番外 政宗の花火

政宗の花火

先回、伊達輝宗は天正2(1574)年に花火を見ていると書きました。(『伊達輝宗日記』)
じゃあ、とあるネットの記事で紹介されていた『伊達家治家記録』に、「1589年には米沢城で伊達政宗が唐人による花火を楽しんだとの記述が!」は何だろう、と思って確認してみました。
7月7日と7月14日に唐人が来て花火です。確かに見ています。宝文堂版だと『伊達治家記録 一』のP548、549です。
全部旧暦の日付で行きますね。
確かに花火を見ていますが、見た場所は米沢城じゃなくて、会津の黒川城ですね。
6月5日に摺上原合戦で勝利して、11日に「黒川城へ打入玉フ」です。義姫や愛姫も続々と米沢城から黒川城に移ってきます。一緒に見たのでしょうか。

面白いのは7月7日の記録に「花火ヲ揚ゲ」とあること。
つまり、打ち上げるタイプの花火なのでしょうか。輝宗が見た輪旋花とはまた違う花火なのかもしれません。

私はこれ以前の政宗の花火の記録は探していません。だから、政宗がいつ初めて花火を見たのかはわかりません。
天正2年には政宗、いやまだ梵天丸は8歳。これは数え年なので、今でいうと7歳かな。
梁川町史にある、いつまでも花火を見つめる31歳の輝宗の膝に、7歳の梵天丸がいたら、それはすてきな光景です。側に義姫も配しておこう。
この辺はマンガの発想だ。誰かイラストに描きませんか。


出典と奥付

※この欄にもこども読者がいるかもしれないと思って書きます。
夏休みの自由研究などで、聞いた話、どこかで読んだ話を書くかもしれない。
どこかで読んだ、どこかで聞いた話は、うわさ話と同じで、本当かどうかは確かめないとわかりません。その時大事なのが出典(しゅってん。どこにかいてあったか。情報の出どころ)です。
それから、本には奥付(奥付)というのがあります。
本の一番後ろの方に、本のタイトルと書いた人、どこからいつ発行されたかが書いてあります。これがとっても大切です。
このことを覚えるのに早すぎるということはないです。出典確認をくせにしておくと普通に暮らすうえでもきっと役に立ちます。
でもそこはおだやかにね。「あなたの言っていること、証拠はなに?」って感じだときついですから。


ネットは本当に便利で、仙台からでも日本に一冊しかない本を見ることもできます。
でも、このあいだ、昭和19年発行の本を仙台市図書館で読みました。中身だけじゃなくて、紙が黄色くてパキパキ固くなっていることなども、考え事の大事な手掛かりになりました。
モノとしての本には、電子化できない情報がたくさんあります。
だからほら、笑い男のアオイくんも紙の図書館に...(おっと)。

夏休みなので、ほとんど人が手に取らない本をきちんと守ってくれている図書館の人たちに、御礼を申し上げます。
ずうっとお世話になっています。
ありがとうございます。