第145話について

『第145話 旧臣たちの一揆』

横長バージョンマンガの本編開始です。

京の儀、木村苛政
gakuya-145-1.jpg
しょっぱなは左馬助、遠藤宗信とコンビです。






一揆の背景となった上方勢の狼藉は、政宗の手紙にも見えます。
木村家の家臣たちは妻を持たぬまま奥州に来て、成り上がっていきなり城持ちになりました。妻がなければ城の差配が無理でしょう。
そのため大崎旧臣の妻女や侍女を強奪したとあります。抗議には、これが「京の儀」、京のやり方だと言ったとあります。
これって、京都の人も怒るでしょ。京の伝統のやり方じゃなく、京に本拠を置く秀吉の軍勢の流儀です。


葛西大崎一揆の原因について、「奥州の誇り」という表現をした作品見たことがありますが、これは現代にわかりやすい表現を取ったのでしょう。
誇りとかプライドgakuya-145-2.jpgというより、「体面」の方がしっくりきます。
戦国の「体面」は、潰されたら生きていけません。
それに、木村吉清以下が行ったのは、黙って言うことを聞いていたらこの冬を生きていけないほどの苛政でした。


政宗の出動は、実効圧力以上に旧臣たちの対面が立つかどうかの問題だったのではないかと考えてみました。そういうセリフにしました。
政宗にだったら、このときの一揆衆はぎりぎり譲歩できるでしょう。

葛西大崎地域は誰のものになるはずだったのか

木村の行政は、なんか、後は野となれ山となれって感じです。戦場で手柄を立てて、出世に従って領地を移動する豊臣家臣団と、父祖以来何百年とひとつところに住み、領主、家臣、領民の関係が切れない奥羽との違いでしょうか。


それに加えて、葛西と大崎の領有についてはいまひとつはっきりしないところがあります。大崎氏も葛西氏も秀吉に直訴して給料の三分の一を返してもらうという話がある。政宗にも大崎葛西領の領有という話も起きる。では木村吉清はどうなるのか。
木村吉清が大崎葛西地域の領有を任された、というこれまでの認識に対しては菅野正道氏が疑義を呈しています。

講座東北の歴史第一巻『争いと人の移動』安達宏昭 河西晃祐 篇 (清文堂 2012)所載「伊達政宗の転封と奥羽」菅野正道
このなかでは木村吉清は葛西。大崎領全体を与えられたわけではなく、所領として与えられたのは数万からせいぜい10万石程度で、残りは代官としての統治だったのではないかと書かれています。

これからの研究の進展が待たれます。

マンガの中では木村吉清父子が「とにかく目の前にあるものは取れるうちに取っちゃえ」という、火事場泥棒みたいな感覚を想像しています。


寒さは怖いよ

上方勢は寒さに難渋しました。
11月22日の記録(伊達治家記録)で木村父子の籠城がすでに数十日に及んでいて、兵糧も乏しくて困っているとあります。
マンガではそれに燃料と水を付け加えました。
戸口で凍っていた話はマンガでのこと。ただ、東北の冬は本当に自分の手が見えないほどの吹雪もおきます。昭和でも、学校の帰りに吹雪になり、自分の戸口のすぐ前で死んでいた話などもありました。
雪の少ない地方から来たら、寒さが命を削ることは想像できないかもしれない。
雪や氷があっても、水にするためには燃料が要るのです。