乾杯! 忘年会など

 今年も残すところ1カ月半あまり。Time flies.(時は飛ぶ→「光陰矢の如し」)を実感する今日この頃です。それとともに「忘年会」が始まるのもこの時期。わが国の「国民的行事」と言っていいでしょう。

 初めて来日したALT(外国語指導助手)の先生たちにとって、忘年会はかなりインパクトがあるようです。" Bo-nen-kai! "と楽しみにする人もいれば、「飲ミ会ハ苦手デス」とふと本音を漏らす人も。

 全員がそろったところで、まずは「乾杯!」。英語の表現はご存知でしょうが念のため。

 一番簡単なのは、Cheers!(チアーズ)。cheer は「喝采」「励ます」という意味の言葉です。

 あるいは Toast!(トースト)。古代ローマ時代、乾杯する際にワインにトーストを入れて飲んだことに由来するとのこと。

 また、To your health/success!(あなたの健康/成功を祈って乾杯!)もよく用いられます。Here's to your health/success! の簡略形です。

 さて、「忘年会」を英語でどう表すでしょう?

 " Forget the Year Party "では「この年を忘れなさいの会」となってしまいます。無難なのは" year-end party "(年末パーティ)かも。

 さらに、「なぜ忘年会と言うの?」と聞かれたら、「今年の嫌なことを忘れて新年を迎える『ご苦労さんの会』」という長い説明に。

 いずれは" Bo-nen-kai "を英語に「輸出」することになるでしょうか。

大津幸一さん(大津イングリッシュ・スタジオ主宰)

俳句(11/10掲載)

【石母田星人 選】

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台風が来るぞ二階へ玩具箱  (石巻市桃生町・西條弘子)

【評】このたびの大雨で被害を受けられた皆さまに心よりお見舞い申し上げます。さて、俳句で時事的な素材を表現することはとても難しい。事実説明だけに追われてしまうからだ。掲句も事実だけを述べているようだが、唐突に感じられる「玩具箱」の具体描写が生きて、家族の中の緊迫感を出すことに成功した。

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ラグビーに国中が沸き天高し  (石巻市桃生町・佐々木以功子)

【評】釜石でのフィジー対ウルグアイの一戦は胸を熱くしてくれた。大震災の津波で全壊した小中学校の跡地に建つ競技場には大漁旗が翻り、スタンドは白熱した世界戦に沸いた。「ラグビー」は冬の季語だが、掲句の季語は秋の「天高し」。試合当日の澄み渡った青空を表現したのだろう。残しておきたい時事句だ。

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秋風のすうすう通る埴輪の目  (石巻市小船越・三浦ときわ)

【評】埴輪は古墳の副葬品で権力者の功績を表す。その造形は稚拙だが無造作にくりぬかれた目が存在を示す。この穴をくぐり抜けられるのは秋風くらいだ。

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鬼灯が賢治のことば話しけり  (東松島市矢本・紺野透光)

【評】鬼灯からイメージを膨らませて、宮沢賢治が浮かんだ。自らの苦難と闘いながらも苦しむ人に手を差し伸べた賢治。彼のどんな言葉を聞いたのだろう。

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颱風圏に入り泥水に囲まるる  (石巻市相野谷・山崎正子)

幾たびも水に浸りて残る稲  (石巻市広渕・鹿野勝幸)

台風や手鎌で刈りし稲の束  (石巻市吉野町・伊藤春夫)

稀にみる豪雨に耐えし秋ざくら  (石巻市南中里・中山文)

せせらぎや芋煮の湯気と鳶の輪  (石巻市蛇田・石の森市朗)

雲上はいつも紺碧鳥渡る  (石巻市小船越・芳賀正利)

小春日のみやげに遠き海の音  (東松島市矢本・雫石昭一)

鬼灯の赤鮮やかに露店かな  (石巻市北上町・佐藤嘉信)

霜月の雨のさみしさ情なさ  (多賀城市八幡・佐藤久嘉)

幼子のどんと背の伸ぶ冬支度  (仙台市青葉区・狩野好子)

金木犀窓の高さを猫過る  (石巻市中里・川下光子)

教会の鐘の轟き冬隣  (東松島市新東名・板垣美樹)

伸びやかな字の失せメールそぞろ寒  (石巻市開北・星ゆき)

休み鍬ひらりと止まる赤とんぼ  (東松島市矢本・菅原れい子)

秋時雨筏にかもめ浦の宿  (石巻市門脇・佐々木一夫)

湖に化した田んぼに初白鳥  (石巻市桃生町・高橋冠)

川柳(11/10掲載)

【水戸一志 選/評】

◎何十年に一度という大雨が本州内陸部を襲った。当地も南部の阿武隈川、中央部の吉田川が決壊した。地球温暖化が原因と言う専門家は、今後は毎年どこかで、このクラスの豪雨災害があり得ると警告している。天罰は他人ごとにあらず。

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◎ 列島に水責め続く何の罰  (石巻市蛇田・鈴木醉蝶)

  庭の隅あそび疲れた落ち葉たち  (東松島市赤井・片岡シュウジー)

  木犀の香りをナビにたどり着く  (石巻市蛇田・佐藤久子)

  ボート消えマラソン北へ枯れる萩  (石巻市あゆみ野・日野信吾)

  蟹メロン配る大臣どこの国  (石巻市蛇田・菅野勇)

  病棟の大きな窓に書く希望  (東松島市野蒜ケ丘・山崎清美)

  神様にこっち向いてと二拍手  (東松島市赤井・佐々木スヅ子)

  泥水の海に身震いした命  (角田市角田・佐藤ひろ子)

ウィッグ

 友達がふと疑問に思った「ウィッグ」という言葉。何かと奥さんに尋ねたら「知らないの? カツラのことよ」と、いくぶん冷ややかな答えが返ってきたとのこと。それもそのはず、女性向けのCMに登場するこの言葉、私たち男性にはあまりご縁がないものです。もっとも、「男性用のウィッグ」も出回っているようですが。

 このカタカナ語は英語の wig に由来するのはご存知でしょう。

 調べてみると、17~18世紀の英国で男子による着用が流行し、以来、裁判官らに法廷での白いカツラ着用を義務づけていました。法廷の威厳を保つためのようですが、2008年から一部地方で民事裁判に限って廃止されました。

 さて、日本語で「かつら」は「かぶる」と言いますが、英語では wear a wig と表します。「かつらを着る」? ちょっと違和感がありますね。実はこれが日本語と英語の大きな違いの一つなのです。

 日本語ではスーツは「着る」、帽子は「かぶる」、眼鏡は「かける」、靴は「はく」、メイクは「する」と言いますが、英語はそれぞれ wear suits / wear a hat / wear glasses / wear shoes / wear make-up と、全て動詞の wear で間に合います。日本語の方が多種多様で、学習する外国人が戸惑う点の一つです。

 かつて英語の本で出逢った文章で驚いた表現があります。

 She was wearing a smile.

 直訳すると「彼女は微笑みを身につけていた」...?! 「微笑みを浮かべていた」というのが自然な日本語ですが。

大津幸一さん(大津イングリッシュ・スタジオ主宰)

短歌(11/3掲載)

【佐藤 成晃 選】

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晩秋にはいよいよ傘寿の誕生日 津波(なみ)をまたいで癌(がん)にも触れて  (石巻市恵み野・木村譲)

【評】秋が深まったころに誕生日を迎える作者。「傘寿」は80歳だ。よくぞここまで生きて来られたという感慨ひとしおの思いが去来することであろう。80歳の誕生日を迎えるまでには、様々な天変地異・喜怒哀楽とでも言うべきものがあったに違いない。8年前には津波があった。そこを超えたと思ったら次は「癌」。「(癌にも)触れて」をどのように解釈するか。自分の身に起きたことなのか、家族の誰かの罹患か。「触れて」だから間接的な印象でもあるが、捨てがたい表現だ。

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この紙が大切だった震災時の金庫に残る「り災証明書」  (石巻市中央・千葉とみ子)

【評】八年が過ぎても忘れられない津波。当時、確かに「り災証明書」なるものがあった。三陸自動車道が無料になった。医者の窓口での支払いが免除された、等々。その証明書が金庫に大切にしまわれていたのだ。確かに「有効な」一枚だった。金庫にしまうほどに大切な一枚だったことを思い出す。「本人証明書」みたいな一枚も私の手元にはあります。運転免許証もパスポートも流失してしまった人に与えられた一枚。自分が自分であることを証明することの難しさを味わいました。

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夫逝きて娘のために飼ひし猫われが抱きをりわれが話しをり  (石巻市開北・星ゆき)

【評】連れ合いを亡くした時に、娘のためだと思って猫を飼った。父を亡くした娘の寂しさを慰めようとしての母の計らいだった。しかし、実際は違っていた。真実は、娘よりも自分のために買ったのではなかったか。猫を抱いたり、猫に話しかけたりするのは、娘よりも自分の方が多いのだ。寂しかったのは、娘さんよりも自分だったのではないか。冷静になって振り返ってみての作者の心情がよく読み取れる一首だ。

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肚(はら)決めて庭の雑草抜きまくり今咲かんとする花までも抜く  (東松島市赤井・佐々木スヅ子)

親の死を受け入れる年齢(とし)となりにしや最期(さいご)の看取り姉妹で話す  (角田市角田・佐藤ひろ子)

帰りゆく車窓にひらひら揺れやまぬ白紅葉(しろもみじ)にただ再会祈る  (大阪府住吉区・竹節温子)

電線に止まりて鳴ける百舌(もず)一羽われに聴けよと又鳴き始む  (東松島市矢本・川崎淑子)

東京の孫へと送る品々に近況伝える「石巻かほく」も  (石巻蛇田・菅野勇)

向日葵(ひまわり)のうなだるる昼風絶えてトンボも蝶もいずこの日陰  (東松島市赤井・茄子川保弘)

トコトコと日々を送りて歳を積む齢(よわい)に負けずと短歌(うた)を練りつつ  (石巻市駅前北通り・津田調作)

辛(かろ)うじて疎(まば)らに残る浜の松生くる証しや松落葉あり  (多賀城市八幡・佐藤久嘉)

台風の泥を浚(さら)いて草を刈る遊歩道浄化十日も続く  (石巻市南中里・中山くに子)

足腰の弱まりて来し友からの毎日一度の電話が鳴りぬ  (石巻市丸井戸・松川友子)

置き場所を忘れし眼鏡見つけたり鏡に映るわが顔を見て  (石巻市駅前北通り・庄司邦生)

カモシカの吾(わ)を戒めるまなざしにシャッター押せば森に消えゆく  (石巻市桃生・三浦多喜夫)

晩秋の鯖雲(さばぐも)見ゆる茜(あかね)空そばにどっしり入道雲も  (女川町・阿部重夫)

台風に備える土のう庭先に十個並べて冠水防ぐ  (石巻市不動町・新沼勝夫)

憎んでも憎みきれない十九号テレビに映る悲しき実態  (東松島市矢本・奥田和衛)

鬼灯(ほおずき)の赤く熟れたる実を食みて遠くなりたる故郷を想う  (石巻市桃生・千葉小夜子)

寂(さ)び色の秋深まりて見上ぐれば蒼天(そうてん)高し鳶(とんび)悠々  (石巻市門脇・佐々木一夫)

川柳(11/3掲載)

【水戸一志 選/評】

◎秋冬のごちそうの定番であるすき焼き。肉以外の具材も豊富だが、ヘルシーなどという言葉がなかった時代は、鍋を囲んで肉の争奪戦が起きた。家族の間でも、互いの箸の動きに視線が向く。「お母さんももっと肉を食べて」。誰かが気遣う時代があった。

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◎ すき焼きの箸先視線強すぎる  (石巻市湊・小野寺徳寿)

  大雨で沈没しそう日本丸  (東松島市赤井・川元とき江)

  節電の手本だなんてシャッター街  (東松島市矢本・畑山講也)

  首相日録会う人多くお大事に  (石巻市門脇・鈴木俊子)

  ピカピカの仮面を剥がす週刊誌  (石巻市あゆみ野・日野信吾)

  吉兆の虹もお出まし即位礼  (石巻市蛇田・梅村正司)

  カタカナの分だけ漢字削られる  (東松島市矢本・菅原れい子)

  雨粒のひとつひとつに世界あり  (東松島市矢本・川崎淑子)

寄り添う

 22日、天皇陛下が内外に即位を宣言する「即位礼正殿の儀」が皇居で行われ、陛下は玉座からこう述べられました。

国民の幸せと世界の平和を常に願い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国および日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓います

 一連の儀式は即座に世界中のメディアによって報じられ、お言葉は各国語に翻訳されましたが、本コラムとしては「地球語」としての英語にこだわってみたいと思います。特に「国民に寄り添いながら」という部分がどう英訳されているか、私も興味がありました。

 「寄り添う」という言葉は、阪神淡路および東日本大震災以来、ほぼ日常的に用いられています。この日本語には「何気なくそばにいてそっと支えてあげる」といった温かい控え目な感じがありますね。それだけに英訳するのが難しい。

 米国のCNN放送および英国を代表する「ガーディアン」紙を例に紹介します。「国民に寄り添いながら」の訳は一様にこうでした。

 " turning my thoughts to the people and standing by them "

 " turning my thoughts to the people "は「思いを人々に向け」、そして" standing by them "は「(人々の)そばにいて」。映画「Stand by Me」(1986年、米国)でおなじみですね。" Stand by me "は「心の支えになってくれ」というオシャレな言葉。

 英語が達者な陛下、そして雅子妃も " I'll stand by you."と心の中でつぶやかれたのかも...。

大津幸一さん(大津イングリッシュ・スタジオ主宰)

俳句(10/27掲載)

【石母田星人 選】

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磯みちは一人の身幅秋の暮  (石巻市相野谷・山崎正子)

【評】磯に下りるまでの斜面の道。人の背より高い草が左右を覆う。少し勢いをつけて磯道に飛び込む。体中を草にたたかれる窮屈な時間がすぎると、一気に視界が開ける。中七「一人の身幅」が緊張感を生む。

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脳髄の煮らるるごとき原爆忌  (石巻市駅前北通り・小野正雄)

【評】この夏、広島市の原爆資料館を訪ねた。展示内容が一変。作りものが少なくなり、遺品など実物の資料を重視した展示に変わっていた。特に遺品に持ち主のお名前が明示されたことで、強い現実感と当事者意識が生まれて、見事なリニューアルだと感動した。この句は、湧き上がってくる悲しみと怒りを「脳髄の煮らるるごとき」と表現。私が資料館で感じた思いをそのまま韻文にしてもらったようで、心動かされた。

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発砲音響き全山夕紅葉  (東松島市矢本・紺野透光)

【評】収穫の秋。農家は銃声音や爆発音を使った鳥追いの仕掛けを設ける。この発砲音もその音だろう。それを合図に全山が色づいたようにも読めて魅力的。

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腰かばひ農夫が運ぶ今年米  (石巻市広渕・鹿野勝幸)

【評】腰痛と付き合っていると、痛みがくる瞬間が分かる。そうならないように姿勢に気をつけて作業をする。こうした苦労があっての今年米。頭が下がる。

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鳥渡る更地となりし仮設跡  (石巻市小船越・三浦ときわ)

向日葵や震災遺構の校庭に  (石巻市蛇田・石の森市朗)

晩秋や一人二人と友去りて  (東松島市矢本・雫石昭一)

秋晴や窓全開の保育園  (石巻市小船越・芳賀正利)

梵鐘の余韻の中や秋暮るる  (石巻市南中里・中山文)

底無しの真闇の沼や散紅葉  (石巻市中里・川下光子)

曼珠沙華地軸傾くツーリング  (東松島市新東名・板垣美樹)

新涼や筆の重みを画仙紙に  (石巻市桃生町・佐々木以功子)

遠見にも秋刀魚と知れる天日干し  (多賀城市八幡・佐藤久嘉)

唐辛子吊してありぬ何でも屋  (石巻市吉野町・伊藤春夫)

木犀の甘く香るや坂の町  (仙台市青葉区・狩野好子)

鵯の声一樹の森に谺せり  (石巻市開北・星ゆき)

里芋の木箱並ぶや八百屋口  (東松島市赤井・茄子川保弘)

草笛の音色を置いて少年いずこ  (東松島市矢本・菅原れい子)

連弾のショパンの曲や秋桜  (東松島市野蒜ケ丘・山崎清美)

秋天や我等のみ込む立石寺  (東松島市矢本・菅原京子)

川柳(10/27掲載)

【水戸一志 選/評】

◎揺れる女心と秋の空を詠んだ句ではあるまい。10月も夏日が続き、出し惜しみのような秋に渋々半袖を引っ張り出した。それで、夕方にはくしゃみ、鼻水のおまけ付きでは、秋のスタイルが決まらない。心乱れる外出前。鏡よ鏡、お前はどっちにする。

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◎ 秋の空着てゆく服が決まらない  (多賀城市八幡・佐藤久嘉)

  新藁の匂い確かに「ひとめぼれ」  (石巻市桃生町・高橋冠)

  大雨警報ネズミが先に避難所へ  (東松島市矢本・川崎淑子)

  台風の次は連休まご嵐  (石巻市蛇田・鈴木醉蝶)

  菓子折りに金貨なぞとは何時代  (石巻市桃生町・北のから猫)

  天高く網張っている消費税  (石巻市真野・麻糸)

  ラシャイマセ名札カタカナお出迎え  (石巻市開北・安住和利)

  土をこね窯で生まれた猪口(ちょこ)美人  (東松島市赤井・片岡シュウジー)

PRESS

 メディアで連日のように伝えられる香港のデモ。何百万人という若者が集まり怒りの拳をあげる姿は、規模こそ違え「ベトナム戦争、反対!」などと叫びながら街を練り歩いたかつての学生運動を彷彿(ほうふつ)させます。

 さて、テレビの映像でひときわ目立つのがレポーターのゼッケン、PRESS の文字。「ゼッケン」は「覆う」を意味するドイツ語" Decken "(デッケン)に由来するとのこと。英語では number cloth と表します。

 ゼッケンに記された PRESS は日本語で表せば「報道」でしょう。そう言えば「プレスセンター」などでおなじみですね。

 ご存じの通り、press は「押す」という意味の英語。これがどうして「報道」となるか?

 TVやインターネットの普及とともに、新聞など紙ベースの媒体の影が薄い昨今ですが、報道の原点はやはり紙でしょう。印刷は、インクをつけた版を紙や布に「押し当てる(プレスする)」こと。7~8世紀に中国で始まり、日本にも伝来しました。そして、15世紀にはグーテンベルクが発明したとされる活版印刷が登場。

 さて、「第一印象」は first impression(ファースト・インプレッション)。 impression は impress(印象づける)の名詞形。im- + press で、心にプレスするほどの感動ということでしょう。 " Impressive! "(インプレッシヴ!)は「すごい、素晴らしい!」を表す定番表現です。

大津幸一さん(大津イングリッシュ・スタジオ主宰)