シネマに包まれて-映画祭報告

presented by 河北新報

(6・完)金熊賞にエンエディ監督の「肉体と魂」/カウリスマキ監督「希望の裏側」は監督賞

2017/02/21

2017berlin_p_06_01.jpg 2月18日の夜、授賞式が行われ、以下のような受賞結果が発表になりました。個人的には金熊賞を期待していたアキ・カウリスマキが監督賞に終わり、ちょっとがっかりです。

 金熊賞の『肉体と魂』は前のレポートでも触れたように、面白い映画で好きでしたが、まさかここまで大きな賞を獲るとは正直思いませんでした。

 審査員大賞のアラン・ゴミスは、セネガルとギニアビサウにルーツを持つフランス人で、今回はコンゴの首都キンシャサを舞台に、交通事故に遭った息子の手術費を捻出しようとする歌手フェリシテの姿を描いたもの。フェリシテを演じたヴェロ・チャンダ・ベヤの木彫りのお面のような美しい顔と歌の迫力に魅了されました。

2017berlin_p_06_02.jpg ホン・サンスの『夜、浜辺で一人』は、妻のある映画監督との不倫に疲れた女優が、ハンブルグに傷心旅行に行く前半と、韓国に戻って、ロケハンに来た映画監督の一行と浜辺で遭遇する後半から成る作品で、いつものホン・サンスより、私的でメランコリーな感じがしました。

 『白夜』は、死んだ老父の遺品を片付けるために、疎遠だった息子を連れてノルウェイに行き、父子関係を立て直そうとする男を描いたもの。父子は安易な和解には至らないなど、劇的な要素を排した誠実な作りながら、その分面白みが少なかったので、受賞は予想外でした。主演のゲオルグ・フリードリヒはオーストリアの名優で、『ワイルド・マウス』というオーストリアのコンペ作品にも出演していました。

2017berlin_p_06_03.jpg その『ワイルド・マウス』は、リストラで新聞社をクビになった音楽欄担当記者が、クビにした上司に復讐するというコメディで、コメディアンのヨーゼフ・ハーダーが監督兼主演を務めています。ワイルド・マウス(野ネズミ)とは、プラタ-遊園地(『第三の男』の観覧車で有名なウィーンの遊園地)にある乗り物のことで、主人公が偶然出会った幼なじみの男に、この乗り物の権利を買う金を出してやるのです。

 実は、友人のベルリンの新聞記者もリストラにあったばかり。映画の中の、上司が言う「君の給料で若手が3人雇える」という台詞や、主人公が「僕がクビになると、愛読者が黙っていない」と言うと上司が「君の愛読者なんて、もう皆死んでるよ」と言い返す台詞に、いちいち共感していました。新聞記者が花形だったのはいつのことだったでしょう。思えば殺伐とした時代になったものです。

 さて、長い間ご愛読いただいた<シネマに包まれて>は、今回のベルリン映画祭レポートをもって終了することになりました。私にレポートを書く機会を与えてくださった河北新報社の故桂直之さん、毎回お世話になった元メディア局局長の佐藤和文さん、スタッフの皆さん、ここまで読んでくださった皆さんに感謝いたします。ありがとうございました。


【受賞結果】

●コンペティション部門
金熊賞:『肉体と魂』監督イルディゴ・エンエディ(ハンガリー)
審査員大賞:『フェリシテ』監督アラン・ゴミス(フランス)
アルフレッド・バウアー賞:アグニェシュカ・ホランド、カーシア・アダミック
      『足跡』監督アグニェシュカ・ホランド(ポーランド)
監督賞:アキ・カウリスマキ
    『希望の裏側』(フィンランド)
女優賞:キム・ミニ
    『夜、浜辺で一人』監督ホン・サンス(韓国)
男優賞:ゲオルグ・フリードリヒ
    『白夜』監督トマス・アルスラン(ドイツ)
脚本賞:セバスチャン・レリオ、ゴンザロ・マザ
    『ファンタスティック・ウーマン』監督セバスチャン・レリオ(チリ)
芸術貢献賞:ダナ・ブネスク(編集)
    『アナ、マイ・ラブ』監督カリン・ペーター・ネッツァー(ルーマニア)


●国際批評家連盟賞
コンペティション部門:『肉体と魂』監督イルディゴ・エンエディ
パノラマ部門:『振り子』監督フリア・ムラ(ブラジル)
フォーラム部門:『愛より偉大な感情』監督マリー・ジルマヌス・サバ(イスラエル)

●テディ賞(LGBTをテーマにした映画に対する賞)
作品賞:『ファンタスティック・ウーマン』監督セバスチャン・レリオ
審査員特別賞『彼らが本気で編むときは、』監督荻上直子


 写真(上)は「夜、浜辺で一人」のホン・サンス監督と女優賞のキム・ミニ
 写真(中)は主会場ベルリナーレ・パラストのロビーに飾られた「ミスター・ロン」チーム
 写真(下)は映画館CinemaxXの入口

(齋藤敦子)

(5)リンコ、しとやかに美しく/荻上直子監督の「彼らが本気で編むときは、」にテディ賞審査員特別賞

2017/02/19

2017berlin_p_05_01.jpg 映画祭が終盤に入った2月16日に日本映画2本の上映があったので取材に行ってきました。

 パノラマ部門とジェネレーション部門の両方で上映された荻上直子監督の『彼らが本気で編むときは、』は、母ヒロミ(ミムラ)が恋人を追って失踪し、叔父の家に身を寄せることになった小学生の少女トモ(柿原りんか)が主人公。叔父マキオ(桐谷健太)にはトランスジェンダーの女性リンコ(生田斗真)という恋人がおり、3人で暮らし始めるうちに、家事にも子供の教育にも関心のない母親に対して、家事も編み物も何でも完璧にできる優しいリンコにトモは次第に打ち解けていき、リンコもトモを我が子のように愛するようになるが...、というストーリー。さすが『かもめ食堂』の荻上監督だけあって、リンコが作る色とりどりのキャラ弁や丁寧に撮られた日本の風景、リンコのしとやかな美しさがベルリンの観客に大いに受けていました。

 『彼らが本気で編むときは、』は全部門のLGBTをテーマにした作品を対象にしたテディ賞の審査員特別賞を受賞しました。日本公開は2月25日から。

2017berlin_p_05_02.jpg 石井裕也監督の『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』は、最果タヒの同名詩集の映画化。昼間は看護師、夜はガールズ・バーでバイトする美香(石橋静河)と、工事現場で日雇いをして暮らす慎二(池松壮亮)を通して、東京の街の生きにくさと閉塞感にあえぐ若者の姿を描いたもの。石井監督といえば日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した『舟を編む』や『ぼくたちの家族』を思い出しますが、本作は今までとはまったく違い、原作はあるとはいうものの、ストーリーは完全な石井監督のオリジナル。作風もアニメを取り入れたり、様々なスタイルを混交させた斬新なもので、石井監督自身、今までの自分を壊し、新しい映画作りを模索しているように思えました。ベルリンで見ていると、東京という街の特殊性やイライラ感が、東京で見る以上に際立って伝わってきて、それだけ時代を見事に捉えた映画なのだと思います。

 『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』は5月13日から新宿ピカデリーとユーロスペースで、5月27日から全国ロードショーされます。

 写真(上)は『彼らが本気で編むときは、』囲み取材の後で。右から荻上直子監督、柿原りんか、生田斗真、桐谷健太の各氏。

 写真(下)は、​『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』上映後のQ&Aの模様。石井裕也監督、石橋静河、池松壮亮の各氏。

(齋藤敦子)

(4)カウリスマキ的ユートピア/楽しい「希望の裏側」

2017/02/17

2017berlin_p_04_01.jpg 映画祭が後半に入った14日のコンペ部門では、アキ・カウリスマキの『希望の裏側』、アンドレス・ヴィールの『ボイス』の2本が上映され、2本とも素晴らしい作品で、何らかの賞を獲るのではないかと期待しています。

 『希望の裏側』は、妻と別れ、ポーカーで儲けた金で、レストランのオーナーになったセールスマン(サカリ・クオスマネン)とレストランの従業員たちが、シリア難民の青年(シェルワン・ハジ)と出会い、生き別れになった彼の妹を探してやる、という、カウリスマキ的ユートピア物語。おなじみのフィンランドのロック音楽や日本語の歌謡曲で彩られた楽しい映画で、プレスや観客から満遍なく支持を集めています。

 『ボイス』は、1986年に65歳で亡くなったドイツの現代芸術家ヨーゼフ・ボイスの生涯を描いたドキュメンタリーです。ボイスといえば、私には日本のウィスキーのCMに登場した有名なアーティスト、くらいの知識しかなかったのですが、この映画を見て、芸術と社会をつなぐ方法を探り、政治にも関心を示し、緑の党を結成して議員に立候補するなど、多面的な生き方をした人だったことを知りました。映画は、一切の説明を加えずに、ボイスのアーカイヴの映像と当事者の証言だけで、ボイスの人生は「人間の活動は何であれ芸術であり、すべての人間は芸術家である」という彼の言葉の実践だったこと、"ヨーゼフ・ボイス"こそ彼の最高の芸術作品であったことを解き明かしています。

 アンドレス・ヴィールは1959生まれの58歳。クシシュトフ・キェシロフスキに演劇を学んだという人で、2011年にベルリンのコンペに出品した『もし我々でなければ、誰が?』という劇映画でアルフレッド・バウアー賞を獲っています。友人も推奨する他のドキュメンタリー作品が見てみたくなりました。


 写真は「希望の裏側」の記者会見の模様。右からサカリ・クオスマネン、アキ・カウリスマキ、シェルワン・ハジの各氏。

(齋藤敦子)

(3)体技鮮やかチャン・チェン/SABU監督の「ミスター・ロン」

2017/02/15

2017berlin_p_03_01.jpg 映画祭の中日にあたる13日に、コンペ部門に選出されたSABU監督の『ミスター・ロン』の公式上映と記者会見がありました。

 台湾の高尾から東京の歌舞伎町へやってきた殺し屋ロン(チャン・チェン)が、殺すはずの新興ヤクザの奸計にあって負傷、廃墟のような町に流れ着く。そこにはヤクザから身を隠した台湾人の薬物中毒の母(イレブン・ヤオ)と息子の少年が住んでいた。ロンは少年を介して次第におせっかいな町内の人々と打ち解け、ついには屋台のラーメン屋まで始めることになるのだが...、という面白い映画で、武術を訓練しているというチャン・チェンの体技も鮮やかで、ベルリンのプレスや観客にも十分に楽しんでもらえたようです。

 写真(上)は記者会見の模様で、右からSABU監督、チャン・チェン、イレブン・ヤオ、青柳翔の各氏です。東京でエドワード・ヤン監督の名作『嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』デジタル・レストア版の試写を見たばかりだったので、もしエドワード・ヤンが生きていたら、立派に成長したチャン・チェンを使って、少年のその後を描く『嶺街2』を撮ってもらえるのに、と痛切に思うのです。

 さて、中日までで評判のよいコンペ作品は、まずチリのセバスチャン・レリオ監督の『ファンタスティック・ウーマン』、ポーランドのアグニェシュカ・ホランド監督の『足跡』、ハンガリーのイルディコ・エンエディ監督の『肉体と魂』など。

2017berlin_p_03_02.jpg 『ファンタスティック・ウーマン』は、年の離れた恋人オルランド(フランシスコ・レイエス)と同棲を始めたばかりの主人公マリナ(ダニエラ・ヴェガ)が、オルランドが急死した後、彼の遺族である元妻や息子、それに死因を疑う警察から、イジメともとれるひどい扱いを受けながら、人としての尊厳を求めて戦うというもの。なぜ彼女がファンタスティックな女性なのかは、ストーリーが進むにつれて次第に明らかになっていくのですが、主演のダニエラ・ヴェガの絶妙な演技にとても魅了されました。

 エンエディの『肉体と魂』は私にとって、1989年のカンヌ映画祭でカメラ・ドールを獲った『私の20世紀』以来の作品。畜殺場に務める管理責任者の初老の男と、新任の品質管理責任者で、潔癖症の美人が、薬品の盗難事件がきっかけで、同じ夢を見ている、それも牡鹿と牝鹿として、ということが分かるという、ちょっと不思議な、面白い映画でした。

 写真(下)は「ファンタスティック・ウーマン」の記者会見、右から、助演のフランシスコ・レイエス、セバスチャン・レリオ監督、主演のダニエラ・ヴェガ、プロデューサーのフアン・デ・ディオス・ラライン

(齋藤敦子)

(2)権力の側に立つ司法の恐怖/クーロフ監督の「トライアル」

2017/02/13

2017berlin_p_02_01.jpg ポリティカルな年と呼ばれる今年をよく表した映画を2本見ました。両方ともベルリナーレ・スペシャル部門で上映された作品で、1本はアスコルド・クーロフの『トライアル:ロシア国家対オレグ・センツォフ』というドキュメンタリー、もう1本はラウール・ペックの『若きカー

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ル・マルクス』です。

 『トライアル』は、ウクライナのドキュメンタリー作家オレグ・センツォフの裁判を追ったドキュメンタリーです。センツォフはロシア寄りの政権に反対して起こった住民運動マイダンの活動家でしたが、クリミア半島がロシアに併合された後、テロリストの疑いでロシア警察に逮捕されてしまいます。が、最初に家宅捜索されたときには何の証拠も発見されなかったのに、2度目の家宅捜索で彼の映画の記事の載った新聞に包まれた武器が発見されてしまいます。明らかにでっちあげの罪なのですが、裁判の目的は反ロシア活動への見せしめなので、弁護側の主張が認められるはずもなく、センツォフは20年の禁固刑でシベリアの刑務所へ送られてしまうのです。今回の上映は、30周年を迎えたヨーロッパ映画アカデミーが、彼の問題を再びクローズアップして釈放運動に繋げるためのものだそうです。

 つい先日もトランプ新大統領によるイスラム系7カ国の国民の入国差し止めの大統領令にアメリカの司法が効力の停止を命じたことがありましたが、もし三権分立が失われ、司法が権力の手先に堕してしまったらどうなるか。『トライアル』が描いている恐怖は、実はもうすぐそこに迫っているのかもしれません。

 『若きカール・マルクス』は、若きジャーナリスト、カール・マルクスが、裕福な紡績工場主の息子フリードリッヒ・エンゲルスに出会い、共産党宣言を発表するまでの青春時代を描いたもの。マルクスというと白い顎髭を生やした晩年の姿を連想しますが、こちらはまだ髪も髭も黒々とした20代の青年で、演じるアウグスト・ディールは若い頃のマルクスに意外によく似ています。脚本はパスカル・ボニゼールとペックの共同で、青年マルクスらの社会改革運動に、60年代の学生運動を投影しつつ、現代に繋げる目的を持って作られた映画のように感じました。

 はたして、この映画が若い世代に共感を持って受け入れられるかどうか。社会の不正に躊躇なく声をあげるアメリカやヨーロッパはともかく、学生運動も左翼も消滅してしまった今の日本の若者たちは、いったいどんな反応をするのだろう。果たしてマルクスという人を知っているのだろうか、などなど、いろんなことを考えさせられる映画でした。

 写真(上)はベルリナーレの記者会見場
 写真(下)上映会場シネスターのあるソニーセンター入口

(齋藤敦子)

(1)オープニングは「ジャンゴ」/ベルリン開幕

2017/02/11

berlin_opening.jpg 第67回ベルリン国際映画祭が2月8日夜、オープニング作品のフランス映画『ジャンゴ』の上映から始まりました。世界的に有名なスウィング・ジャズのギタリストで作曲家ジャンゴ・ラインハルトの生涯を第二次大戦下、ナチによる民族迫害の時代に焦点を当てて描いた作品です。

 今年の審査員長は、昨年のカンヌに久々の新作『エル』を出品し、過激な内容で話題を呼び、主演のイザベル・ユペールがアカデミー賞主演女優賞にノミネートされるなど、意気軒昂なポール・ヴァーホーヴェン。それにアメリカの女優マギー・ギレンホール、メキシコの俳優ディエゴ・ルナ、『トゥヤーの結婚』の監督ワン・シュアンアンら6名の審査員を合わせた7名で審査が行われます。

 日本からは、コンペ部門にSABUの『ミスター・ロン』、パノラマ部門に荻上直子の『彼らが本気で編むときは、』、フォーラム部門に石井裕也の『夜空はいつでも最高密度の青色だ』と吉田光希の『三つの光』、批評家週間部門に行定勲の『ジムノペディに乱れる』が出品されるなど、各部門で日本映画が紹介されています。

 オープニングの夜、ベルリンに着いてホテルのニュースを見たところ、今年の映画祭は"ポリティカルな年"だとか。詳しい内容はドイツ語なので分かりませんでしたが、東側からの影響にさらされやすいベルリン映画祭は、成り立ちも含めて政治問題で揺れ動いてきた過去があります。特に、今年は新年早々のドナルド・トランプ氏のアメリカ大統領就任から、世界がいっそう激しく揺れ出したように思えます。とりわけヨーロッパ社会は、5月のフランス大統領選挙を控えて、波乱含みの様相。映像作家が自分の思想や考察を映像を使って表現したものが映画。時代の動きに敏感な作家たちがどんな作品を生み出しているのか、じっくり見ていきたいと思います。

 

(齋藤敦子)

(6・完)金熊賞はロージ監督の「海の火」/「サラエボに死す」に高い評価

2016/02/25

2016berlin_p_06_01.jpg 2月20日の夜、授賞式が行われ、以下のような賞が発表になりました。最高賞の金熊賞には、予想通りジャンフランコ・ロージの『海の火』に授与され、今年の映画祭のイベントだった8時間を超えるラヴ・ディアスの大作『悲しい秘密への子守歌』はアルフレッド・バウアー賞という、新しい映画の地平を拓く作品に与えられる賞を受賞。意外だったのはダニス・タノヴィッチの『サラエボに死す』の高評価でした。

 映画は、第一次大戦の発端となったオーストリア皇太子暗殺事件百周年の式典のためにサラエボにやってくるVIPのおかげで、ようやく活況を呈した名門ホテルを現在のボスニア=ヘルツェゴビナの状況に喩えた風刺喜劇。膠着状態のボスニア戦争を、中立地帯に取り残された敵同士の2人の兵士に喩えた『ノー・マンズ・ランド』でデビューしたタノヴィッチ監督らしい作品ですが、『ノー・マンズ・ランド』も『サラエボに死す』も、見事に戯画化できていると感心はするものの、作品としての深みが足りないように思いました。

 今年は強い映画があまりなく、批評家も一致して高評価だった『海の火』の金熊賞は納得ですし、アルフレッド・バウアー賞も芸術貢献賞も納得で、メリル・ストリープを長とする審査員の裁定はおおむね順当だったように思います。

2016berlin_p_06_02.jpg 賞は逸したものの、コンペのもう1本のドキュメンタリー『ゼロ・デイズ』もとても面白く見ました。映画が描いているのはサイバー戦争。イランの核開発を止める目的でアメリカとイスラエルが開発したコンピューターウィルスがめぐりめぐって全世界にばらまかれ、アメリカを攻撃するために使われるという怖い映画でした。

 またベルリナーレ・スペシャルで上映されたマイケル・ムーア監督の『次に侵略するところ』は、おなじみマイケル・ムーア監督がアメリカ国旗を持ってヨーロッパ各国を"侵略"、それぞれのよいところを"略奪"するというユーモアたっぷりのドキュメンタリー。ムーアが略奪するのはイタリアの長期有給休暇や、スロベニアの大学教育無料化、フランスの豪華な学校給食などなど。見ているうちに、それらが必要なのはアメリカ以上に今の日本であることに気づき、とても笑って見ていることは出来ませんでした。『次に侵略するところ』は『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』という邦題で5月に日本公開されます。

【受賞結果】

金熊賞/最優秀作品賞:「海の火」監督ジャンフランコ・ロージ
銀熊賞/審査員大賞:「サラエボに死す」監督ダニス・タノヴィッチ
アルフレッド・バウワー賞:「悲しい秘密への子守歌」監督ラヴ・ディアス
監督賞:ミア・ハンセン・ラヴ「未来」
女優賞:トリーヌ・ディルホム「コミューン」監督トマス・ウィンターベア
男優賞:マジド・マストゥラ「ヘディ」監督モハメッド・ベン・アティア
脚本賞:トマシュ・ワシレウスキ「ユナイテッド・ステーツ・オブ・ラヴ」
        監督トマシュ・ワシレウスキ
芸術貢献賞:李屏賓「長江図」監督楊超の撮影に対して

 写真(上)は「8時間を超える大作『悲しい秘密への子守歌』上映後に挨拶するラヴ・ディアス監督
 写真(下)は「今年のポスターが貼られた広告塔」

(齋藤敦子)

(5)8ミリ作品を次世代へ/デジタル技術生かし、保存活動

2016/02/23

2016berlin_p_05_00.jpg フォーラム部門の特集<8ミリ・マッドネス>はアーセナル、デルフィ、キュービックスという3会場で上映が行われました。私は主会場に近い、フィルムハウス(映画博物館と上映館を兼ねた、日本のフィルムセンターに相当する施設)の地下にあるアーセナルで、山本政志『聖テロリズム』、園子温『男の花道』、諏訪敦彦『はなされるGANG』の3作品を見ました。上映開始が22時30分と遅いのと日本からのゲストがいないのとで観客は弱冠少なめでしたが、それでも顔見知りのドイツ人評論家が連日姿を見せるなど、熱心な映画ファンが集まっていました。

 この企画は、フォーラム部門のディレクター、クリストフ・ヘルテヒト氏と、香港国際映画祭のキュレーター、ジェイコブ・ウォン氏、それにPFF(ぴあフィルムフェスティバル)のディレクター荒木啓子さんとの繋がりから実現したもの。82016berlin_p_05_01.jpgミリの自主映画、特に長編映画は70年代から90年代初めにかけて日本で独自に発展した文化ですが、8ミリフィルムの消滅と共に半ば忘れられた存在になっていました。ネガが存在せず、完成されたフィルムが1本しかないという8ミリは、汚れや傷、紛失などによって作品そのものがたやすくなくなってしまう危険があります。今回のPUNKというテーマで9監督11作品を選び、2Kでデジタルリマスターし、英語字幕をつけてヨーロッパとアジアの2つの映画祭で上映するという企画は、8ミリを次世代に残すために試行錯誤を続けてきたPFFの活動のひとつの成果でもあります。

 17日夕、同じアーセナルでフォーラム・エクスパンデッド部門の森下明彦監督『XENOGENESE』と、フォーラム部門の杉本大地監督の『あるみち』が上映されました。

 『XENOGENESE』は1981年に製作され、84年にフォーラムのニューシネマ部門で上映された16ミリの短編で、今2016berlin_p_05_02.jpg回の上映のためにニュープリントが作られたそうです。内容は、監督自身が歩いている映像に3本の縦線が入り、線の前を歩いたり、後ろを歩いたりするという実験映画。縦線は監督自身が1コマ1コマ、フィルムの表面をひっかいて入れたもので、上映時間は7分ですが、気の遠くなるような作業が必要。同じように直接フィルムをひっかいてアニメ作品を作ったカナダのノーマン・マクラレンに似たような作品があったように思います。

 『あるみち』は東京造形大学映画専攻の学生である杉本監督の初監督作品で、昨年のPFFグランプリ受賞作。授業で初めて脚本を書くことになった杉本監督が、子供の頃の自分が情熱を持っていたトカゲの採集のことを思い出し、その情熱が今の映画への興味に続いていることを見つめなおしていくという内容で、監督を始め、家族や友人もすべて本人の出演という、一種のホームムービーでもありました。

 フォーラム部門最年少という弱冠22歳の杉本監督のみずみずしい作品を見て、30年前の8ミリ映画との違いを痛感しました。8ミリという素材に出会い、自分なりの作品を作ろうと意気込んだ自主映画の監督たちの創作意欲と、セルフィー時代の監督の映像への取り組み方とはまったく異なっているように思われます。『あるみち』の軽さと自由さには、若さだけではない、不可逆的な時代の変化が現れているように感じました。

 写真(上)は「〈8ミリ・マッドネス〉の上映会場アーセナルの入口で開場を待つ人々。
 写真(中)は、「上映前に挨拶する森下明彦監督」
 写真(下)は「『あるみち』上映後の質疑応答の模様。中央が杉本大地監督」

(齋藤敦子)

(4)プサン国際映画祭を守れ/ポツダム広場で支援集会

2016/02/20

2016berlin_p_04_01_02.jpg 2月14日の10時から、ポツダム広場の一角でプサン国際映画祭を支援する集会が開かれました。ことの発端は、2014年に、セウォル号沈没事件を題材にしたドキュメンタリー『ダイビング・ベル』が政治的中立性に欠けることを理由に、プサン市長から上映を中止するよう要求されたことでした。

 映画祭側は、これを表現の自由への政治的圧力として拒否。すると、市長はイ・ヨングァン執行委員長の辞任を要求。これも映画祭側が拒否すると、映画祭への助成金カットなどの実力行使に及び、2015年には実際に縮小された予算で映画祭が開催される事態になりました。

 これに対して昨年暮れからツイッター(#ISUPPORTBIFF)上にプサン映画祭サポートの声が挙がり始め、韓国国内はもとより、プサンにゆかりのある各国の映画人がサポートを表明。日本からも是枝裕和監督や黒沢清監督が参加し、連帯の輪が世界中に広がっていきました。今回の集会は、韓国国内のチョンジュ国際映画祭、ソウル国際女性映画祭、プチョン国際ファンタスティック映画祭など5つの映画祭が共同でプサンを支援する声明を出すとともに、ベルリンにいる世界の映画関係者と連帯する目的で開かれたものです。

2016berlin_p_04_02_02.jpg 映画祭の予算をたてに圧力をかける行政側と表現の自由を守りたい映画祭側の攻防が今後どのような決着を迎えるかはまったく予測できませんし、海外からいくら支持の声が高まったとしても、それを行政側が素直に受け入れるかどうかは不明です。今月18日にはプサン市長が映画祭の組織委員長を辞任するなどの動きもあり、事態は予断を許さない状況にあります。

 さて、ひるがえって今度は同じようなことが東京国際映画祭に起こったとしたらどうなるかを考えてみましょう。日本国内の映画祭が手を組んで東京国際映画祭に連帯し、表現の自由を求めて政府に立ち向かうなどということは、まずありえない気がします。そもそも東京国際映画祭が政府の意向に背く作品を選んで上映するということが考えられない。その前に自主規制してしまうでしょう。こう考えると、プサンも大変ですが、一見平穏な東京の方が、より重い問題を抱えているように私には思えるのです。

写真(上)は「会場の入り口に貼られたプサン国際映画祭を支援するポスター」

写真(下)は、「思い思いに支援の言葉を記していく来場者」

(齋藤敦子)

(3)ランペドゥーサ島舞台に/ジャンフランコ・ロージ監督の「海の火」

2016/02/17

2016berlin_p_03_01.jpg 映画祭が半分まで終わり、これまでのところコンペで最も評価が高い作品は、イタリアのジャンフランコ・ロージのドキュメンタリー『海の火』です。ロージは、ヴェネツィア映画祭で金獅子賞を獲った『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』が日本公開されているので、ご覧になった方もいらっしゃるでしょう。

 『海の火』は、シチリア沖に浮かぶランペドゥーサ島を舞台にしたドキュメンタリー。イタリアよりもアフリカ大陸に近い島の地理的関係から、北アフリカから船で脱出した難民が流れ着くところでもあり、映画は彼らを救助する沿岸警備隊の活動と、島で生きる人々の暮らしを交互に描いていきます。ロージは、島での撮影に1年間かけたそうで、警備艇に同乗する許可を得て、隊の人々と一緒に遭難したボートに乗り込み、船底に押し込められて脱水と窒息で瀕死の人々を救助する模様や、バッグに入れられた死体まで生々しく捉えています。映画の救いになっているのは、島の暮らしを描いた部分。特に、学校をサボって遊んでばかりいるサミュエルという12歳のやんちゃな少年が、船酔いを克服しようとしたり、先輩からオールの漕ぎ方を習ったりして、一人前の海の男になろうと奮闘する姿には心が和みました。

 ロージの作品は、2010年の『エル・シカリオ ルーム164』という、メキシコの麻薬マフィアのヒットマンとして数百人を殺した男の告白を撮った、ちょっと薄気味悪いドキュメンタリーから見ていますが、彼にはカメラを向けた相手から信頼を勝ち取る独特の才能があるように思います。ちなみに、"海の火"というのは、映画の中のラジオでも流れるイタリアの歌謡曲の題名です。

 写真はベルリナーレ・パラスト前のスクリーンに、フォトコール中のジャンフランコ・ロージとサミュエル少年が映し出されたところです。

(齋藤敦子)
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