第167話について 

『第167話 トミの唄』

ネタ元は伊達治家記録です。
gaku-167-01.jpg送り仮名や漢字は、今の文に直しておきます。
漢字が続くと読みにくいので、句読点も足して、文字明けも入れてあります。

葛西の旧臣栗原郡富村(今の宮城県栗原郡栗原氏、旧瀬峰町)の住人 富左馬允と云う者、野伏(のぶせり)50人余り召し連れ、御味方にあい加わるところに、大手櫓前において鉄砲にあたりて死す。
左馬允は、いったん木村殿に仕え、その後あい背いて一揆に与(くみ)し、今度また (政宗)公へ従いたるか、様子知らず

補足しながら口語約します。
葛西の旧臣で富左馬允という男がいた。
野伏50人ほどを引き連れて、伊達の味方に加わったが、佐沼城大手櫓前で鉄砲に打たれて死んだ。
左馬允は、第一次奥州仕置で秀吉によって葛西が改易となって浪人した後、秀吉から送り込まれた木村吉清に仕えた。
その後木村に背いて一揆勢に加わった。
そのうえで今回政宗に従ったのだろうか。
詳しいことは分からない。
...という感じでしょうか。


マンガの中にも書きましたが、治家記録は伊達家の当主の治世の記録です。
無名の人は、あんまりは出てきません。
その中に富左馬允の記録があります。
最後まで読むと、トミは佐沼城攻撃で何の手柄もあげずに死んでしまっています。
実名(じつみょう)もわからない、手柄も挙げずに死んだトミは、

葛西家臣→葛西改易で木村が赴任すると木村家家臣→一揆が始まると一揆勢→伊達が奥州で旗を揚げると手勢をもって伊達に味方

何とも見事に時々に応じて勝つ方、生きるほうに転んでいます。
でも、日和見侍として軽んじられてはいません。野伏50人を連れて伊達に加勢したのは、実力を認められていたのです。


トミはかつての仲間の一揆勢が籠る、佐沼城の櫓前で撃たれて死にました。
つねに生きる道を選んできたトミは、マンガの中では、立てこもるかつての仲間たちに、生きることを呼びかけながら死んでゆきます。
言葉は、今の石巻あたりの言葉をもとにしました。