短歌(11/3掲載)

【佐藤 成晃 選】

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晩秋にはいよいよ傘寿の誕生日 津波(なみ)をまたいで癌(がん)にも触れて  (石巻市恵み野・木村譲)

【評】秋が深まったころに誕生日を迎える作者。「傘寿」は80歳だ。よくぞここまで生きて来られたという感慨ひとしおの思いが去来することであろう。80歳の誕生日を迎えるまでには、様々な天変地異・喜怒哀楽とでも言うべきものがあったに違いない。8年前には津波があった。そこを超えたと思ったら次は「癌」。「(癌にも)触れて」をどのように解釈するか。自分の身に起きたことなのか、家族の誰かの罹患か。「触れて」だから間接的な印象でもあるが、捨てがたい表現だ。

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この紙が大切だった震災時の金庫に残る「り災証明書」  (石巻市中央・千葉とみ子)

【評】八年が過ぎても忘れられない津波。当時、確かに「り災証明書」なるものがあった。三陸自動車道が無料になった。医者の窓口での支払いが免除された、等々。その証明書が金庫に大切にしまわれていたのだ。確かに「有効な」一枚だった。金庫にしまうほどに大切な一枚だったことを思い出す。「本人証明書」みたいな一枚も私の手元にはあります。運転免許証もパスポートも流失してしまった人に与えられた一枚。自分が自分であることを証明することの難しさを味わいました。

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夫逝きて娘のために飼ひし猫われが抱きをりわれが話しをり  (石巻市開北・星ゆき)

【評】連れ合いを亡くした時に、娘のためだと思って猫を飼った。父を亡くした娘の寂しさを慰めようとしての母の計らいだった。しかし、実際は違っていた。真実は、娘よりも自分のために買ったのではなかったか。猫を抱いたり、猫に話しかけたりするのは、娘よりも自分の方が多いのだ。寂しかったのは、娘さんよりも自分だったのではないか。冷静になって振り返ってみての作者の心情がよく読み取れる一首だ。

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肚(はら)決めて庭の雑草抜きまくり今咲かんとする花までも抜く  (東松島市赤井・佐々木スヅ子)

親の死を受け入れる年齢(とし)となりにしや最期(さいご)の看取り姉妹で話す  (角田市角田・佐藤ひろ子)

帰りゆく車窓にひらひら揺れやまぬ白紅葉(しろもみじ)にただ再会祈る  (大阪府住吉区・竹節温子)

電線に止まりて鳴ける百舌(もず)一羽われに聴けよと又鳴き始む  (東松島市矢本・川崎淑子)

東京の孫へと送る品々に近況伝える「石巻かほく」も  (石巻蛇田・菅野勇)

向日葵(ひまわり)のうなだるる昼風絶えてトンボも蝶もいずこの日陰  (東松島市赤井・茄子川保弘)

トコトコと日々を送りて歳を積む齢(よわい)に負けずと短歌(うた)を練りつつ  (石巻市駅前北通り・津田調作)

辛(かろ)うじて疎(まば)らに残る浜の松生くる証しや松落葉あり  (多賀城市八幡・佐藤久嘉)

台風の泥を浚(さら)いて草を刈る遊歩道浄化十日も続く  (石巻市南中里・中山くに子)

足腰の弱まりて来し友からの毎日一度の電話が鳴りぬ  (石巻市丸井戸・松川友子)

置き場所を忘れし眼鏡見つけたり鏡に映るわが顔を見て  (石巻市駅前北通り・庄司邦生)

カモシカの吾(わ)を戒めるまなざしにシャッター押せば森に消えゆく  (石巻市桃生・三浦多喜夫)

晩秋の鯖雲(さばぐも)見ゆる茜(あかね)空そばにどっしり入道雲も  (女川町・阿部重夫)

台風に備える土のう庭先に十個並べて冠水防ぐ  (石巻市不動町・新沼勝夫)

憎んでも憎みきれない十九号テレビに映る悲しき実態  (東松島市矢本・奥田和衛)

鬼灯(ほおずき)の赤く熟れたる実を食みて遠くなりたる故郷を想う  (石巻市桃生・千葉小夜子)

寂(さ)び色の秋深まりて見上ぐれば蒼天(そうてん)高し鳶(とんび)悠々  (石巻市門脇・佐々木一夫)