくれればよかったんですが、さすがにドクター・ストップで。

 -今、お幾つですか?

 市山:87歳です。本人は来るつもりになっていて、経費をどうするかという話をしていたところで、やっぱり医者から長旅は無理だと言われたと。

 -昔、ナントでブラジルの音楽映画の特集があったときに、コメディアンのグランデ・オテロさんを招待したら、パリの空港に着いたところで亡くなったことがあったんで、絶対にやめた方がいいです。

 市山:数年前にキューバ映画祭には行ったらしいですよ。でもメッセージをビデオで作ったのが送られてきます。

 -エテックスは日本でやってますか?

 市山:あまりやってないんです。『女はコワいです』という映画が東和配給で公開されているくらい。だから、昔見ていて記事を書いてくれる人がほとんどいないんで、どの程度、お客さんが来てくれるか不安な点はあります。ただ、前売りはそれなりに売れています。

 -川喜多和子さんが生前エテックスをやりたがっていました、30年以上前ですが。

●権利関係の処理も難題

 市山:エテックスは権利関係が難しくて、カンヌで『ヨーヨー』をやったときに、やっと権利をクリアして、できるようになったと聞いています。今、フランスでDVDボックスが出ていますけど、それまではフランス人でさえ見ていないらしい。侯孝賢も『悲情城市』と『戯夢人生』の権利のクリアが大変だったらしいです。『悲情城市』は、日本はぴあが出資しているからいいんですが、台湾で侯孝賢のDVDを買おうと思ったら、この2本だけない。日本は例外的に見られるんですけど。今、侯孝賢特集を全世界でオーガナイズしているリチャード・スチェンスキというアメリカの大学教授が侯孝賢特集で記念講演をするんですけど、彼から最初に来たメールに『悲情城市』と『戯夢人生』の権利のクリアが非常に複雑だったが何とかクリアしたとありました。

 -この辺から市山さんがプロデュースしていたのかと思いました。

 市山:この後の『好男好女』からです。『悲情城市』は日本に権利があるからDVDも出ているし、プリントもある。

 -懐かしいですね。『風櫃の少年』は傑作ですしね。

 市山:『風櫃の少年』はたぶんデジタル・リマスター版になると思います。これはヴェネツィアでプレミア上映されたものです。

-最近デジタルで見るとがっかりすることが多いんですけど。

 市山:侯孝賢の指示ですし、ネガからちゃんと復元したものです。

 -4Kで?

 市山:4Kです。

 -蔡明亮の特集は?

 市山:侯孝賢特集は1年ほど前からフィルメックスでお披露目をという話がリチャードさんから来ていたんですが、蔡明亮特集は今年になってからで、台北文化センターが今年の6月に虎ノ門でオープンし、そこで秋の企画として蔡明亮特集をやる予算があるんだけど、彼らがやっても規模が小さくなるし、広報活動ができないんで、フィルメックスと一緒にやってくれないかという話が来たんです。なので、偶然この台湾の二大巨匠特集が実現しました。

 -これで邦画クラシックの寂しいところを補って、豪華な感じが出ましたね。

 写真は、チャン・ツォーチ監督『酔生夢死』上映後のQ&Aで、来日が叶わなかった監督に代わって質問に答える主演のリー・ホンチーさん(右)。リーさんは先週台北で開催された台湾金馬賞で最優秀新人俳優賞を獲得。

(齋藤敦子)

(2)「商業」の意味するもの/市山尚三プログラム・ディレクターに聞く(中)

2015/11/26

tokyofil2015_p02.jpg -今年、TIFFのコンペに出たハオジエの『ぼくの桃色の夢』の中でジャ・ジャンクーが憧れの監督のように描かれていて、世代交代だなと思ったんですが、今の中国の若手はちゃんと商業的に映画を撮れるようになってきたんですね。

 市山:なってきたというより、ならざるをえない。皆ジャ・ジャンクーみたいな映画を撮りたいというか、そういう社会問題をやりたいのは山々なんだけど、仕方がなくて撮っている。ハオジエも商業映画を撮りたくて撮ったというより、今撮るにはこの道しかない。撮らないと言ってしまうとインディーズ映画で一生過ごさなきゃいけない。そうすると見る人も限られるし、中国全土の観客に見てもらうことはありえなくなる。今、商業映画を作ると言うとお金が集まるんで、その中に何とか自分達の個性を忍び込ませようというのが実態だと思うんです。

 -でも、うまくかわして撮ってましたね。

 市山:ただ、いろいろ問題になってて、公開は(編集が)違うんじゃないかと思います。

 -お父さんのこととか、SARSのことも出て来て、大丈夫かなと思った。

 市山:日本では例えば塚本晋也さんみたいに自主で撮って配給しても何万人も観客が入りうるんですが、中国だとそれはもう全然ありえない。

 -インターネット配信でも無理?

 市山:インターネット配信も許可が必要なんです。ただ、配信の許可は部署が違うんで多少ゆるくて通るかもしれないんですけど、それにしても、まったくのアンダーグラウンドで撮るわけにはいかない。アンダーグラウンドで撮ったとしても見る人がいない。買ってくれない。そうすると、ある程度の有名スターを何人か使って、商業映画の体裁を整えたものにしないと一切収入がありえないのが今の中国の状況なんで、それは日本以上に深刻だと思います。

 -TIFFのワールド・フォーカスに出ていたチベット映画の『河』の監督は、フィルメックスで賞を獲ったペマツェテンの『オールド・ドッグ』の撮影監督だった人でしたが、ペマツェテンの新作がコンペティションに入ってましたね。

 市山:『タルロ』です。『河』はペマツェテンがプロデューサーのはずです。どちらかというと『河』の監督のソンタルジャの映画の方がナラティヴというか、一般のお客さんが見れるようなものを作っていて、ペマツェテンはどちらかというと突っ走っている感じというか。その辺は同じ仲間ですが、方向が弱冠違う。ただ、『河』も僕らの気がつかないところにいろんなことがあるんだと思います。

 -中国の中のチベットということで二重の難しさがあるかと思いますが、ペマツェテンは撮れてるんですか?
 
 市山:撮れてるようです。エンド・クレジットを見ると、いろんなところが協賛で入っているし、明らかに許可とってますし、ストーリー上、文句を言うところが何もない。裏を考えると、いろいろありそうな気がするんだけど。本人も言っていいことと悪い事をわかっていて、『オールド・ドッグ』のQ&Aのときにちょっとヒヤヒヤしたんですが、うまくかわしながら答えてました。

●期待できる『酔生夢死』

 -今年は台湾のチャン・ツォーチの新作がありますね。
 
 市山:『酔生夢死』は彼の映画の中でもかなりいい方で、代表作になるくらいです。今年の金馬奨でも侯孝賢に次ぐくらいのノミネートをされています。

 -チャン・ツォーチをアジアの未来に入れるわけにはいかないし。

 市山:フィルメックスでも今さらコンペでどうかという意見もあるんだけど、本人を勇気づける意味とか、いろいろ考えたら、コンペでやった方がいいかなと。

 -そのフレキシビリティがフィルメックスのいいところですね。アジアの未来も今年から監督3作目までよくなった。

 市山:少し広がったんですね。新人監督ばっかりがいいとは言わないんですけど、並びを見てみると、インディペンデントのものは浮く感じがちょっとあるかもしれない。中国のインディペンデント映画で面白いのは何本かあったんですけど。

 -コンペティションの選択基準て、並びですか?

 市山:並びは考えないようにしてるんですが、ある程度のものが決まった段階で、この中にこれを入れると見劣りがするとか、あるじゃないですか。中国がペマツェテンの『タルロ』とチャオ・リャンの『ベヒモス』なんで、もう1本入れるのもどうかということもあるし、中国のインディペンデント映画の面白いものは結構あったんですが、そのほとんどが、その後、ポレポレ東中野の中国インディペンデント映画祭で上映される。僕がいいと思って残念ながら落としたのは、みな向こうに入ってたんで、よかったです。

●新しい世代が物足りない韓国

 -そこで拾えるわけですね。それはいい話ですね。続いて韓国ですが、去年も今年もTIFFの韓国映画は私は全然ダメだったんです。

 市山:今年はそんなにすごく良くはなかったですね。今回は『コインロッカーの女』1本ですが、もう1本、韓国映画アカデミーの卒業作品の映画でかなり面白いのがあったんですが、10本には入らなくて。

 -カンヌで見た韓国映画も技術的には上手だったけど。
 
 市山:カンヌのある視点に入った2本は、僕はちょっとダメでした。1本は『無頼漢』というタイトルで、これがある視点に入るんだったら、日本映画でもっといいのがあるのに、と。韓国に気を使いすぎじゃないかと思った。

 -私は韓国映画をフォローしてるわけじゃないけど、どうも最近物足りない。

 市山:物足りないというか、新しい人でこれはという人は少ないですね。結局、昔デビューしたパク・チャヌク、ポン・ジュノ、ホン・サンスの世代で固まってて、30代以下の人達に今ひとつな映画が多い。

 -日本はどうですか。

 市山:日本は韓国よりはいます。カンヌのある視点に、あの程度の韓国映画が入るのでイラっとくるのは、応募して落ちた日本映画の方がいいと思うからで。

 -韓国に気を使ってる?

 市山:使ってないかもしれないですよ。毎年ある視点の韓国映画って見るとがっかりすることが多いんで。バランス上、日本映画は是枝、黒沢、河瀨があるからいいってことになってるのかもしれない。

 -でも、その下をなかなか出してくれない。

 市山:あの世代が強すぎるんですよ。

 -韓国もポン・ジュノやパク・チャヌクが強くてその下が出て来ない。

 市山:似てますね。ただ、今年の韓国はあの世代ではホン・サンスとキム・ギドクしか撮ってないんで、カンヌ映画祭的には、あの程度の韓国映画でもやったのかなという気がしました。

 -今年はアジア各国の作品が満遍なく出てますね。

 市山:今年は中国が2本あるだけで、あとはバラバラです。中国も1本はチベット、もう1本は内モンゴルで、辺境の映画が多い。それにネパールがあり、カザフスタンがあり、スリランカがあり。ちょっと外れたところの映画が多いです。(つづく)

 写真は『タルロ』上映後、Q&Aのペマツェテン監督(11月25日、朝日ホールにて)

(齋藤敦子)

(1)フリーハンドを大切に/市山尚三プログラム・ディレクターに聞く(前)

2015/11/25

tokyofil2015_p01.jpg 第16回東京フィルメックスが有楽町朝日ホールを主会場に始まりました。まずは市山尚三プログラム・ディレクターから興味深いお話をいろいろうかがいましたので、そこから始めたいと思います。

 -東京フィルメックスは今年で16回目になりました。去年、朝日新聞に古賀太さんが"フィルメックスの使命は終わった"というような説を載せましたね。

 市山:あの記事は、なるほどと思うところがたくさんありました。東京フィルメックスは東京国際映画祭(TIFF)と対抗する、というわけじゃないですが、TIFFでやらないことをやる、という感じで始まったが、TIFFもその後プログラム・ディレクターもちゃんと決めて、と言うと失礼ですが、それまでに比べて映画祭らしい体裁を整えた。日本を代表する映画祭がTIFFだとしたら、本来、そこがカバーしてなきゃいけない著名監督の作品や優れた新人の作品が明らかなにフィルメックスの方に来ている。むしろフィルメックスをTIFFの傘の中でやるようにすれば、TIFFが名実ともに日本を代表する映画祭になるんではないか、というような論旨だったんです。でも、逆に言うと、こっちとしては一緒にやる意味がない。TIFFの方から一緒にやりましょうという誘いがあったら考えられない話ではないんです。でも、こっちはフリーハンドでやらしてもらわないと意味がないですから、いろんな問題が起きる。

 -TIFFが、お金だけ与えて何かを自由にやらせるということはありえないと思いますね。

 市山:そうなんです。前に経産省から言われたときも同じ答えをしたんです。

 -経産省からアプローチがあったんですか?

 市山:経産省の現場の人から一緒に出来ないですか、というような話がありました。現場の人達がフィルメックスを見に来て、なぜこれがTIFFと一緒に出来ないんだろうということで。それで、例えば一緒にやるとこれぐらいのお金がポンと出ていきます、しかもラインアップなどはこっちの自由にやらせてもらいます、ということなら考えないわけではないということを話した覚えがあります。かなり前ですけど。たぶん、それを彼らが上にあげたところで潰れたんだと思います。その後の経過はわからないですけど。

 -それはもう、聞いただけで無理な話だと私は思いますね。

 ●TIFFとの一体化には抵抗感

 市山:こちらの懸念としては、フィルメックスをやっているということでいろいろ記事が出ていますよね、朝日だけでなく、日経や、読売にも出たりすることがあるし、それがTIFFと一緒になったときにマスコミがどういう風に扱ってくれるか。ただ今はウェブ媒体が強くなっていることを考えると懸念することではないかもしれないですが。

 -ウェブ媒体のことはわかりませんが、新聞記者の人達はTIFFに対してかなり抵抗感を持っていると私は思います。もっと新聞が積極的にTIFFについて大きな批判記事を書いてほしいと思うけれど、もう諦めているようなところがあるし、書いても変わるかというと、今の形態では無理な気がするし、それもあって、フィルメックスを応援したい気持ちが強くなるんじゃないでしょうか。TIFFは予算は戻ってきているようですけど、現場には入ってないみたいですし。上の方で何でも決めて、縛りだけはキツイというような状態の中に入って、いいことは1つもないし、石坂建治さんのアジアの未来とフィルメックスと、2つコンペがあっていいと思うんです。年に10本程度がアジアの才能ではないし、石坂さんのテイストとフィルメックスのテイストは同じではないし。

 市山:たまたま同じ映画を気に入っているということはありますけど、こっちで落ちたものが向こうに入り、向こうで落ちたものがこっちに入るということはあります。

 以前、フィルメックスの期間中に僕と石坂さんと矢田部さんが登壇して映画祭を考えるというシンポジウムをやったことがあるんです。あのとき、古賀さんが客席の方からいろいろ質問してきて、古賀さんとしては、TIFFはプサン映画祭に明らかに水をあけられてる、どういうふうにしたら海外に顔向けができる映画祭になるのかを日本全体で考えるべきだという理論なんですね。

 -無理ですね。プサンと比べてどうする、とも思うし。

 市山:プサンはオーガナイザーにちゃんと映画をわかっている人達がいて、いろんな圧力があっても跳ね返せる。去年なんか例のセオル号事件で大圧力があった。こんなものをやるんだったら助成金を出さないとか。でも結局抵抗して、ディレクターも辞めなくてそのまま残って、今回は予算が削減されましたが、それなりの規模で乗りきってるんで、ああいうのを見ると、成立の仕方からして違うと思います。

 -国自体も違うし、映画界自体のスタンスも全然違う。

 市山:あのとき、"ディレクターがクビになるんだったら、俺達はもう作品を出さない"と映画監督たちが一斉に声明を出した。あの辺は、プサンがこれまで韓国映画の若手を育ててきた歴史があるからだと思うんですけど、それはもう全然違うと思います。

-日本はそういう自体になった場合、一体になって抵抗するんじゃなく、政権寄りの人は政権寄り、反体制の人は反体制で、バラバラになっちゃいますね。

 というわけで、今年のフィルメックスですが、いつものように中国から始めたいと思います。今年は蔡明亮と侯孝賢の特集もありますし。

 市山:今年は中国圏がすごく多いんです。コンペに中国2本と台湾、蔡明亮と侯孝賢が特集で、シルヴィア・チャン、ジョニー・トー、ピーター・チャンの香港映画があって、クロージングがジャ・ジャンクーの『山河行人』。

 ●総シネコン状態の中国

 -確かに多いですね。今年はTIFFも中国映画が多い感じがしたんですが、現状はどうでしょう?

 市山:映画産業はとにかく発展し続けている。毎年毎年シネコンの数が増えるんで、それに従って観客動員数が増えるという、ちょっと世界にも例がない増え方をしていて、それが数年前に終わるかと思われたら、終わらないで、いまだに増え続けているんです。飽和状態になかなかならないで、すごく巨大なマーケットになっています。その反面、資本主義が行きついているような感じなんで、商業的に当たる映画と当たらない映画の格差がひどい。日本だと単館ロードショー館というか、テアトル新宿とかユーロスペースとか、そういうところでインディペンデント映画を上映する場があるんですけど、中国の場合は総シネコン状態なので、当たらないと1週間で消えてしまう。それどころか、ブッキングできない。要するに検閲を一生懸命クリアして中国政府の許可をとったとしても、今度は劇場がかけてくれないという経済面での検閲がある。

 -お金を集めてきて作っても、利益があがらなかったらお金を返せないですよね。
 
 市山:インターネット配信が今、爆発的なビジネスになっているんで、そいういう映画は劇場を諦めてインターネット配信に。

 -それで儲かるんですか?

 市山:見る人が多いんで。アート系の映画をインターネット配信で見る人は少ないと思うんで、どこまでかはわからないけど、ある程度は返ってくる。

 -ペイ・パー・ビュー?

 市山:そうです。ただ、1回出始めると皆が海賊版を回し始めるんで、最初にセキュリティをかけてペイ・パー・ビューで出すとちゃんと課金はされてくるらしいです。今、中国でインターネットの業者が雨後の竹の子のように出来ていて、彼らがラインアップを揃えるために作品を欲しがっているというところなんで、結構MG(最低保証金)が貰える。

 -前に聞いた、北京の郊外でやっていたインディペンデントの映画祭というのは結局どうなったんですか?

 市山:去年中止に追い込まれたんですが、今年やったかどうかは確認してません。面白いのは地方でどんどんやってることです。今年、僕は西寧(シーニン)というチベットに近い青海省というところでやってる映画祭でタレント・キャンパスのようなことをやっていて講師として招かれたんですけど、そこに行って驚いたのは、明らかに検閲を通ってない映画をやっているんです。ドキュメンタリーも、ちょっと社会派的なものをやっている。映画祭はアンダーグラウンドでなく、ちゃんと市の許可をとっていて、西寧市の大きな文化センターのようなところで派手なセレモニーをやったりして、上映はシネコンですが、明らかに検閲をまだ通ってなかったり、通すつもりもない映画をやっているんで、ちょっと驚いて聞いたところ、西寧でやっている限りは何も言ってこない、と。その映画祭も元々北京でやろうとしてたんだけど、あまりにも制約が強すぎるので、そこに逃げてきたらしいです。逃げてきたというと変ですけど。

 ●締め付けにも地域差

 -北京はお膝元なので制約が強いということ?

 市山:やっぱり北京映画祭が始まった頃から強くなったんじゃないですかね。それまでインディペンデント映画祭をやっていたのに、北京映画祭が5年くらい前に始まって、その頃から締め付けが強くなったみたいです。日本映画の上映会も北京ではすごくうるさいらしい。上海映画祭では今年も高倉健さんの特集をやったり、日本映画を山のようにやってお客さんが入っているんですが、北京映画祭は第1回目のときに日本から大勢行ったのに、2回目のときに反日デモが起こって、それからずっと日本映画をやってなくて、去年マルコ・ミュラーが就任して、ひさびさに園子温監督の『ラブ&ピース』を上映した。

 -でも、内容的な制約がかなり厳しくて、『ラブ&ピース』だったからできたと聞きました。あまりに介入がひどいからマルコが辞めるかもしれないと。

 市山:その噂は聞きました。そういうわけで上海映画祭はある程度自由で、さらに地方に行くと、今のところ無許可の映画をやっても問題がない。インディペンデントの人が発表する場というのは地方にいくと一応ある。あと、杭州にもインディペンデント映画祭があるし、南京もやってるはずで、地方のインディペンデント映画祭はそのまま開催されているはずです。

 -地方ならおめこぼし、みたいな?

 市山:地方でやってる分には誰も騒がなければそこで問題は起きないということだと思います。(つづく)

 写真は市山尚三プログラム・ディレクター​(11月11日、赤坂のオフィス北野にて)

(齋藤敦子)
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