第156話について

『第156話 旧きネットワーク、発動』

gaku-156-01.jpg上京した政宗たちにとって、都はアウェイではなかったんじゃないかなという話です。

政宗の「田舎者コンプレックス」?

政宗逸話には、都で「田舎者」として扱われた政宗が、教養でやっつけ返すシリーズがありますね。
私はこのシリーズは、こと相手公家だったら無理があるなあと思っています。
だって、大枚の謝金をもらって伊達家に歌だの蹴鞠だの教えているのって、京の公家なんだもの。

政宗の田舎者コンプレックスなるものを、私は資料の中から感じることがまだありません。
かなり踏み込んだことを言ってしまうのだけれど、「政宗には田舎者コンプレックスがあっただろう」という見方は、江戸以降、というより明治以降の東北の研究者が東京に抱いていた思いが反映されていないか、と考えることがあります。
失礼でしたら申し訳ありません。


文化と探題職


さて伊達家は下向してきた公家に黄金30枚とか、時には100枚とか払っています。
晴宗が奥州探題拝命の時に、足利将軍家に贈ったのが黄金30枚。
文化に払う謝金は大きいですね。
これは趣味や教養の謝金とばかりも言い切れません。
蹴鞠の免許伝授は奥州探題に必須なので、習わないわけにはいかないのです。
他にも探題職に伴うこまごまと文化的な必要経費が掛かります。
こういう経済と文化のつながりが、地方大名と京の公家とのネットワークの基礎です。

政宗が上京したとき、さっそく上級公家たちから声がかかるのはこういう旧いつながりから。
マンガで描いたこの席には細川幽斎がいて、政宗と親しく話をしたようです。

それから文化以外でも、将軍の使者として公家や高僧が遠国を回ることも有ります。

伊達家文書の中には、天正5年と思われる、晴宗に当てた飛鳥井雅教の書状があります。
その中に蹴鞠の意味が書いてあって、一種の反閇(へんばい)、地面を正しく踏んで地鎮し、国家を治める宗教儀礼としての側面が説明されています。
えーこれはざっくりした翻訳です。だって長いんだもん。
蹴鞠の庭の作り方もあります。(晴宗への書状は大日本古文書に入っています。)
一応、一応ね、ちゃんと図面を作ってから蹴鞠の光景を描いてるんですけど、残念なことにほとんど見切れちゃっています。

輝宗も蹴鞠はやったようですよ。
だから政宗も、全く見たことがないわけではなかったろうし、飛鳥井から輝宗に「蹴鞠の練習忘れないでくださいね」という手紙があるので、米沢城に毬はあったと考えました。