シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(5完)映画のない国は存在しない

2011/12/02

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祝福を受けるグランプリの富田監督

閉会式は28日午後7時半から、昨年と同じ市内中州にある国際会議場「シティ・コングレ」で行われた。 

 コンペ部門だが、ナント出身のジュール・ベルヌにちなんだ金の熱気球賞(グランプリ)は日本の「サウダーヂ」(富田克也監督=2011年)、銀の熱気球賞(準グランプリ)は中国の「人山人海」(蔡尚君監督=2011年)と、ともにアジアの作品が獲得した。

日本のグランプリ獲得は1990年の「ウンタマギルー」(高嶺剛監督=1989年)、1998年の「ワンダフルライフ」(是枝裕和監督=1998年)に次いで3作目。

富田監督は金色の熱気球トロフィーを手に、「映画発祥の地フランスに来て、あこがれていたナント3大陸映画祭の最高賞はうれしい」と、喜びを表現した。

 審査員特別賞と観客賞(観賞後の観客投票で決定)はブラジルの「Girimunho(渦巻)」(ヘルヴェチオ・マリンとクラリサ・カンポリーナの共作=2011年)が受賞した。地元紙「ウエスト・フランス」は翌朝、「映画のない国は存在しない」との見出しで閉会式の様子を報じた。

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 閉会式の様子を伝える「ウエスト・フランス」

 「サウダーヂ」は、富田監督の出身地甲府市が舞台。中心街がシャッター通り化し、閉塞感漂う中、工事現場で働く若者、日系ブラジル人移民、タイ人ら出稼ぎアジア人たちが、それぞれのグループを形成しながら複雑に絡み合い、いろいろな問題が顕在化してくる。

 建設業にもリストラの波が襲い、かろうじて均衡が保たれていた人種を超えたコミュニティーもゆがんでくる。日本に心を残しながら帰国していく移民たち、日本での稼ぎにしがみつくしかない出稼ぎの人たちに対して、日本人は...。逃げ帰る所はなく、「ここしかない」の必死さも希薄だ。目の前のことだけでやり過ごそうとしてしまう。だが、心は複雑に揺れる。日本はどうなってしまうのか、そんな富田監督のつぶやきが耳元に響く。

 この状況は甲府だけではないのだが、自分の住むところは違う、と思って見る人もいるだろう。だが、ナントの審査員は、この問題点をしっかり受け止めた。人種問題も含んだエピソードの数々を、約3時間、丁寧に積み重ねことで、「今の日本を伝えたい」という監督の思いはストレートに伝わったようだ。カトロザでの上映では、熱い拍手が贈られた。


 授賞式後に富田監督に会った。

 -一番描きたかったことは。

 「欧米が日本に抱いているイメージは、映画の作品としてでも現実でも、少し前の過去に固定されているのではないか。"今の日本"を知ってほしかった」

 タイトルの「サウダーヂ」は、愛情の対象となる人や事象を喪失した際に感じる切なさなどの心の動きを意味するポルトガル語だ。

-どの段階で、このタイトルを?

 「脚本づくりの途中では固まっていたが、最終的にはサウダーヂを実在する山王団地と言い間違うシーンがあって、これだ、と決めました」

 -現実を描くのに普通の人を使ったのは。

 「自分自身が映画づくりの資金を稼ぎながら週末に撮るというスタイル。1年間の下調べの中で人と出会い、構想を練った。出演者の中にはリストラで帰国する人も出てきたが、何とか仕事を見つけて残ってもらったケースも。こんなやり方でしかできない」

 「映画祭でいい出会いがあったので、次の作品に向けて動き出したい」

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 の熱気球トロフィーを手にする蔡監督

 準グランプリの「人山人海」は、弟を殺された兄が、復讐心から犯人を追って非合法炭鉱にたどりつく。そこでの過酷な労働を通して、兄の心は微妙に変化する。兄は復讐を遂げるのか...。

非合法炭鉱の描写が中国当局の検閲を受けていないことから、ベネチア映画祭コンペ部門でサプライズ上映され、銀獅子賞(監督賞)を受賞した作品。炭鉱での過酷な状況の丹念な描写は観客を圧倒し、意外な結末へと連なる兄の心の動きから目が離せなかった。中国映画の底力を感じた。観客も準グランプリ受賞を沸き上がる拍手でたたえた。


 審査員特別賞と観客賞の「Girimunho」は、死を自然に受け入れようとする高齢者の暮らしぶりが描かれるが、日程の関係で見ることはできなかった。


 新体制となった一昨年から、"節約"が第一目標になって女優、男優、監督賞などの各賞はなくなった。審査員が選ぶのはグランプリ、準グランプリの2つだけ。昨年も感じたが、審査の過程でいいものがあれば、別の賞を復活する気概が欲しいと思った。


 閉会式前の時間を利用して、イランのアミール・ナデリ監督が、日本を舞台に日本人俳優を使って、映画への熱い想いを表明した「Cut」(2011年)を見た。

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殴られた秀二を気遣う陽子=「Cut」より

妥協を許さない映画作家の秀二(西島秀俊)は、彼を支援してくれていた兄が殺され、ヤクザに多額の借金を背負うことになる。殴られ屋で返済しようとする秀二を、組事務所のバーテンダー陽子(常盤貴子)は陰ながら支える。期限前日、1日で約400万円を稼ぎ出さなければならない。自分の愛する作品を思う浮かべることで耐え続ける秀二だが...。


  今年のベネチア映画祭オリゾンティ部門のオープニングを飾った作品。

 ナデリはアッバス・キアロスタミ監督作品で脚本を担当、3大陸映画祭では1986年に「駆ける少年」、1989年に「水、風、砂」で2度グランプリを獲得している。

 2005年、東京フィルメックスで審査員だった西島とナデリ監督が出会ったことが、この作品を生むきっかけとなった。監督は殴られるシーンを省略することなく執ように描く。「7年間待っていた」言う西島の演技もすさまじい。殊に最終日の100発を、愛する100本のタイトルと重ね合わせるシーンは、ここまでやるのかと思わせる。それだけに「真の娯楽であり、芸術である!」はずの映画の、娯楽本位に傾いた現状への"殴り込み"ともいえる。秀二が黒澤明、小津安二郎、溝口健二の墓を訪れ、映画の在り方を自問するシーンも印象的だった。

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 新体制で3年目の採点も、辛くしか付けられない。事前PRはラジオと大型ポスターで昨年よりは改善され、週末は入場者でいっぱいになった。うれしい光景だった。日活100周年特集は楽しかった。特に活動弁士つきのサイレント上映はなかなか出合えないだけに、中心部から離れた会場で行われても、フランス人の好奇心を刺激したのか、大盛況だった。だが、映画祭が目的の1つにしている町おこしの側面は後退感がぬぐえず、閉会式での会場と壇上とが一体となった高揚感は感じられなかった。課題は持ち越された。

(4)活劇の魅力「剣の出自」

2011/12/01

 27日はコンペ作品から中国の「剣の出自」とフィリピンの「魚の寓話(ぐうわ)」を見た。クリスマスを控えた週末とあって、この時期恒例のマルシェには人が集まり、映画館も前日(土曜日)に負けない観客で賑わった。

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腕試しのつもりが追い払われそうになるリャン(右)
      =「剣の出自」より

 「剣の出自」(2011年)は日本の海賊、倭寇(わこう)に脅かされていた16世紀の中国明朝が舞台。南部沿岸の町、開城には4つの武術流派があり、腕試ししたい者は、このいずれかを訪れることになっていた。ある日、リャン(ユエ・チェンウェイ)という若者が仲間とともに、ある流派の門をたたいたが、腕試しどころか、仲間は捕らわれ、彼も命を付けねらわれる。

 彼の使っていた剣が倭寇の剣だと見なされたためだ。

 一方、山中に隠棲していた剣客シウは、リャンのうわさを聞いて、町に出て、彼と対決する。リャンの剣が倭寇のものでなく、中国のある部隊が使っていた剣であることを人々に知らせ、誤解を解く。

 リャンは孤独な戦いを強いられるが、悲壮感はなく、歌舞の女性も巻き込みながらコミカルさも盛り込んで展開する。徐浩峰監督は、剣劇を様式美にのせて華麗に見せる一方で、倭寇の刀というだけで過剰に反応する武術家たちの右往左往ぶりもあぶり出す。無条件に楽しめる。黒澤明監督やカンフー(武侠活劇)をアートにしたキン・フー監督にならって、活劇ジャンルを復活させたい、そんな監督の意欲が伝わってきた。

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水族館で"息子"と一緒に魚に同化するリナ
        =「魚の寓話」より

 「魚の寓話」(2011年)は、マニラの"ごみの郊外"といわれるスラム街に住むことになった、ミゲル、リナ夫妻の物語。2人は50歳になっているが、リナは子どもを生みたいと切望していた。そんな中、彼女は妊娠、出産を心待ちにする。ある洪水の夜、家が浸水、彼女は水に浸かりながら産気づき、水中へ産み落としてしまう。慌てる助産婦が、すくい上げたのは、何と魚だった。

 彼女は、この魚を神からの授かりもの、息子として育て始める。夫は妻の気持ちが分からず、この魚を川に放そうとするのだが...。

 巨大なごみの山は終日くすぶり続け、熱を持っている。そこに分け入ってリサイクルできる物を探すことで生計を立てる人たち。アドロフ・ボリナガ・アリックスJr監督(33)は、過酷な生活ぶりを鮮やかなフレーミングで切り取りながら、そこに生きる人たちが決して、人生に負けてばかりいないことを描き出す。

 リナが乳母車に魚を乗せ、水族館を訪ねるシーンがジーンとさせる。ドーム状の水槽をくぐって、リナは自身も息子とともに魚になったように感じ、じっとそこにとどまるのだ。愛する対象は、人間なら人間、というだけではない。何であれ、その対象とはなりえる。が、それを認めたくない人間もいるのが現実だろう。終わった後、盛んな拍手が続いた。

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 日曜日、マルシェが出店した広場はどこも大にぎわい。1㍍以上ある高下駄を長いズボンで隠し、愛きょうを振りまくのっぽの天使(?)の出現には、大人も子どももビックリ。すぐ人だかりができた。移動型のメリーゴーランドも登場して、子どもたちも大はしゃぎ。大人たちはカフェへ。ビールやワインでのどを潤しながら夜遅くまで語り続けていた。

nantes11_04_01.jpg天使が出現!? そののっぽぶりにびっくり!
=パレ・ロワイヤル

 

(3)日本の縮図を描出「サウダーヂ」

2011/11/29

 26日はコンペ作品の日本「サウダーヂ」、タイ「p-047」、中国「人山人海」の3本と日活100周年特集の2本を見た。

スコップをふるい続けるだけでは何も変わらない(「サウダーヂ」

 富田克也監督(39)の「サウダーヂ」(2011年)は、「国道20号線」で郊外都市に暮らす若者たちの閉塞感を描いて評価された新鋭が、生まれ故郷、甲府市を舞台に外国人の移民や出稼ぎ者たちのコミュニティーとのかかわりの中から、日本が抱える、先行き定かでない問題点が洗いざらい持ち出される。

 土方(建設労働者)のベテラン精司は、派遣でやってきたヒップホップのリーダーたちと、今日も現場で汗を流すが、経済状況を反映して現場はどんどん減っていく。コスメシャンの妻は、現状からのレベルアップを求めて怪しげな商法に巻き込まれていく。一方の精司はパブのタイ人ホステス、ミャオの素朴さにひかれ、のめり込んでいく。
 まだ見ぬタイに「懐かしさを感じる」という精司は、「一緒にタイへ行こう」と言うが、ミャオは、「タイに戻ったって暮らしていけない。日本国を選んで日本で稼ぐ」と拒む。

 ヒップホップのリーダーは、かつての恋人の上昇志向に巻き込まれ、日系ブラジル人たちのグループに対抗意識を燃やし、とうとう殺人にまで至る。現実を直視することから逃げようとようとする男に比べ、女はすこぶる現実的だ。
 タイトルの「サウダーヂ」はポルトガル語。愛情を持つ人物や事象が壊れたり、失われたりした時に、その人物や事象を思い浮かべたときに感じる、優しさや切なさなどを含む心の動きを指す。甲府に住む人たちにとって、立場や国柄、それぞれの「思い」があるはずなのだが、それは同一のものではない。むしろ違っているのだろうが、現実にはそこのコミュニケーションは存在しない。


上映前にあいさつする富田克也監督(右から2人目)=カトロザ2

 上映前に富田監督は「経済大国から没落した日本の現実を見てほしい」とあいさつした。甲府に生きている普通の人(素人)を登場させ、数々のエピソードを積み重ねることで、甲府の現状、いや、日本の縮図としての甲府を描き出そうとした。監督自身も製作費工面などを続けながらの週末だけの撮影で、完成まで1年半かかったという。その結果、3時間近い長尺になった。どこかを省略して描き切れるものは何一つなく、そこで何かを感じるか感じないか、日本人として、そこに付き合わなければならない。

 「p-047」は、他人の家に侵入して、痕跡を残さないまま、ひととき別の世界を夢想する錠前屋リーと作家コングたちの、現実と夢想との行き来を描く。2人は侵入先で他人をかたってネット交信した結果、住人が戻ってきて、付き合わなくてもいい現実とぶつかってしまう。別の都会"喪失者"の若者2人は、森の中で豪雨に遭い、相手を思いやる中で所有と喪失の双方を同時に味わう。リーはタイへの旅立ちに夢の実現をかけるのだが...。コグディ・ヤツランラスメ監督は、現実に根付かぬ若者たちの浮遊感を鮮やかに切り取っている。

 

「人山人海」の蔡尚君監督
 今年のベネチア映画祭コンペ部門でサプライズ上映されたのが、蔡尚君監督の「人山人海」(2011年)。実際に起こった事件を基に、人間は憎い相手を許せるのか、を問う骨太の作品。出所したばかりの男に弟を殺された兄は、復讐するための男を追ってさまよい、ついに非合法の炭鉱にたどりつく。劣悪な環境の中、体を動かして、終われば眠るだけ。復讐の気持ちだけで"見捨てられて土地"にさまよい込んだ兄は、復讐を果たすのか...。
 冒頭の会話もないまま男がナイフをふるい、再度戻ってきてナイフ刺すシーンは、白い岩の荒野ともダブって、背筋を寒くさせた。観客の大半が犯人への憎しみを募らせ、兄の復讐に"荷担"しようという思いに駆られたはずだ。だが、兄は驚くべき選択をする。人間が極限の中で生きているとき、他人の恩讐を超える意識が生まれてくることもある、ということなのだろうか。すぐ、どちらとも言えない。ずしりと重しを預けられた格好だ。題名の「人山人海」は黒山の人だかりの意味。

 日活100周年特集は、サイレントの「長恨」(1926年、伊藤大輔監督)と今回のポスターにもなった和製オペレッタ「鴛鴦(おしどり)歌合戦」(1939年、マキノ正博監督)を見た。

  「長恨」は全9部作だが、フィルムが失われ、残っているのは第9部の15分だけ。勤王志士の壱岐一馬(大河内伝次郎)は、愛する女性を恋敵の弟と一緒に逃がしてやり、新撰組ら追っ手を引き受けての大立ち回り。サイレントだけに大河内の立ち回りは静かな舞いとも見え、地元の観客には今ひとつピンとこないようだった。澤登さんの活弁つきなら、おおいに盛り上がっただろうにと、残念に思った。

 一方の「鴛鴦歌合戦」はというと、映画館全体がコミカルで明るい内容に触れて、ハミングも飛び出すほどの一体感に包まれた。
 出だしから愉快だ。商家の娘、おとみ(服部富子)に若旦那たちが「おとみさ~ん、おとみちゃん、恋文の返事は いつくれる?」と合唱でくどくのに対し、商売に合わせて言い返し、「まっぴらよ」と駆け出す。片岡千恵蔵演じる浪人浅井に娘3人がさや当て、骨董好きの若殿(ディック・ミネ)と隣の浪人志村(志村喬)も絡まって、楽しい歌のオンパレード。最後は金より恋で、大団円。
 マキノ監督は260本を超す作品を「早い、安い、ヒットする」の3拍子でつくったアイデア抜群の監督。この作品も、片岡が病気で入院したため、1日だけそれも2時間しか撮影できなかったが、フル出演したように見事に仕上げている。
 片岡の歌声は吹き替えだが、服部は宝塚出身、ミネも歌手で見事な歌声を披露している。びっくりしたのが志村の美声、この映画の後、歌手デビューの話も出たという。明朗、快活な歌で見る者も幸せにする、それが和製オペレッタの真骨頂といったところか。

 週末になって劇場には観客が集まり、長い列ができるようになった。
 街はクリスマス商戦の装いも整い、プレゼント下見の人たちで終日ごった返した。この時期特有の"マルシェ(出店)"も登場。1~3坪程度の三角屋根の木造小屋で、クリスマス用品の小物から装身具、チョコやワインとさまざまなものが並ぶ。ナントの中心ロータリー、パレ・ロワイヤルには60近くが店開き、例年通り大型メリーゴーランドも登場し、大人も子どもの時間を忘れて楽しんでいた。カップルにはカフェが憩いの場、遅くまで込み合っていた。

クリスマス商戦で賑わう中央商店(奥にマルシェが見える)

 

(2)「生きる」ことに迫った「今日も心配なし」

2011/11/28

 25日はコンペ作品ではアルゼンチンの「今日も心配なし」、台湾の「Honey PuPu」、スリランカの「トビウオ」、日活100周年特集では活動弁士、澤登翠さんによるサイレント作品2本と「幕末太陽傳」を見た。

 「今日も心配なし」(2010年)は、アルゼンチンのさえない小さな町を舞台に、子どもと犬用の裁縫店をやっている若い姉妹を中心に、身近な人たちのつながりが丁寧描かれる。広がりはないが親密な関係性、それだからこそ人々は安んじて生きている。
 と、ここで終わっていれば、題名通りだったのだが、イヴァン・ファンド監督(27)は一ひねりする。2部構成の後半は、撮影カメラが堂々と画面に登場し、前半の登場人物よりも、より周辺の一般の人たちに比重が置かれて、人々のつながりが描かれる。
 監督はフィクションの世界での"きれい事"でなく、現実世界での普通の人々の生き様を重ね合わせることで、より「生きる」ことに迫ったといえる。ただ、見る側の気持ちが、監督の意図通りにすんなり流れていったどうか、そこで評価が分かれるだろう。僕自身は、後半に違和感を持ったので、最後まで見続けるのがややつらかった。

 「Honey PuPu」(2011年)では、台北を舞台に大人たちと距離をおいて、ネットの持つあいまいな世界に"逃げ込む"若者たちが描かれる。ホン・イーチェン監督はネット上の愛称で結び付いた若者たちが、ネット社会を引きずりながらも現実世界でも生きていかなければならないことをあぶり出す。ネット交信はCGを使って目を見張らせ、情景説明にはバッハ、モーツアルト、ベートーベンらのクラシックをぴったりと当てはめたかと思えば、ロックやカラオケも効果的に使うなどの演出は印象的だった。


ネット上のあいまいさを現実世界でもひきずる2人(「Honey PuPu」より)

 「トビウオ」(2011年)は、セイロンの26年に及ぶ中央政府と「タミルの虎」との内戦(1983~2009年)状態がもたらした悲劇を描く。サンジェワ・プシュパクマン監督(34)は上映前のあいさつで「私自身のデリケートな物語だ」と語っていた。内戦状態が人々に無言の圧力をかけ続けた結果、家族や隣人の関係が壊れ、自殺や殺人へと追い込んだことを、真正面からとらえて再検証をしているかのようだ。自然景観の素晴らしさが、余計に人間の醜さ、弱さをあぶりだしている。

上映前にあいさつする弁士の澤登翠さん=レ・グランドT

 日活100周年特集で最大のイベントは活動弁士(活弁)付きサイレント作品の上映。
 サイレント時代の当初は欧米でも前口上があり、作品が長くなるにつれ前説明に変わるが、日本では更なる長編化で1910年代から舞台左端の演壇で内容説明を行うようになる。歌舞伎、人形浄瑠璃の義太夫語りで、生身の語り手に慣れていた日本では、役者よりも弁士が人気を競い合った。

 澤登翠(さわと・みどり)さんは現代活弁の第一人者、溝口健二監督の「東京行進曲」(1929年)と伊藤大輔監督の「御誂(おあつらえ)次郎吉格子」(1931年)を熱演した。
 中心部の映画館でなく郊外のコンベンション会館で開かれたが、多くの観客が訪れた。澤登さんは、「あこがれていたナントの映画祭で、尊敬する溝口、伊藤両監督の作品をやることができて幸せです」とあいさつ。フルートとギター・三味線をバックに、テンポ良く語っていけば、ピントがやや甘い画面も輝き始め、会場全体が熱気を持った。

 「東京行進曲」は1人の女性を巡っての親友同士、父親との葛藤を描いたもの。澤登さんは「ここだけですよ」と断りながら主題歌「東京行進曲」も歌った。


場面をより彷彿とさせたフルート、ギター・三味線の伴奏
 「御誂次郎吉格子」は義賊と言われた鼠小僧次郎吉が、捜査の手が迫ったことから、江戸から大阪へ身を隠すが、絶体絶命の危機に陥る。さて鼠小僧は逃れられるのか...。活弁は、捕り手との手に汗握る駆け引きの華々しさ、その一方での2人の女性とのかかわりでの心理的な陰影など、生身の語りならではの画面との一体感もあって、2時間近くの上映はあっという間に終わっていた。

 日活特集のもう1本は「幕末太陽傳」(1957年)。幕末の品川宿を舞台に、お調子者だがちゃっかりしている佐平次(フランキー堺)を中心に女郎(左幸子、南田洋子)、高杉晋作(石原裕次郎)らの人間模様が描かれる。

 落語の「居残り佐平次」に郭噺(くるわばなし)の「品川心中」「三枚起請」などを組み合わせたものだが、川島雄三監督のリズムカルでメリハリのある演出で、あれよあれよと引き込まれる。フランキーの無駄のない、切れのいい演技も出色。コミカルなのだが、後半にかけては佐平次のせき(結核?)が暗い影を落とし始める。幕末期、日常が死と隣り合わせだった、ということにも気付かされる。何度見ても味のある、忘れがたい作品だ。

 今年のナントは例年より暖かい。着いた24日以降、最高気温は10度前後。晴れ間はほとんどないが、日中はダウンのコートだと暑いぐらい。映画の合間の散歩にはぴったりだ。
 本、DVD、音響機器、カメラを扱うfnacを毎年のぞくのだが、今年は「Manga」の大型コーナーが新設されていてびっくりした。フランスでは以前から日本のコミックが大人気で、朝のTV放送だけでなくパリでは専門店があってにぎわっているのを知っていたが、ナントでこれほどとは思わなかった。友達の子どもたちに聞くと「ワンピース」「NARUTO」が大人気だという。


fnacの新設された「Manga」コーナー

(1)日活100周年 特集で26本上映

2011/11/28

091129map.jpg 11月23日夜、成田を発って、西フランスの古都ナントで開かれている第33回3大陸映画祭(11月22-29日)にやってきた。17度目の訪問になる。

 映画祭はアジア、アフリカ、中南米の3大陸に絞った作品だけを提供し続けるユニークなもの。今年はコンペティション部門10作品(全てフィクション)、招待作10本のほか、「日活100周年」でサイレント作品からロマンポルノまでの26本、メキシコのアルトゥール・リプスタイン監督とインドのマニ・カウル監督の業績を振り返るなどの特集が組まれ、盛りだくさんの内容だ。会期中、中心街の3つの映画館(7スクリーン)と郊外の新たな3会場で91本が上映される。

 仙台から約19時間の旅。時差がマイナス8時間のためパリ着は24日早朝4時過ぎ。もやに包まれていたものの、意外に暖かくて10度だった。新幹線(TGV)のナント行き始発で午前9時前に到着。10時から映画を見始めた。初日はコンペ部門のイスラエル、招待作のインド、日活特集の3作品を見た。

091129-01.jpg朝からコンペ作品を見ようと列をつくる市民たち(カトロザ前)
 コンペ部門の「ポリスマン」(2011年)は、フランス・ドイツで映画づくり学んだナダブ・ラピド監督が、イスラエル警察のテロ対策班を描く。ハリウッド的なアクションかと言えば、イスラエルの国情ゆえにそうはならない。監督は、チームのエリートの1人、ヤロンを軸に体力を鍛えるだけでなく、その家族たちを含めた仲間意識、ひいては地域づくりにまでかかわる彼らを丁寧に描き出して、その存在を印象づける。

 だが、イスラエル社会にも社会的な不平等と物価高による生活苦が強まり、この事態を糾弾しようという動きも出てくる。後半は、ヤロンが想定しない、感情的で社会性が未熟なグループが、富豪の結婚式を襲い、人質を取って立てこもる。ヤロンたちに制圧命令が出され、彼らは黙々と務めを果たすのだが、同胞を撃った彼らの心も傷つかないではいられなかった。
 テロ対策班の生活の全てが任務に近いという前半と同じくらい、普通に暮らしていた人たちの襲撃に至る過程も丁寧に描かれる。それだけにラストの制圧場面は心の迷いを振り切るだけの、パワフルで大胆なものとなっている。

 招待作の「Chatrak(マッシュルーム)」(2011年)は、スリランカ生まれのヴィムクティ・ジャヤスンダラ監督(44)が、自然との人間の関係を暗示的に描いていて考えさせられる。カンヌ映画祭の監督週間出品作だ。
 カルカッタ生まれの建築家ラフルは、中東のドバイでキャリアを積むために大きな事業に携わっていた。そこに恋人のパオリが訪ねてきて、彼の兄が狂気にとりつかれ、森の樹木の中で暮らしている、と伝える。帰国したラルフは何とか兄を捜し出すのだが...。
 ドバイの先端都市と、まだまだ森に囲まれたインド。人びとの大半は緑や土地と離れても生きている。生きていけると思っている。しかし、本当にそれで人間は平静を保っているのだろうか。

 ジャヤスンダラ監督は2005年、処女作「見捨てられた土地」でカンヌ映画祭のカメラドールを受賞している。中央政府と「タミルの虎」との内戦が停戦中(2002-08年)のスリランカの小さな村を舞台に、家族でありながら疎外感を感じ、希望を持てないで生きる人たちを、美しい自然と対比させて描き、強烈な印象を与えた。
 2009年には、「2つの世界の間で」がベネチア映画祭コンペ部門にノミネートされている。

 日活100周年は石原裕次郎主演の「錆びたナイフ」(1958年、舛田利雄監督)を見た。恋人に暴行した組員を殺害したことで服役、出所後はバーテンとして地道に暮らしていた男(石原)は、かつての仲間が組長を市議会議長殺しで脅迫したことから、その生活が狂ってくる。放送記者をしている市議会議長の娘(北原三枝)から暴力団追放への協力を依頼されるが断るものの、弟分(小林旭)を殺され、恋人への暴行も陰で組長が動いていたことが分かり、組長を追い詰める。だが、もっと大きな悪が控えていた...。ヒット歌謡曲をテーマに映画化されたものの1つ。
 今から見れば、随分と荒っぽい展開だが、テンポが良く、石原、小林、宍戸錠ら(本当に若い!)が、演技というより若さでぶつかっているのが気持ちいい。北原のまっすぐ過ぎるお嬢さんぷりも見所の1つだろう。
091129-01.jpg石原裕次郎と北原三枝(「錆びたナイフ」より)
 今年のポスターは日活100周年特集にあやかって"日本趣味"を全面に押し出していて、かなり目を引く。使われたのは和製オペレッタ映画「鴛鴦(おしどり)歌合戦」(1939年、マキノ正博監督)の1場面。若殿(ディック・ミネ)と商家の娘(服部富子)がお江戸の町ですれ違ったところ。桜をモチーフした扉絵がプログラムの各章を飾ってもいる。
091129-01.jpg第33回のポスター(「鴛鴦歌合戦」の1場面)
 上映開始時の映像も今回は一ひねり。これまでの受賞作のうち、ツァイ・ミンリャン、サタジット・レイ、ウォン・カーウィらの代表作の場面をつなぎ、最後は波の音とともに砂が洗われて字が浮かぶと、受賞者一覧に変わるという、ロワール川を望むナントを象徴する凝った趣向に仕上がっている。

(6完)グランプリに南米作品「川の抱擁」

2010/12/03

221203_01.jpg金色の熱気球トロフィーを手にするギレ監督

 今年のコンペ部門だが、ナント出身のジュール・ベルヌにちなんだ金の熱気球賞(グランプリ)はコロンビアの「川の抱擁」(ニコラス・リンコン・ギレ監督=2010年、一部1972年)、銀の熱気球賞(準グランプリ)もパラグアイの「木製のナイフ/108」(レナーテ・コサタ監督=2010年、一部1993年)と、ともに南米のドキュメンタリーが獲得した。

 フィクションとドキュメンタリーの境界がなくなり、両部門が統一されて今年で4年目。統合初年の2007年はドキュメンタリーがグランプリだったものの、以後2年はドキュメンタリーの手法を取り込んだフィクションに軍配が挙がっていた。地元紙「ウエスト・フランス」は今回の結果を翌朝、「南米は気球で発信する」との見出しで報じた。

 「川の抱擁」はコロンビアの西部から北に向かって流れ、カリブ海に注ぐマグダレーナ川と川沿いに住む人たちとの2重の意味での関係を描いたドキュメンタリー。川の幸をもたらし祝福されているかと思えば、時には衝動的に暴れて人を飲み込み、呪われる存在になる。長い時間の間には神話や伝説にまで"昇華"、土俗的信仰の対象にもなっている。ギレ監督は、その伝承を追い続ける中で、人間と自然との関係を視覚化することに挑んだといえる。

 監督は、背反する面を内包した両者の状況を叙情性も加味(特に宗教的なシーンでの静けさには引き込まれる)して見せながらも、息子と兄弟を失った女性の声を契機に、曖昧な関係に切り込み、人間の側の「心の叫び」を見る者に届けた点が評価されたのだろう。

 一方、「木製のナイフ/108」は、人為的な抑圧の事実を、丹念に掘り起こしたドキュメンタリー。パラグアイで長期独裁だったストロエスネル政権下の1980年代、「同性愛者108人リスト」が存在し、多くの人が逮捕・拷問されたが、明らかにされることはなかった。

 コサタ監督は故郷の首都アスンシオンに戻り、故人となっている叔父ロドルフォに関心を抱き、叔父がリストによって逮捕か拷問に遭っていたことを知る。

 自国の暗部を、「ホモなんだから当然。普通人の俺たちには関係ない」と向き合わない人たちに疑問を感じて、自分の父親だけでなく、女装、売春婦、同性愛者らにも調査を広げていく。1人1人に何をすべきかを問いただすのではなく、まず聞いて、その事実に向かい合おうとする、その姿勢が、この作品の品位を高めていて、受賞の大きな決め手になったと思う。


準グランプリと若い観客賞をダブル受賞のコサタ監督(中央)
 "節約"が第一目標になり、昨年から女優、男優、監督賞などの各賞はなくなった。審査員が選ぶのはグランプリ、準グランプリの2つだけ。何も賞を乱発してほしい訳ではないが、同じ審査をして2つしか選ばないのはもったいないような気もするのだが...。

観客賞受賞に笑顔のモンホン監督

 一般選考では観客賞(観賞後の観客の投票で決定)に、台湾の「4枚目の似顔絵」(チェン・モンホン監督=2010年)が選ばれた。父を亡くした10歳の少年が、離婚して今は再婚している母親・義父と暮らす中での苦労や成長ぶりが描かれる。

 脚本・撮影も手掛けた監督は、少年の孤独感と成長ぶりを、少年が描く4枚の肖像画で切り分けるというアイデアが出色の上、風景、特に緑の扱いが素晴らしい。少年を演じるビ・シャオハイ(11)はオーディションで選らばれた素人だが、おもねない表情がぴったりだ。彼と心を通わせる小学校の用務員と年上のぽっちゃりした"こそ泥"の2人も適役で、適度なユーモアが、深刻な部分を引き立たせ、少年を応援しようという気にさせる。

 実は用務員は戦後、上海から台湾に渡ってきた外省人、少年の母親は中国から流れて来てホステスをやっている"新"外省人。親子ほど違う世代の外省人を登場させることで、台湾が抱える中国本土との微妙な帰属問題も描かれている。

 もう1つの若い観客賞は、準グランプリの「木製のナイフ/108」が獲得した。不当な人権抑圧の事実に対し、同時代を生きた人、時代違いで知らないまま生きてきた人、その2つの世代が向き合うきっかけを、この作品が生み出した。ここが、若い観客にとっても高い評価になったのではないだろうか。

 ◇

 閉会式は29日午後7時半から、市内中州にある国際会議場「シティ・コングレ」で行われた。昨年の会場、中心部にある歴史的な建物、グラスリン劇場から、たった1年で元の会場に戻った。ただ、以前のような大ホールではなく、中ホールが使われたが、来場者で満席とはならなかった。

 式典はあっさりした進行だったが、昨年に比べると工夫も見られた。コンペ作品のラインナップ紹介では、アニメの熱気球が飛んで、作品を誘導する形になっていたし、受賞者の紹介も、カメラ撮影を考慮したものだった。最後に受賞はしなかったコンペ作品の来場監督を壇上に呼び寄せ、一堂で記念写真という配慮もあった。ただ、以前のような会場と壇上が一体となった高揚感は感じられなかった。

 それは閉式後のパーティーにも影響したように思う。昨年同様、公園にテントを張っていたのでは、今年の寒さをしのげなかっただろう。もっと快適な環境ではあったが、受賞者を囲んで質問したり、写真に入ってもらったりという場面には出くわさなかった。

 新体制で2年目の採点は、辛くしか付けられない。地元の人たちも首をかしげる事前PRの低調さ。大型ポスターは皆無に近く、アーケード街のポメリー通は定位置のポスターさえなかった。開会式直前になってラジオなどのPRは盛んになったそうだが、映画祭が目的の1つにしている町おこしの側面は、大きく後退しているように感じられて仕方ない。映画祭参加者に食券を支給し、地元飲食店も盛り上げようという試みは中止された。これも節約のせい?

 昨年は事務局の広報支援のスピーディさを評価したが、今年はこれにも首をかしげたくなった。昨年は会期終了後に、映画祭の総括をメールで送ってきた。翌年への意気込みも盛り込まれていた。だから、今年に期待をしていたのだが...。

 映画祭は内容で勝負だ。「ウエスト・フランス」の見出しではないが、昨年よりアジア偏重から南米勢に視野を拡大し、しかも若い力の発掘により積極的だったことは評価したい。中国第6世代の特集は、この世代への理解を一気に深かめるのに役立った。

 いろいろ話題になったワン・ビン監督の「溝」を、陰陽の写し絵の関係にあるドキュメンタリー「名前のない男」と一緒に見られたことは幸せだった。「溝」の衝撃性は、フィクションゆえに、夫の遺体を引き取りに来た妻に"演技"をさせたことで、かえって薄まったかもしれない。監督の2つの手法を使っての「生きる」ということへの問い掛けは、セットなら、どんな評価なのだろうか? そんなジャッジがあってもいいのではないか。

(5)独裁政権下の暗部に迫る「木製のナイフ/108」

2010/12/02

「木製のナイフ/108」のポスター

 28日はコンペ作品からパラグアイのドキュメンタリー「木製のナイフ/108」と台湾の「4枚目の似顔絵」、ドミニカの「ジーン・ジェントル」、それから中国第6世代のアニメーションを見た。これで明日の閉会式前にコンペ作品9本を見終えることができた。今年のナントは寒く、この日は夕方から雪交じりの雨になったが、コンペ作品には中高年の映画ファンを中心に、観客が詰め掛けていた。

 「木製のナイフ/108」(2010年、一部1993年)は、パラグアイで1954年から35年間の長期独裁だったストロエスネル政権下の人権的な暗部に迫ったドキュメンタリーだ。監督のレナーテ・コサタ(29)は故郷の首都アスンシオンに戻り、身近な人物、もう故人となっている叔父ロドルフォに関心を抱く。叔父は彼の父や兄弟がやっていた鍛冶屋と違ってダンサーになりたがり、独裁政権下1980年代に「同性愛者108人リスト」で、逮捕か拷問に遭っていたことを知る。

 自国の暗部を、「ホモだから当然で、俺たちには関係ない」と向き合わない人たちに疑問を感じ、父親だけでなく、女装、売春婦、同性愛者らにも調査を広げていく。1人1人に何をすべきかを、詰問するのではなく聞いていく。公式の歴史の中では「未知」であったとしても、存在した事実に目をそらすことはできないという、強い意志に裏付けられている。同時代的に生きた人、知らないで生きた人、その2つの世代が向き合うきっかけを生み出す作品と言えよう。

 「4枚目の似顔絵」(2010年)は東京映画祭の台湾電影ルネッサンス2010で上映されているのでご覧になった方もいるだろう。父を亡くした10歳のシャングは、離婚して今は再婚している母親と暮らすことになるのだが、愛情薄い母と義父との生活に苦しめられていく。
 だが、小学校の用務員、年上のぽっちゃりした"こそ泥"の2人には通じるものを感じ、成長もしていく。

 脚本・撮影も手掛けたチェン・モンホン監督(45)は、少年の孤独感と成長ぶりを、彼が描く4枚の肖像画で切り分けるというアイデアが出色だ。風景の美しさ(特に緑の扱い)や映像の処理も素晴らしい。少年を演じるビ・シャオハイ(11)はオーディションで選んだ素人だそうだが、「目を見て決めた」という監督の言葉通り、おもねないが、閉じ籠もってもいない表情がぴったり。4枚目の肖像画はシャングが鏡を見ながら、どうやって描こうか考え込むアップで終わる。

 無愛想にしながらシャングを思い遣る用務員役も味があるし、母親役もシャングに見せる冷めた表情がいい。こそ泥君との掛け合いはユーモアたっぷり。それが深刻な部分を引き立たせることにもなっていた。
 実は用務員は戦後、上海から台湾に渡ってきた外省人、少年の母親は中国から流れて来てホステスをやっている"新"外省人。用務員は本土に帰りたがっているが、母親はそうではない。世代の違う外省人の姿で台湾が抱える、本土との帰属問題も描かれている。

 「朧月夜」が流れてビックリさせられた。上海で聞きおぼえたであろう用務員の戻りたい気持ちを代弁するために使われている。候孝賢(ホウ・シャオシェン)の「冬冬の夏休み」にも「仰げば尊し」が流れたが、中国への日本のかかわりは一筋縄ではないということだろう。


愛情薄い母に引き取られるシャング(「4枚目の似顔絵」)
 コンペ作品3本目の「ジーン・ジェントル」(2010年)は、ドミニカの首都サントドミンゴで職探しをする、ハイチの教授、ジーン・ジェントルの物語。何度か面接を受けても採用されず、やっと奥地の建設現場で働き始めるが、先生意識が邪魔をして仲間ができにくい。「私は生きている。だけど生活はしていない」。生きる理由とこの世界での居場所を探すための難しい旅が続く...。
 ドミニカのローラ・アメリア=グスマン(29)とメキシコのイスラエル・カルディナ(29)の共作で、メキシコ、ドイツの協力を得ている。虚弱だが優雅な男の肖像がとらえられていて息を飲む。

 中国第6世代のアニメーションは短編2本を見た。「RMBシティに生きて」(2010年、15分)は、RMB通貨によって発展した仮想世界(Second Life)に生きる母親に、赤ん坊が質問をすることで、世界とは、生きるとは、に触れるというもの。過去と近未来がゴッチャになった世界は、言葉(日本が制作に協力、セリフは日本語)で次々と語られるのだが、どこか足が地に着いていない。赤ん坊は「僕は大人になりたくない」と言いだしてしまう...。北京をベースに制作するカオ・フェイ監督は、母親をアンドロイド型で表現しながら、赤ん坊は人間そのもの、動きもそうスムーズではなく、背景も徹底的に緻密に書き込むことはしていない。融合しきれない"混沌(こんとん)"こそが世界だとでも言うようだ。

 もう1本の「民国風景」(2007年、14分)は、中国伝統の墨絵的な香りを残した作品。定点観測的に、20世紀初頭の中国から現代までの政治的なものと日常生活を絡めながら、セリフもナレーションもなく、ただ音楽をバックにつないでいく。日本の占領が崩れていくさまも、建物にひるがえる国旗の様子だけで表現する。ツゥ・アンシャン監督は何が変わり、何が変わらないのか、饒舌でなくとも伝えられることを証明している。

 ◇

 ブルターニュ大公城が夜のライトアップをしているので、遅くまで映画を見た後に寄ってみた。一昨年、大幅な修理が終わり、日中は小学生の写生会や一般の人たちが訪れて、思い思いに楽しんでいる。修理前に比べて新しい観覧コースが増え、以前は見られなかった角度から城内、そして市街地を見回すことができるようになり、さらに魅力が増したように思う。ライトアップは全面ではなく、本館の白い壁を浮かび上がらせる一方、城壁の一部に抽象的な図を描いてみせる。このミスマッチ風が、いかにもフランスらしい。


ライトアップされたブルターニュ大公城

(4)ラテンの世界を魅力的に描く「検死」

2010/11/30

「溝」resize.jpg非日常の検死と愛憎が絡まる(「検 死」)

 27日はコンペ作品からチリの「検死」と香港の「The High Life」を見た。クリスマスを控えた週末とあって、各広場には恒例のマルシェが登場、曇り空だったものの多くの市民で賑わっていた。

 チリのコンペ作品「検死」(2010年)はラテン世界の濃厚な味わいが魅力的だった。
 冒頭、タンクローリーがキャタピラ音を響かせて行き去ると、向かいの家を観察、近寄ってのぞき込む男、マリオ(アルフレッド・カストロ)が登場する。死体の検死報告書を作る仕事をしている彼は55歳。向かいの家の住人、キャバレーの踊り子、ナンシーに恋心を募らせているが、1973年の軍のクーデターで、コミュニストのシンパだった彼女の家は最初に狙われる。クーデターで死体が山積みになり、仕事に追われるマリオだが、頭の中はナンシーのことばかり。ある日、彼女が自宅の隠し部屋に隠れていることに気付いた彼は、食事を差し入れるなどして彼女を守ろうとする。ところが、彼女は恋人と一緒に隠れていたことを知り、隠れ部屋から2人が出られないように、狂ったように家具を積み上げる...。

 パブロ・ラライン監督(34)はマドリッドで学び、メキシコ、スペイン、チリで活躍している。自身が体験のないクーデターを素材に、異常事態の日常にも反応しない男の恋心を、淡々と表現することで、その一途さを浮き彫りにさせている。また、舞台俳優として実績のあるカストロの愛と嫉妬に狂う男の演技も見所だ。
 今年のベネチア国際映画祭のコンペ部門出品作。


上映前にあいさつするチュウ・ダユン監督(中央)=カトロザ2
 
 「The High Life」(2010年)は、広州のスラム街に生きる人たちの押し込められた生活を描く。お上りさんをカモに仕事のあっせんで生きているジャン・ミン。特に夢も野心も持たず、金持ち女と付き合いながら、日々を送っている。ただ、どうにもならない気持ちになると、屋上に出て京劇の衣装を着て舞うことで心の空白を埋めていた。「確実にもうけて、より良い生活をするべきだ」とたきつけられ、その気になって知人のネズミ講にかかわり、刑務所に送られてしまう。そこでは看守が、人間性を否定する本の朗読を強制するのだった...。

 チュウ・ダユン監督は、わずかの利益が人間性を侵食し、それ以上に権力は不当に人間を圧迫することを伝えたかったようだ。ジャン・ミンが口利きをして美容院に勤めたシャオ・ヤーはレイプした相手を刺して、同じく刑務所に入れられる。だが、妹の行く末を案じて前向きな彼女には、本の朗読を強制されてもジャン・ミンとは違うのだ。
 上映前に監督があいさつしたこともあって、終わった後は盛んな拍手がわいた。

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 週末となって、この時期特有の"マルシェ(出店)"も登場した。マルシェは1~3坪程度の三角屋根の木造小屋で、扱う商品はクリスマス用品の小物から装身具、チョコやワインとさまざま。ナントの中心ロータリー、パレ・ロワイヤルでは60近くのマルシェが肩を寄せ合うように並び、例年通り大型のメリーゴーランドも登場していた。日中の気温が氷点下近いこともあって、ホットワインを手にする人たちが多かった。夜はライトアップされ、一足早くクリスマス気分を盛り上げる。


マルシェでホットワインを楽しむ人たち=ゴーモン前広場

(3)中国の暗部に迫る「溝」

2010/11/29


枯れ草のわずかな実も貴重だ(「溝」)

 26日はコンペ作品の中国「溝」とパラグアイの「祈りの9日間」、招待作の「イエローキッド」などを見た。

 中国第6世代の旗手の1人、ワン・ビン監督(43)の「溝」(2010年)は初の長編フィクションで、今年のベネチア国際映画祭にサプライズ出品され、大きな反響を呼んだ。今回、第6世代特集に組み込まれていた彼のドキュメンタリー「名前のない男」(2009年)を合わせて見たことで、手法を変えた2作品が「人間とは」をより強烈にあぶり出していたように思う。

 中国党中央は1957~61年、反右派(反革命)闘争で、知識人たちをモンゴル国境近くのゴビ砂漠に送って強制労働させた。収容所は砂漠に溝を掘り、板を渡しただけのもので、多数の犠牲者を出した。中国現代史の暗部で、中国では許可にならないことから、生存者にも取材、フランス、ベルギーの協力を仰いで制作された。

 毛沢東の大躍進政策が破たん、天災も重なって収容所では餓死者が相次ぎ、とうとう強制労働すら中止になる。ネズミを捕らえたり、草の実を集めたり、他人の吐瀉物に手を出す事態も。さえぎるものがなく晴れわった地上と対比させ、逆光で溝の中での生活を淡々と描写していく。

 ワン・ビン監督は3部作、9時間に及ぶドキュメンタリー「鉄西区」で2003年、山形国際ドキュメンタリー映画祭と、ここ3大陸映画祭でともにグランプリに輝いている。なぜ今、フィクションなのか?

 1つの契機は「鳳鳴(ファンミン)―中国の記憶」(2007年、山形ドキュメンタリーでグランプリ)だろう。反右派闘争と文化大革命で迫害を受けた女性・鳳鳴が30年をかけて名誉回復するまでを語るさまを描いたドキュメンタリーだ。監督は「人間の経験や考えを伝えることが歴史を伝えることだ」と語っている。歴史をさかのばらなければ描けないものもあるのだ。

 「溝」は、そこでの地獄ぶりを淡々と、だからこそ怖いのだが、描いていく。ただ、夫を亡くした妻が上海からやって来たところから、濃厚な、フィクションならではの展開になる。遺体を引き取りたいという妻に、収容所の仲間は、衣服も肉体の一部も奪われていることを伝えることはできない。でも妻は1人で雪の舞う荒野に出て遺体を探す...。

 さて、ドキュメンタリーの「名前のない男」だが、こちらも凄まじい。土中に穴を掘り、土を運び、馬ふんを肥料にしながら野菜を育てる。食べ物の小さな破片1つ見逃さず食べ尽くし、完全な自給自足生活を送っている。居住区の補習もあって毎日が"忙しい"。名前を捨てたところに彼の自在さがあるように見える。

 一方、「溝」の知識人は1人ぼっちではないのだが、生きているのではなく、生きながらえているだけなのだ。強いられて「食べる糧」を得るかどうかが、分岐点のような気がする。ワン・ビン監督は、同じような状況でありながら、手法を変えて陰陽、背中合わせのような2作品を生み出すことで、中国だけにこだわらない人間の根源に迫っていることを強く感じた。

 もう1つのコンペ作「祈りの9日間」(2010年、一部1997年)は、同じ人間が生きる中でも「鎮魂」の持つ深い静まりに魅了された。

 パラグアイの小さな村に住む、詩人で職人のジャンは、この地を離れたことがなく、ずっと一緒に暮らしてきた母親を亡くす。平穏な生活が、祈りの9日間で訪れた親族らによって、少し波立ったりする。エンリケ・コララ監督(46)は、ほとんど変わりのない日常を淡々と描きながら、微妙な人情の行き違いや交流を織り込んでいる。ジャンがタイヤを加工して植木鉢や籠にするさま、夕闇の中で静かに詩を朗読するさまなどは、「溝」を見た後では、何と世界が違うのだろうか、思わせられてしまった。

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映画製作について語る真利子監督(右端)=3大陸映画祭カフェ

 最後に招待作の「イエローキッド」を見た。真利子哲也監督(29)の東京芸大修士科の卒業制作で、監督にとって初の長編。若さが持つエキセントリックな突っ張りが良い形で表に出た作品だった。
 米国のコミック・ストリップ・ヒーロー「イエローキッド」をテーマに、現状からの脱皮をヒーローに仮託しようとしながら、果たせない若者たちの物語だ。

 祖母2人暮らしの田村(遠藤要)はボクシングジムに通っているが上達には程遠い。漫画家(岩瀬亮)が、彼をモデルにヒーロー漫画を書き出したことで、内心、高揚してくるのだが、周囲との状況は悪化をたどる。ヒーローもどきに元世界チャンピオンに挑んだり、憎らしい先輩に鉄槌を加えはするが、それは何も裏付けのないものだった...。

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漫画家も現実と夢が交錯、混乱していく(「イエローキッド」)

 真利子監督は、ふんどし姿で食堂内を怪走したり、建物の屋上からバンジージャンプで飛びおりたりと、自らが出演、手持ちカメラで撮影した多くの短編で、若者たちを刺激してきた。

 今回は初めて俳優、カメラマンを揃えて制作。ナントの地元ラジオ局での対談で、「イエローキッド」の背景について、監督は「誰もがヒーローに変身したいという気持ちを持っているはず。その気持ちを大事にしながら、現状は...ということを描いた」と話していた。「一回性」にこだわってワンカットを多用した映像は迫力があった。

 ◇

 週末になって劇場には徐々に観客が戻ってはきているものの、満席となることはない。どうしてなのだろうか、と悩んでしまう。昨年に比べると若者たちのグループもおおいようなのだが...。

 とはいっても、ナントの観客は温かい。たまに席を立つ人もいるが、ほとんどは最後まで見終わって、拍手やブーイング(今回はまだない)で自らの感想を表明する。コンペ作品だけに実施されている観客賞投票には、競って投票していた。

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コンペ作の観客賞を投票する観客たち=カトロザ

(2)1回限りの挑戦「牛皮Ⅱ」

2010/11/29

 25日はイランのコンペ作品「Gesher」と中国第6世代特集の「牛皮Ⅱ」、セネガルのジブリル・ジオップ・マンベティ監督特集の短編などを見た。

 「Gesher」(2010年、一部1984年)は、より良い生活を求めて家を離れ、イランの中で豊かな産油量を誇る南部地域に向かった3人の男たちを描く。低賃金と厳しい生活環境の中で、彼らは原油パイプラインの不要パイプを仮の宿とするしかなかった。直面している困難な状況を打開しようと、彼らは仲間意識を築こうとするのだが...。ヴァヒド・ヴァキリファ監督(29)は、目の前に広がり、大型タンカーが行き来する海を、彼らの"逃避"と"憧憬"の象徴として、豊かなイメージの中に織り込んで描いており、特にラストシーンが印象的だった。

091129-01.jpgイランで生きる労働者に温かい眼差し(「Gesher」のポスター)
 リュウ・ジョンウ監督(29)の「牛皮Ⅱ」(2009年)はフィクションだが、リアルタイムで流れる133分に、見る者が付き合えるかどうかで評価が分かれる作品だろう。

なめし皮店の作業場で男が黙々と作業をしている。そこに妻が来て手伝った後、2人で部屋を片付けて夕食の水ギョウザ作りが始まる。娘も慣れぬ手付きで手伝い、3人で食べて、おしまい-。粗筋で書けば、こうなって身もフタもない。おまけにカメラは1つの部屋の中で9回位置を変えるが、すべて固定カメラで、省略がないまま、まさにリアルタイムで描かれるのだ。耐えきれずに途中で出ていった人も少なからずいた。

 ただ、行動や会話の端々から、店が決して順調ではなく、今後について3人3様で意見があること、ギョウザの皮作りでは経験のない娘であっても、父親の意見に異論を唱える-その「とき」の共有を良しとすれば、133分は決して長くはない。僕もこの家族のゆるやかな「とき」の流れを肯定する。フィクションならではのユーモアある演出がある一方で、現代の家族、食の持つ問題点が静かにあぶり出されている。
 とは言っても、フィクションがリアルタイムだけの演出でいいのか、言えば、省略もカメラワークも必要だと思う。1回限りの挑戦だろう。
091129-02.jpgユーモアも漂う133分の同時進行劇(「牛皮Ⅱ」)

 マンベティ監督は独学で映画製作を学び、庶民の日常をリアルで飾り気のない撮影で描き出し「アフリカのゴダール」と言われたが、1998年に53歳で亡くなっている。

 23歳のデビュー作「コントラス・シティ」(1969年)は、独立後10年近くたった国内の光と影の部分をコラージュ風に21分間でつないだものだが、その対比の軽やかさが、逆に深刻さを浮き彫りにして印象深い。カンヌ、モスクワ両国際映画祭で高い評価を得て、彼の名前を知らしめたが、今見ても色あせていない。

 「正直者」(1994年)は、売れないミュージシャン、マリゴが主人公。家賃を滞納して楽器を取り上げられるが、思わぬことで手に入れた宝くじが当選する。ただ、宝くじは、無くさないようにと家のドアに張り付けてあったので、そのドアを外し、大騒ぎしながら窓口に持ち込む...。オーケストラを従えたり、舟を雇うなどして演奏を行う、そんな当選を夢見た想像の場面が自在に挟み込まれる。むき出しの生々しさとともに叙情性(隠喩に富んだ表情や視線の何と印象的なことか)があって引き付けられる。短編3部作「普通の人々」として構想されたが、「太陽を売った少女」(1998年)が遺作となり、3部作は完成しなかった。

 もう1本の「祖母の話をしよう」(1989年)は、監督の祖母を扱った長編「Yaaba」の撮影風景をとらえたドキュメンタリー。毅然とした祖母の生き方への温かい眼差しと、子役たちへのユーモアあふれる演技指導ぶりなど、監督の素顔を知ることができて貴重だ。

091129-01.jpgジブリル・ジオップ・マンベティ監督 
 今年のナントは例年に比べて寒さが厳しい。24、25日と青空に恵まれたが最高気温は5度。週末は最低気温が氷点下になり雪の予報だ。

 25日になって映画祭会場は徐々に込み始めた。ナントに住む友人は「今年は事前のPRがほとんどなく、どうしたのかな、と思っていた。今週に入ってからようやくラジオなどでPRが始まった」と話していた。少しホッとしていたら、カトロザ前の路上に、新しいPRを発見した。道路標識に見せかけて白い文字で「32eMe Festival Des 3 Continents」と描かれていた。足元にまで注意が及ぶかどうか心配だが、努力は買おう。

091129-04.jpg新たに路上に登場した映画祭のPR文字(カトロザ前)
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