神戸市須磨区の鈴木和子さん(69)は東日本大震災の惨状を伝える報道に、1995年1月に起きた阪神大震災の記憶を重ねた。
長男の秀明さん(42)は中学1年生だった82年、首が傾いたままになる斜頸(けい)の手術中に心停止し、遷延性意識障害になった。
「ここ痛いんだね」。そう言って夫の体をさする妻の姿を見て、看護師村上則恵さん(48)は「すごいな」と思った。遷延性意識障害の患者と初めて接した20代前半、新人看護師時代の記憶だ。
夫は人工呼吸器を付けていて、体は全く動かない。「痛い所が、なんで分かるんだろう」と不思議だった。看護を続けるうちに、唇の両端のかすかな上げ下げが、イエスかノーかの「サイン」だと気づいた。
「withhold」。医療現場で使われるこの言葉は、終末期を迎えた患者への治療や栄養・水分の補給、つまり延命措置を「差し控える」という意味を持つ。
<半歩譲った治療>
日本カトリック医師会の石島武一さん(78)=東京都=は「2005年に最初で最後の『withhold』を経験した」と、私たちに明かした。医師会は、キリスト教カトリック系の病院などに勤務する医師らでつくる全国組織で、会員は約800人いる。
東日本大震災の発生から約1カ月後、山形市の小山田優さんは66歳で亡くなった。2008年11月に脳梗塞で倒れ、遷延性意識障害となってから2年5カ月目だった。
「震災後、体調が目に見えて悪くなりました。すごく不安そうな様子でした」。震災前から優さんの介護生活を取材していた私たちに、妻の通恵さん(64)から訃報が届いた。優さんは震災後に呼吸困難がひどくなり、肺不全に陥ったという。
優さんは仕事が多忙を極めた30代後半に不整脈が出始め、生命保険の加入もできなくなった。
2011年3月11日、東日本大震災の余震はひっきりなしに続いた。
さいたま市のマンションで地震に遭った西村理佐さん(35)は、重い意識障害のある娘の帆花(ほのか)ちゃん(4)が横たわるベッドから離れられなかった。
「ここに帆花を置いておくのは危険だ」。理佐さんは避難のための入院を考えた。安否確認で電話をかけてきた区の職員に相談したが、状態が安定していれば健康な子とみなされ、入院は無理だという。職員は「みんな大変なんですよ」と言って電話を切った。