短歌(3/10掲載)

【佐藤成晃 選】

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長生きはするもんだべが八十歳(はちじふ)が味噌汁つくるスーパー通ひ  (石巻市恵み野・木村譲)

【評】下の句の「行動」を通して読めば、上の句に書かれた作者の苦悶(くもん)が手に取るように読めるのではないだろうか。その苦悶を鮮やかに際立たせているのが「するもんだべが」の方言による描写。妻がやるべきことを自分でせざるを得ない日常を嘆く半面と、生きることの難しさを嘆く半面を合わせて鑑賞しないと我がまま亭主の不満という鑑賞で終わってしまう。二人そろって長寿を全うする難しさ、さらには生きることのしんどさまで読んでみたい気のする一首である。

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老いぬれど短歌はいまだ捨てられず朝明けの空に声立てて練る  (東松島市大曲・阿部一直)

【評】ある年齢に達すれば、身辺整理が求められるし、それ以上に物事に関する執着が薄れてしまうのではないだろうか。作者も(連れ合いを亡くしてからは)身軽になろうとして人並みに身辺を整理したに違いない。なのに、「短歌」だけは手放せなかったと。この作品の感動は下の句だ。空に向かって自作を読み上げながら「推敲」もしているのだろうか。声に出すことが「短歌(うた)」の基本であることを知ったうえでの言挙げである。

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ひたすらに漁に励みて老いし今短歌(うた)に縋(すが)りてひと代を語る  (石巻市駅前北通り・津田調作)

【評】短歌は少年や青年のみの物ではないような気がする。人生経験の豊かな人の文芸だとも思う。韻律は脳細胞が知っているのだから、あとは内容(人生経験)だ。この作者も老いてから始めた作歌だったのではないだろうか。魚船での体験を詠んだ多くの佳作を発表してきた作者。一首一首と詠み重ねていけば一代記にもなる短歌です。急がずに歌の道を究めてほしいものです。

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春告げるオキアミ漁の漁具を積む乗子幾人(のりこいくたり)左へ右へ  (石巻市水押・阿部  磨)

八年を過ぎて実家(いえ)跡訪ねたり井戸の枠のみ暮らしを語る  (石巻市向陽町・中沢みつゑ)

レジに並び向かいの主婦と目が合えばにっこり会釈すかつての保護者  (石巻市丸井戸・高橋栄子)

鬼の目を潰(つぶ)せと豆撒(ま)く習いなれど目を病むわれには到底できぬ  (石巻市中央・千葉とみ子)

征(い)ったまま帰らぬ兄は母親に房(ふさ)のバナナを送ると書きし  (石巻市丸井戸・松川 友子)

冬ざれの津軽海峡しぶけどもマグロに賭(か)ける男の漁場  (石巻市わかば・千葉広弥)

背(せな)に児をくくりて厨(くりや)に立つ娘いつしか親の面構(つらがま)えして  (石巻市開北・星雪)

孫のような介護士やさしディサービスに会話だけでも心いやさる  (石巻市鹿又・高山照雄)

ガソリンを求めて夜中列なしき風花しそうな八年前が  (石巻市蛇田・菅野勇)

朝食の温(あった)か御飯と味噌汁は我が人生の最たる至福  (東松島市矢本・奥田和衛)

里山の一本杉におとり置き鶸(ひわ)を待ちにき繁みに隠れ  (石巻市駅前北通り・庄司邦生)

夕焼けの海辺に佇(た)ちて振り向けば茜(あかね)に染まるわが逆さ影  (女川町・木村くに子)

女川に揚がりしカレイの行き先はマリンパークとう新たな門出  (石巻市南中里・中山くに子)

老い二人コーヒータイムの禅問答アハハと笑いストレス飛ばす  (石巻市不動町・新沼勝夫)

愛用の万年筆を眺めつつあれこれ思う今日のひと日の  (仙台市青葉区・岩渕節子)

職業に貴賤はあると教えしが解るときにはもう遅い今  (東松島市大曲・羽生憲明)

仲違(たが)いせしがかたみに手をとればあの頃のまま気持ち伝わる  (石巻市向陽町・蟻坂利江)