シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(5・完)加瀬亮が主演/ホン・サンス監督の「自由が丘で」にグランプリ

2014/12/07

2014nantes_05p_dollares_de_arena.jpg 12月1日は、夜の閉会式前に、見残していたコンペ作、「DLARES DE ARENA(砂のドル)」と「AS YOU WERE(あるように)」の2本を見た。

 「DLARES DE ARENA」(2014年、アルゼンチン・メキシコ・ドミニカ合作)は、同年齢のメキシコのイスラエル・カルディナス監督とドミニカのローラ・アメリア=グズマン監督の共作だ。

 ドミニカのビーチ、島の若い女性ノエルは、相棒を兄と偽ってはリゾート客に近づき、売春などで金品を得ていた。彼女は島から出たいという夢を持っている。一方、パリから訪れて滞在するアンは、彼女の人生の終盤を太陽の下で過ごしたいと、移住を考えているのだが、まだ果たせずにいる。ノエルはアンの"遊び相手"となり、アンは彼女をパリに連れて行くと約束する。果たして2人の夢はかなうのか?

 人生の終盤を迎えた孤独な富裕層が、リゾート地を訪れるのはなぜだろう?
 
 これまでのしがらみとは関係なく、ドル(カネ)さえ払えば、心の空白を埋めてくれる存在を「手軽に」得られるからではないか。ノエルらは、そこにつけ込んでいる。アンは同姓のノエルに親密さを感じ、彼女のいない「時間」に喪失感を覚えるが、ノエルにとってみれば、島を出るために利用できる存在の1人でしかない。だが、ノエルは妊娠していることが分かり、相棒との仲も最悪になっていく...。

 監督はビーチの美しさ、アンとノエルが海で泳ぐ際の海中シーンなどと対比させることで、人間の心の在りよう、途上国の現実を浮かび上がらせたともいえる。互いに利用し合う関係でなくなったとき、初めて互いが相手を「ひと」と感じるようになる。ラストは、ノエルを失ったアンが、街をさまよいながら、自らを立ち直らせようとする姿だった。

 【写真】ノエル(左)とアンには、越えられない溝が...(「DLARES DE ARENA」より)

2014nantes_p05_as_you_were.jpg 「AS YOU WERE」(2014年)は、シンガポールのリャオ・ジェカイ監督の作品。幼なじみの男女が、離れ離れになりながら、静かに、しかし確実に再会への道を歩むさまを、3話形式で表現したもの。

 その3話は、年代順ではなく、前後に入り組み、バラバラにされる。しばしば、小さい頃の原風景(小さな島)から現代のシンガポールの高層ビルが照射される中で、2人の成長や2人の距離などが暗示される。最後は音楽が2人を結び付けるのだが、穏やかなナレーションとリズム感のある画面が、意欲的な3話構成に、しっかりと一体感を与えていた。

【写真】幼き日の思い出は、2人を結び付ける(「AS YOU WERE」より)

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 閉会式は午後7時半から、ロワール川の中州にある国際会議場「シティ・コングレ」で開かれ、 "香港のクロサワ"といわれたキン・フー監督の武侠劇「残酷ドラゴン・血闘!竜門の宿」(1967年)が上映された。この作品は中国が舞台だが、台湾で製作され、今回は台湾文化財団による修復(リマスター)版で上映された。

 キン・フー監督はワイヤー・ワークの発案者。代表作の「侠女」(1971年)ではトランポリンを使ったアクションが観客をびっくりさせた。「残酷ドラゴン-」は、明朝時代の政変を背景とした善悪対決を集団抗争劇で描いたもの。カンフーの達人たちのテンポの良い動きと相まって、これぞ娯楽映画!の醍醐味を味あわせてくれた。近年のCGと合体させたワイヤー・ワークの洗練度に比べると無骨な演出だが、逆に意表を突いたアクションに観客から「オーッ」と歓声が挙がり、上映後には盛大な拍手が起きた。

 さて、今年のコンペ部門だが、韓国の「自由が丘で」(ホン・サンス監督、2014年)が、ナント出身のジュール・ベルヌにちなんだ金の熱気球賞(グランプリ)を獲得した。主演は日本の加瀬亮で、コンペ部門にノミネートのなかった日本にとっては朗報だった。

2014nantes_05p_shugo.jpg 観客の反応が良く、僕も10作の中では一番かと思ったトルコの「私の母の歌」(エロル・ミンタス監督=トルコ・仏・独合作、2014年)が銀の熱気球賞(準グランプリ)と観賞後の観客投票で決定する観客賞をダブル受賞した。

 また、ベトナムの「人里離れた所ではばたく」(グエン=ホン・ディップ監督、ベトナム・独・仏・ノルウェー合作=2014年)が審査員特別賞、南アフリカの「あなたが愛したものが好き」(ジーナ=カト・バズ監督=2014年)が若い審査員賞を受賞した。

【写真】壇上にそろった受賞者、審査員ら関係者


 グランプリのホン・サンス監督、若い審査員賞のジーナ=カト・バズ監督は欠席したため、代理人が表彰を受けた。グランプリ受賞者が代理だったのは、僕の訪問時では初めて。そのせいか、最後の受賞者、審査員ら関係者全員が壇上に揃うシーンは、いつもの熱気がなく、あっさりと終わってしまった。

 地元紙ウエスト・フランスは「3大陸映画祭 金はホン・サンス(監督)」の見出しのもと、前文を「彼が予想された」と書き出し、閉会式の様子を報じた。

2014nantes_p05_sans.jpg 「自由が丘で」は、日本人モリ(加瀬亮)が、片思いの韓国人女性を追って、ソウルを訪れるが、行き違う。彼は、泊まったゲストハウスの周辺の迷路のような街を歩き回り、彼女に宛てて日記風の手紙を書く。その一方で、迷い犬を見つけたことが縁で、カフェ「自由が丘」の女主人(ムン・ソリ)と急接近、同じゲストハウスの米国帰りの韓国男性とも奇妙な付き合いが始まる。

 ここで飛び交うのは韓国語でない。女店主や米国帰りの男性、ゲストハウスの女性オーナー、ともに英語で会話が進み、微妙なズレはあるものの、そのまま「ソウルの日常」として展開していく。

 ホン・サンス監督は、欧米的エスプリがきいた恋愛模様を描き、米国のウディ・アレン(1935~)、フランスのエリック・ロメール(1920~2010)両監督に並ぶともいわれる。「アバンチュールはパリで」(2003年)や「3人のアンヌ」(12年)などの作品はヨーロッパでも大人気だ。昨年のコンペ部門でもヒロインに3人の男が振り回される「ソニはご機嫌ななめ」がノミネートされていた。
 
 国際都市ソウルゆえに成り立つ、韓国語ならぬ英語での会話に意表を突かれるが、大事件が起きるわけではなく、偶然と繰り返しの「日常」が展開する。日常の微妙なズレと相まって、あれあれという間に恋愛が進んでいたり、韓国語なら修羅場になる場面が、サラリと幕切れになったり。中心にいる加瀬の、何ともいえない自然体が、物語そのものの雰囲気と重なって絶妙だ。監督の起用が見事に当たったことになる。

【写真】グランプリ受賞のホン・サンス監督

 準グランプリの「私の母の歌」は、トルコ政府に抑圧されているクルド人が故郷と切り離されてどう生きるのかを、都会で暮らす息子と、同居することになった母親との関係を通して問い直した作品だ。
 
 イスタンブールで教師をするアリは、クルド人ゆえに警察の監視下に置かれているが、一番の懸念は、クルド人村を離れ、彼と同居し始めた母親のことだ。村の生活が忘れられず、夜中にカセットでクルドの歌を繰り返し聞くことでまぎらせる母親。アリは、母親の嘆きと、結婚相手との関係の板挟みになり、疲れ果てる。
 
 母親をバイクに乗せて村を訪ねたり、村の古老からクルドの歌を採録したりして、母親の気持ちをなだめようとするが、根本的な解決にはならず、母親は亡くなってしまう。
亡くなって初めて、母親の故郷への思いの深さと、クルド人本来の生活に思い至ったアリは、クルド人村の学校に赴任する。

2014nantes_p05_mintus.jpg ミンタス監督は、クルド人の置かれた立場を、カラスが孔雀になろうとする寓話(ぐうわ)になぞらえる。現状が厳しいからこそ、子どもたちには、孔雀に「なろう」という気持ちを失わないように、というメッセージを込める。冒頭(1992年)とラスト(2013年)、ともにアリは、教室で子どもたちに向かって寓話をジェスチャー付きで熱演している。アリの中に流れる母親への思い、それはクルド人としてどう生きるかの彼自身の思いとも重なって、強く重く迫ってくる。冒頭のアリの強制連行から、すぐ2013年の都会での生活に切り替わる、大胆な省略で全体を103分にまとめ上げた演出も出色だ。できれば、結婚相手との葛藤、彼女と母親との関わりについても掘り下げてほしかった。

【写真】準グランプリと観客賞をダブル受賞したエロル・ミンタス監督(中央)

 審査員特別賞の「人里離れた所ではばたく」は、ベトナムが抱える貧富の差の一面を、女子学生と家をシェアするニューハーフの売春婦らを通してあぶり出した作品。
 田舎から首都に出た女子学生は、比較的自由な生活を送ってきたが、妊娠してしまう。同郷の恋人は違法な賭け(闘鶏)にのめり込んでいてカネに縁はなく、中絶をしようにもできない。同居人に頼み、売春のまねごとをしようとするのだが...。恋人と共に田舎の廃墟に立ち、孤独を突き抜けた先の生きていく覚悟を感じる。グエン=ホン・ディップ監督は、恋人を高所作業員に設定、作業バスケットの上という特別な場所を用意することで、彼女の心の在りようを視覚化させ、繊細に描き出した。

2014nantes_p05_dip.jpg 貧富がもたらす教育格差、人格を否定する売春は、ここまであからさまではないが日本にも存在する。若い人間の声には出せない悲しみを、どこまで聞き取れるのかが問われている。受賞に監督は「私は言葉がありません。何の準備もしていなかった。私は歌って、ありがとうということができますか?」とスピーチ。会場の拍手に応えて、しみじみと1曲歌った。監督の素直な受賞の喜びが会場内に染みわたり、本当に素晴らしい時間だった。
 
 若い審査員賞の「あなたが愛したものが好き」は、生活費のためにテレフォン・セックスオペレーターをしている女性が、相談者に親身になることでカップルや周囲の人たちにさざ波を起こさせることを通して、愛するとは何か、を問うもの。テーマとジーナ=カト・バズ監督(28)の若さを反映したポップな画面や陽気な音楽も若者に評価されたようだ。
【写真】審査員特別賞に笑顔のグエン=ホン・ディップ監督


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2014nantes_05p_paper.jpg 今年も閉会式当日にコンペ作品の上映が行われ、上映2日目に訪れても、コンペ作品10本すべてを見ることができた。日本作品がノミネートされなかったことは残念だった。日本映画の製作本数は増えているが、コミック原作の恋愛ものが多いのが現状で、映画祭の選考の対象となるものがなかったのだろうか。今年の10本が、全て選りすぐりだったとは思わないが、それぞれのテーマに真剣に取り組んでいることが伝わってきた。韓国の「慶州(キョンジュ)」での日本の戦争責任、フィリピンの「正義」での日本への人身売買に関わる描写は、どこにいようと「日本」であることに向き合わなければならいことを、あらためて突きつけた。

 5つあった特集では、どれも上っ面をのぞくだけに終わった。コロンビア映画は、最初期のものしか見られなかったが、既に映画への思いが込められていた。セネガルのカファディ・シャラ監督は、今回初めて存在を知った。アフリカ女性を隷属から解放しようと、小説やドキュメンタリーで暗部に光を当ててきたが、思いの途中で亡くなっている。じっくりと見たかった。「メロドラマの輝き」は楽しませてもらった。日本からは溝口健二の「楊貴妃」、成瀬巳喜男の「浮雲」が選ばれていた。インドのグル・ダット監督の「渇き」は初めて見たが、歌うインド映画の魅力も生かしながら、芸術家の魂の内面に迫るもので、彼の他の作品も観たくなった。

 運営面で改善されたのは、英語字幕がプラスされたこと。これまでは、他の映画祭出品で最初から英語字幕が入っている以外は、フランス語字幕しかなかっただけに、歓迎だ。将来的には上映全作品に英語字幕を付けてほしいものだ。

【写真】映画祭の閉会式を伝える地元紙「ウエスト・フランス」。グランプリ受賞者が欠席のためか、例年より地味な扱い

(桂 直之)

(4)最後のラバ牧童の世界/アロンソ監督の「山の中」

2014/12/04

nates2014_p04_yamanonaka.jpg 30日はコンペ作品からアルゼンチンのニコラス・マカリオ=アロンソ監督の「山の中」と韓国のホン・サンス監督の「自由が丘で」、メロドラマ特集からメキシコ「Enamorada(愛)」を見た。

 「山の中」(アルゼンチン・コロンビア合作、2014年)は、コンペ作品で唯一のドキュメンタリー。監督自身はアルゼンチンのブエノスアイレス生まれだが、コロンビアで育った縁があり、同国リサラルダ県の山中に暮らす最後のラバ牧童たちの世界を追った。

 母親の介護などで町に向かう者いるが、残った者は共同で昔ながらのラバの牧童として暮らす。農作業でも、町から生活に必要な家具や雑器を運ぶ際もラバを使う。車はもちろん入れない、人でさえも歩きにくい山道を、ラバに隊列を組ませ、最後まで運び上げてしまう。ほぼ自給自足、靴だって自分で直す。生活の何もかもを、かたくなに昔ながらのやり方で続けているのだ。

 彼らは、ラバの気性はもちろん山道の勾配やカーブも熟知し、ラバの隊列がリズム良く登れるように掛け声をかけ、急勾配では最少のムチをふるう。それでも駄目な場面では、自らが代わって運びさえもする。

 監督は、彼らの寡黙で無駄のない暮らしぶりを、自然に立ち向かうのではなく、寄り添って生きる者として、静かな視点で捉えている。またギターを主体とした音楽が、祖父や父と同じように家族を守ろうと決めている彼らと自然を、一体的に包み込むように響いて、心に染みた。

 エンドロールでは、彼らが築いた木造住居が絵模様で現れ、完成するまでの過程を教えてくれるという、監督の遊び心も心憎かった。

【写真】寡黙な男たちはラバの隊列を見事に導いて目的地を目指す(「山の中」より)

 

nates2014_p04_jiyugaoka.jpg 「自由が丘で」は、片思いの韓国人女性を追ってソウルにやってきた日本人モリ(加瀬亮)が、迷路のような街を歩き回りながら彼女に宛てた日記のような手紙を書く。その一方で、迷い犬を見つけたことが縁で、カフェ「自由が丘」(何と日本語表記)の女主人(ムン・ソリ)と急接近することに。モリが泊まるゲストハウスには米国帰りの韓国男性もいて、韓国語でなく英語が飛び交い、微妙なズレのまま「時間の迷路」に迷い込む...。

 ホン・サンス監督は、「アバンチュールはパリで」(2003年)や仏女優のイザベル・ユベールを主演にした「3人のアンヌ」(12年)など、欧米的エスプリがきいた恋愛模様を描き、ヨーロッパでも大人気だ。昨年のコンペ部門でも、つかみどころのない憎めないヒロインに3人の男が振り回される「ソニはご機嫌ななめ」が選ばれていていた。

 今回の「自由が丘で」は、監督が加瀬亮とやりたくて実現した作品だという。お互いが母国語でない言葉を仲介することで、日常の中で見えてくるものがある-、加瀬の自然体の演技が、それを上手く引き出せたようだ。脚本も監督で、多国語都市ソウルならではの設定。東京ではどうか? 日本の監督には、この発想は湧かないだろうと思い、「やられた」という気持ちにさせられた。

【写真】モリはカフェ「自由が丘」の店主に急接近していく...(「自由が丘で」より)

 メロドラマ特集の「愛」(エミリオ・フェルナンデス監督、1946年)は、混乱期のメキシコで、町を管理下においた将軍と、町の有力者の娘との恋の駆け引きを描いたもの。父親を拘束した将軍に、平手で返したり、花火で撃退したりした彼女だが、あきらめない将軍の純情に、心は次第に揺らいでくる。彼女の窓辺の下でギタートリオが奏でる甘いメロディーが、何とも切ない。彼女はアメリカ人婚約者と挙式寸前にまでなるが、将軍が町のために立ち上がり出陣するのを知り、決然と将軍の馬の傍らに立って行進を始める。戦闘などはアップテンポに、恋愛模様はスローテンポにと描き分け、光と影もうまく取り込みながら、恋の案内役がコミカルに登場もして、飽きさせない。これぞメロドラマという作品を、大いに楽しんだ。

 メロドラマ特集では日本からは、溝口健二監督の「楊貴妃」(1955年)、成瀬巳喜男監督の「浮雲」(1955年)が選ばれていた。「浮雲」は林芙美子原作で、高峰秀子、森雅之が演ずる男女が、腐れ縁のまま墜ちていく姿を、冷静に緊張感を持ちながら描き切った作品。墜ちていきながら離れられない、これも「ひとつの愛の形」。ナントの観客が、どう見たのか関心があったが、時間の関係で足を運ぶことはできなかった。 
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nates2014_p04_graslin.jpg 日曜日の夜は、100年を超すビストロ「シガール」で、映画祭の通訳ボランティアとして知り合った日本人女性の2家族と食事をともにした。食事が終わり、デザートになった時、店のスタッフたちが「Happy Birthday」を歌いながら、ケーキを運んできて、ビックリ。ケーキには僕の名前と20周年というプレートが乗っていた。

 「今年で映画祭訪問20回目」と知った友人の1人が、この日参加できなかった友人たちにも声を掛けて、計画してくれたものだった。周囲のお客もちょっとビックリした表情だった。いつも甘すぎ

nates2014_p04_cigarl.jpgるケーキなのだが、それ以上に、友人たちの思いに浸って、さらに甘く感じられた。今年のナントは想像していた以上に温かく、昨年の寒さにこりて、重装備の冬支度をしてきたのだが、逆に重荷になった。これも温暖化の影響なのだろうか。

【写真・上】整備されたグラスリン劇場前のロータリー。正面のひと際明るい照明が「シガール」。この日は月がきれいだった。
【写真・下】100年を超すビストロ「シガール」の異国趣味にあふれた店内

(桂 直之)

(3)混乱の時代のアンチ・ヒーロー描く/ロッセーリ監督の「マウロ(MAURO)」

2014/12/02

nantes2014_p03_mauro.jpg 29日はコンペ作品、アルゼンチンのヘルマン・ロッセーリ監督の「マウロ(MAURO)」(2014年)とユー・リクウァイ特集の彼の監督作、メロドラマ特集のインド作品、コロンビア特集の短編2作を見た。

 21世紀に入りアルゼンチンの財政危機は深刻で、人身売買、麻薬密売、インフレで額面だけ高くなった紙幣の偽札づくりが横行する。監督が「マウロ」で描きたかったのは、混乱の時代だからこそヒーロー、いやアンチ・ヒーローを登場させたかったのだろう。

 マウロもバス運転手としての平凡な生活に隠れて、裏家業に手を染めていく。母親の言いなりから飛び出し、親しい友人のカップルと新しい「ビジネス」を始め、パプロという相手も見つける。手刷りから輪転機を使った本格的な偽札づくりへと乗り出し、それは見ようによっては工芸品をつくり出すようなものだった。

 監督は偽札づくりの工程を、手刷りから輪転機まで、札の出来栄えとともに作業の様子について細部にこだわって描き出している。そのことで、逆説的に「悪」である存在もヒーローとなりえることを示した。

【写真】パウロが現れ、「仕事」にも励むマウロ(「マウロ」より)

 ユー・リクウァイ特集は、彼の長編デビュー作で脚本も手掛けた「天上の恋歌」(2000年)を見た。
 香港を舞台に、アダルトビデオ店を経営するヒモ男と事故でダンサーをあきらめて男のパトロンになった中年女、中国本土からやってきて娼婦となった若い女、エレベーター整備士の若い男、この不器用な男女4人の出会いとすれ違いが描かれる。


 彼は撮影助手を務めるかたわら、映画製作も始め、1996年、田舎から北京に出てきた女性3人の生活をとらえた中編ドキュメンタリー「ネオンの女神たち」を撮り上げ、翌年の山形国際ドキュメンタリー映画祭でシネマ・ダイスキ賞を受賞している。この撮影で出会った女性たちのエピソードや考え方が、「天上の恋歌」の下敷きになっているという。決して、このままでいいとは思っていないのだが、突き破ることができないでいる。だからこそ不器用になってしまうさまが、伝わってくる。


 彼はジャ・ジャンクー監督の「一瞬の夢」(1997年=3大陸映画祭でグランプリ)に撮影監督として参加して以降、「プラットホーム」(2000年=ベネチア映画祭最優秀アジア映画賞)「青い稲妻」(2002年)「長江哀歌」(06年=ベネチア映画祭グランプリ)「四川のうた」(08年)と、ジャ・ジャンクー作品にはなくてはならない存在となっている。今回の特集では、「プラットホーム」以降のジャ・ジャンクー4作品、彼の長編第2作「オール・トゥモローズ・パーティーズ」(03年)などが上映された。

 メロドラマ特集はインドのグル・ダット監督の「渇き」(1957年)。売れない詩人(グル・ダット)は兄弟や周囲からも相手にされないが、若い娼婦(ワヒーダ・ラフマーン)だけは良さを理解する。列車事故に巻き込まれ、彼は自殺したと思われ、娼婦が出版社に頼み込んで出版された遺稿集は大ベストセラーになる。彼が生きていたと分かると、出版社の社長らは彼を精神病院に閉じ込めてしまう。何とか脱走したら、彼の1周忌が盛大に行われる日だった。彼はその会場を訪れるが...。 

 本来の詩の良さなど理解せずに、金もうけとしての詩集にむらがる人たち。詩人は、そんな人たちが求めるのは名前であって自分ではないと否定、会場は大混乱になる。

 テーマは重苦しいのだが、詩人の翻弄される人生、彼の支える娼婦のけなげさなど、メロドラマの要素はちゃんと盛り込まれている。殊に、インド映画特有の歌が、詩を歌い上げる形で登場するのだが、歌詞が詩のレベルにまで近づいていて、ただ耳に優しいのではなく、力強く主張し、魂にまで迫ってくる。随所に見られるコメディ的場面も楽しく、芸術性と大衆娯楽性を両立させた作品となっていて、今見ても決して古くない。

 2005年の米タイム誌「永遠の名作100選」に選出されている。ただグル・ダット自身は映画製作のすべてに自分が関わろうとし、納得いくまで撮り直したことなどもあって、自分を追い詰め、1964年、自宅で自ら命を絶っている。39歳だった。

 コロンビア特集は草創期の2本を見た。ともにモノクロで、サイレント。「黄金の爪」(1926年、P・P・ジャンバリーナ監督)は、パナマ運河開通の1914年に設定され、北米の人たちが、合衆国の国家事業に対して国益を守ろうと、コロンビアと組んで右往左往するさまを描いたもの。映画史上で最初に反帝国主義を扱った作品と見られている。

 もう1本の「青いロブスター」(1954年、アルバロ・セペダ・サムディオら4人が監督)は、秘密機関員グリンゴがカリブ海で捕れたロブスターに放射線汚染の疑いが起こって調査するのだが、このロブスターを猫が盗んでしまう。彼は猫を追って道という道を歩き回る。サイレントのため字幕が出るのだが、迷い犬、子どもや凧など、視覚的に目を引くように工夫されているのも珍しい。

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nantes2014_p03_nigiwai.jpg 今年のナントは温かく、平日でも人通りが多いのだが、やはり週末となると、歩道全部が人で埋まるほどになってしまう。クリスマス用品の小物から装身具、チョコレートやワインとさまざまなものを扱う、この時期特有の"マルシェ(出店)"も店開きして、こちらも大にぎわい。ただ気になったのが、ヴァイオリンなどを演奏するのでもなく、ただ座り込んで寄付を求める人の数が、昨年より目立つことだ。それだけ厳しさが続いているということなのだろう。

【写真】映画祭の旗が連なる商店街通も、歩道は人でいっぱい

nantes2014_p03_tohyo.jpg

【写真】コンペ作品を見終わった後で投票する観客たち(KATORZAで)

(桂 直之)

(2)貧困の中で生きる意味を問う/ジョエル・ラマガン監督の「正義」

2014/12/01

nantes2014_p02_seigi.jpg 28日はフィリピン、トルコのコンペ作品とメロドラマ特集、カファディ・シャラ特集の各1本見た。フィリピンのジョエル・ラマガン監督の「正義」は、悪の手伝いをしながら貧しい存在への心配りも忘れない女性が、主人に代わって悪の張本人になっていく。その過程を追いながら、個人とっての正義(あるいは公正)とは、社会にとってのそれは何なのか-を突きつける作品だ。

 60歳のブリガンはマニラで、同郷出身で成功した女主人の下で働いている。ただ、女主人は悪徳警官らを巻き込んで麻薬密売や人身売買を手掛けていて、ブリガンはその悪行の全容を知りながら、カネの受け渡しや連絡係を淡々と着実に務める。その一方で、妹一家を支援、貧民街で買い物や食事をし、教会を訪れて寄付をし、時には時計台のあるビルの上から紙幣をまく。

 彼女は、女主人が仲間を射殺した現場に遭遇して逮捕されるが、女主人が寄こした弁護士の力で無罪放免となる。が、女主人が彼女を疎ましく思い始めたことから、自分や妹一家を守ろうと、全てを記録したノートを記者に手渡す。一方、女主人のパトロンたちは女主人の排除を実行、ブリガンを後継者に据える。ノートの取り返しを迫られた彼女は、記者を撃ち殺してしまい、パトロンに助けを求める。

 ラストは彼女の盛大な誕生会。パトロンたちに囲まれ、その中の1人に耳打ちされた彼女は、明るい笑い声を上げ続けるのだった...。

 彼女の笑いは何なのか? ボスに収まっても、貧民街がなくなることを望み、ビルの上から紙幣をまくことはやめない。貧民街でカネをねだる赤ん坊を抱いた母親に、「今のままでいいの」とでもいうように平手打ちを加え、その後にカネを渡す。

 社会が貧しい人々生み出しているのなら、個人としてやれることをやる-彼女の中ではこう正義のバランスが取れているのだろうか? 社会悪と個人の関係は簡単には割り切れないし、解決がつくものではない。ブリガンという存在が逆説的に照らすのは、社会の仕組みが連鎖的に生み出す貧困などの悪に囲まれながら、どう目を向け、あらがい続けられるのか、人間の存在そのものではないだろうか。

 この難しい役を実年齢そのままにこなし、作品を成り立たせているのが、フィリピンの国民的大女優ノーラ・オノール(61)。彼女は、貧しい村の出身で、素人のど自慢大会の優勝を機に歌手デビュー、その後に女優になり、芸術性ある映画作品も製作している。ラマガン監督作品では、「フロール事件」(1995年)に主演、カイロ映画祭でグランプリ、最優秀主演女優賞を獲得している。フロール事件とは、シンガポールでフィリピン人メイドのフロールが、事故で子どもを死なせたことから殺人罪で逮捕され、子どもの父親がシンガポールの有力者だったこともあり、フィリピン政府の抗議にもかかわらず95年に死刑が執行されたというもの。この実話に基づき、ドキュメンタリータッチでサスペンスフルに描いて、事件の持つ問題点をあぶり出した。

 「正義」の中には、日本社会の「悪」の側面も登場する。さらわれてきた少女たちの、送り込まれる先は日本なのだ。どこかの国に限ったことではなく、普遍的に人間の在りようが問われているのだが、遠く離れた国では、より強くそのことを思い知らされる。

【写真】弁護士と対応を話し合うブリガン(「正義」より)

nantes2014_p02_mother.jpg トルコのエロル・ミンタス監督(31)の「私の母の歌」(トルコ、仏、独合作)が突きつけるのは、各国でも課題となっている都市と地方の問題や親の見守りだが、そこにクルド人民族問題が重なって、より深刻化させている。

 クルド人のアリは、かつてトルコ国内のクルド人村で教師をしていたが、21年前、授業中に強制連行され、現在は首都イスタンブールで教師をしている。クルド人がクルド語規制などに反発、ゲリラ攻撃を行うなど、対立関係にあることから、アリも今も警察の監視対象だ。彼の最大の懸念は、クルド人村を離れ、彼と同居している母親ことだ。

 彼はマンションに母親の居場所をつくるのだが、母親は村の生活を思い出しては寝付けず、夜中にカセットでクルドの歌を繰り返し聞くことでまぎらせていた。彼女にとってマンションでの生活は、現在と過去との間の"無人地帯"でしかなかったのだ。アリは、母親の嘆きと、自身の結婚生活をどう始めようかの板挟みになり、疲れ果てる。

 母親をバイクに乗せて村を訪ねたり、村の古老からカセットに収録したクルドの歌を聞かせたりして、母親の気持ちをなだめようとするのだが、根本的な解決にはならない。そんな中、母親は亡くなってしまう。

 亡くなって初めて、母親の故郷への思いの深さと、クルド人本来の都会では暮らすべきではない、に思い至ったアリは、村の学校に赴任する。

 もともと遊牧民のクルド人は中東の山岳地帯に暮らしたが、近年はトルコなどを中心に都市生活を送るようになっていて、イスタンブールが最大で190万人ともいわれる。
ミンタス監督の冒頭とラストの光景を同じにした演出が何とも心憎い。

 冒頭は1992年。クルド人の子どもたちを前に、アリはカラスが孔雀になろうとする話を、鳴き声とジェスチャーつきで熱演する。決して孔雀にはなれないけれど、「なろう」とする気持ちを失わないように、というメッセージが込められている。ラストは2013年、同じように彼は、子どもたちに向かって熱演しているのだが、そこには母親の思い、あらためて思い至った彼自身の思いも重なっていることを感じて、熱いものがこみ上げてくる。冒頭の強制連行からすぐ、2013年に切り替わる省略も妙も拍手ものだ。

【写真】村を思い出しながら、マンションで干物をつくる母親(「私の母の歌」より)

 メロドラマ特集はインドのリテーシュ・バトラ監督の「めぐり逢わせのお弁当」(2013年、インド、独、仏合作)を見た。インドの大都市ムンバイでは、家庭で作った弁当を職場に届ける仕組みがあり、5000人のダッバーワーラー(弁当配達人)が、1日20万食が配っているという。

 めったにない誤配で届けられた弁当が、夫との関係が冷め切った主婦と、妻を亡くした定年間近の下級役人を結び付ける。監督にとっての長編デビュー作は、弁当箱に忍ばせた手紙で2人が心の隙間を埋めていく様子を温かく描き出す。脚本も監督。きっかけがお弁当の誤配、メール時代に手紙、いう設定が憎い。女性からの「会いたい」に、出掛けてはみるが、声をかけないままの男性。2人はどうなるのか...。日本でも夏以降に公開されたので、ご覧になった方もいるだろう。女性の料理の指南役であるおばさんが、マンションの階上に住んでいて、調味料などを籠で下ろすが、声だけの登場というのも粋な演出だ。カンヌ映画祭で批評家週間観客賞を受賞している。

nantes2014_p02_khady.jpg セネガルのカファディ・シャラ(1963~2013)特集は「開いた窓」を見た。彼女は映画製作のほか、小説家、語り手として、アフリカ社会で沈黙をしいられている女性に光を当てた。映画はドキュメンタリーで、女性が働くなかで社会の規制や男性らによって隷属させられ、"気が変になる"ことを、自身が語りかけることで女性の口を開かせ、自らの主張も重ねている。時折差し挟まれる、窓から外を眺める女性の姿が、希望への出口を思わせる。バスの乗客の生態を捉えた「Colobane Express」のほか、彼女の遺志を継ぎ、妹マリアム・シャラが完成させた祖母をインタビューした「A Single Word」なども上映されたが、時間の関係で見ることはできなかった。

【写真】アフリカの隷属する女性に光当てるカファディ・シャラ監督

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nantes2014_p02_pasaju.jpg 街中はすっかりXmasの飾り付け一色。週末ともなると、親子連れをはじめ大勢の人が繰り出してプレゼントの下調べに余念がない。ガラス天井の3階建てアーケード、パサージュ・ポメリも、今年は赤系でお化粧直し。LEDの照明が付けられたのが今風か。ロイヤル広場と映画館GAUMONT前広場にはマルシェが店開き、ホッとワインの香りを漂わせながらにぎわっていた。
 【写真】Xmasの装いで赤系に化粧直しをしたパサージュ・ポメリ

(桂 直之)

(1) 根底にベトナムの貧富の差/「人里離れたところで羽ばたく」

2014/11/29

nantes2014_map.jpg 11月の第3火曜日開催と決まっているが、今年は暦の関係で例年より遅く11月27日朝、西フランスの古都ナントにやってきた。3大陸映画祭(11月25-12月2日)は第36回を数え、当方は20度目の訪問となる。

  映画祭はアジア、アフリカ、中南米の3大陸に絞った作品だけを提供し続けるユニークなもの。コンペティション部門10作品(フィクション9作品、ドキュメンタリー1作品)、招待作7作品のほか、「コロンビア映画の位置づけ」33作品、「香港の監督・撮影監督ユー・リクウァイのモダンな世界とデジタルリアリティ」11作品、「セネガルの映像制作者・小説家カファディ・シャラ」8作品、「春の行進~アラブ世界の思考」12作品、「メロドラマの輝き」11本の特集が組まれ、今年も盛りだくさんだ。ただ今年のコンペ部門には残念ながら日本作品はない。会期中、中心街の3つの映画館(6スクリーン)と郊外の2会場で計92本が延べ196回上映される。 

 今年は羽田経由で少し楽をした。27日早朝のパリは激しい濃霧で自動操縦での着陸となったものの、気温は6度と思った以上に暖かだった。新幹線(TGV)を使ってのナント着が午前10時前。10時半から映画を見始めた。初日はコンペ部門3作品と、招待作と特集の各1本を見た。 

nantes2014_p01_anata.jpg 南アフリカのジーナ=カトー・バス監督(28)の「あなたが愛したものが好き」(2014年)は、監督の若さを反映して、タイトルからポップな画面で、陽気な音楽が流れ続ける。ただ、内容はそう簡単ではない。テリーとサンディルは仲間たちに愛されるカップルだが、サンディルがテレフォン・セックスオペレーターをやっていて、彼女へのコールは、2人の間にさざ波を起こした。彼女はどんな場面でも電話に出て、時には相手に親身になってしまうのだ。2人の間だけでなく、テリーの顧客の1人は親身なサンディルにのめり込むのだが...。

 2人の親密な空間に割り込む電話、対応後の気まずさ、関係修復の繰り返しに、取り巻く友達や家族、社会までもが関わってくる。関係のミスマッチが生む滑稽さ、時には辛辣さを、監督は第1作ながら、優れた俳優たちを使って最小限の構成で生み出している。

【写真】テリーとサンディルの間はどうなるのか(「あなたが愛したものが好き」より)

nantes2014_p01_hitozato.jpg  ベトナムのグエン=ホン・ディップ監督の「人里離れたところで羽ばたく(FLAPING IN THE MIDDLE OF NOWHERE)」(2014年、ベトナム・独・仏・ノルウェー合作)は、ベトナムが抱える貧富の差が生み出す一面を、女子学生と家をシェアしているニューハーフの売春婦を通してあぶり出している。

 ヒェンエンは田舎から首都に出て学校に通っているが、実態は「無一文の労働者」ながら、同居人のたくましさにも助けられ、比較的自由な生活をやってきた。ところが妊娠していることが分かった。相手は同郷の高所作業員だが、違法な賭け(闘鶏)にのめり込み、カネには縁がない。中絶をしようにも先立つものがなく、同居人に頼み、売春のまねごとをしようとする。そんな時、若い医師を紹介され、彼と中絶の契約を結ぶのだが、実は彼は若い女性を実験台に、中絶前後の体や性的な変化を調べて論文に仕上げようとしていたのだ。ヒェンエンはそうとも知らずにホッとするのだが、ひどいつわりに見舞われ、相手にも知られてしまう。田舎がホッとするのだが、このままでは帰れない。良く通っていた田舎の廃墟へ、相手と一緒に高所作業車で行き、作業バスケットの中から、都会では感じたことのない空気と開放感を味わう。孤独を突き抜けて、自分で立っていく覚悟が生まれたのでは...。医師との契約は、同居人が体を張って阻止してくれた。

 ここに描かれる、貧富がもたらす教育格差、人格を否定する売春は一端でしかない。ここまであからさまではない日本にも存在する。若い人間の声には出せない悲しみを、どこまで聞き取り、何か行動を起こせるのかを問われている。

【写真】作業車の男の誕生日に、謎の女がバスケットに載った2人(「人里離れたところで羽ばたく」より)

nantes2014_p01_keishu.jpg 韓国のチャン・ルー監督の「慶州(キョンジュ)」は、韓国の微妙な位置関係によるアイデンティティと合わせて、予期せぬ所で日本の戦争犯罪での謝罪問題にも触れていて、不意打ちをくらった。

 北京から韓国南西部の歴史都市、慶州に7年振りに戻ったヘヨンは、同僚の葬儀の後、この街での生活を思い出し、街を巡ってみることにした。学生時代のかつての恋人を呼び出して復縁を図ろうとするが果たせず、かつて壁に絵を描いた場所を訪れると喫茶店になっていた。不思議な雰囲気の女店主と親しくなり、その日にもう一度訪れる。日本人の中年婦人2人が先客でいて、彼を俳優と思い込み、一緒の写真撮影を頼まれる。その後、いったん帰った客の1人が、わざわざ戻ってきて「戦争中の犯罪には深く反省しています」と謝罪をする。彼は戸惑い、あいまいな返事を返すだけです。

 その後、女主人の縁で地元の大学教員、店主の恋人らと一緒に飲むことになった。ヘヨンが韓国出身なのに北京で大学教員をしていることを知った地元教員は、中国との関係とヘヨンの立ち位置、南北統一問題について、しつこく論戦を仕掛ける。何とか論戦の輪を逃れたものの、女店主とその恋人との微妙な関係から、3人とも帰れず、世界遺産になっている古墳公園を歩き続けることに...。

 慶州は3つの世界遺産がある観光地で、韓国の歴史のランドマークになっているところ。新しい出会いに「ときめく」ものの、あらためて自己直視すれば夢でしかない。古墳公園で微妙な位置関係で歩く3人は、現実の個人の関係だけでなく、韓国と中国、北朝鮮の関係ともいえなくはない。ただ、この部分の描写はいいのだが、3人の関係をやや引きずりすぎて、折角の緊張感が薄れたように感じたのは残念だった。

【写真】喫茶店主を自転車に乗せるヘヨン(「慶州より)

 韓国の立ち位置、中国、北朝鮮との関係、国内の居酒屋でも、この中で描かれたような論戦が交わされているのだろう。それを取り込み、「とき」の流れの中の人間関係に置き換えて、より監督自身が言いたいことを描き切ったことに拍手を送りたい。戦争犯罪の件は、決して終わったことではないこともあらためて教えられた。

  「アラブ世界の思考」特集で見たのは、レバノンのカリム・B・ハロン監督による、直訳すれば「神秘の塊」(レバノン・カナダ合作)というドキュメンタリーだ。

 7世紀に殉死したイマーム・フセインの死を記念、再生させる「アシュラーナ」の全容をえがいたもの。レバノン南部の都市ナバティーユで10日間にわたって開かれるのだが、裸の体に鉄鎖を打ち付け、頭を刀で割り、血を流しながら行進する凄まじい行事。 

 人間が1つの集団として整然と行うものとしては世界一の規模とも言われる。宗教への帰依の純粋さ、行為に同化することでの達成感が背景にあるのだろうが、想像を超えている。モスク会場が血の海となり、終了後に、女性と子どもたちが消防ホースも使って洗い流すさまも宗教に裏打ちされた団体行動だ。ラストに1人の女の子が外れた行動取るところが救いともいえるのだが、彼女が成長したとき、この場面を見たら、どう思うのだろうか。

 最後に見たのは招待作の「探索」。メキシコのラス・ブスキェダ監督がモノクロで切り取った画面のこだわりに圧倒された。導入部となる男の自殺では、いっさい余分な言葉も音楽もない。彼が淡々と自殺に向けて行動するさまが、残されたメモの表現1つでも背筋を寒くさせる。後半、財布をすられた男が、犯人を追い詰めていくまでが描かれるが、その緊張感が最後まで続く。77分は短くはなく十分の長さだった。終わった瞬間から拍手が沸き上がった。 

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nates2014_p01_01_postar.jpg.jpg 今年のポスターはコロンビア特集にあやかって、「EL RIO DE LAS TUMBAS(川が墓場)」(1964年、ジュリオ・ルザード監督)のワンシーンが使われている。モノクロ画面に金色を配した、簡潔だが、かつての映画の勢いを前面に押し出した魅力ある構図になっている。

 上映開始時の映像は、ここ3年と全く同じもので、これまでの受賞作のうち、ツァイ・ミンリャン、サタジット・レイ、ウォン・カーウィらの代表作の場面をつないだもので、最後に砂が洗われて字が浮かび、受賞者一覧に変わるという趣向。これはこれで良しとして眺めた。見始めたのは平日の木曜日だったが、夕方まではコンペ作品会場は満員。相変わらnantes2014_p01_yoru.jpgず運営はひどく、長い列を作って待たされるのだが、映画談義をしながら余裕で待っている。このあたりは映画祭が根付いている証拠なのだろう。

 【写真】夜になっても長い行列(KATORZA前で)

 

(桂 直之)

(5・完)「原発を扱った点を評価された」/「ほとりの朔子」でグランプリを受けた深田監督

2013/11/30

2013nantes_p_05_04.jpg 閉会式は25日午後7時半から、ロワール川の中州にある国際会議場「シティ・コングレ」で開かれ、インド映画100周年特集にちなみ、サタジット・レイ監督の「チャルラータ」(1964年)が上映された。監督は、「大地のうた」3部作などでインド映画を欧米に知らせる基盤をつくった。上映作は、カルカッタを舞台に、仕事に忙しい男の若い妻チャルラータが、休暇で訪れた夫のいとこに心ひかれることを通して、夫婦の絆を描いたもの。上映後には来場者から盛大な拍手を送られた。

 さて、今年のコンペ部門だが、日本の「ほとりの朔子」(深田晃司監督=日米合作、2013年)が、ナント出身のジュール・ベルヌにちなんだ金の熱気球賞(グランプリ)と若い審査員賞をダブル受賞、中国のドキュメンタリー「収容病棟」(ワン・ビン監督=中・仏・香港・日合作、2013年)が銀の熱気球賞(準グランプリ)を獲得した。また、トルコの「私は彼ではない」(タフン・ビリスリモグ監督=2013年)が審査員特別賞、イランの「ルールを曲げる」(ベハナ・ベザディ監督=2013年)が観客賞(観賞後の観客投票で決定)を受賞した。

2013nantes_p_05_05.jpg 地元紙「ウエスト・フランス」は翌朝、「ほとりの朔子がグランプリ」の見出しで閉会式の様子を報じた。

 「ほとりの朔子」は、大学浪人生の朔子(二階堂ふみ)が、叔母の海希江(鶴田真由)と訪れた海と山のほとりの避暑地で、叔母の幼なじみや、彼の甥の高校生孝史(太賀)らとの出会いを通して、人生の複雑さにも触れ、子どもから大人へと歩み出す姿を、リリカルに描き出している。タイトルの「ほとり」は、境界をやんわり示す辺(あたり)を指し、ヒロイン朔子の微妙な位置づけを、日本語ならではの繊細さで伝える。ちなみに、プログラムの仏訳は「さよなら 夏」で、簡潔に作品の意図を伝えていた。

 脚本も深田監督で、いろいろな視点で「ものの見方」が変わることが、大きなテーマとなっているのだが、大震災による福島原発事故についても、違う視点から何が正しいのか、を問う。孝史は福島から避難者、こちらの高校では不登校状態。久しぶりに会った同級の女学生から声を掛けられ、淡い恋心が募らせるのだが、彼女は別の男性と「原発反対」の集会を企画、孝史に体験談を語らせたかったのだ。原発事故と向き合ってこなかった孝史は、「避難者みんなが大変なのではない。僕は、親と一緒にいるのが嫌だから逃げ出しただけ」と言って、会場から逃げ出す。思い込みだけでは、見えないものがある。

 深田監督は、最初の若い審査員賞受賞で「フランス映画に育てられた人間として、フランスの賞を受賞できるのはうれしい」とあいさつ。グランプリ受賞には「若い審査員賞で(満足して)油断していた」と、最高賞受賞の驚きを表現した後、「2005年にバルザックの『人間喜劇』をモチーフにした、絵画をアニメーション化する『ざくろ屋敷』のロケで、ロワール川を訪れた縁がある。今回の作品は、昨年夏に撮影、つい最近まで編集し、フランスでは初めて公開した。受賞は本当にうれしい」と、喜びを表現した。

 授賞式後に深田監督に会った。

 - 若い人たちの評価をどう感じましたか。

 「原発を避けないで扱っている点を、若い審査員たちが、ちゃんと議論した上で評価してくれたと聞いている。原発大国フランスならでは、と感じている。福島原発のことは脚本を書くときから、必ず入れたいと思っていた。その意図が伝わり、分かってもらえたことが、大変うれしい」

 - いろいろな見方ができる作品ですね。
 
 「『歓待』では、ややにぎやかでユーモアを前面に出しながら家族とは何かを問うものだったが、『朔子』では他者との触れ合いの中で、それぞれが自分を知ることになることを、景観も取り入れながら静かに描いた」

 - 若い2人(二階堂ふみ、太賀)の演技が素晴らしかったが。
 
 「そう注文することなく任せたが、若々しくて自然な演技が出せたと思う」

 - 監督が平田オリザ率いる青年団に所属しているのは。

 「平田演劇を見て、映画づくりのためになるものが詰まっている、と感じたのがきっかけ。"留学"をしているようなもの」

 -次の作品の構想は。

 「平田演劇の短編をベースに、福島をテーマにした長編に仕上げる予定だ」

2013nantes_p_05_03.jpg 準グランプリの「収容病棟」は、ワン・ビン監督ならではの社会派ドキュメンタリー。監督は2003年に3部作、9時間に及ぶ「鉄西区」で、昨年は「三姉妹~雲南の子」、ともにドキュメンタリーでグランプリを受賞しており、今回もグランプリの最有力候補だった。

 今回は中国雲南省の公立精神病院に隔離収容された患者たちの生活ぶりを執よう追いかけ、227分という長編の記録にまとめている。

 20年間収容されている患者の一方で、まだ20日の患者もいる。「ドクター!」と呼ぶ声はするのだが、医師らしき存在も、治療行為の様子も見られない。ただ、収容しているだけの施設なのか? 労働が義務づけられている様子もなく、各人は自由(?)に振る舞っている。日本の精神病院からイメージされる情景とは大いに違う。

 病棟は決して明るくはないが、どうしようもなく暗いのではなく、意外に明るい。争いごとはなく、患者同士が微妙に助け合うというか、寄り添っているのだ。社会や家族との生き方に、他人より敏感に疎外感を感じている人たちが、現状に立ち向かうのではなく、身を寄せ合って、互いをかばい合っているのでは、と思わせられた。

 ここには、攻撃的な人間が存在しない。そこに救いがあるので、日常の執ような描写からも目をそむけようと思わず、最後まで見通した。人間は意志でなく、本能のままでも生きていけるということなのか。昨年の「三姉妹~雲南の子」は、より悲惨な状況の描写であっても、生きる人間の力強さを感じさせてくれた。今回の記録が伝えたいものは何なのか、見つけられないでいる。
 
2013nantes_p_05_02.jpg 審査員特別賞の「私は彼ではない」は、自分じゃない自分を夢想するという、人間の密かな欲望を逆手に取った、不思議な味わいのファンタジーだ。平凡な中年男が、若くて美しい彼女と暮らすことになるのだが、どこか自分が自分でないような、自分は誰か別人と思われているのかもしれない、という微妙な不安感を拭えないまま、ある種、幸せな状況が繰り返される。これが現実だとしたら、ちょっとしたスリラーだ。
 疑わずに幸せにかまけていれば、何ごともうまくいったのだろうか。だが、そこに疑念を持ってしまうと、消し去ることができないのが人間。タフン・ピリスリモグ監督=写真(上)=は、忘れがちな、人間本来の夢想を思い出させ、ちょっぴり恐怖の味付けもして、清涼感漂う作品に仕上げた。観客の反応も上々で、カトロザでの上映時には拍手が鳴りやまなかった。
 
2013nantes_p_05_01.jpg 観客賞の「ルールを曲げる」は、学生たちのアマチュア劇団が、団員の1人と親の意見の食い違いで、海外招待公演そのものが危うくなる、という中で、現代イランの若者の仲間意識と世代間の対立を描いたもの。
 ベハナ・ベザディ監督は、劇団員を個性豊かに描き分けて、現代イランの若者像を浮かび上がらせる一方で、厳格な、それでいて娘思いの父親と娘との溝は埋まらない状況も丁寧に描いた。モバイルカメラによる緊迫した演出、即興演奏の音楽の扱いも出色で、若者を中心に観客の心をつかんだようだ。

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 前年からプログラム構成が変わり、閉会式当日もコンペ作品の上映が行われようになり、初日から訪れなくとも、コンペ作品すべてを見ることができるようになった。今回は9本と、例年より作品数が少なかったこともあり、余裕をもってすべてを見ることができた。とはいえ、特集はインド映画100周年の一部を楽しんだだけで、中国映画、ブラジルなどの特集も楽しむことができなかった。

 一昨年の「日活100周年」、昨年の「相米慎二全作品」と日本の特集が2年続いたこともあって、今回は日本の作品が「ほとりの朔子」1本だったことは寂しかった。上映会場で日本人の姿を余り見かけなかったことも、その影響かもしれない。ただ、その1本がグランプリと、日本の新しい才能が育っていることを証明して、大いに満足だった。

 上映面では、例年以上にトラブルが多かった。21日の「ほとりの朔子」では、フランス語の字幕なしで上映が始まり、10分後に観客が騒ぎ始めて初めて、上映が中断された。英語の字幕は焼き込んであるのだが、フランス語字幕は、パソコンで連動させて、画面下の表示窓に映すことになっていたのだが、担当者がいなく、そのまま上映を始めてしまったというのだ。上映時刻がズルズルとずれ込むのは、「フランス流で仕方ない」と諦めているのだが、字幕なしには、ちょっとびっくりした。

【写真(上から】
金の熱気球トロフィーを手にする深田晃司監督
深田監督のグランプリ受賞を伝える「ウエスト・フランス」
準グランプリのワン・ビン監督
審査員特別賞のタフン・ビリスリモグ監督
観客賞のベハナ・ベザディ監督

(桂 直之)

(4)若者と世代間対立描く/イランの「ルールを曲げる」

2013/11/29

2013nantes_p_04_01.jpg 24日はコンペ作品からイランの「ルールを曲げる」、招待作から中国の「DISTANT」、アルジェリアの「過ぎ去った日」の2本を見た。日曜日とあって商店街、マルシェには子ども連れの人が集まり、映画館も前日に負けない観客で賑わった。

 「ルールを曲げる」(2013年)は、学生たちのアマチュア劇団が、海外の祭典に招待されるのだが、団員の1人と親の意見の食い違いで、旅行そのものが危うくなる、という中で、現代イランの若者の仲間意識と世代間の対立を描いたもの。

 団員たちは親たちに「修学旅行に行く」と説明して了解を取り付けていたが、シャハザドだけは父親に正直に話したことで、父親は旅行に反対。彼女を行かせまいとして、パスポートを取り上げてしまう。彼女は父親と話し合うが、話は平行線。彼女は団員仲間と家探しし、パスポートを見つけ出すのだが、父親は、団員たちの練習場を訪れ、娘を帰すように迫る。一度は父親と帰宅したはずの彼女は、車から飛び降りて、行方不明になる。彼らは公演旅行に出発できるのだろうか?

 ベハナ・ベザディ監督(41)は、練習場ともなっているカフェに集う劇団員を個性豊かに描き分けて、現代イランの若者像を浮かび上がらせる。その一方で、厳格な、それでいて娘思いの父親と娘との溝は埋まらない状況を丁寧に描く。彼女を気遣いながらも、それぞれが違った反応を見せ、団員間でも意見が割れそうになる。

 それぞれが、自らを「正しい」と思い、主張だけをぶつけ合うのでは、合意点は見いだせない。若者と父親の"仲介役"的に叔父が登場するのだが、父親の主張の一途さにサジを投げてしまう。シャハザドは、自分が原因で公演旅行を駄目にしたくない意識から、父の気持ちに素直になれない。

 団員たちは、彼女の代役を立てて練習を始めるのだが、出発時刻が迫る中、リーダーは結論を迫られる...。
 団員たちのカフェの中での動きは、モバイルカメラで機動的にとらえ、リーダーらの即興的な音楽を、シーンに合わせてはめ込むことで、若者同士の親密さ、その対極の世代間の緊張関係をも暗示させる演出は出色だ。
 
 招待作の2作品はそれぞれが問題作だ。中国の「DISTANT」(2013年)は、見ようによっては映画作法を全く無視した作品だ。夜の港、燈台の灯りが点滅する冒頭はまだいいとして、都会のバス停を遠くから固定カメラでとらえたまま、バスが何台か停車して、人間が乗り降りするのだが、カメラが昇降客をアップすることもなく、場面転換する。今度は公園だろうか、車がやってきて2人が降り、何か作業をして立ち去る。何の作業かは分からない。どこかで携帯の呼び出し音が...。突然、ウエディングドレス姿の女性が携帯を手に現れるが、彼女も遠景のまま。携帯と花束を投げ出すのだが、どうしてなのかは分からない。登場する13の場面が、すべてこの調子だ。

 ヤン・ツェンファン監督(28)は、上映前に、「ある種のドキュメンタリー。中国の都市風景を遠くに置いて切り取ることで、都市のもつ不条理さや矛盾などが見えてきて、ユーモアさえも発するのではないだろうか」とあいさつしたのだが、その意識先行とフィクションとしての映画が、ちゃんとマッチングしたのだろうかと、疑問に感じた。

 誰かが主人公で、行為には意味がある、という先入観を捨てろ、というのが監督の狙いだとしても、ここまで突き放されると、神経がジリジリしてしまう。それだけ、今の中国の都市の日常とは疎外に満ちているのだろうか。ささいなユーモアも、小さく笑えるというのではなく、トゲと毒を含んでいるようにも感じた。

2013nantes_p_04_02.jpg アルジェリアの「過ぎ去った日」(2013年、アルジェリア・仏合作)は、アルジェリア内戦を扱って、同じ国民でありながら、互いに分かり合えないものがあったことを描いていて、内戦を知らない日本人には、本当には理解できないテーマだと思い知らされた。

 アルジェリア内戦は、政府軍と複数のイスラム主義反政府軍との対立が1991年から2002年まで続き、「暗黒の10年」「テロルの10年」といわれた。カリム・モサウイ監督(37)は、「どうしてわれわれは、相手サイドに立てないのだろうか」のテーマを、2つの視点、同じ学校に通う、若い男女の目を通して、しかも同じ時間帯で描く試みで、1994年の内戦状況での、双方の隔たりと救いのなさをあぶり出している。

 ダジャベーとヤミノは同じ学校に通い、彼は彼女を憎からず思っている。最初は彼の視点から。政府寄りの彼女の家族とは親密にできない状況、でも彼女を守ろうとする彼。政府よりの人間への発砲事件があり、彼女は学校を離れことになる。何も言えないままの別れ。今度は同じ時間帯が彼女の視点から描かれる。彼も彼女も主体的に内戦にかかわっている訳ではなく、親やグループがそうであるだけなのだが、目に見えない境界が常に意識されている。発砲事件の捜査が進展することもなく、彼女の一家は引っ越していく。彼女の視線から見た、彼の表情の、どうしようもない虚ろさは、彼が彼女を見送った表情以上に訴えるものがあった。
 
 彼に視点ではなかった、最後の場面が衝撃的だ。彼女の車が走り去った後、倉庫のような場所を警戒していた警察官たちが、ある集団に襲われて全員射殺される。この時期、内戦は、政府軍と警察官を標的にすることから、民間人攻撃へと憎しみの連鎖は拡大していった。牧歌的な風景の中での淡い思いは、子ども時代の記憶にしかとどめることがないのだ。アルジェリアの作品では、内戦を扱った作品に度々出合った。監督の問いは、未だに答えが得られていない、ということなのだろう。僕の想像力で、どこまで近づけたのかは分からないままだ。

写真(上) 父親の説得に頭を悩ますことになるシャハザド(「ルールを曲げる」より)
写真(下) 引っ越していく少女の目から見たダジャベーの表情(「過ぎ去った日」より)


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2013nantes_p_04_03.jpg

                        ホットワインの香りが漂うマルシェ

 日曜日、映画の合間を縫って、今年も、映画祭の通訳ボランティアとして知り合った日本人女性の3家族と食事をともにした。1つの家族には姉妹に新たに男の子も加わった。それぞれの家族が料理やケーキを持ち寄って、いろいろなことを話し合う。

 今年のナントは例年以上に寒いということだった。カトロザ前で20~30分並んで待たされると、夜はダウンコートを着ていても足踏みをしないと耐えられないぐらいだった。値上がりが相次いでいて、暖房をどうするかが話題になり、3家族とも何と、湯たんぽを愛用していることが分かった。実は僕も、昨年から愛用している。

 それだけではない。お湯を毎回捨てる家庭はなかった。何度か沸かし直して使うのだが、そのためだけのポットを用意していて、5~6回使うという、徹底ぶりには、ちょっぴり驚かされた。エコも徹底しなければならないのだ。見習わなければ!

 夕方、映画に戻る前にパレス・ロワイヤルのマルシェをのぞいてみた。例年と変わらぬ店構えだが、扱う品物には目新しいものも。電飾は丸い円形からダイナミックな光の束が連続して飛び出している形で、「ここ数年では一番」との声も出ていた。ホットワインの鼻を強烈に刺激する香りの誘惑を振り切って、カトロザに向かった。

2013nantes_p_04_04.jpg                        ダイナミックな今年の電飾

(桂 直之)

(3)精神病棟にカメラ/ワン・ビン監督の「収容病棟」

2013/11/26

2013nantes_p_03_01.jpg 23日はコンペ作品、中国のワン・ビン監督の「収容病棟」(2013年、中国・仏・香港・日本合作)だけを見た。

 ワン・ビン監督といえば、デビュー作が3部作で計9時間の「鉄西区」(2003年の山形ドキュメンタリー映画祭、直後のナントでもグランプリ受賞)、昨年のグランプリと観客賞だった「三姉妹~雲南の子」も153分の長尺ものだった。

 今回は中国雲南省の公立の精神病院に隔離収容された患者たちの生活ぶりを執よう追いかけて記録した、227分のドキュメンタリー。初の日本との共同製作。「三姉妹」が、悲惨な状況ながら、生きる力強さを感じさせてくれたのに比べると、今回はテーマ自体が重く、見る前から少し怖じ気づいてしまい、この日は、この1本だけに絞って見ることにした。

 4時間近い上映時間、観客は少ないのではと勝手に思い込んでいたら、何とほぼ満席状態。ナント市民の監督への思いが伝わってきた。

 スチール写真を見てもらうと分かるが、病院はロの字の形のビルで、廊下が中庭に面して回遊なっていて、廊下は鉄柵と金網に覆われている。男性患者たちは2階の各部屋に6人ずつ、入れられている。

2013nantes_p_03_02.jpg ふとんを頭からかぶった患者を無理矢理起こそうという患者がいる。それが始まりだった。患者の中には、名前と収容期間が表示される者もいる。まだ20日の患者もいれば、20年という患者もいる。飲み物、食事が配られる以外、「ドクター!」と呼ばれる声はするのだが、ちゃんとした医師が治療行為を行っている様子は全く見られない。

 ただ、収容しているだけなのか? 

 何かを、労働を強制されるようなことはなく、各人が自由(?)に振る舞っている。日本での精神病院からイメージされる情景とは違うようだ。

 夜、寝られなくて裸のまま水をかぶる者、廊下を全速力で駆ける者、祈りを捧げる者、とさまざま。自分の主張を譲らない者がいるが、それで争いごとになることはない。わざわざ、他人の狭いベッドに潜り込む者も、ベッドを交換する者も...。

 家族が衣類や食べ物を持って訪れる。「すぐに帰りたい」と声高に繰り返すのだが、それを最後まで主張しない。家族のことも気遣うのか、最後は黙ってしまう。

 
2013nantes_p_03_03.jpg 治って、ここから出て行く者はいるのか、と思っていたら、11年間収容されていた男性が"退院"となった。カメラは、その男性の家まで追いかけ、家族の様子や、一夜明けた男性の表情も伝える。家族は淡々と接している風に見えたが、元患者の病院とは違う爽やかな表情が印象的だった。

 退院する際、病院側から「政府は、ちゃんと治療している(だから、退院できるんだ)」との声が漏れ聞こえてくるのだが、ここは監督が"譲歩"したのだろうか。

 病棟は決して明るくはないが、じゃあ、どうしようもなく暗いのか? 意外に明るいのだ。患者同士の微妙な助け合い、食べ物を分け合ったり、苛立ちをなだめたり、1階の女性患者との声の掛け合いの中に、ほのかに伝わる男女の機微...。そんな視点に、人間の救いを感じた。

 2日前に見た、ブラジルの厳しい高地の自然と生活ぶりを追ったドキュメンタリー「SOPRO」での生き様を思い浮かべた。そこでの、受け入れなければ生きていけないギリギリの生活は、収容者たちには無理なのかもしれない。患者たちは社会や家族に、どこか疎外感を抱いていて、それを他人より敏感に感じているだけ、なのだろう。1人1人が立ち向かっているわけではないのだ。病院内の微妙な助け合いは、その現れではないのだろうか、と思った。

 人間には根元的に救いがあるのでは、との意味では、作品を評価する拍手をしたかったが、できなかった。もちろん観客からは盛大な拍手が鳴りやまなかったのだが。

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 週末になって、クリスマス商戦の装いも整った街には、プレゼント下見の人たちがどっと繰り出した。この日も小雨が降り、夕方からは強い風が吹き荒れたが、夜遅くまで人々の姿が町中にあふれた。クリスマス用品の小物から装身具、チョコレートやワインとさまざまなものを扱う、この時期特有の"マルシェ(出店)"も店開きした。ナントの中心ロータリー、パレ・ロワイヤルには60近くが開店、日中からホットワインの甘い香りが周囲に漂った。

写真(上)金網張りの廊下で、それぞれの思いに浸る患者たち(「収容病棟」より)
写真(中)ワン・ビン監督の作品を見ようとカトロザ前に列をつくる観客たち
写真(下)上映前にあいさつするワン・ビン監督(右)

(桂 直之)

(2)本当の自分はどこに?/不思議なファンタジー「私は彼ではない」

2013/11/25

2013nantes_p_02_01.jpg 22日はトルコ、ペルー、タイのコンペ作品とインド特集の1本見た。

 トルコの「私は彼ではない」(2013年)は、不思議な感覚にさせられる作品だ。中年のコック助手ニハトは、独身で毎日決まり切った生活を送っているのだが、同じ職場の若い女性から思わせぶりな視線を送られる。彼女の夫は収監中で、彼は気にしながら避けていたのだが、彼女から直接誘われ、自宅を訪問することに。

 なぜか彼に優しい彼女。彼女の自宅に飾ってあった写真は、何と彼そっくりの男性とのツーショ ットだった。はっきりした理由が分からないまま彼女を受け入れ、一緒に暮らし始める。幸せは長 くは続かない。湖でボートに乗った2人だが、彼が寝込んでいるうちに、彼女は姿を消し、死体となって岸に打ち上げられていた。

 喪失感から職場を変えた彼だが、彼女とそっくりな女性を発見してしまう。不思議なことに、こ の女性とも親密になれ、以前と似たような生活が戻ってくる。でも、なぜか落ち着かない。自分が 自分でないような...。自分は誰か別人と思われているのかもしれない。そんな中、自分とそっくり な男性と出会い、その男の本性を見極めようとするのだが...。

2013nantes_p_02_02.jpg あらすじを書き連ねても、この作品の魅力は伝えられないだろう。冒頭のニハトが起き出し、鏡 をのぞいた後に台所へ行った後も、鏡には彼の顔が張り付いたままになっていた。ここが、この" ファンタジー"の入り口だ。

 ニハトの生活が変化する契機は、トラブルから警察の留置場に入れられたことだった。そこには 若い先客がいて、男は革靴で鉄格子をたたき続け、看守にボコボコにされる。自分そっくりな男を 確かめようとして、再び留置場に入れられて彼は、そこでも革靴の若い先客に出会う。そして、響く鉄格子をたたく音...。

 世の中には自分のそっくりさんが3人はいる、という話を聞く。誰もが、自分じゃない自分を夢 想すること、その裏返しとして存在する話なのだろう。でも、それが現実だとしたら、ちょっとしたスリラーだ。タフン・ピリスリモグ監督は、人間の密かな欲望を、ファンタジーとして描き出し た。彼と彼女の、つつましいが、どこか本当でない暮らしぶりの描き方が出色だ。幸せだが、本当かな、と疑っても、せわしい現代では、突き詰めて考えることもないだろう。忘れ去っている、人間本来の夢想を思い出させ、清涼感が味わえた作品だった。

 ペルーのダニエル(37)、ディエゴ(36)のベガ兄弟による「EL MUDO」(2013年、ペルー、仏、メキシコ合作)は、一発の銃弾で声帯を失った裁判官が、自らを陰謀の犠牲者と信じ込み、突き進むさまを描いたもの。

 ベガ兄弟は2010年、強欲な貸金業者の男が、赤ん坊を家の前に置かれたことから変わっていく、コミカルな「10月の奇跡」でカンヌ映画祭「ある視点」部門の審査員賞を得て、この年のナントでも 招待作に選出されている。

 今回は、法を曲げてでも真相に迫ろうとする主人公ゼガラの猛進ぶりが圧巻で、ブッラクユーモアといっていいかもしれない。話せないことの苦痛を押し込め、信じたことから目をそらさないゼ ガラを、やや狂信的な面を漂わせながらフェルナンド・バシリオが好演している。彼は今年のロカ ルノ映画祭で男優賞を受賞している。映像的にも、交差点で銃弾が窓ガラスを突き破って命中する シーンでの自在なカメラワーク、音楽とシンクロしたスローモーションなど、見どころ満載だ。

 タイの「36」(2012年)は、デジタルのデータが持つ危うさをテーマにした実験的な作品。若い女性Saiは、フィルム撮影の場所を探す一方で、サイト上のアートディレクターOomと連絡 を取り合う。数年後、彼女はハードディスク上で、彼らの出会いの唯一の証拠である写真(廃ビル から始まった、いっぱいの思い出)を検索するのだが...。フレームの端に文字を残して撮影した36枚(フィルム式カメラの36枚撮りに合わせた?)が映し出す小さな物語は、2人の結び付きをうかがわせはしても、多くの情感までは伝えず、空虚さが漂う。

 
 Nawapol Thamrongrattanarit監督は、画像を機械的に保存することが習慣になっているデジタル時代だからこそ、イメージでわれわれの感情や記憶を代替えすることの危うさを問い直している。 ただ、彼女が撮り続けた写真が映し出されたのは数枚だけで、撮影シーンの連続、36回暗転して タイトルという構成では、監督の目指した意図を伝えきれたか疑問に思った。

 インド映画100周年特集の「BHUMIKA」(1977年)は、インド映画の魅力(歌と踊り)と撮影現場の雰囲気が味わえて大いに楽しかった。 


 父親を亡くしたウーシャは、母親が知る映画監督のつてでボンベイに行き、撮影スタジオでの歌手になる。祖母仕込みの歌ですぐ認められると、女優の道も開けてくる。彼女は、無節操に利用し続ける監督を信頼し続けるが、撮影現場と悲惨な恋愛の双方で、女優生命も危うくなり、1人で打開しようと決める...。
 
 1940年代の有名な女優ハンサー・ワルカー(1924-1971)をモデルにした作品。スミター・パティルがきらびやかに歌って踊って、ボリウッド女優のアイデンティティを貫こうとするさまを熱演していて、最初の国家賞を受賞している。スタジオ風景が多くはめ込まれ、当時の撮影現場でカメラワークや演出、小道具などがどうだったのか、興味深く見ることができた。シリアスな面も備えながら、歌って踊る、インド映画本来の楽しみも十分に盛り込んだ傑作の一つだ。

 写真(上) ニハトには同じ顔の他人がいるのだろうか?(「私は彼ではない」より)

 写真(下) 「私は彼ではない」上映前にあいさつするピリスリモグ監督(中央)

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 ナントが歴史的な建物を長期的に修復していることは、これまでも報告してきた。今回は、映画祭の主会場カトロザ近く、グラスリン劇場前のロータリーが、すっかり模様替えされて驚いた。100以上続くビストロ「スィガル」の前には噴水ができ、街灯も一新された。まだ、花壇の整備が全てそろってはいないのだが、全体に広々とした感じになった。週末からXmas商戦が始まることもあって、何とか間に合わせたようだ。ガラス天井の3階建てアーケード、パサージュ・ポメリもお化粧直しの真っ最中だった。少し汚れていた彫像たちも塗り直しされるようだ。こちらも楽しみだ。

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           噴水が登場して一新したパレス・グラスリン

2013nantes_p_02_03.jpg             彫像もお色直し(パサージュ・ポメリ)

(桂 直之)

(1)少女から大人への心理描く/ナント3大陸映画祭に「ほとりの朔子」

2013/11/25

2013nantes_p_01_03.jpg 11月21日朝、西フランスの古都ナントで開かれている3大陸映画祭(11月19-26日)にやってきた。1年が経つと習慣のように訪れて19度目になる。

 映画祭はアジア、アフリカ、中南米の3大陸に絞った作品だけを提供し続けるユニークなもので、今年で35回目を迎える。コンペティション部門9作品(フィクション7作品、ドキュメンタリー2作品)、招待作8作品のほか、「北京から香港-中国映画の歴史1930~50年」の11作品、「インド映画100周年」の12作品、「レンズを通して見る南アフリカの歴史」の13作品、「現代ブラジルに焦点」の10作品などの特集が組まれ、今年も盛りだくさんだ。会期中、中心街の3つの映画館(6スクリーン)と郊外の3会場(3スクリーン)で計92本が上映される。

 仙台から成田経由だと、乗り継ぎ時間も加えて、ほぼ1日がかりの旅。21日早朝のパリは思っていた以上寒くて2度、おまけに雨だった。新幹線(TGV)を使ってのナント着が午前9時前。こちらも小雨で寒い。10時から映画を見始めた。初日は日本を含むコンペ部門4作品と、この映画祭で出会い、関心を持ち続けていたツァイ・ミンリャン監督の最後の作品(招待作、今年のベネチア映画祭で引退表明)を見た。

 日本のコンペ作は深田晃司監督(33)の「ほとりの朔子」(2013年、日米合作)。タイトルの「ほとり」は最近ではピンとこないかもしれないが、境界をやんわり示す辺(あたり)のことで、水辺が分かりやすいだろうか。ヒロイン朔子の微妙な位置づけを表している。

2013nantes_p_01_02.jpg 大学浪人生の朔子(二階堂ふみ)は、叔母の海希江(鶴田真由)と一緒に海と山のほとりを避暑で訪れる。叔母の幼なじみと、彼の甥で高校生の孝史らと出会う。孝史との出会いや、叔母たち大人の世界にも巻き込まれ、子どもと大人の「ほとり」にいる朔子は、人生の複雑さをかいま見ることになる。
 深田監督は2010年の「歓待」が、この年の東京映画祭「ある視点」部門賞を受賞して注目を浴びている。東京下町の小さな印刷所に流れ者が居座り、次々と他人を呼び込んで起きる騒動に翻弄される家族らの姿が、視点を変えるとユーモラスであって、けっして他人事ではないことを描き出していた。

 「ほとりの朔子」は今年の東京映画祭コンペ部門出品作。深田監督は、22日訪れるとのことで、上映前あいさつはなかったが、ほかの場所で「『歓待』の延長線上にある作品」と表現している。朔子にではなく、海希江や孝史らに視点を移すと、「ほとり」の意味するものは別ものになってくる。監督は「100通りの見方ができる作品にした」とも言っている。脚本も監督で、孝史が大震災による原発事故で福島から避難しているという設定の中で、原発との関わりは何が正しい、といえるのかも問う。派生して朔子には、インドネシアを研究している海希江に、「どうして日本人なのに日本のことを研究しないの」か問わせる。返答はこうだ。「自分のことは自分が一番知っている、と思っているけど、そんなことはないの。他人や他国から見ることで分かることもあるのよ」

 海が海岸沿いに迫り、海と山の双方が視野に入る景観は、それだけでも見応えがある。二階堂ふみ(19)の、少女の恋愛感情から大人へと一歩踏み出す表情の、ちょっとした違いが見どころだ。大人たちが、本音を隠しながら話を合わせる場面での、違和感の仕草と表情も何ともいえない。彼女は、東日本大震災後に舞台設定した、孤独な少年と少女の魂の彷徨を描いた「ヒミズ」(園子温監督)で、少年役の染谷将太とともに2011年のベネチア映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞、今や若手女優のホープだ。「歓待」に続いて、監督が所属する平田オリザ主宰の青年団からの出演者(古館寛治)が役達者ぶりを発揮しているのも楽しめる。

 韓国の「我らのスンヒ」(2013年)はホン・サンス監督(52)が得意とする、おしゃれなラブストーリーだ。
フィルムスクールの学生スンヒは、恋人でもある担当教官に米国留学への推薦状について相談するのだが、彼女がかつて好きだった学生2人も入り交じった6日間が描かれる。
サンス監督は1996年の処女作「豚が井戸に落ちた」で、ロッテルダム映画祭のグランプリを獲得して注目される。2010年以降では、「教授とわたし、そして映画」「次の朝は他人」、仏女優のイザベル・ユベールを主演にした「3人のアンヌ」などが、3大映画祭で話題になってきた。「アバンチュールはパリで」(03年)のタイトルでも分かるように、欧米的エスプリがきいた作品は、ヨーロッパでは大人気だ。この日も会場はいっぱいで、その人気を実感させられた。
今年のベルリン出品作「誰の娘でもないヘウォン」(13年)とも、ストーリー展開は重なる。"恋敵"3人が場所や状況で重なり合い、時には不安な構図にもなるのだが、落ち着くところに落ち着いていく...。ストーリーは相変わらずでも、場所、状況の違いを楽しむ、その小粋さが受けるのだろう。音楽の使い方もツボにはまっていて楽しめた。

 ミャンマー生まれ、台湾で学んだミディ・ズー監督(31)の「貧しき人々(POOR FOLK)」(2012年)は、全てがお金中心の東南アジアで、貧困が生む悲喜劇を描いたもの。主人公の妹が人身売買の手に落ちたことから、仲間とバンコックへ向かい、賭博や地元ギャングとのアンフェタミン違法販売などで金を稼ぎ、助け出そうとする。複雑に絡んだ人間関係と一筋縄ではいかない「悪の世界」、彼らは妹を助け出せるのか。
 犯罪映画の全ての要素を取り込みながら、決して最強のヒーローでない男たちの家族愛に支えられた奮闘ぶりが、広角レンズの長回しを通して、予期せぬユーモアさえ呼び覚ます。だが、自分たちの「正義」のためには別な犠牲者も必要になる...。

 ブラジルのマルコス・ピネンタル監督の「SOPRO」(2013年)は、ブラジルの南東部、ミナスジェライス州の高地SOPROの自然と、その中に生きる人間と動物を取り込んだドキュメンタリー。
 3つの要素のどれかに主体が置かれることが普通だが、この作品ほどバランス良く切り取った作品はまれではないか。吹き荒れる砂煙、凶暴なハイエナやハゲタカが獲物を狙っている。そんな中で人間は、最低限の穀類と家畜で支えられ、テレビの音声(後半では馬の背に乗ってパラボラアンテナが運ばれてくるのだが)はなく、対話も最小限ながら、強く結ばれている。高齢者と少ない子どもの強固な結び付きは、この厳しい環境の中だからなのか。独り遊びする子どもは決して寂しくはないのだ。そこが都会とは違う。牛の出産をじっくりとらえたシーンは、直後の子牛が立ち上がりを母子ともどの頑張りが、見る者を熱くする。これこそが命の保存なのだが、果たして恵まれた人間の生き様は、どうなのか。

2013nantes_p_01_01.jpg 最後に見たのが、招待作品、ツァイ・ミンリャン(55)の「野良犬」(台湾・仏合作)だ。新興住宅地の看板持ちでわずかな収入を得ている男は、台北の廃ビルに子ども2人と暮らす。子どもはスーパーの試食品で餓えをしのぶ。そして謎の女も加わる...。大都会の片隅で野良犬のように生きる人間を彼独特のセリフの少ない、ドキュメンタリー的な、そして極端な長回し、という独特のスタイルで描く。

 監督に出会ったのは、ナントに最初に訪れた1993年だった。台北の若者の孤独感、焦燥感と親との確執を醒めた視点で描いていて引きつけられた。ナントで最優秀処女作賞を得た。翌年の「愛情萬歳」では、空間をすれ違い的に共有する若い男女3人を通して、都会の持つジレンマが生み出す孤独感や焦燥感を、距離を置いてじわりと感じさせる秀作だった。ナントで連続受賞、ベネチア映画祭ではグランプリに輝いた。

 その後も「河」(97年)でベルリン映画祭銀熊賞、台北の映画館の最後の夜を描いた「楽日(らくび)」(2003年)でもナント観客賞を獲得、この映画祭とともに歩んできたのを同時体験してきた。

 それだけに、今年のベネチア映画祭で宮崎駿監督に続き、ツァイ・ミンリャン監督も引退表明したのには驚かされた。その理由が「(今、主流の)商業映画をつくることは自分の信念に反する」というものだった。いかにも監督らしいが、55歳での引退は、何といっても早すぎて、残念だ。

 彼の作品を支え、成長してきたのが主演のリー・カンション。「野良犬」でも、監督特有の長回しが随所に出てくるのだが、鶏のもも肉をほおばるシーン(8分間)に耐えられるのは、カンションしかいないだろう。「楽日」ではラストで5分間、同じシーンが流れた。今回も、ここまで必要なのかと、旅の疲れもあって、自問しながら見た。ただ生きる、それ以外を考えない、男と子どもたち。そぎ落とした「虚無」の世界の、これが結論なのだろうか。

 23日に開幕する第14回東京フィルメックスでは「ピクニック」というタイトルで特別上映される。原題が「郊遊」なので、全くお門違いとは言えないが、違和感も覚える。

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2013nantes_p_01_04.jpg 今年のポスターは南アフリカ特集にあやかって、映画のワンシーンが使われている。モノトーンに金色を配した、簡潔だが、映画祭の特徴を表した構図になっている。

 上映開始時の映像は、1昨年から同じ、これまでの受賞作のうち、ツァイ・ミンリャン、サタジット・レイ、ウォン・カーウィらの代表作の場面をつないだもので、最後に砂が洗われて字が浮かび、受賞者一覧に変わるという趣向も昨年と全く同じ。予算が問題だとしても、フランスらしい工夫があっても良かったのでは、と思わせられた。

 写真(上) 水面の広がりに物思う朔子(二階堂ふみ)(「ほとりの朔子」より)
 写真(下) 男の誕生日に、謎の女がケーキを用意して現れる(「野良犬」より)

(桂 直之)
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