シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(5完)逆境に生きる/グランプリ、観客賞に「三姉妹~雲南の子」

2012/11/30

 閉会式は26日午後7時半から、昨年と同じロワール川中州にある国際会議場「シティ・コングレ」で開かれ、コロンビア映画「LA PLAYADC」(2012年、ブラジル・コロンビア・仏合作、ファン・アンドレス・アランゴ監督)を上映後、受賞作が次々と発表された。

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祝福を受けるグランプリのワン・ビン監督 

コンペ部門だが、中国のドキュメンタリー「三姉妹~雲南の子」(ワン・ビン監督=香港・仏合作、2012年)がナント出身のジュール・ベルヌにちなんだ金の熱気球賞(グランプリ)と観客賞(観賞後の観客投票で決定)をダブル受賞、アルゼンチンの「BEAUTY」(ダニエラ・セギアロ監督=2012年)が銀の熱気球賞(準グランプリ)を獲得した。
 
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 銀の熱気球トロフィーを手にほほえむダニエラ・セギアロ監督

 ワン・ビン監督は3部作、9時間に及ぶドキュメンタリー「鉄西区」で2003年、山形国際ドキュメンタリー映画祭と、ここ3大陸映画祭でともにグランプリに輝いている。日本の約6時間に及ぶドキュメンタリー「演劇1・2」(想田和弘監督=2012年)が若い審査員賞、韓国の「眠れない夜」(チャン・ゴンジェ監督=2012年)が審査員特別賞を受賞した。

 地元紙「ウエスト・フランス」は翌朝、「ワン・ビン監督、2度目のグランプリ」の見出しで閉会式の様子を報じた。

 「三姉妹~雲南の子」は、中国市西南部、雲南州の標高3,200メートルにある寒村を舞台に、父親が出稼ぎに出て、残された幼い姉妹3人(6~2歳)が厳しい環境にも負けず自活するさまを描いたドキュメンタリー。3人は、近くに住む祖父や伯母の放牧や農作業を手伝い、食事は一緒にするものの、それ以外は3人だけで生活する。着の身着のまま、靴には穴があいていても、泣き言も言わない。子どもの愛らしさはなく、下の2人は女の子にも見えない。

 特に前半のシーンでは3人の子どもたちに厳しい状況ばかりが続き、ワン・ビン監督は「何を撮りたくてカメラを回しているのだろう」と疑問に感じたほどだった。ただ、そこには哀れみはなく、自らが生き、助け合う3人の姿勢への強い共感がうかがえたことから、約2時間半、最後まで見続けたのだった。

 終盤、父親が帰ってきて、祖父たちも交えての久しぶりの団らん。ファミリーの温もりがジワッと伝わってきた。新しい服と靴を素直に喜ぶ3人。父親は子どもたちを働いている町に連れて行こうと考えるが、経済的な理由から長女だけは置いていかなければならなくなる...。

 生きることのたくましさとは、肩肘を張ったものではなく、自らやらなければならないことを、他人に頼らずにやっていくことだ、という当たり前のことを教えられる。この当たり前が今や当たり前でなくなっている。経済格差、地域格差をあえて突いているわけではなく、都市部では忘れかけているものを、山間の寒村で、しかも幼い子どもの中に見いだしたことに多くの観客は共感したのだろう。観客賞受賞に監督は「驚いた」と話したが、もっともな評価だったと思う。

 準グランプリの「BEAUTY」は、アルゼンチンの先住民出身ながら、親元を離れて白人家庭で生活する若い娘を通して、何が「美しいもの」「伝えていくもの」なのかを問う作品。ダニエラ・セギアロ監督は、長編第1作となるこの作品で、母親との回想や月、樹木などのシーンに母国語を重ねるという穏やかな演出で、土着の起源を伝えたところが評価されたようだ。

 審査員特別賞の「眠れぬ夜」は、30代半ばのカップルを通して、「自分の人生を楽しみたい」のに鬱屈を感じている韓国の現代世相を切り取っている。核家族化、少子化のジワジワとした進行は、韓国でなくとも身近な問題。チャン・ゴンジェ監督は、同年代の主演カップルと共有できるエピソードを積み上げることで、若者の「確固たる不満はないが、大きな希望もない」という現状をさりげなく、でも具体的に提示したところが出色だった。
 
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審査員特別賞のチャン・ゴンジェ監督

 若い審査員賞の「演劇1・2」は劇作家で演出家の平田オリザ(50)の世界を描いたドキュメンタリー2部作。「演劇1」では、平田演劇の哲学や方法論を「平田オリザの世界」として、「演劇2」では芸術と社会との関係を「平田オリザと世界」として描いたものといえる。

 ニューヨーク在住の想田監督は2000年、2006年、平田オリザのニューヨーク公演に出合い、ち密な計算とたゆまぬ練習の上に成立した演劇は、観たままの世界を切り取る自らの観察映画にも通じると感じ、2008年から平田に密着、断続的に延べ60日、300時間を超えて撮影した。編集段階で1本にはまとめきれないと分かり、2部作になったという。

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若い審査員賞の想田和弘監督 

 若い審査員たちは、「ワークショップでの演劇理論、海外公演などの場面に魅了された」と評価した。

 僕にとっても、ワークショップで平田が明快な説明で演劇の世界へと生徒たちを導くシーンは印象的だった。さらに、目指す演劇にどん欲に迫ろうとする平田の気迫を、つかの間の仮眠をいびき付きで挿入するセンス、平田演劇の全体像を切り取ろうと格闘した監督パワーにも圧倒された。カトロザでの上映では、約6時間という上映時間に恐れをなしたのか観客は半分ほどの入りだったが、見終わった人たちは一斉に拍手をしていた。

 授賞式後に想田監督に会った。

 -若い人たちの評価をどう感じましたか。
 「若い人が理解してくれたことは、私も望んでいたことなので大変うれしい」
 
 -十分グランプリに値する内容だったと思うが。
 「長いということで敬遠された面はあったかもしれないが、見てもらえれば、伝えたいことは分かると思っていた。若い人たちに評価されたことで満足だ」

 -平田演劇を描くために苦労した点は。
 「映画の中で平田さん自身が映画と演劇は違うと説明している。そこを乗り越えて平田演劇の全体像を伝えられるか、という点では悩み、2部作になってしまった」

 閉会式後のパーティーでは相米慎二監督特集でナントを訪れていた榎戸耕史監督とも話をする機会があった。相米監督とは「ションベン・ライダー」「台風クラブ」「ラブホテル」の3作で助監督としてコンビを組んだ。映画祭の印象を尋ねたところ「映画が長い歴史として街に息づいていることを感じた。ナントにほれ込んでしまった。相米監督が生きているうちにぜひ来たかった」と感慨深げに話してくれた。

 前日見た「セーラー服と機関銃」を話題にしたら、完成後に角川春樹オーナーと相米監督と3人だけの試写会でのエピソードを披露してくれた。見終わった後、角川オーナーから「角川映画らしくないけど上出来」と言ってもらったという。「角川さんはつくる映画を自分の型に入れようとすると見られていたが、ちゃんと評価できる人だった」

 閉会式前の時間を利用して、コンペ作品のインド映画「ID」(20012年)と「都市に生きる」特集の1つ「お早よう」(小津安二郎監督=1959年)を見た。

 「ID」はムンバイでマーケティングの仕事に就く若い女性が、壁を塗り替えにきた作業員の病死に遭い、理不尽ながらも携帯電話で撮影した彼の写真を手掛かりに身元探しに奔走する。カマル・K・M監督は、大都市の人と人との関係のあいまいさを、見知らぬ男の死に立ち会うという設定で浮き立たせ、"現代の最新武器"すらも、結局は役に立たないということを痛烈に指摘している。

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受賞者・審査員らが勢揃い。右端には榎戸耕史監督の姿も
            
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閉会式の様子を伝える「ウエスト・フランス」

 今回はプログラム構成が変わり、閉会式当日もコンペ作品の上映が行われた。このため上映2日目に訪れると、コンペ作品何本かを見逃すことになるのだが、今回は11本すべてを見ることができた。とはいえ、一方で特集映画を楽しむことができなかった。殊に今回は相米慎二、香港ノワールを中心としたミルキーウェイ作品、「都市に暮らす」がテーマの3つの魅力的な特集がラインアップされていた。コンペ作品が「演劇1・2」の6時間、「三姉妹~雲南の子」の2時間半という長編があったことも、数多くの作品を見る機会を失わせた。招待作の黒沢清監督「贖罪」もコンペ優先で見ることができなかった。何とも悩ましい。ただ、ラインナップが充実していたことは成果だったと思う。来年はどういう構成になるのか楽しみだ。
(桂 直之)

(4)若い世代の素顔切り取る/眠れぬ夜

2012/11/29

 25日はコンペ作品から韓国「眠れぬ夜」、メキシコ「MAI MORIRE」の2本、相米慎二監督特集から「セーラー服と機関銃」を見た。久しぶりに晴れ上がり、商店街、マルシェには子ども連れの人が集まり、映画館も前日(土曜日)に負けない観客で賑わった。

 「眠れぬ夜」(2012年)は、30代半ばの結婚2年目を迎えるカップルを通して、現代の韓国の若者が抱える鬱屈をさりげなく切り取った作品。
夫は加工場勤務、妻はヨガのインストラクター。仕事帰りはお互い待ち合わせて一緒に自転車で、休日はワインを飲みながらテレビを楽しむ。何も問題がないカップルなのだが、夫は無給での休日出勤を求められ、妻は母から「そろそろ子どもを」と迫られているうちに、妻の自転車が盗まれたことを契機に言い争いをしてしまう...。

 チャン・ゴンジュ監督(35)は、「韓国でも核家族化、少子化が進行している中、若者たちは確固たる不満もないが、大きな希望も持てないでいる。そこを具体的なエピソードで描いてみたかった」という。カップル役は監督と同年配だけに、共有できるエピソードから積み上げていき、監督の自宅を使うなど経費を切りつめながら約3カ月で撮り上げたという。

 監督にとって、この作品は長編2作目で、韓国の全州国際映画祭でグランプリと観客賞を獲得、今年の東京国際映画祭アジアの風部門にもノミネートされた。
幸せなはずのカップルが、手放しで幸せと言えない、何とも言えないもどかしさを、決して押しつけずに、誰もが納得するようなエピソードの積み重ねで伝えているところがにくい。

12_001.jpg【写真】夫のつくった食事を仲良くたべる2人(「眠れぬ夜」より)


「MAI MORIRE」(2012年)は、メキシコシティ内の行政区の1つ、アステカ以来の伝統色が強いソチミルコを舞台に、老女たちが伝統を引き継ぎながらも、工業化での便利さを柔軟に受け入れて暮らしているさまを描く。

 エンリケ・リベロ監督(36)は、2008年にメキシコシティにある高級住宅を30年にわたって管理してきた初老の男が、住宅が売りに出されたことで人生の分岐点に立った時の生きざまを描いた「パーク・ビア」で、三大陸映画祭のグランプリを獲得している。フィクションだが、登場人物のリアルな描写は限りなくドキュメンタリーに近く、そのリアルさで、屋敷を出る当日、彼が自分の中に隠していた本心を凶暴な形で出すシーンも納得させた演出が印象的だった。

 今回の「MAI MORIRE」でも、死が近い母を世話し、100歳の誕生パーティーを準備するために戻ってきた中年女性を軸にドキュメンタリータッチで展開する。

 ソチミルコは縦横に運河が行き交い、沼に浮かぶ農地(チナンバ)での農耕で先史以来から生計を立ててきた地域で、「花の野の地」を意味する。今は巨大化するメキシコシティに取り込まれているが、独特の雰囲気を今に伝えていて、ユネスコの世界遺産にも登録されている。

 冒頭の朝もやの中に広がる運河の光景から目を奪われる。監督は、この美しい光景とともに工業化が浸透するさまを、小舟で出かけた老女の足元が、裸足から自慢げな靴へのアップに変わるなどの表現で、田舎の老女たちの、柔軟な暮らしぶりをも描き出す。そして、このシンプルな老女たちの生き様を、将来の世代は受け継いでいけるのだろうか、と問い掛けているのだ。


 相米慎二特集の「セーラー服と機関銃」(1981年)は、当時17歳の薬師丸ひろ子を主演に据えたアイドル映画。当時、彼女がラストで歌う主題歌とともに大ヒットを記録した。

 相米監督にとっては監督第2作。女子高校生がヤクザの組長になるという破天荒な設定の赤川次郎原作を映画化したもので、当時30代半ばで、若者に遠慮しながら見た記憶は、映画の展開としてはやや平凡だったものの、不思議な味わいの作品だったというものだ。

 今回、31年ぶりに見直してみて、大いに楽しんだ。ヒロインが大型クレーンにつり上げられてコンクリート漬けにされそうになったり、対抗組織の本部に乗り込んで機関銃を乱射して「カ・イ・カ・ン」とつぶやいたりなど、えっ本当、というシーンが続出するのだが、妙にシリアスで、監督の遠景でのカメラ長回しも生きていた。何よりアイドルとしての薬師丸が輝いていた。1980年代の東京の風景も今では懐かしい。

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【写真】当時17歳、薬師丸ひろ子の左頬に一筋の血(「セーラー服と機関銃」より)


 この日の上映では、黒沢清監督と相米監督とコンビを組んだ榎戸耕史さんがそろってあいさつするといううれしいハプニングがあった。榎戸さんは「相米監督が長回しを確立した作品。その分、スタッフは大変だった」と振り返った。
 この作品で撮影のアシスタントだった黒沢監督は、機関銃乱射シーンでの忘れられないエピソードを紹介してくれた。
 乱射シーンはハイスピード撮影され、薬師丸がガラスの破片でけがしないように、窓に近づきすぎたら「カット」と言うのが黒沢監督の役目だったそうだ。だが実際は、声を出さないでいて、ガラスの破片で薬師丸の頬に一筋の血が流れたが、そのまま公開された。「相米組とは長回しでのワンカットにかけていて、すごいカットが撮れれば満足という、そういう"狂信的"な集団だった。『カット』と言えなかったことを反省しつつ、映画の一番大切なことを学んだのが、このときだった」
 日曜日の朝一番の上映だったが、満席の観客は、2人のあいさつに大きな拍手で応えた。

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【写真】「セーラー服と機関銃」の上映前にエピソードを紹介する黒沢清監督。
左は相米監督と助監督で長くコンビを組んだ榎戸耕史さん(シネマトグラフで)  


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 日曜日、映画の合間を縫って、映画祭の通訳ボランティアとして知り合って以降、ナントを訪れるたびに交流をしている日本人女性の3家族と食事をともにした。「香港ノワールと相米さんの特集で10本以上見た」と話す家庭、関心がありながら仕事の関係などで1本も見ていないという家庭、とさまざまだったが、どの家庭も映画祭への関心は強い。そんなところに34回続いている映画祭の"伝統"があるのかもしれない。

 再び映画を見るための中心街への帰路、ナント市内で一番高い国際コミュニティーセンタービルの最上32階が特設カフェバー「nid(巣)」として開放されていると聞き、上ってみた。

 店名にちなみ巨大なコウノトリのオブジェがテーブル代わりに置かれていた。この日は暗くて見えなかったが、近くのビル何個所かの屋上には、コウノトリが産み落とした卵の跡が目玉焼き風に描かれているという。ここまで遊び心があるとまいってしまう。

 店外の通路からナント市街が一望できた。日曜日とあって子ども連れもたくさんいた。ライトアップされた大聖堂、トラム(路面電車)の線路や主要道沿いの街灯、マンション群から漏れる光などが一面に広がっていて素晴らしかった。センタービルはナントの景観を壊すと、僕は好きではなく、唯一、市内を歩き回っているときの目印になるだけと思っていたのだが、こんな景色に出合えるなら、よしとしなければならないだろう。


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【写真】国際コミュニティーセンター32階から見たナントの夜景

(桂 直之)

(3)反米、心のルーツ/メキシコ「リオ・デ・オロ」

2012/11/27

 

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アメリカ人を追って、山を駆け巡る先住民(「リオ・デ・オロ」より)

 24日はコンペ作品のメキシコ「リオ・デ・オロ」、中国「記憶が私を見る」の2本と相米慎二監督特集から「台風クラブ」を見た。

 「リオ・デ・オロ」(2012年、メキシコ・米合作)は、メキシコ北西部のアメリカと接するソノラ州を舞台に、先住民、アパッチ、アメリカ人たちが欲望と憎悪の中で争い、傷ついていくさまを、砂漠と山岳地帯の広大な景観を写し込みながら描く。

 メキシコは1936年、アングロサクソン系入植者の反乱でテキサスが独立、45年には米国に併合されるが、テキサスの領有を巡ってアメリカ・メキシコ戦争が起こり、その敗戦で48年にはテキサスだけでなくカリフォルニアも失った。この作品は、その後の1853年の姿を描く。

 平穏な入植者集団を問答無用に銃撃するアメリカ人、黄金を求めて孤独な旅を続ける男、先住民の集団も追い詰められ、一部はアメリカ人に反撃をする。社会的、民族的格差は大きい傷口となって、今も根強く続いている。言い換えると、それが今のメキシコ人の"闘争心"を支えているとも言えるかもしれない。

 パブロ・アンドレテ監督(40)は、それだけを主張しないで、砂漠に生き続けるサボテン、その花に集う虫たち、広大な山岳地帯を自由に飛び回る鳥たちのシーンを挟み込むことで、人間の欲望と憎悪の世界の小ささをあざ笑ってでもいるかのようだ。

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本当の家族の中から紡ぎ出される会話が心地よい(「記憶が私を見る」より)

 「記憶が私を見る」(2012年)はソン・ファン監督自身が主人公となって、南京に住む両親を訪ね、両親や親族らとの会話を通して1つの家族の姿を描き出したユニークな作品。まさにドキュメンタリーとフィクションの境界に立つ作品だ。家族間ならではの会話は、リズム良く展開されて心地いい。話題はありふれたものだが、健康や老いなどでは世代間の違いもあぶり出され、家族と自分の過去がどうで、現在にどうつながるかが、見る側にもすんなりと伝わってくる。

 監督と主人公という2つの立場を、微妙な距離感を保ちながら描き切ったところは長編第1作とは思えないほど。彼女は20歳までの家族との同居では接点が少なかったが、2年間の海外生活後に親密さを取り戻したこと、父親は消極的だったが、母親が撮影に同意してくれたことが、この作品を生むきっかけになったという。今年のロカルノ映画祭で最優秀新人監督賞を受賞、開幕中の東京フィルメックスではコンペ部門にノミネートされている。

 相米慎二監督特集は、ドキュメンタリーの「月山」とフィクション全13作品が集められた。版権の問題でDVD化されてない「雪の断章 情熱」(1985年)は貴重な出合いになるはずだったが、コンペ作品との関係で見ることができず、残念だった。

 「台風クラブ」(1985年)は、東京近郊の中学校を舞台に、台風の接近とともに自分でも説明のつかない感情に突き動かされて騒乱状態に陥る中学生たちの姿を通して、思春期の揺れ動くさまをクールに描いた青春映画。ヤクザの対立に巻き込まれて誘拐されたガキ大将を救出しようと、大人の論理に振り回されながらも奮闘する少年少女たちを描いた「ションベン・ライダー」(1983年)とともに、相米監督の思春期映画の代表作だ。

 冒頭の夜の学校プールのシーンから"過激"だ。泳ぎに来た女子生徒5人(工藤静香、大西結花ら)は、先に来ていた男子生徒を見つけてイタズラをし、おぼれ死に寸前にさせてしまう。台風が近づいていて、生徒たちは徐々におかしくなっていく。

 台風襲来当日に学校に残って閉じ込められた生徒たちは、暴風雨のなか全員裸になって踊り狂うのだが、相米監督のカメラを引いた長回しが、この世代の訳の分からず、しかも危うい感情の発露を見事にとらえていたと思う。

 中学校時代の世間・大人への反発や感情のストレートなぶつかり合いなど、もう遠い過去のものとなっていたものが、見ているうちに、当時の感覚のまま呼びさまされた気がした。映画館を出てみると、一転外は強風が吹き荒れていた。映画祭フラグがバタバタとはためき、引きちぎれて落ちてくるのでは、と心配したほどだった。そういえば中学生までは台風の襲来に訳もなく心が騒いだことも思い出した。

 上映前に、この作品の助監督だった榎戸耕史さんが、「撮影時は雨も風もなく、台風シーンをつくり出すのにスタッフが必死だった。ほとんど素人のような子どもたちだったが、みんな頑張った。そんなことを知って見てもらえるとうれしい」とあいさつ、盛んな拍手を浴びた。ただ、上映では、フィルムが古いこともあって10回近く上映が中断、そのたびに相米ワールドから現実に引き戻されたのは残念だった。

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クリスマス商戦で賑わうマルシェ(パレ・ロワイヤル)

 週末になって、クリスマス商戦の装いも整った街には、プレゼント下見の人たちがどっと繰り出した。この日も小雨が降り、夕方からは強い風が吹き荒れたが、夜遅くまで人々の姿が町中にあふれた。クリスマス用品の小物から装身具、チョコレートやワインとさまざまなものを扱う、この時期特有の"マルシェ(出店)"も店開きした。ナントの中心ロータリー、パレ・ロワイヤルには60近くが開店、日中からホットワインの甘い香りが周囲に漂った。

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週末になり、映画祭上映館前にも長い列ができた(カトロザ前)

(桂 直之)

(2)都市の不安 底流に格差の歴史/ブラジル「近隣の音」

2012/11/26

 23日はブラジルの「近隣の音」、アルゼンチンの「BEAUTY」、中国の「三姉妹」というコンペ作品ばかり3本を見た。

 「近隣の音」(2012年)は、ブラジル北西部の都市レシーフェの中間層が暮らすエリアが舞台。一日中、番犬の吠え声が響き、路上駐車の車がいたずらされるなど、住民は漠然とした治安不足に神経をとがらせ、近隣の音にどこかイラついていた。そんな中、警備会社が夜の見張りに乗り出し、さらにはマンション所有者からボディガードの依頼が飛び出す。治安に対する偏執症的な雰囲気は地域にまん延していく。

neighbors.jpg【写真】子どもに体をほぐされて一瞬、都市生活のストレスを忘れる(「近隣の音」より)

 クレバー・メンドウーサ・フィリオ監督(44)は、この地域の状況を3つの側面、「番犬」「夜の見張り」「ボディガード」に分けて、絡み合わせながら描く。「番犬」の中では、エリアの中では普通の家庭の妻が隣の番犬の吠え声に苛立ち、睡眠薬入りの肉を投げ与えたり、高周波で撃退したりする。「夜の見張り」では、警備での新たな出費を嫌がる一方で、富裕層は導入に積極的な姿勢を見せる。警備スタッフと地域住民との間には、目に見えない溝があるようだ。

 富裕層は高級マンションに住み、働いているとは思えない。若者は恋の行方だけに気を取られている。だが、富裕層の人たちは、コーヒープランテーションでの酷使で使用人たちが反抗したシーンを回想することがあり、そこから言葉にならない不安が生まれてきている。

 番犬を毛嫌いする妻は、それ以外では2人の子供を構い、子供も母親の疲れをほぐしてやろうとする。その一方で、富裕層のガードマンに雇われることになった警備スタッフだったが、そこには酷使の歴史が黒く忍び寄っていた...。

 都市生活の小さなあつれきに、歴史の重みを伴った格差が重なるとき、悲劇が生まれることを、監督はワイド画面とフレーミングを駆使して描き切ったといえる。

 「BEAUTY」(2012年)は、アルゼンチンのエスニックグループ出身ながら、グループから遠く離れた白人家庭で生活する若い娘ヨーラを通して、何が「美しいもの」なのかを問う。

 ヨーラは母親から独りで生活できる術を学んでいて、メイド役を務めるとともに、白人家庭の娘アントの"姉妹"的な役割も担う。アントの15歳の誕生パーティーが伝統通りに行われる中で、ヨーラの長い髪に嫉妬したアントの意向もあって、白人社会で流行しているショートカットにさせられてしまう。母から伸ばし続けるよう言われていたヨーラは一時気落ちするものの、パーティーの準備を黙々と果たしていく。

 ヨーラにとっては、目の前の美しさや楽しさより、月、樹木など自然界との接点を大事にした先住民の生き方、考えが自分を支えるものだったのだ。

 ダニエラ・セギアロ監督(33)は、幼いヨーラと母親の回想シーン挿入、月や樹木に言い伝えの言葉を重ね合わせるなどの穏やかな表現で、自らの主張を伝えている。
 

 「三姉妹~雲南の子」(2012年、仏・香港合作)は、中国最西南部、雲南省の寒村が舞台。母はなく、父は出稼ぎの幼い三姉妹(6~2歳)の生活にワン・ビン(王兵)監督(45)が執ように迫ったドキュメンタリーだ。

sisters.jpg【写真】幼子だけのぎりぎりの生活でも哀れみはない(「三姉妹~雲南の子」より)

 近くに祖父、伯母の家族がいて、牛や羊の飼育などを手伝う代わりに食事は一緒にとるのだが、それ以外は3人だけで暮らしている。服は着たなり、長靴には穴があいている。一見、男の子みたいで、愛らしさとは無縁だが、だからといって哀れみも感じさせない。自らができる範囲で働いているからだ。「近隣の音」でのブラジル富裕層の生活振りとは全く異質の世界なのだ。
 出稼ぎに出ていた父が戻り、子どもたちに笑顔が戻る。父は子どもたちを近くの町へ連れていこうと考えるが、経済的問題から難しい。長女だけが残ることに...。

 2010年の映画祭では、監督初の長編フィクション「無言歌」(原題は「溝」)と、陰陽の写し絵の関係にあるドキュメンタリー「名前のない男」が同時上映され、「生きる」ことへの問い掛けのすさまじさで反響を呼んだ。

 今回は直接的な政治的メッセージはないが、経済発展を続ける中国内での地域格差、経済格差の大きさにあらためて直面させられる。舞台となった寒村は標高3,200メートルで、監督は撮影中に高山病にかかって入院、後遺症にも悩まされているという。

 過酷な条件の中でも、村の人たちは、それぞれの立場で働き、助け合う。ここには贅沢はないが、生きることのたくましさと生きることの喜びがあふれている。父が帰ってきての親族全体の食事での和みと温かみ、それがあれば、1人残る長女もやっていけるだろう。153分の長編だったが、エンドマークが出る前に観客から大きな拍手が湧いた。

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 今年の上映開始映像が昨年の焼き直しだと書いたが、今年、刷新されたものがある。商店街に飾られる映画祭のフラグだ。これまでは赤くて細長いものに「3大陸映画祭」のロゴが入ったものが33年間、ずっと使われ続けた。今年からは幅広い紺地に、ナント出身のジュール・ベルヌにちなみ、熱気球と映写カメラ組み合わせた図案と「3大陸映画祭」ロゴを白抜きにした。見た目もスッキリ、クリスマス商戦の商店街を盛り上げる格好になっている。

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【写真】一新された映画祭フラグ。クリスマス商戦の商店街を応援するかのよう


 「三姉妹」が3時間近い長編だったこともあり、この日は3本だけにして、ナント在住の日本人の友人たちと113年の歴史があるレストラン「シィガル」=写真=で食事をした。前菜に近海で採れるカキ、ハマグリ、エビなどの盛り合わせを頼んだら、宮城県産カキの津波被害に話が及んだ。2年目の今年は出荷できているものの、異常天候もあって小さなものにしか育っていないことを伝えた。ナントでは在住日本人の呼び掛けで寄付、千羽鶴づくり、支援メッセージ集めなどが行われた。


restaurant.jpg【写真】近海のカキなどを盛り合わせた前菜。室内装飾も一見の価値あり(「スィガル」で)



(桂 直之)

(1)平田オリザの世界に挑む/想田和弘監督の「演劇1」「演劇2」

2012/11/24

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 11月22日朝、西フランスの古都ナントで開かれている3大陸映画祭(11月21-27日)にやってきた。18度目の訪問になる。

 映画祭はアジア、アフリカ、中南米の3大陸に絞った作品だけを提供し続けるユニークなもので、今年で34回目を迎える。今年はコンペティション部門11作品(フィクション8作品、ドキュメンタリー3作品)、招待作9作品のほか、盛岡出身で故人の相米慎二監督(1948-2001年)の全14作品上映、返還後の新しいタイプの香港映画を目指したミルキーウェイ製作の16作品、「都市に暮らす」をテーマにした18作品などの特集が組まれ、盛りだくさんの内容だ。会期中、中心街の3つの映画館(6スクリーン)と郊外の5会場(5スクリーン)で87本が上映される。

 仙台から乗り継ぎ時間も加えると、ほぼ1日がかりの旅。22日早朝のパリは思っていたより寒くて6度だった。新幹線(TGV)のナント行き始発で午前9時前に到着。10時から映画を見始めた。初日はコンペ部門の日本、イラン、アフリカ・アラブ首長国連邦の3作品を見た。

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 最初に見たのは想田和弘監督の「演劇1」「演劇2」(2012年)は、劇作家で演出家の平田オリザ(50)の世界を描いたドキュメンタリー。2部作合計で5時間42分の大作だ。
 「演劇」2部作は、平田率いる青年団の練習ぶり、平田のワークショップでの演劇理論、海外公演などを通して、平田演劇の哲学や方法論を「演劇1」で、芸術と社会との関係を「演劇2」で描いたもの。おおざっぱに言うと、1部は「平田オリザの世界」、2部は「平田オリザと世界」と言い換えてもいいかもしれない。

 ニューヨーク在住の想田監督(42)と平田演劇との最初の接点は、2000年10月の青年団ニューヨーク公演「東京ノート」(岸田戯曲賞受賞作)。即興かと思われるほどのリアルなセリフと自然体の会話・動作に従来の演劇臭さを排した骨太さ、平田の演劇に対する強い意志を感じて衝撃を受けたという。2006年、再びニューヨーク公演を見て、ち密な計算とたゆまぬ練習の上に成立した演劇だと確信、観たままの世界を切り取る自らの観察映画にも通ずることから、2008年に平田に連絡を取り、8月から翌年3月まで、断続的に延べ60日、300時間を超えて撮影した。

 撮影は基本的に想田監督が1人で行い、編集には2年かかった。その過程で1本にはまとめきれないことが分かり、最終的に2部作になったという。
 1時間の休憩を挟んで約6時間の上映は、正直、1日がかりで日本からやってきた人間の到着直後の選択としては辛いものがあると思って臨んだのだが、そうではなかった。
 平田オリザの世界にほれた想田監督の熱意にこちらものみ込まれたと言ったらいいのだろうか。6時間はあっという間に過ぎていた。
 演劇の世界とは無縁ではない。東京勤務時代の3年間は毎月、クラシック音楽と並行して演劇を観ていた。初めて観たときの、生の声の響き、やや大仰な演技に戸惑ったものの、結構楽しんだ記憶がある。あらためて「演劇」を見て、その世界の深さ、というか平田演劇の世界の深さと広がりに圧倒された。
 日常会話と同じように静かに、しかも重層的に展開される演技を実現するために繰り返し繰り返し行われる練習、状況に合わせて台本を瞬時に直していく平田。中学生相手のワークショップで「演劇の基礎はイメージの共有」「演劇ではウソは許される」として、既存の台本を子どもたちに発想で直させながら"芝居"を完成させる。そこでは人間がどこまでも"演じる存在"であることを前提としながら、どう演じることが、この世界を描くことに通じるか、現代社会を描き出せるかを追求している。

 また、彼の演劇を生かすための専属劇団、小ホールでの公演を経済的にどう支えているのか、演劇を現代社会の憩いの場にしたいとして政界・行政、教育界とも積極的にかかわっている側面なども余さず伝えている。また彼の指導と経営の面では"鬼のよう"でいて憎めない素顔に接すると、誰もが彼の演劇を見てみたくなるのではないだろうか。
 当初、4回も5回も繰り返される練習風景の描写に、ちょっとうんざりしたが、見ていくうちに、これこそが平田演劇を支えるものだ、想田監督がそこにこだわれば2部作6時間は必然だった、と思わされた。

 想田監督は2007年、ドキュメンタリー第1作の「選挙」が、3大陸映画祭のコンペティション部門にノミネートされていて、その時見ている。大学の同級生が市議選に挑戦するさまを詳細に追って、日本の選挙のいびつさをつぶさに伝え、監督自身の言葉通り「日本の政治はこっけいな試練」をあぶり出した作品だったが、残念ながら受賞は逃した。
 監督は、夫人の母親がかかわっている精神科外来を舞台にした「精神」(2008年)も製作していて、今回の「演劇」は、監督が目指す「台本のない」観察映画の第3弾、第4弾に当たる。

 イランの「IT's A DREAM」はローンを組ませた見返りやネズミ講を主催することで、若い女性が破綻していくさまを描いたもの。マフマド・ガファリ監督(36)は、かつて日本で大きな問題となった事象(未だに解消されていない)を、イランの今日的問題として取り上げている。やや淡泊な表現の中に、人間の欲望に差異のないことを、あらためて知らされてひやりとした。

 アフリカE.A.U.の「THE LAST FRIDAY」は負債を負ったままタクシー運転手を続けるヨセフの生活の浮き沈みが描かれる。10代の学業はかばかしくない息子ともども、生活は下り坂を転がるように壊れかけていた。ところが、彼は離婚することで才気ある女性たちと出会い、商才のある隣人たちの力もあって、生活は一変していく...。
 ヤヒャ・アル・アブダラフ監督(34)は、この処女作で現代の男性らしさとは何なのかを描こうとしたのだろうか? 

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 今年のポスターは香港ノワールの特集にあやかって、香港のワンシーンが使われている。信号待ちをする少年の向こう側に香港を代表する2階建てトラムと2階建てバスを配した構図になっている。自転車の後ろの荷物は映画フィルムのようだ。少年は頼まれて、上映館まで届けようというのだろうか?「早く信号が変わらないかな」と思っている少年の表情が想像できて、ニヤリとさせられた。

 上映開始時の映像は、昨年同様、これまでの受賞作のうち、ツァイ・ミンリャン、サタジット・レイ、ウォン・カーウィらの代表作の場面をつないだものだが、昨年は最後に波の音とともに砂が洗われて字が浮かび、受賞者一覧に変わるという凝った趣向だったのに比べると、波の音だけの簡単な(手抜き?)仕上りとなっていた。



(桂 直之)
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