(5完)映画のない国は存在しない
2011/12/02

祝福を受けるグランプリの富田監督
閉会式は28日午後7時半から、昨年と同じ市内中州にある国際会議場「シティ・コングレ」で行われた。
コンペ部門だが、ナント出身のジュール・ベルヌにちなんだ金の熱気球賞(グランプリ)は日本の「サウダーヂ」(富田克也監督=2011年)、銀の熱気球賞(準グランプリ)は中国の「人山人海」(蔡尚君監督=2011年)と、ともにアジアの作品が獲得した。
日本のグランプリ獲得は1990年の「ウンタマギルー」(高嶺剛監督=1989年)、1998年の「ワンダフルライフ」(是枝裕和監督=1998年)に次いで3作目。
富田監督は金色の熱気球トロフィーを手に、「映画発祥の地フランスに来て、あこがれていたナント3大陸映画祭の最高賞はうれしい」と、喜びを表現した。
審査員特別賞と観客賞(観賞後の観客投票で決定)はブラジルの「Girimunho(渦巻)」(ヘルヴェチオ・マリンとクラリサ・カンポリーナの共作=2011年)が受賞した。地元紙「ウエスト・フランス」は翌朝、「映画のない国は存在しない」との見出しで閉会式の様子を報じた。

「サウダーヂ」は、富田監督の出身地甲府市が舞台。中心街がシャッター通り化し、閉塞感漂う中、工事現場で働く若者、日系ブラジル人移民、タイ人ら出稼ぎアジア人たちが、それぞれのグループを形成しながら複雑に絡み合い、いろいろな問題が顕在化してくる。
建設業にもリストラの波が襲い、かろうじて均衡が保たれていた人種を超えたコミュニティーもゆがんでくる。日本に心を残しながら帰国していく移民たち、日本での稼ぎにしがみつくしかない出稼ぎの人たちに対して、日本人は...。逃げ帰る所はなく、「ここしかない」の必死さも希薄だ。目の前のことだけでやり過ごそうとしてしまう。だが、心は複雑に揺れる。日本はどうなってしまうのか、そんな富田監督のつぶやきが耳元に響く。
この状況は甲府だけではないのだが、自分の住むところは違う、と思って見る人もいるだろう。だが、ナントの審査員は、この問題点をしっかり受け止めた。人種問題も含んだエピソードの数々を、約3時間、丁寧に積み重ねことで、「今の日本を伝えたい」という監督の思いはストレートに伝わったようだ。カトロザでの上映では、熱い拍手が贈られた。
授賞式後に富田監督に会った。
-一番描きたかったことは。
「欧米が日本に抱いているイメージは、映画の作品としてでも現実でも、少し前の過去に固定されているのではないか。"今の日本"を知ってほしかった」
タイトルの「サウダーヂ」は、愛情の対象となる人や事象を喪失した際に感じる切なさなどの心の動きを意味するポルトガル語だ。
-どの段階で、このタイトルを?
「脚本づくりの途中では固まっていたが、最終的にはサウダーヂを実在する山王団地と言い間違うシーンがあって、これだ、と決めました」
-現実を描くのに普通の人を使ったのは。
「自分自身が映画づくりの資金を稼ぎながら週末に撮るというスタイル。1年間の下調べの中で人と出会い、構想を練った。出演者の中にはリストラで帰国する人も出てきたが、何とか仕事を見つけて残ってもらったケースも。こんなやり方でしかできない」
「映画祭でいい出会いがあったので、次の作品に向けて動き出したい」

準グランプリの「人山人海」は、弟を殺された兄が、復讐心から犯人を追って非合法炭鉱にたどりつく。そこでの過酷な労働を通して、兄の心は微妙に変化する。兄は復讐を遂げるのか...。
非合法炭鉱の描写が中国当局の検閲を受けていないことから、ベネチア映画祭コンペ部門でサプライズ上映され、銀獅子賞(監督賞)を受賞した作品。炭鉱での過酷な状況の丹念な描写は観客を圧倒し、意外な結末へと連なる兄の心の動きから目が離せなかった。中国映画の底力を感じた。観客も準グランプリ受賞を沸き上がる拍手でたたえた。
審査員特別賞と観客賞の「Girimunho」は、死を自然に受け入れようとする高齢者の暮らしぶりが描かれるが、日程の関係で見ることはできなかった。
新体制となった一昨年から、"節約"が第一目標になって女優、男優、監督賞などの各賞はなくなった。審査員が選ぶのはグランプリ、準グランプリの2つだけ。昨年も感じたが、審査の過程でいいものがあれば、別の賞を復活する気概が欲しいと思った。
閉会式前の時間を利用して、イランのアミール・ナデリ監督が、日本を舞台に日本人俳優を使って、映画への熱い想いを表明した「Cut」(2011年)を見た。

殴られた秀二を気遣う陽子=「Cut」より
妥協を許さない映画作家の秀二(西島秀俊)は、彼を支援してくれていた兄が殺され、ヤクザに多額の借金を背負うことになる。殴られ屋で返済しようとする秀二を、組事務所のバーテンダー陽子(常盤貴子)は陰ながら支える。期限前日、1日で約400万円を稼ぎ出さなければならない。自分の愛する作品を思う浮かべることで耐え続ける秀二だが...。
今年のベネチア映画祭オリゾンティ部門のオープニングを飾った作品。
ナデリはアッバス・キアロスタミ監督作品で脚本を担当、3大陸映画祭では1986年に「駆ける少年」、1989年に「水、風、砂」で2度グランプリを獲得している。
2005年、東京フィルメックスで審査員だった西島とナデリ監督が出会ったことが、この作品を生むきっかけとなった。監督は殴られるシーンを省略することなく執ように描く。「7年間待っていた」言う西島の演技もすさまじい。殊に最終日の100発を、愛する100本のタイトルと重ね合わせるシーンは、ここまでやるのかと思わせる。それだけに「真の娯楽であり、芸術である!」はずの映画の、娯楽本位に傾いた現状への"殴り込み"ともいえる。秀二が黒澤明、小津安二郎、溝口健二の墓を訪れ、映画の在り方を自問するシーンも印象的だった。
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新体制で3年目の採点も、辛くしか付けられない。事前PRはラジオと大型ポスターで昨年よりは改善され、週末は入場者でいっぱいになった。うれしい光景だった。日活100周年特集は楽しかった。特に活動弁士つきのサイレント上映はなかなか出合えないだけに、中心部から離れた会場で行われても、フランス人の好奇心を刺激したのか、大盛況だった。だが、映画祭が目的の1つにしている町おこしの側面は後退感がぬぐえず、閉会式での会場と壇上とが一体となった高揚感は感じられなかった。課題は持ち越された。
(4)活劇の魅力「剣の出自」
2011/12/01
27日はコンペ作品から中国の「剣の出自」とフィリピンの「魚の寓話(ぐうわ)」を見た。クリスマスを控えた週末とあって、この時期恒例のマルシェには人が集まり、映画館も前日(土曜日)に負けない観客で賑わった。

腕試しのつもりが追い払われそうになるリャン(右)
=「剣の出自」より
「剣の出自」(2011年)は日本の海賊、倭寇(わこう)に脅かされていた16世紀の中国明朝が舞台。南部沿岸の町、開城には4つの武術流派があり、腕試ししたい者は、このいずれかを訪れることになっていた。ある日、リャン(ユエ・チェンウェイ)という若者が仲間とともに、ある流派の門をたたいたが、腕試しどころか、仲間は捕らわれ、彼も命を付けねらわれる。
彼の使っていた剣が倭寇の剣だと見なされたためだ。
一方、山中に隠棲していた剣客シウは、リャンのうわさを聞いて、町に出て、彼と対決する。リャンの剣が倭寇のものでなく、中国のある部隊が使っていた剣であることを人々に知らせ、誤解を解く。
リャンは孤独な戦いを強いられるが、悲壮感はなく、歌舞の女性も巻き込みながらコミカルさも盛り込んで展開する。徐浩峰監督は、剣劇を様式美にのせて華麗に見せる一方で、倭寇の刀というだけで過剰に反応する武術家たちの右往左往ぶりもあぶり出す。無条件に楽しめる。黒澤明監督やカンフー(武侠活劇)をアートにしたキン・フー監督にならって、活劇ジャンルを復活させたい、そんな監督の意欲が伝わってきた。

「魚の寓話」(2011年)は、マニラの"ごみの郊外"といわれるスラム街に住むことになった、ミゲル、リナ夫妻の物語。2人は50歳になっているが、リナは子どもを生みたいと切望していた。そんな中、彼女は妊娠、出産を心待ちにする。ある洪水の夜、家が浸水、彼女は水に浸かりながら産気づき、水中へ産み落としてしまう。慌てる助産婦が、すくい上げたのは、何と魚だった。
彼女は、この魚を神からの授かりもの、息子として育て始める。夫は妻の気持ちが分からず、この魚を川に放そうとするのだが...。
巨大なごみの山は終日くすぶり続け、熱を持っている。そこに分け入ってリサイクルできる物を探すことで生計を立てる人たち。アドロフ・ボリナガ・アリックスJr監督(33)は、過酷な生活ぶりを鮮やかなフレーミングで切り取りながら、そこに生きる人たちが決して、人生に負けてばかりいないことを描き出す。
リナが乳母車に魚を乗せ、水族館を訪ねるシーンがジーンとさせる。ドーム状の水槽をくぐって、リナは自身も息子とともに魚になったように感じ、じっとそこにとどまるのだ。愛する対象は、人間なら人間、というだけではない。何であれ、その対象とはなりえる。が、それを認めたくない人間もいるのが現実だろう。終わった後、盛んな拍手が続いた。
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日曜日、マルシェが出店した広場はどこも大にぎわい。1㍍以上ある高下駄を長いズボンで隠し、愛きょうを振りまくのっぽの天使(?)の出現には、大人も子どももビックリ。すぐ人だかりができた。移動型のメリーゴーランドも登場して、子どもたちも大はしゃぎ。大人たちはカフェへ。ビールやワインでのどを潤しながら夜遅くまで語り続けていた。
天使が出現!? そののっぽぶりにびっくり!=パレ・ロワイヤル
(3)日本の縮図を描出「サウダーヂ」
2011/11/29
26日はコンペ作品の日本「サウダーヂ」、タイ「p-047」、中国「人山人海」の3本と日活100周年特集の2本を見た。
スコップをふるい続けるだけでは何も変わらない(「サウダーヂ」)
土方(建設労働者)のベテラン精司は、派遣でやってきたヒップホップのリーダーたちと、今日も現場で汗を流すが、経済状況を反映して現場はどんどん減っていく。コスメシャンの妻は、現状からのレベルアップを求めて怪しげな商法に巻き込まれていく。一方の精司はパブのタイ人ホステス、ミャオの素朴さにひかれ、のめり込んでいく。
まだ見ぬタイに「懐かしさを感じる」という精司は、「一緒にタイへ行こう」と言うが、ミャオは、「タイに戻ったって暮らしていけない。日本国を選んで日本で稼ぐ」と拒む。
ヒップホップのリーダーは、かつての恋人の上昇志向に巻き込まれ、日系ブラジル人たちのグループに対抗意識を燃やし、とうとう殺人にまで至る。現実を直視することから逃げようとようとする男に比べ、女はすこぶる現実的だ。
タイトルの「サウダーヂ」はポルトガル語。愛情を持つ人物や事象が壊れたり、失われたりした時に、その人物や事象を思い浮かべたときに感じる、優しさや切なさなどを含む心の動きを指す。甲府に住む人たちにとって、立場や国柄、それぞれの「思い」があるはずなのだが、それは同一のものではない。むしろ違っているのだろうが、現実にはそこのコミュニケーションは存在しない。

上映前にあいさつする富田克也監督(右から2人目)=カトロザ2
「p-047」は、他人の家に侵入して、痕跡を残さないまま、ひととき別の世界を夢想する錠前屋リーと作家コングたちの、現実と夢想との行き来を描く。2人は侵入先で他人をかたってネット交信した結果、住人が戻ってきて、付き合わなくてもいい現実とぶつかってしまう。別の都会"喪失者"の若者2人は、森の中で豪雨に遭い、相手を思いやる中で所有と喪失の双方を同時に味わう。リーはタイへの旅立ちに夢の実現をかけるのだが...。コグディ・ヤツランラスメ監督は、現実に根付かぬ若者たちの浮遊感を鮮やかに切り取っている。

「人山人海」の蔡尚君監督
日活100周年特集は、サイレントの「長恨」(1926年、伊藤大輔監督)と今回のポスターにもなった和製オペレッタ「鴛鴦(おしどり)歌合戦」(1939年、マキノ正博監督)を見た。
「長恨」は全9部作だが、フィルムが失われ、残っているのは第9部の15分だけ。勤王志士の壱岐一馬(大河内伝次郎)は、愛する女性を恋敵の弟と一緒に逃がしてやり、新撰組ら追っ手を引き受けての大立ち回り。サイレントだけに大河内の立ち回りは静かな舞いとも見え、地元の観客には今ひとつピンとこないようだった。澤登さんの活弁つきなら、おおいに盛り上がっただろうにと、残念に思った。
一方の「鴛鴦歌合戦」はというと、映画館全体がコミカルで明るい内容に触れて、ハミングも飛び出すほどの一体感に包まれた。
出だしから愉快だ。商家の娘、おとみ(服部富子)に若旦那たちが「おとみさ~ん、おとみちゃん、恋文の返事は いつくれる?」と合唱でくどくのに対し、商売に合わせて言い返し、「まっぴらよ」と駆け出す。片岡千恵蔵演じる浪人浅井に娘3人がさや当て、骨董好きの若殿(ディック・ミネ)と隣の浪人志村(志村喬)も絡まって、楽しい歌のオンパレード。最後は金より恋で、大団円。
マキノ監督は260本を超す作品を「早い、安い、ヒットする」の3拍子でつくったアイデア抜群の監督。この作品も、片岡が病気で入院したため、1日だけそれも2時間しか撮影できなかったが、フル出演したように見事に仕上げている。
片岡の歌声は吹き替えだが、服部は宝塚出身、ミネも歌手で見事な歌声を披露している。びっくりしたのが志村の美声、この映画の後、歌手デビューの話も出たという。明朗、快活な歌で見る者も幸せにする、それが和製オペレッタの真骨頂といったところか。
週末になって劇場には観客が集まり、長い列ができるようになった。
街はクリスマス商戦の装いも整い、プレゼント下見の人たちで終日ごった返した。この時期特有の"マルシェ(出店)"も登場。1~3坪程度の三角屋根の木造小屋で、クリスマス用品の小物から装身具、チョコやワインとさまざまなものが並ぶ。ナントの中心ロータリー、パレ・ロワイヤルには60近くが店開き、例年通り大型メリーゴーランドも登場し、大人も子どもの時間を忘れて楽しんでいた。カップルにはカフェが憩いの場、遅くまで込み合っていた。

クリスマス商戦で賑わう中央商店(奥にマルシェが見える)
(2)「生きる」ことに迫った「今日も心配なし」
2011/11/28
25日はコンペ作品ではアルゼンチンの「今日も心配なし」、台湾の「Honey PuPu」、スリランカの「トビウオ」、日活100周年特集では活動弁士、澤登翠さんによるサイレント作品2本と「幕末太陽傳」を見た。
「今日も心配なし」(2010年)は、アルゼンチンのさえない小さな町を舞台に、子どもと犬用の裁縫店をやっている若い姉妹を中心に、身近な人たちのつながりが丁寧描かれる。広がりはないが親密な関係性、それだからこそ人々は安んじて生きている。
と、ここで終わっていれば、題名通りだったのだが、イヴァン・ファンド監督(27)は一ひねりする。2部構成の後半は、撮影カメラが堂々と画面に登場し、前半の登場人物よりも、より周辺の一般の人たちに比重が置かれて、人々のつながりが描かれる。
監督はフィクションの世界での"きれい事"でなく、現実世界での普通の人々の生き様を重ね合わせることで、より「生きる」ことに迫ったといえる。ただ、見る側の気持ちが、監督の意図通りにすんなり流れていったどうか、そこで評価が分かれるだろう。僕自身は、後半に違和感を持ったので、最後まで見続けるのがややつらかった。
「Honey PuPu」(2011年)では、台北を舞台に大人たちと距離をおいて、ネットの持つあいまいな世界に"逃げ込む"若者たちが描かれる。ホン・イーチェン監督はネット上の愛称で結び付いた若者たちが、ネット社会を引きずりながらも現実世界でも生きていかなければならないことをあぶり出す。ネット交信はCGを使って目を見張らせ、情景説明にはバッハ、モーツアルト、ベートーベンらのクラシックをぴったりと当てはめたかと思えば、ロックやカラオケも効果的に使うなどの演出は印象的だった。

ネット上のあいまいさを現実世界でもひきずる2人(「Honey PuPu」より)
上映前にあいさつする弁士の澤登翠さん=レ・グランドT
サイレント時代の当初は欧米でも前口上があり、作品が長くなるにつれ前説明に変わるが、日本では更なる長編化で1910年代から舞台左端の演壇で内容説明を行うようになる。歌舞伎、人形浄瑠璃の義太夫語りで、生身の語り手に慣れていた日本では、役者よりも弁士が人気を競い合った。
澤登翠(さわと・みどり)さんは現代活弁の第一人者、溝口健二監督の「東京行進曲」(1929年)と伊藤大輔監督の「御誂(おあつらえ)次郎吉格子」(1931年)を熱演した。
中心部の映画館でなく郊外のコンベンション会館で開かれたが、多くの観客が訪れた。澤登さんは、「あこがれていたナントの映画祭で、尊敬する溝口、伊藤両監督の作品をやることができて幸せです」とあいさつ。フルートとギター・三味線をバックに、テンポ良く語っていけば、ピントがやや甘い画面も輝き始め、会場全体が熱気を持った。
「東京行進曲」は1人の女性を巡っての親友同士、父親との葛藤を描いたもの。澤登さんは「ここだけですよ」と断りながら主題歌「東京行進曲」も歌った。

場面をより彷彿とさせたフルート、ギター・三味線の伴奏
日活特集のもう1本は「幕末太陽傳」(1957年)。幕末の品川宿を舞台に、お調子者だがちゃっかりしている佐平次(フランキー堺)を中心に女郎(左幸子、南田洋子)、高杉晋作(石原裕次郎)らの人間模様が描かれる。
落語の「居残り佐平次」に郭噺(くるわばなし)の「品川心中」「三枚起請」などを組み合わせたものだが、川島雄三監督のリズムカルでメリハリのある演出で、あれよあれよと引き込まれる。フランキーの無駄のない、切れのいい演技も出色。コミカルなのだが、後半にかけては佐平次のせき(結核?)が暗い影を落とし始める。幕末期、日常が死と隣り合わせだった、ということにも気付かされる。何度見ても味のある、忘れがたい作品だ。
今年のナントは例年より暖かい。着いた24日以降、最高気温は10度前後。晴れ間はほとんどないが、日中はダウンのコートだと暑いぐらい。映画の合間の散歩にはぴったりだ。
本、DVD、音響機器、カメラを扱うfnacを毎年のぞくのだが、今年は「Manga」の大型コーナーが新設されていてびっくりした。フランスでは以前から日本のコミックが大人気で、朝のTV放送だけでなくパリでは専門店があってにぎわっているのを知っていたが、ナントでこれほどとは思わなかった。友達の子どもたちに聞くと「ワンピース」「NARUTO」が大人気だという。

fnacの新設された「Manga」コーナー
(1)日活100周年 特集で26本上映
2011/11/28
11月23日夜、成田を発って、西フランスの古都ナントで開かれている第33回3大陸映画祭(11月22-29日)にやってきた。17度目の訪問になる。
映画祭はアジア、アフリカ、中南米の3大陸に絞った作品だけを提供し続けるユニークなもの。今年はコンペティション部門10作品(全てフィクション)、招待作10本のほか、「日活100周年」でサイレント作品からロマンポルノまでの26本、メキシコのアルトゥール・リプスタイン監督とインドのマニ・カウル監督の業績を振り返るなどの特集が組まれ、盛りだくさんの内容だ。会期中、中心街の3つの映画館(7スクリーン)と郊外の新たな3会場で91本が上映される。
仙台から約19時間の旅。時差がマイナス8時間のためパリ着は24日早朝4時過ぎ。もやに包まれていたものの、意外に暖かくて10度だった。新幹線(TGV)のナント行き始発で午前9時前に到着。10時から映画を見始めた。初日はコンペ部門のイスラエル、招待作のインド、日活特集の3作品を見た。
朝からコンペ作品を見ようと列をつくる市民たち(カトロザ前)だが、イスラエル社会にも社会的な不平等と物価高による生活苦が強まり、この事態を糾弾しようという動きも出てくる。後半は、ヤロンが想定しない、感情的で社会性が未熟なグループが、富豪の結婚式を襲い、人質を取って立てこもる。ヤロンたちに制圧命令が出され、彼らは黙々と務めを果たすのだが、同胞を撃った彼らの心も傷つかないではいられなかった。
テロ対策班の生活の全てが任務に近いという前半と同じくらい、普通に暮らしていた人たちの襲撃に至る過程も丁寧に描かれる。それだけにラストの制圧場面は心の迷いを振り切るだけの、パワフルで大胆なものとなっている。
招待作の「Chatrak(マッシュルーム)」(2011年)は、スリランカ生まれのヴィムクティ・ジャヤスンダラ監督(44)が、自然との人間の関係を暗示的に描いていて考えさせられる。カンヌ映画祭の監督週間出品作だ。
カルカッタ生まれの建築家ラフルは、中東のドバイでキャリアを積むために大きな事業に携わっていた。そこに恋人のパオリが訪ねてきて、彼の兄が狂気にとりつかれ、森の樹木の中で暮らしている、と伝える。帰国したラルフは何とか兄を捜し出すのだが...。
ドバイの先端都市と、まだまだ森に囲まれたインド。人びとの大半は緑や土地と離れても生きている。生きていけると思っている。しかし、本当にそれで人間は平静を保っているのだろうか。
ジャヤスンダラ監督は2005年、処女作「見捨てられた土地」でカンヌ映画祭のカメラドールを受賞している。中央政府と「タミルの虎」との内戦が停戦中(2002-08年)のスリランカの小さな村を舞台に、家族でありながら疎外感を感じ、希望を持てないで生きる人たちを、美しい自然と対比させて描き、強烈な印象を与えた。
2009年には、「2つの世界の間で」がベネチア映画祭コンペ部門にノミネートされている。
日活100周年は石原裕次郎主演の「錆びたナイフ」(1958年、舛田利雄監督)を見た。恋人に暴行した組員を殺害したことで服役、出所後はバーテンとして地道に暮らしていた男(石原)は、かつての仲間が組長を市議会議長殺しで脅迫したことから、その生活が狂ってくる。放送記者をしている市議会議長の娘(北原三枝)から暴力団追放への協力を依頼されるが断るものの、弟分(小林旭)を殺され、恋人への暴行も陰で組長が動いていたことが分かり、組長を追い詰める。だが、もっと大きな悪が控えていた...。ヒット歌謡曲をテーマに映画化されたものの1つ。
今から見れば、随分と荒っぽい展開だが、テンポが良く、石原、小林、宍戸錠ら(本当に若い!)が、演技というより若さでぶつかっているのが気持ちいい。北原のまっすぐ過ぎるお嬢さんぷりも見所の1つだろう。
石原裕次郎と北原三枝(「錆びたナイフ」より)
第33回のポスター(「鴛鴦歌合戦」の1場面)