番外 古文書の展示。(ごめん終わってるけど)

今年はいつもより欅の葉の成長が早い気がします。
仙台の人、どうですか?


聞かれないのに私事を書きますと、4月の検査で転移も再発も認められなくて、やったあ。

さてさて、終わっちゃった展示で申し訳ないのですが、
4月28日~5月2日、メディアテークでの「みやぎの書を魅せる展2018」の一角で、「新発見・みやぎの歴史を語る古文書-地域の古文書保全活動の成果」東北大の災害研、佐藤大介先生の展示のお手伝いをしてきました。
タイトルが長いですね。
東北大で調査した丸森町宗吽院の文書を、書道展の中で展示する企画です。
宗吽院は修験のお寺です。
明治維新の廃仏毀釈礼を乗り越えて、伊具郡では修験道が残りました。
貴重な資料も保存されています。
私は伊具郡とのご縁もあり、調査や学生、院生さんたちのレポートまとめの時からちょこちょこ手伝っていました。
宗吽院の展示の手伝いは今回で二回目です。

文書の中には弘治三gaku-158-06.jpg年の晴宗から宗吽院への安堵状などもありました。
これは写しで、実物は仙台市博物館にあります。
内容は、働きが著しかったので領地を安堵...って、これだけだとピンときませんが、弘治三年というと、天文の乱が終わって晴宗が次々と知行の発給のやり直しをしているとき。
晴宗が奥州探題になった年です (小十郎が生まれた年でもあります)。
想像なんだけど、修験の宗吽院にこの時「よく働いた」というのは、晴宗が稙宗を調伏しようとしていたとか、そんなことはないかなあ。
すごくないですか?

輝宗の発給文書もあり。

宗吽院の主へ位を授ける天皇の口宣案もあり。実物。
天皇関係の発給文書って、文字を差し込んだりできないように、上の文字と次の文字が少し重なるような、独特の書き方をしていました。
こういうのは翻刻ではわからないですね。
史料実物を見る楽しみです。

面白かったのは、宗吽院さんは毎年京に上るのが仕事ですが、東北から都へのあこがれと同時に、都から歌枕の地へのあこがれもあること。
相思なのです。
お土産に持って行った鹽竈の桜貝に感激した公家たちが歌を詠み、内裏の桜の押し花をお返しにくれています。
これも展示。

宗吽院と縁の深い只野真葛さんや、代々の片倉小十郎の文書もあります。

このほか元号が「文政」になるときの元号案(宗吽院と縁の深かった菅原家のもの、実物)とか、とんでもない、すっごーい資料が結構ありました。
古文書の展示というと、文章を文章で説明することになりかねないので、工夫を凝らしました。
で、かえすがえす、終わってからの話でごめんなさい。
連休もあって、うまく記事を更新できなかったのです。

次に展示するときには、早めに告知します。


GW? 
はーっはっはっ、そんなの戦国時代にはありませんな。
ずーっと原稿してましたわい。
しかも秀次事件...。

GWが終わっても忙しく頑張っているのは、5月12日に会津の福島県博物館と三春町歴史民俗資料館を回るためです。
行ってくるぞー。