第176話について 

『おやたたたまとちちゅうえ』

大病を荒療治した政宗と、付き合いで大やけどをした小十郎です。
暮には政宗は巻狩りをできるほどに回復しました。この時小十郎が随行したという記録がありません。木村宇右衛門覚書に、小十郎の傷は後々まで馬に乗るときなど足がひきつったとあるので、その辺から今回のマンガが始まっています。

吹き出しで見えにくくなっていますが、左門が見惚れてgaku-176-01.jpgいるのはミノムシです。

振り返って、片倉重綱ははじめ弥左衛門、のちに左門とされていますが、どっちも童名らしくないので、この時期は他の名があったのではないかと思っています。
でも作るのが難しかったし、弥左衛門から左門って、父親の小十郎がめんどくさいから「弥」と「衛」を抜いたんじゃないの?などという雑な想像で、まあ、左門で行こう、という大雑把な付け方をしました。
なのでマンガでは今後元服しても「左門」呼びが残ることになります。


片倉重綱の元服は、一説によると成実が烏帽子親ということですが、確証を得られません。「...と伝わる」という記述にしたのはそのためです。
名前の「重」も、成実から「しげ」の音だけもらったと考えるより、景綱の父片倉景重からだと思った方が自然な気がします。ちなみに母方の祖父も和泉重貞で、重が付きます。

ちなみに、重綱は政宗死後に「重長」に名を変えます。
政宗存命中なら「重綱」ですね。