短歌(9/8掲載)

【佐藤 成晃 選】

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うっすらと曙(あけぼの)広がる空の果て延縄漁(はえなわりょう)の夜明けが浮かぶ  (石巻市駅前北通り・津田調作)

【評】自然の広がりと、その広がりの中に浮かぶ思い出。広がりと奥行きの両面から若き日の延縄漁の現場を詠った佳作である。それほどに忘れられない様々なことがあったということなのだろうか。美しい朝焼けの彼方(かなた)にある青壮年時代の船上生活への思いである。若き日の過酷な船上の現場も詠んでほしいが、同時に現在の「老い」の現実の厳しさも津田流に詠ってほしいものだ。

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アメリカへ出張すると言う孫のにわかに親し街の名≪シカゴ≫  (石巻市向陽町・後藤信子)

【評】可愛い孫がシカゴへ出張するという。それを聞いた時の作者の思いは、「アメリは怖い」などということではなかった。否、そのようには詠まなかった。「怖い」という感情はあったに違いないのだが、「街の名≪シカゴ≫」と詠んだことで、アメリカと日本の距離がものすごく近くに感じられる作品内容になったし、またその表現にも納得させられた。「アメリカへ行く」と書かず、「シカゴへ出張」という、いわば「出張」の気分を上手に作品化した一首だ。

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又ひとつあれこれ思案し収まりぬ惑いのうちに紡ぎゆく短歌(うた)  (石巻市南中里・中山くに子)

【評】短歌を詠むことのむずかしさを詠った佳作。それは思案に苦しみ、「惑い」のうちに出来上がっていくものだ、と。「思い」から「作品」までの過程が苦しみの連続だと詠んでいるのです。もう一つ付け加えるならば、「作品」としてまとまった時の解放感はまた何とも言えない快感です。「作歌」は苦しい現実から作者を開放してくれる安全弁だという人もいます。介護の辛さを作品化することでかすかな解放感を味わっているという言葉も聞こえて来る昨今です。

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晴れわたる豆南(ずなん)海域あぶら凪(なぎ)航跡くっきり富士は彼方(かなた)に  (石巻市わかば・千葉広弥)

夏草に笑はれながら二十年今年のトマトも今日食ひをはる  (石巻市恵み野・木村譲)

盆の日々忙(せわ)しかりにし三日間 子らも帰りて送り火ひとり  (石巻市水押・阿部磨)

九十年生きてまだまだ目当てあり令和を生きて百越えるまで  (石巻市鹿又・高山照雄)

高齢者講習受けて更新の免許取得はあといく幾たびか  (石巻市駅前北通り・庄司邦生)

病める身を持て余しつつ病室の夜の暗さにこころおののく  (仙台市青葉区・浮津文好)

大声で私を起こす蝉のあり梅の木あたりか暑さ振りまく  (石巻市羽黒町・松村千枝子)

芋掘るに相撲取り草は根を張りて横綱が四股(しこ)を踏んでるごとし  (東松島市矢本・奥田和衛)

いにしえのチャンバラごっこの大将に会えば武将の霊気ただよう  (石巻市井内・高橋健治)

年取らぬ従姉(いとこ)の遺影美しく三十三回忌皆で語らう  (石巻市水押・佐藤洋子)

半島にリボンアートの風が吹く辿(たど)る浜辺に牡鹿たたずむ  (石巻市門脇・佐々木一夫)

図(はか)らずも二本の指がバネ指に戻らぬままにつり銭受ける  (石巻市中央・千葉とみ子)

涼しげに鳴く虫の声聞きながら熱帯夜ひとりゼーゼー喘(あえ)ぐ  (東松島市赤井・佐々木スヅ子)

町角に同じ傘持つ女あり振り返り見て目と目が合いぬ  (石巻市桃生・千葉小夜子)

我がこころ耕しくれし映画ありき≪アレキメデス≫と≪山本五十六≫  (石巻市桃生・三浦多喜夫)

連弾のバッハホールや震災後九度目の夏の空に鳴る風  (東松島市野蒜・山崎清美)

常の朝と思へど大輪夜の露を乗せてひとひらこぼれて静か  (石巻市開北・星ゆき)