採用担当 喜怒哀楽記

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2011年3月23日

ふたつの「現実」

こんばんは。河北新報社人事部採用担当です。

既にホームページ等でお知らせしておりますが、東日本大震災に伴い、河北新報社は5月の採用試験を中止いたしました。今後の予定は未定で、採用試験を行う場合はあらためて告知いたします。就活生のみなさまにご迷惑をお掛けすることを、深くおわび申し上げます。

仙台市中心部は4~5日前まで、何を買うにも2、3時間並ばなければなりませんでしたが、ガソリンやカセットボンベなどを除き、だいぶ品物が供給されてきました。仙台駅前近くの朝市には活気が戻りました。都市ガスや交通網の復旧が待たれますが、これまで通りの生活も間もなくだなあと感じます。

そんな時に来た友人からのメール。頭をえぐられる衝撃を受けました。

「二度目の被災地入りから帰りました。家を流された地域の方々は町内会の会館に避難しています。避難した体育館から子どもが(津波に)流され、避難所には子どもがいませんでした  とにかく希望を  いまは まだ言葉がありません」

太平洋沿岸地域が置かれている現実~新聞やテレビで知ったつもりでしたが~を、あらためて突きつけられました。

深く残る大津波の爪痕。分からない肉親の安否。家や家財の流失。不安、悲しみ、絶望、怒り。いつもの日常生活はどこに見つかるでしょうか。同じ市、同じ県でありながら、沿岸部と仙台市中心部の「現実」はあまりにも異なり、言葉になりません。

別の友人からは、こんなメールももらいました。

「命を紡いだ私たちができる事は、(被災者に)同情することでも犯人探しをすることでもなく、一人でも多くの人に『必ずより良い未来を自分たちが作る』と、言葉で文字で行動で示すことです。今を一生懸命行きましょう」

この友人は古里が津波で崩壊し、叔父叔母と連絡が取れないそうです。しかし前向きに生きていく強い意志が伝わってきました。

被災地のことを心配し、「何かしたい」と考えている就活生の方も多いでしょう。被災地でボランティアをすることも良いですし、義援金を出すことも立派な行動です。しかし何よりも『自分たちがより良い未来を作る』という気持ちを持ってほしいと思います。その気持ちで就職活動をしてほしいです。そのハートが、我々に希望を与えてくれます。

とにかく希望を。未来を信じて。

2011年3月12日

未曾有の津波被害、原発事故、連続余震

blog11031101.jpg河北新報社人事部採用担当です。11日に発生した巨大地震。仙台でも立っていられない激しい揺れが2分間続きました。社屋は使用できるものの水道等はストップ。自家発電の暗い電気を頼りに、かつてない大震災報道がスタートしました。

まず始めたのは被害の把握と取材体制の構築と新聞発行体制の確立。かき集められるだけの情報を、現場に散った記者が本社にメモ上げします。一方で仙台空港が津波で使えず、上空からの取材が制約されました。また大津波警報が出る中、現場の様子を取材に行きたいが行けないもどかしさもありました。

その日、できるだけのことをして、8ページの特別紙面を作成しました。下の写真は大刷りをチェックしている様子です。

blog11031104.jpg一夜明け、被害の様子が次々と明らかになりました。釜石や気仙沼は、何度か行ったことのある土地。仙台市宮城野区や若林区の海岸線は、よく遊びに行く場所でした。津波や火災で変わり果てた街の姿に声が出ません。

さらに福島第一原発1号機で、炉心溶融の可能性という、あってはならない事故も起きてしまいました。

私は福島での記者時代は原発担当で、第一原発にも行ったし、東京電力や原発地域の住民にも知り合いがいます。危険性を承知の上で原発と共生してきた地域住民は、避難をしながら今、どのような気持ちでいるのか。そして被爆覚悟で懸命の作業をしている人々はどのような思いなのか...事態の推移をみるたび、胸を裂かれるような気持ちです。

被害の全容はまだまだ明らかになっていないと思います。今後さらに想像を絶するニュースが飛び込むかもしれません。東北のニュースを伝える新聞社として、外勤記者はもちろん、記者や社員をサポートする後方支援班も含め、全力を挙げて震災報道に取り組んでいます。そして被災報道だけでなく「復興」の様子まで、果てしなく長い取材体制を組むことになるでしょう。

被災された就活生やブログ読者の皆様。心よりお見舞い申し上げます。採用試験の日程等、現時点で変更するかどうかは決定していません。決まったことがあればすぐお知らせ致します。

2011年3月 9日

3.9三陸沖地震と「良い記者」

みなさんこんにちは。一人カラオケしているところを、会社の後輩に見られた採用担当です。

今日のお昼前に起きた地震、久しぶりに「おおおおおお!きたあああああぁぁぁぁぁ」という揺れでした。とっしーは小学2年生の時に宮城県沖地震を経験しているので、大きな横揺れが起きると、冷蔵庫が飛び跳ねた33年前の恐怖がフラッシュバックするんですよ。

さて、以前のブログで出した質問の回答です。1ヵ月も前になってしまってたんですね。あらためて、以下の4パターンの記者で、「良い」順に上から並べてください。

1.記事をはやく書き、かつ文章が上手な記者

2.記事をはやく書くが、文章が下手な記者

3.記事を書くのに時間はかかるが、文章が上手な記者

4.記事を書くのに時間がかかり、かつ文章が下手な記者

採用担当が考える答えは、1.2.3.4.です。順番通りですね。

まず、記事をはやく書き、かつ文章が上手な記者は一番です。しかし、新入社員でそんな人はいません。そんな新人がいたら、数十年もやっている記者が失業してしまいます!

で、次は「下手でもいいから早く記事を出す人」なんです。新人の頃の「上手い記事」とは、人を感動させたり、難しい漢字を使ったりというのではなく、事実関係がきちんと押さえられていて、重要な内容が第一段落に入っていればいいのです。しかし、これがなかなか難しい...

デスクは、新人がどこまで事実関係を知っているのか、記事を見るまではっきりと分かりません。だから、とにかく知っていることをバーッと書いて出してもらった方が、新人を指導しやすいのです。また締め切りに余裕があれば書き直しを命じることもできます。結果としてより良い原稿になるのです。

新聞には厳格な締切時間があります。記事を書くのに手間取り、締切間際まで出てこないと、記事を直す時間が足りません。記事は(特に新人の場合)担当者1人が書いて終わりでなく、キャップやデスクなど多くの目を経ることで、より良くより正しい内容に磨かれていきます。この点からも早く記事を出すことが重要なんですね。

今日のような大きな地震の時などは、記者が現地の情報や事実関係を電話やメモ形式で本社に上げ、本社デスクがまとめる形を取ることもあります。災害時にどのような取材をし、どういう情報を伝えればいいのか、記者やデスクは常に考えているのです。

2011年3月 7日

外相辞任と尾崎豊の夜

みなさん、こんにちは。前原外相が辞任した日曜夜は、YouTubeで尾崎豊のライブを見続けていた、採用担当のとっしーです。ブログの更新が遅れてすみませんでした。
尾崎は没後間もなく満19年。20代のお若い方は知らないかもしれません。ですが今年41歳になる私は、どストライクの世代。若かりし頃はラジオの深夜放送でよく聴いていました。

大学生から社会人になり、全くといっていいほど聴いていなかったのですが、なぜか急に青臭い歌詞を聴きたくなりました。
FM東京系日曜夕方の番組で流れていたのがきっかけですが、最近「このままでいいのかなあ」「思い通りにならないなあ」と悶々としていたとっしーに、なんか歌詞が刺さってくるんですね。若い頃よりも。

不惑なのに迷ってばかりの採用担当の話はさておき、本日から河北新報社採用試験の応募を受け付けています。
みなさんの学生生活も、順風満帆に進んでいった時ばかりではないでしょう。止まったり、転覆したり、思いがけず遠回りしたり...
そんな経験は、全く恥ずかしくありません。失敗して成長したこと、回り道で気付いたことを、ぜひ入社志願書や作文に練り込んでください。多くの方の応募を、人事部一同お待ちしております!

この一つ前のブログで質問していた答えは、次の機会に!!

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