シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(6完)グランプリに南米作品「川の抱擁」

2010/12/03

221203_01.jpg金色の熱気球トロフィーを手にするギレ監督

 今年のコンペ部門だが、ナント出身のジュール・ベルヌにちなんだ金の熱気球賞(グランプリ)はコロンビアの「川の抱擁」(ニコラス・リンコン・ギレ監督=2010年、一部1972年)、銀の熱気球賞(準グランプリ)もパラグアイの「木製のナイフ/108」(レナーテ・コサタ監督=2010年、一部1993年)と、ともに南米のドキュメンタリーが獲得した。

 フィクションとドキュメンタリーの境界がなくなり、両部門が統一されて今年で4年目。統合初年の2007年はドキュメンタリーがグランプリだったものの、以後2年はドキュメンタリーの手法を取り込んだフィクションに軍配が挙がっていた。地元紙「ウエスト・フランス」は今回の結果を翌朝、「南米は気球で発信する」との見出しで報じた。

 「川の抱擁」はコロンビアの西部から北に向かって流れ、カリブ海に注ぐマグダレーナ川と川沿いに住む人たちとの2重の意味での関係を描いたドキュメンタリー。川の幸をもたらし祝福されているかと思えば、時には衝動的に暴れて人を飲み込み、呪われる存在になる。長い時間の間には神話や伝説にまで"昇華"、土俗的信仰の対象にもなっている。ギレ監督は、その伝承を追い続ける中で、人間と自然との関係を視覚化することに挑んだといえる。

 監督は、背反する面を内包した両者の状況を叙情性も加味(特に宗教的なシーンでの静けさには引き込まれる)して見せながらも、息子と兄弟を失った女性の声を契機に、曖昧な関係に切り込み、人間の側の「心の叫び」を見る者に届けた点が評価されたのだろう。

 一方、「木製のナイフ/108」は、人為的な抑圧の事実を、丹念に掘り起こしたドキュメンタリー。パラグアイで長期独裁だったストロエスネル政権下の1980年代、「同性愛者108人リスト」が存在し、多くの人が逮捕・拷問されたが、明らかにされることはなかった。

 コサタ監督は故郷の首都アスンシオンに戻り、故人となっている叔父ロドルフォに関心を抱き、叔父がリストによって逮捕か拷問に遭っていたことを知る。

 自国の暗部を、「ホモなんだから当然。普通人の俺たちには関係ない」と向き合わない人たちに疑問を感じて、自分の父親だけでなく、女装、売春婦、同性愛者らにも調査を広げていく。1人1人に何をすべきかを問いただすのではなく、まず聞いて、その事実に向かい合おうとする、その姿勢が、この作品の品位を高めていて、受賞の大きな決め手になったと思う。


準グランプリと若い観客賞をダブル受賞のコサタ監督(中央)
 "節約"が第一目標になり、昨年から女優、男優、監督賞などの各賞はなくなった。審査員が選ぶのはグランプリ、準グランプリの2つだけ。何も賞を乱発してほしい訳ではないが、同じ審査をして2つしか選ばないのはもったいないような気もするのだが...。

観客賞受賞に笑顔のモンホン監督

 一般選考では観客賞(観賞後の観客の投票で決定)に、台湾の「4枚目の似顔絵」(チェン・モンホン監督=2010年)が選ばれた。父を亡くした10歳の少年が、離婚して今は再婚している母親・義父と暮らす中での苦労や成長ぶりが描かれる。

 脚本・撮影も手掛けた監督は、少年の孤独感と成長ぶりを、少年が描く4枚の肖像画で切り分けるというアイデアが出色の上、風景、特に緑の扱いが素晴らしい。少年を演じるビ・シャオハイ(11)はオーディションで選らばれた素人だが、おもねない表情がぴったりだ。彼と心を通わせる小学校の用務員と年上のぽっちゃりした"こそ泥"の2人も適役で、適度なユーモアが、深刻な部分を引き立たせ、少年を応援しようという気にさせる。

 実は用務員は戦後、上海から台湾に渡ってきた外省人、少年の母親は中国から流れて来てホステスをやっている"新"外省人。親子ほど違う世代の外省人を登場させることで、台湾が抱える中国本土との微妙な帰属問題も描かれている。

 もう1つの若い観客賞は、準グランプリの「木製のナイフ/108」が獲得した。不当な人権抑圧の事実に対し、同時代を生きた人、時代違いで知らないまま生きてきた人、その2つの世代が向き合うきっかけを、この作品が生み出した。ここが、若い観客にとっても高い評価になったのではないだろうか。

 ◇

 閉会式は29日午後7時半から、市内中州にある国際会議場「シティ・コングレ」で行われた。昨年の会場、中心部にある歴史的な建物、グラスリン劇場から、たった1年で元の会場に戻った。ただ、以前のような大ホールではなく、中ホールが使われたが、来場者で満席とはならなかった。

 式典はあっさりした進行だったが、昨年に比べると工夫も見られた。コンペ作品のラインナップ紹介では、アニメの熱気球が飛んで、作品を誘導する形になっていたし、受賞者の紹介も、カメラ撮影を考慮したものだった。最後に受賞はしなかったコンペ作品の来場監督を壇上に呼び寄せ、一堂で記念写真という配慮もあった。ただ、以前のような会場と壇上が一体となった高揚感は感じられなかった。

 それは閉式後のパーティーにも影響したように思う。昨年同様、公園にテントを張っていたのでは、今年の寒さをしのげなかっただろう。もっと快適な環境ではあったが、受賞者を囲んで質問したり、写真に入ってもらったりという場面には出くわさなかった。

 新体制で2年目の採点は、辛くしか付けられない。地元の人たちも首をかしげる事前PRの低調さ。大型ポスターは皆無に近く、アーケード街のポメリー通は定位置のポスターさえなかった。開会式直前になってラジオなどのPRは盛んになったそうだが、映画祭が目的の1つにしている町おこしの側面は、大きく後退しているように感じられて仕方ない。映画祭参加者に食券を支給し、地元飲食店も盛り上げようという試みは中止された。これも節約のせい?

 昨年は事務局の広報支援のスピーディさを評価したが、今年はこれにも首をかしげたくなった。昨年は会期終了後に、映画祭の総括をメールで送ってきた。翌年への意気込みも盛り込まれていた。だから、今年に期待をしていたのだが...。

 映画祭は内容で勝負だ。「ウエスト・フランス」の見出しではないが、昨年よりアジア偏重から南米勢に視野を拡大し、しかも若い力の発掘により積極的だったことは評価したい。中国第6世代の特集は、この世代への理解を一気に深かめるのに役立った。

 いろいろ話題になったワン・ビン監督の「溝」を、陰陽の写し絵の関係にあるドキュメンタリー「名前のない男」と一緒に見られたことは幸せだった。「溝」の衝撃性は、フィクションゆえに、夫の遺体を引き取りに来た妻に"演技"をさせたことで、かえって薄まったかもしれない。監督の2つの手法を使っての「生きる」ということへの問い掛けは、セットなら、どんな評価なのだろうか? そんなジャッジがあってもいいのではないか。

(桂 直之)

(5)独裁政権下の暗部に迫る「木製のナイフ/108」

2010/12/02

「木製のナイフ/108」のポスター

 28日はコンペ作品からパラグアイのドキュメンタリー「木製のナイフ/108」と台湾の「4枚目の似顔絵」、ドミニカの「ジーン・ジェントル」、それから中国第6世代のアニメーションを見た。これで明日の閉会式前にコンペ作品9本を見終えることができた。今年のナントは寒く、この日は夕方から雪交じりの雨になったが、コンペ作品には中高年の映画ファンを中心に、観客が詰め掛けていた。

 「木製のナイフ/108」(2010年、一部1993年)は、パラグアイで1954年から35年間の長期独裁だったストロエスネル政権下の人権的な暗部に迫ったドキュメンタリーだ。監督のレナーテ・コサタ(29)は故郷の首都アスンシオンに戻り、身近な人物、もう故人となっている叔父ロドルフォに関心を抱く。叔父は彼の父や兄弟がやっていた鍛冶屋と違ってダンサーになりたがり、独裁政権下1980年代に「同性愛者108人リスト」で、逮捕か拷問に遭っていたことを知る。

 自国の暗部を、「ホモだから当然で、俺たちには関係ない」と向き合わない人たちに疑問を感じ、父親だけでなく、女装、売春婦、同性愛者らにも調査を広げていく。1人1人に何をすべきかを、詰問するのではなく聞いていく。公式の歴史の中では「未知」であったとしても、存在した事実に目をそらすことはできないという、強い意志に裏付けられている。同時代的に生きた人、知らないで生きた人、その2つの世代が向き合うきっかけを生み出す作品と言えよう。

 「4枚目の似顔絵」(2010年)は東京映画祭の台湾電影ルネッサンス2010で上映されているのでご覧になった方もいるだろう。父を亡くした10歳のシャングは、離婚して今は再婚している母親と暮らすことになるのだが、愛情薄い母と義父との生活に苦しめられていく。
 だが、小学校の用務員、年上のぽっちゃりした"こそ泥"の2人には通じるものを感じ、成長もしていく。

 脚本・撮影も手掛けたチェン・モンホン監督(45)は、少年の孤独感と成長ぶりを、彼が描く4枚の肖像画で切り分けるというアイデアが出色だ。風景の美しさ(特に緑の扱い)や映像の処理も素晴らしい。少年を演じるビ・シャオハイ(11)はオーディションで選んだ素人だそうだが、「目を見て決めた」という監督の言葉通り、おもねないが、閉じ籠もってもいない表情がぴったり。4枚目の肖像画はシャングが鏡を見ながら、どうやって描こうか考え込むアップで終わる。

 無愛想にしながらシャングを思い遣る用務員役も味があるし、母親役もシャングに見せる冷めた表情がいい。こそ泥君との掛け合いはユーモアたっぷり。それが深刻な部分を引き立たせることにもなっていた。
 実は用務員は戦後、上海から台湾に渡ってきた外省人、少年の母親は中国から流れて来てホステスをやっている"新"外省人。用務員は本土に帰りたがっているが、母親はそうではない。世代の違う外省人の姿で台湾が抱える、本土との帰属問題も描かれている。

 「朧月夜」が流れてビックリさせられた。上海で聞きおぼえたであろう用務員の戻りたい気持ちを代弁するために使われている。候孝賢(ホウ・シャオシェン)の「冬冬の夏休み」にも「仰げば尊し」が流れたが、中国への日本のかかわりは一筋縄ではないということだろう。


愛情薄い母に引き取られるシャング(「4枚目の似顔絵」)
 コンペ作品3本目の「ジーン・ジェントル」(2010年)は、ドミニカの首都サントドミンゴで職探しをする、ハイチの教授、ジーン・ジェントルの物語。何度か面接を受けても採用されず、やっと奥地の建設現場で働き始めるが、先生意識が邪魔をして仲間ができにくい。「私は生きている。だけど生活はしていない」。生きる理由とこの世界での居場所を探すための難しい旅が続く...。
 ドミニカのローラ・アメリア=グスマン(29)とメキシコのイスラエル・カルディナ(29)の共作で、メキシコ、ドイツの協力を得ている。虚弱だが優雅な男の肖像がとらえられていて息を飲む。

 中国第6世代のアニメーションは短編2本を見た。「RMBシティに生きて」(2010年、15分)は、RMB通貨によって発展した仮想世界(Second Life)に生きる母親に、赤ん坊が質問をすることで、世界とは、生きるとは、に触れるというもの。過去と近未来がゴッチャになった世界は、言葉(日本が制作に協力、セリフは日本語)で次々と語られるのだが、どこか足が地に着いていない。赤ん坊は「僕は大人になりたくない」と言いだしてしまう...。北京をベースに制作するカオ・フェイ監督は、母親をアンドロイド型で表現しながら、赤ん坊は人間そのもの、動きもそうスムーズではなく、背景も徹底的に緻密に書き込むことはしていない。融合しきれない"混沌(こんとん)"こそが世界だとでも言うようだ。

 もう1本の「民国風景」(2007年、14分)は、中国伝統の墨絵的な香りを残した作品。定点観測的に、20世紀初頭の中国から現代までの政治的なものと日常生活を絡めながら、セリフもナレーションもなく、ただ音楽をバックにつないでいく。日本の占領が崩れていくさまも、建物にひるがえる国旗の様子だけで表現する。ツゥ・アンシャン監督は何が変わり、何が変わらないのか、饒舌でなくとも伝えられることを証明している。

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 ブルターニュ大公城が夜のライトアップをしているので、遅くまで映画を見た後に寄ってみた。一昨年、大幅な修理が終わり、日中は小学生の写生会や一般の人たちが訪れて、思い思いに楽しんでいる。修理前に比べて新しい観覧コースが増え、以前は見られなかった角度から城内、そして市街地を見回すことができるようになり、さらに魅力が増したように思う。ライトアップは全面ではなく、本館の白い壁を浮かび上がらせる一方、城壁の一部に抽象的な図を描いてみせる。このミスマッチ風が、いかにもフランスらしい。


ライトアップされたブルターニュ大公城
(桂 直之)

(4)ラテンの世界を魅力的に描く「検死」

2010/11/30

「溝」resize.jpg非日常の検死と愛憎が絡まる(「検 死」)

 27日はコンペ作品からチリの「検死」と香港の「The High Life」を見た。クリスマスを控えた週末とあって、各広場には恒例のマルシェが登場、曇り空だったものの多くの市民で賑わっていた。

 チリのコンペ作品「検死」(2010年)はラテン世界の濃厚な味わいが魅力的だった。
 冒頭、タンクローリーがキャタピラ音を響かせて行き去ると、向かいの家を観察、近寄ってのぞき込む男、マリオ(アルフレッド・カストロ)が登場する。死体の検死報告書を作る仕事をしている彼は55歳。向かいの家の住人、キャバレーの踊り子、ナンシーに恋心を募らせているが、1973年の軍のクーデターで、コミュニストのシンパだった彼女の家は最初に狙われる。クーデターで死体が山積みになり、仕事に追われるマリオだが、頭の中はナンシーのことばかり。ある日、彼女が自宅の隠し部屋に隠れていることに気付いた彼は、食事を差し入れるなどして彼女を守ろうとする。ところが、彼女は恋人と一緒に隠れていたことを知り、隠れ部屋から2人が出られないように、狂ったように家具を積み上げる...。

 パブロ・ラライン監督(34)はマドリッドで学び、メキシコ、スペイン、チリで活躍している。自身が体験のないクーデターを素材に、異常事態の日常にも反応しない男の恋心を、淡々と表現することで、その一途さを浮き彫りにさせている。また、舞台俳優として実績のあるカストロの愛と嫉妬に狂う男の演技も見所だ。
 今年のベネチア国際映画祭のコンペ部門出品作。


上映前にあいさつするチュウ・ダユン監督(中央)=カトロザ2
 
 「The High Life」(2010年)は、広州のスラム街に生きる人たちの押し込められた生活を描く。お上りさんをカモに仕事のあっせんで生きているジャン・ミン。特に夢も野心も持たず、金持ち女と付き合いながら、日々を送っている。ただ、どうにもならない気持ちになると、屋上に出て京劇の衣装を着て舞うことで心の空白を埋めていた。「確実にもうけて、より良い生活をするべきだ」とたきつけられ、その気になって知人のネズミ講にかかわり、刑務所に送られてしまう。そこでは看守が、人間性を否定する本の朗読を強制するのだった...。

 チュウ・ダユン監督は、わずかの利益が人間性を侵食し、それ以上に権力は不当に人間を圧迫することを伝えたかったようだ。ジャン・ミンが口利きをして美容院に勤めたシャオ・ヤーはレイプした相手を刺して、同じく刑務所に入れられる。だが、妹の行く末を案じて前向きな彼女には、本の朗読を強制されてもジャン・ミンとは違うのだ。
 上映前に監督があいさつしたこともあって、終わった後は盛んな拍手がわいた。

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 週末となって、この時期特有の"マルシェ(出店)"も登場した。マルシェは1~3坪程度の三角屋根の木造小屋で、扱う商品はクリスマス用品の小物から装身具、チョコやワインとさまざま。ナントの中心ロータリー、パレ・ロワイヤルでは60近くのマルシェが肩を寄せ合うように並び、例年通り大型のメリーゴーランドも登場していた。日中の気温が氷点下近いこともあって、ホットワインを手にする人たちが多かった。夜はライトアップされ、一足早くクリスマス気分を盛り上げる。


マルシェでホットワインを楽しむ人たち=ゴーモン前広場
(桂 直之)

(3)中国の暗部に迫る「溝」

2010/11/29


枯れ草のわずかな実も貴重だ(「溝」)

 26日はコンペ作品の中国「溝」とパラグアイの「祈りの9日間」、招待作の「イエローキッド」などを見た。

 中国第6世代の旗手の1人、ワン・ビン監督(43)の「溝」(2010年)は初の長編フィクションで、今年のベネチア国際映画祭にサプライズ出品され、大きな反響を呼んだ。今回、第6世代特集に組み込まれていた彼のドキュメンタリー「名前のない男」(2009年)を合わせて見たことで、手法を変えた2作品が「人間とは」をより強烈にあぶり出していたように思う。

 中国党中央は1957~61年、反右派(反革命)闘争で、知識人たちをモンゴル国境近くのゴビ砂漠に送って強制労働させた。収容所は砂漠に溝を掘り、板を渡しただけのもので、多数の犠牲者を出した。中国現代史の暗部で、中国では許可にならないことから、生存者にも取材、フランス、ベルギーの協力を仰いで制作された。

 毛沢東の大躍進政策が破たん、天災も重なって収容所では餓死者が相次ぎ、とうとう強制労働すら中止になる。ネズミを捕らえたり、草の実を集めたり、他人の吐瀉物に手を出す事態も。さえぎるものがなく晴れわった地上と対比させ、逆光で溝の中での生活を淡々と描写していく。

 ワン・ビン監督は3部作、9時間に及ぶドキュメンタリー「鉄西区」で2003年、山形国際ドキュメンタリー映画祭と、ここ3大陸映画祭でともにグランプリに輝いている。なぜ今、フィクションなのか?

 1つの契機は「鳳鳴(ファンミン)―中国の記憶」(2007年、山形ドキュメンタリーでグランプリ)だろう。反右派闘争と文化大革命で迫害を受けた女性・鳳鳴が30年をかけて名誉回復するまでを語るさまを描いたドキュメンタリーだ。監督は「人間の経験や考えを伝えることが歴史を伝えることだ」と語っている。歴史をさかのばらなければ描けないものもあるのだ。

 「溝」は、そこでの地獄ぶりを淡々と、だからこそ怖いのだが、描いていく。ただ、夫を亡くした妻が上海からやって来たところから、濃厚な、フィクションならではの展開になる。遺体を引き取りたいという妻に、収容所の仲間は、衣服も肉体の一部も奪われていることを伝えることはできない。でも妻は1人で雪の舞う荒野に出て遺体を探す...。

 さて、ドキュメンタリーの「名前のない男」だが、こちらも凄まじい。土中に穴を掘り、土を運び、馬ふんを肥料にしながら野菜を育てる。食べ物の小さな破片1つ見逃さず食べ尽くし、完全な自給自足生活を送っている。居住区の補習もあって毎日が"忙しい"。名前を捨てたところに彼の自在さがあるように見える。

 一方、「溝」の知識人は1人ぼっちではないのだが、生きているのではなく、生きながらえているだけなのだ。強いられて「食べる糧」を得るかどうかが、分岐点のような気がする。ワン・ビン監督は、同じような状況でありながら、手法を変えて陰陽、背中合わせのような2作品を生み出すことで、中国だけにこだわらない人間の根源に迫っていることを強く感じた。

 もう1つのコンペ作「祈りの9日間」(2010年、一部1997年)は、同じ人間が生きる中でも「鎮魂」の持つ深い静まりに魅了された。

 パラグアイの小さな村に住む、詩人で職人のジャンは、この地を離れたことがなく、ずっと一緒に暮らしてきた母親を亡くす。平穏な生活が、祈りの9日間で訪れた親族らによって、少し波立ったりする。エンリケ・コララ監督(46)は、ほとんど変わりのない日常を淡々と描きながら、微妙な人情の行き違いや交流を織り込んでいる。ジャンがタイヤを加工して植木鉢や籠にするさま、夕闇の中で静かに詩を朗読するさまなどは、「溝」を見た後では、何と世界が違うのだろうか、思わせられてしまった。

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映画製作について語る真利子監督(右端)=3大陸映画祭カフェ

 最後に招待作の「イエローキッド」を見た。真利子哲也監督(29)の東京芸大修士科の卒業制作で、監督にとって初の長編。若さが持つエキセントリックな突っ張りが良い形で表に出た作品だった。
 米国のコミック・ストリップ・ヒーロー「イエローキッド」をテーマに、現状からの脱皮をヒーローに仮託しようとしながら、果たせない若者たちの物語だ。

 祖母2人暮らしの田村(遠藤要)はボクシングジムに通っているが上達には程遠い。漫画家(岩瀬亮)が、彼をモデルにヒーロー漫画を書き出したことで、内心、高揚してくるのだが、周囲との状況は悪化をたどる。ヒーローもどきに元世界チャンピオンに挑んだり、憎らしい先輩に鉄槌を加えはするが、それは何も裏付けのないものだった...。

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漫画家も現実と夢が交錯、混乱していく(「イエローキッド」)

 真利子監督は、ふんどし姿で食堂内を怪走したり、建物の屋上からバンジージャンプで飛びおりたりと、自らが出演、手持ちカメラで撮影した多くの短編で、若者たちを刺激してきた。

 今回は初めて俳優、カメラマンを揃えて制作。ナントの地元ラジオ局での対談で、「イエローキッド」の背景について、監督は「誰もがヒーローに変身したいという気持ちを持っているはず。その気持ちを大事にしながら、現状は...ということを描いた」と話していた。「一回性」にこだわってワンカットを多用した映像は迫力があった。

 ◇

 週末になって劇場には徐々に観客が戻ってはきているものの、満席となることはない。どうしてなのだろうか、と悩んでしまう。昨年に比べると若者たちのグループもおおいようなのだが...。

 とはいっても、ナントの観客は温かい。たまに席を立つ人もいるが、ほとんどは最後まで見終わって、拍手やブーイング(今回はまだない)で自らの感想を表明する。コンペ作品だけに実施されている観客賞投票には、競って投票していた。

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コンペ作の観客賞を投票する観客たち=カトロザ
(桂 直之)

(2)1回限りの挑戦「牛皮Ⅱ」

2010/11/29

 25日はイランのコンペ作品「Gesher」と中国第6世代特集の「牛皮Ⅱ」、セネガルのジブリル・ジオップ・マンベティ監督特集の短編などを見た。

 「Gesher」(2010年、一部1984年)は、より良い生活を求めて家を離れ、イランの中で豊かな産油量を誇る南部地域に向かった3人の男たちを描く。低賃金と厳しい生活環境の中で、彼らは原油パイプラインの不要パイプを仮の宿とするしかなかった。直面している困難な状況を打開しようと、彼らは仲間意識を築こうとするのだが...。ヴァヒド・ヴァキリファ監督(29)は、目の前に広がり、大型タンカーが行き来する海を、彼らの"逃避"と"憧憬"の象徴として、豊かなイメージの中に織り込んで描いており、特にラストシーンが印象的だった。

091129-01.jpgイランで生きる労働者に温かい眼差し(「Gesher」のポスター)
 リュウ・ジョンウ監督(29)の「牛皮Ⅱ」(2009年)はフィクションだが、リアルタイムで流れる133分に、見る者が付き合えるかどうかで評価が分かれる作品だろう。

なめし皮店の作業場で男が黙々と作業をしている。そこに妻が来て手伝った後、2人で部屋を片付けて夕食の水ギョウザ作りが始まる。娘も慣れぬ手付きで手伝い、3人で食べて、おしまい-。粗筋で書けば、こうなって身もフタもない。おまけにカメラは1つの部屋の中で9回位置を変えるが、すべて固定カメラで、省略がないまま、まさにリアルタイムで描かれるのだ。耐えきれずに途中で出ていった人も少なからずいた。

 ただ、行動や会話の端々から、店が決して順調ではなく、今後について3人3様で意見があること、ギョウザの皮作りでは経験のない娘であっても、父親の意見に異論を唱える-その「とき」の共有を良しとすれば、133分は決して長くはない。僕もこの家族のゆるやかな「とき」の流れを肯定する。フィクションならではのユーモアある演出がある一方で、現代の家族、食の持つ問題点が静かにあぶり出されている。
 とは言っても、フィクションがリアルタイムだけの演出でいいのか、言えば、省略もカメラワークも必要だと思う。1回限りの挑戦だろう。
091129-02.jpgユーモアも漂う133分の同時進行劇(「牛皮Ⅱ」)

 マンベティ監督は独学で映画製作を学び、庶民の日常をリアルで飾り気のない撮影で描き出し「アフリカのゴダール」と言われたが、1998年に53歳で亡くなっている。

 23歳のデビュー作「コントラス・シティ」(1969年)は、独立後10年近くたった国内の光と影の部分をコラージュ風に21分間でつないだものだが、その対比の軽やかさが、逆に深刻さを浮き彫りにして印象深い。カンヌ、モスクワ両国際映画祭で高い評価を得て、彼の名前を知らしめたが、今見ても色あせていない。

 「正直者」(1994年)は、売れないミュージシャン、マリゴが主人公。家賃を滞納して楽器を取り上げられるが、思わぬことで手に入れた宝くじが当選する。ただ、宝くじは、無くさないようにと家のドアに張り付けてあったので、そのドアを外し、大騒ぎしながら窓口に持ち込む...。オーケストラを従えたり、舟を雇うなどして演奏を行う、そんな当選を夢見た想像の場面が自在に挟み込まれる。むき出しの生々しさとともに叙情性(隠喩に富んだ表情や視線の何と印象的なことか)があって引き付けられる。短編3部作「普通の人々」として構想されたが、「太陽を売った少女」(1998年)が遺作となり、3部作は完成しなかった。

 もう1本の「祖母の話をしよう」(1989年)は、監督の祖母を扱った長編「Yaaba」の撮影風景をとらえたドキュメンタリー。毅然とした祖母の生き方への温かい眼差しと、子役たちへのユーモアあふれる演技指導ぶりなど、監督の素顔を知ることができて貴重だ。

091129-01.jpgジブリル・ジオップ・マンベティ監督 
 今年のナントは例年に比べて寒さが厳しい。24、25日と青空に恵まれたが最高気温は5度。週末は最低気温が氷点下になり雪の予報だ。

 25日になって映画祭会場は徐々に込み始めた。ナントに住む友人は「今年は事前のPRがほとんどなく、どうしたのかな、と思っていた。今週に入ってからようやくラジオなどでPRが始まった」と話していた。少しホッとしていたら、カトロザ前の路上に、新しいPRを発見した。道路標識に見せかけて白い文字で「32eMe Festival Des 3 Continents」と描かれていた。足元にまで注意が及ぶかどうか心配だが、努力は買おう。

091129-04.jpg新たに路上に登場した映画祭のPR文字(カトロザ前)
(桂 直之)

(1)心の叫び響く「川の抱擁」

2010/11/26

 11月23日深夜、成田を発って、今年も西フランスの古都ナントで開かれている3大陸映画祭(11月23-30日)にやってきた。16度目の訪問になる。

091129map.jpg アジア、アフリカ、中南米の3大陸に絞った作品だけを提供し続けるユニークな映画祭も、今年で32回となる。今年はコンペティション部門9作品(フィクション7、ドキュメンタリー2)、招待作10本のほか、「中国第6世代を見る」12本、11カ国の「政治的な映画」12本、セネガルのジブリル・ジオップ・マンベティ監督とウズベキスタンのアリ・ハムラーエフ監督の業績を振り返るなどの特集が組まれ、盛りだくさんの内容だ。会期中、3つの映画館の5スクリーンを中心に119本が上映される。

 成田から約19時間の旅。時差がマイナス8時間のためパリ着は22日早朝4時過ぎ。6時25分発のナント行き新幹線(TGV)で24日午前9時前に到着。同日朝から映画を見始めた。初日はコンペ部門のコロンビア、招待作のタイ、特集の中国、セネガル、ウズベキスタンと多彩な内容とお国柄の作品5本を見た。

 コンペ部門の「川の抱擁」(2010年、一部1972年)は、コロンビアの西部から北に向かって流れ、カリブ海に注ぐマグダレーナ川が舞台にしたドキュメンタリー。マグダレーナ川は深い流れで人間を死に追いやるが、川辺の人々は、土俗的宗教の畏れも手伝って、それを受け入れながら生きている。

 ニコラ・リンコン・ギレ監督(37)は、そんな状況を叙情性も加味(特に宗教的なシーンでの静けさ)しながら描くが、息子と兄弟を失った女性の率直な声を契機に、宗教的なものの枠を超えた「心の叫び」が見る者の心を刺す。

 中国第6世代特集ではチャン・ジウ監督「西洋ナシ」(2010年)を見た。若い夫婦は村に新居を建築中だったが、資金不足で完成させられないうちに、妻が出て行ってしまう。夫は妻が好きだった西洋ナシを収穫するたびに彼女を思い出し、とうとう彼女に会いに行く。彼女は町の遊技場で働いていた。収穫した西洋ナシを籠いっぱいにして毎日、自転車で通う夫。彼を嫌がるでもない妻。彼の遊び仲間が妻を相手に選ぶことが重なっても、黙々と西洋ナシを持って通い続ける。この2人に明日はあるのだろうか?

 中国の第6世代とは、チェン・カイコー(「黄色い大地」「さらば、わが愛-覇王別姫」「北京ヴァイオリン」)、チャン・イーモウ(「紅いコーリャン」「初恋のきた道」「HERO」)らに代表される第5世代(北京電影学院一期生、教条主義を廃し、力強い映像で衝撃を与えた)に続く、1960年代生まれ以降を指す。第5世代に比べると、より個人的で、地方都市を舞台に現代中国の若者の不安と焦燥感を描き出している。過ぎ去った時代よりも、今を生きる人間模様に強い関心を示していて、第5世代への異議申し立てが出発点と言えなくもない。

 「西洋ナシ」では、村でもモダンな住宅が求められるものの、現実には実現する可能性が少ない中で、都市生活者でない若い2人の生きざまの危うさが描かれる。ナシを届ける以外、もっと実入りのある仕事に就くわけでもない夫。妻も夫と縁を切って自立しようとしているわけでもない。この視点はまさに都市生活者そのものなのだが...。妻が妊娠し、ラストシーンは切られたナシの木を見詰めながら、赤ちゃんをあやす夫の姿が映し出される。少なくともナシを届ける必要性はなくなったようだ。

 都市生活者として"失格"であったとしても、お互いを思い遣る気持ちだけはなくさなかった。起伏の少ない展開にもかかわらず、静かな眼差しで描き切ったところが良かった。

 招待作の「ありふれた歴史」(2009年)は、交通事故で下半身マヒになった少年と、若い男性看護師を中心に、少年の父親との関係も描きながら、根源的な「生」に迫ろうとした意欲作。タイのアノーチャ・マイ監督(34)は、少年と父親を含む家族が「誰もが魂の抜けたような」と看護師に嘆かせる中で、実はそうではないことを根気よく"証明"していく。少年は看護師によって心が開放されるが、そこから宇宙と人間との関係にまで発展、ラストは帝王切開で誕生する赤ん坊へとつながる。人間を楽観的に信じるのか、その逆なのかは見る人に宿題として残された。視覚的映像は新鮮で圧倒させたが、やや意識が先行しすぎたようにも感じられた。


091129-01.jpg看護師は少年の心を開放する(「ありふれた歴史」より)
 ウズベキスタンのアリ・ハムラーエフ監督(73)特集では「7発目の銃弾」(1972年)を見た。1920年代、中央アジアもソビエト政権下に置かれてはいたものの、反革命派との抗争が続いていた。彼らを一掃すべく民兵隊長が単身で反革命派の懐に飛び込む。タイトルとなった7発目の銃弾は、隊長がもしもの時にと帽子に隠し持っていた銃弾のこと。回転式拳銃を撃ち果たしていたが、反革命派のリーダーを、この1発で仕留める。男気のある隊長の活躍ぶりはハリウッドのウエスタン並み。中央アジアの広大な自然、馬を使った攻防など、政治的背景を知らなくとも十分に楽しめた。

  セネガルのジブリル・ジオップ・マンベティ監督の短編「正直者」(1994年)は2日に見る予定のデビュー作「コントラス・シティ」(1969年)などと一緒に紹介する。

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  新体制となって2年目、今後の方向性も含めて節目となる年だ。23日が祝日だったことから例年より1日早く到着、プログラムの進行も少し変わって、24日が実質のスタート日。例年のにぎわいを予想していたら、意外に静かなのには驚いた。コンペ作を上映するカトロザ2は6割の入り。初めてのことだ。大型ポスターの掲示はなく、赤いフラッグだけがメインストリートや広場になびいていた。

091129-01.jpg紅葉をバックにした映画祭の赤いフラッグ
 今年のポスターはナントを象徴するロワール川を囲んで3大陸の主要都市がコラージュされている。ピラミッドやタージマハールなどの伝統的な建造物もあるが、大半は新しい高層ビル群が取り上げられている。東京は隅田川沿いのアサヒビールの金色のオブジェ付近だ。

091129-01.jpg第32回のポスター

 ポスターをベースにした上映開始時の映像はもっと象徴的だ。メイン会場のカトロザを出てきた人物が、ロワール川を望むと、水色の川面に次々と3大陸の都市が浮かびあるのだ。過去より新しいものへ-は、映画祭が抱える課題とも重なり合うように感じた。
(桂 直之)
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