魚価低迷や担い手不足に対応できる新しいマグロ漁を探ろうと、最新鋭の鮮度保持技術や省力化機器を装備した漁船がある。気仙沼遠洋漁協(気仙沼市)が建造した近海はえ縄船「海青丸」(149トン、14人乗り組み)だ。地域の期待を担い、2006年から太平洋で実験操業を重ねる。マグロ漁の現場を知るため約1カ月間、海青丸に同乗した。(マグロ危機取材班・沼田雅佳)=第1部は10回続き
船首近くで波が爆発した。気仙沼港を出て10日余りがたった昨年12月1日午前7時。立っていられないほどの揺れも珍しくは感じなくなっていたが、操業中にこれほどの荒波に襲われたのは初めてだった。
前日の午後9時ごろから続いた「揚げ縄」の作業のさなか。グラッ。乗組員の石原成二さん(50)=気仙沼市=が獲物のかかった枝縄をたぐり寄せた時、船は右に傾いた。獲物を一緒に引き寄せようと近づいた数人も一斉に足を踏ん張る。
波間に浮かんだラジオブイに、近海マグロはえ縄船「海青丸」がゆっくりと近づく。「四つ鉤(かぎ)」と呼ばれる道具でブイをたぐり寄せ、幹縄を引き上げる。
昨年11月24日午前0時20分。ギィーッ。幹縄を巻き取る油圧リールが金切り声を上げる。この航海で初めての揚げ縄が始まった。
リールの操作、幹縄に一定間隔で取り付けられた枝縄の回収、掛かった獲物の引き上げと魚艙(そう)への運搬。漁労長を除く乗組員が二つの班に分かれ、交代で食事を取りながら徹夜で作業を続ける。
マグロはえ縄船「海青丸」(149トン、14人乗り組み)の甲板。「あーッ」。乗組員の及川友和さん(30)=大崎市=が、ため息交じりの声を上げる。ひっきりなしに揚がるヨシキリザメの処理に追われていた。
昨年12月16日午前3時。2時間前に揚げ縄が始まった操業は、今航海でも屈指の大漁だった。それでも、乗組員の表情はさえない。戦場のような忙しさとは裏腹に、甲板には脱力感が漂う。
200匹の漁獲のうち195匹はヨシキリザメ。マグロに次いで単価の高いメカジキを狙った操業だったが、メカジキは4匹、マグロはビンナガ1匹にとどまった。
きしむ音が聞こえてきそうなほど、幹縄に強い力がかかる。直径3.6ミリ。手で引き上げようと奮闘する甲板長の吉田政利さん(58)=気仙沼市=も歯が立たない。油圧リールを使っても、状況は変わらない。むしろ、縄を海中に引っ張り込む力は増しているようだ。
昨年12月1日午前8時すぎ。終盤に差し掛かった揚げ縄はトラブルに見舞われた。大型の魚が幹縄を海中深く引き込んだという。
枝縄の針などが乗組員の衣服に絡まれば、間違いなく冷たい海に引きずり込まれる。「危ないから、もう無理するな」。漁労長の小松勢七さん(62)=同=は、幹縄の切断を指示した。
ブルブルブルッ。大型のメバチマグロが一瞬、体を震わせ、ぴたりと動かなくなる。
「神経殺し」。魚体を脚で挟んだ乗組員が頭頂部に包丁を入れ、もう1人が切れ目から長さ約1メートルの針金を通す。魚が暴れ回り、肉質が劣化するのを防ぐためだ。
手を抜くと、血栓や筋肉の組織が傷む「身ヤケ」が生じ、きれいな刺し身にならない。大物を仕留めても、この作業がずさんだと、決して良い値は付かないのだという。
厄介なのはヨシキリザメだ。のこぎりのような歯をむき出し、尾を甲板にたたきつけて大暴れする。2メートル級の大物は数人がかりの大仕事になる。
メカジキも、やりのような長い上あごを最初に切断しないと、乗組員がけがをする恐れがある。
魚の処理は鮮度と商品価値に直結する。乗組員はリズミカルに包丁を振るって内臓を取り除き、入念に洗う。スピードと丁寧さが要求される手間の掛かる作業だ。
「買ってもらえる魚にするには泣き言なんて言っていられない」とマグロはえ縄船「海青丸」(149トン、14人乗り組み)の甲板長吉田政利さん(58)=気仙沼市=。両肩には作業前、誰にも見られないように磁気ばんそうこうを張っている。