第122話について

『第122話 寒さの夏は』

「寒さの夏は」は宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」の一節「サムサノナツハオロオロアルキ」から取りました。下の註にも書きましたが、夏が寒いことの怖さは今も変わりません。稲に花が咲くために必要な累積温度に達しなければ、不稔が起きます。

このマンガでは、この時代がおおむね寒かった、さらに摺上原の年が寒さの底にあったという説に乗って描いています。ただし、大きく見て寒冷期であっても、この1年この地方が冷夏であったかどうかはまた別の話で、そこはちょっと話を組み立てる都合で描いています。

同じ日に会津で留守政景と片倉景綱が会津で話をする、というのは可能性としてはアリです。会談の記録はないけれど、滞在の日は重なっています。
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gaku122_2.jpg大宮司である留守政景のところに天候と収穫予想の情報が集まり、外交官である小十郎のところに他家の内部事情が聞こえているというのもアリかなあ、という背景でお話を作っています。

勝てない戦ほど大赤字になるものはありません。意地で続ければ家が傾きます。
反伊達連合の動きは、須賀川での集合や待機が多いように見えます。キャンプ地は負担が大きい。須賀川二階堂家にはすでに伊達が内応を誘う手を伸ばしていますが、当主である大乗院阿南姫と家臣団の間には経済的問題による亀裂があってもおかしくないでしょう。戦は意地や心の問題だけでは進められません。

ただし、損得だけの問題で戦を進めると、奥羽での信用が崩れます。侍道や対面はとても大事です。
留守政景には戦って勝ち、なおかつ救えるものを救うという、困難な役目を背負ってもらうことにしました。







伊達領が大きい!
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北条氏研究も伊達研究も進んだことで、地図の境界がだんだんわかってきています。
北条氏については現在小田原城敷地内のサイン板か、天守閣内の展示パネルが最新情報。
gaku122_4.jpg伊達に付いては『伊達氏と戦国争乱』(遠藤ゆり子編 吉川弘文館 2015)が今のところ一番正しい情報です。この地図では細かいところが拾えていません。ごめんなさい。
というか、地図に線を引くのって、それだけで一つの研究になるんだと思う。

伊達領、大きいですねえ。これでまだ最大版図になっていません。
佐竹が南の北条、北の伊達から押されています。

留守さんが最後に歌っているのは夏越の大祓の時の歌、3首のうち2種目の最後のフレーズです。この年の6月30日は塩竃に居られるはずだと思って描きました。
「千早振る神の御前に祓ひせば 祈れることの叶はぬはなし」
6月30日に塩竃神社に行くと茅の輪くぐりもできます。