私たちは昨年9月、さいたま市のマンションを訪ねた。そのマンションで暮らす西村帆花(ほのか)ちゃん(4)と母親の理佐さん(35)に初めて会ったのは、昨年3月11日。東日本大震災で同市は最大で震度5強の揺れに見舞われた。
帆花ちゃんは出産時にへその緒が切れ、仮死状態で生まれた。医師には「目を覚ますことも、動きだすこともない」と言われたが、その後も成長は続いている。
<機器で示す意思>
「じゃあ、またね」。あの日、マンション7階の西村さん宅で取材を終えた記者は、ベッドに横たわる帆花ちゃんと握手して部屋を出た。屋外階段を下り始めてほどなく、地震は来た。
揺れが収まるのを待って、部屋に駆け戻った。2人とも無事だった。理佐さんにテレビを付けてもらうと、「宮城県で震度7」の文字が目に飛び込んできた。大津波警報を示す線が東北の太平洋岸を縁取っていた。
小児の場合、脳死状態後も長期にわたり心停止に至らない「長期脳死」があるとされる。帆花ちゃんは遷延性意識障害の可能性も、長期脳死の可能性もあるが、理佐さんは医師に尋ねていない。「帆花が生きていることに変わりない」と思うからだ。
動けず、言葉を発しない帆花ちゃんは、機器が示すサチュレーション(血中酸素濃度)と、人工呼吸器から送られる空気が漏れる際の「リーク音」で意思表示している、と理佐さんは考えている。
「外出中に代わりの人に見てもらった時、サチュレーションがすごく下がったようです。寂しいと思ったのかな」。入院した時も、看護師に「お母さんが来ないと、サチュレーションがなかなか(健康状態の)100にならない」と言われた。
リーク音は体調次第で微妙に変わる。何かを問いかけると「ひいーっ」と、返事のような大きな音を出すこともある。
<障害に自責の念>
出産後、初対面の時から帆花ちゃんには人工呼吸器が付いていた。「帆花が家に帰れるなんて夢にも思っていませんでした」と、理佐さんは振り返る。
往診医も訪問看護師もヘルパーも、人工呼吸器付きの小児だと分かると即座に理佐さんの依頼を断った。区役所に相談すると、「お母さんがいるでしょ。何でヘルパーが要るんですか」と言われた。
生まれながらの重い障害をわが子に負わせたことで、理佐さんは出産直後、うつ症状にさいなまれた。
「『それが帆花なんだ』と受け入れられるようになった後は、帆花が生きていてくれることだけでうれしいと思っていました」
だが、震災とその後の日々が、理佐さんに「それすら許されないのかな」と思わせるようになった。その訳を、理佐さんは語り始めた。
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「今の状態で生き永らえることは本人も望んでいない。尊厳死制度の早期整備を望む」。遷延性意識障害の妻の介護を続ける男性から声が届いた。動けず、話せなくても、「生」を紡ぐ患者と家族の姿を私たちは追い続けてきた。日々の生活の中で苦悩し、繰り返される自問自答。震災であまたの生が失われた今、「命の尊厳」の意味を、あらためて考えてみたい。
(「いのちの地平」取材班)=第8部は10回続き