第171話について 

『第171話 政宗の病』

病について出てくるのはラストシーン。gaku-171-01.jpg
政宗の体調が悪いことを留守政景が全く気が付かないこともなかったでしょうが、7月3日に佐沼落城、4日に周辺諸城が自落。この辺りまではおそらく政宗は動けています。
それ以降の急激な悪化と考えることにしました。
留守政景が月舟斎の助命に成功した時期については治家記録に「これらのこと月日しらず」とありますから推測です。
病そのものについては第172話『荒療治』で扱うことにします。

留守政景が北から守る

留守は政宗の北。これは数年前の佐藤憲一先生の講演で聞いて覚えたこと。
戦場に配備されるとき、また領地の場所も、留守政景は政宗の北を守る形が多いこと。
対して成実は南でしょうか。

あんな立派な鷹を頂いていることだし

第78話『鷹の行方』で天正14(1586)年に政宗が留守さんからねだり取った鷹です。
貰った翌年「あの鷹は元気です」という手紙で、鷹を返していないことは分かりますが、その後は不明です。
ここでついにもらっちゃった、というのはマンガの中でのお話。
鷹の寿命は20年とも30年とも。
大事に飼われていれば天正19年のこの時、5年前に若鷹だったこの鷹がなお元気でいてもいいだろうとも考えて描いています。
なお、政宗は天正15年に領内から大規模に鷹を集めます。留守も献上していますが、政宗は留守へのお手紙に「鷹の足に着ける綺麗な紐を送りますね」と、留守がまだいい鷹を沢山持っているのを知っているようです。

政宗と政景の関係が変わるgaku-171-02.jpg

輝宗が生きているうちは「かわいい甥っ子で」と言っていた留守さんは、
第65話『沈黙の終わり』
輝宗の死後、実元の病が進む中で数少ない政宗の尊属として責任をかみしめます

下は
第90話『伊達の屋形』
政宗は叔父を頼りにしつつ、大崎合戦の敗北の後でのひとコマでは、自分が屋形なのだから留守をおもんばかるべきだったと悔みます。

今回政宗は、身を捨てて義父の命乞いをした叔父の願いを入れ、守る立場になりました。
が、その病は...。