マグロ漁業は人材面でも存続が危ぶまれる。担い手不足や経営環境の悪化に伴い、拡大したインドネシア人船員の雇用。遠洋船は今や日本人が幹部船員に限られ、これ以上の人件費抑制は難しい。近海船のインドネシア人が寄港先で脱船・逃亡するトラブルも相次いだ。経済格差を背景に、双方に利益をもたらした相互依存の仕組みに限界が近づく。インドネシアでの採用現場や船員の古里を訪ね、実態を探った。(マグロ危機取材班・山崎敦)=第7部は6回続き

  33.jpg
 鍛えた成果は一目瞭然(りょうぜん)だった。そろいの黄色いポロシャツ。肩と上腕、胸板の部分が盛り上がる。船員派遣会社の「訓練生」だ。 2月12日、インドネシアの首都ジャカルタ。船員派遣会社「シンワヤ社」で、日本のマグロはえ縄船に乗せる船員の面接が進んでいた。 雇い主は鹿児島県いちき串木野市の「早崎水産」。応募した日本船の経験者約40人と訓練生10人から、社長の早崎達哉さん(51)と漁労長の熊谷次雄さん(52)=陸前高田市=のお眼鏡にかなったのは、20歳の訓練生4人を含む十数人だった。
 訓練生は2カ月間、合宿して日本語や漁船での作業を学び、トレーニングに励む。腕立て伏せ、腹筋、背筋が100回ずつ、20キロのバーベル上げは200回、そしてランニングが毎日のノルマだ。
 マグロ船員から同社顧問に転身した福山祐治さん(57)=宮古市出身=は「全員が地方出身。栄養のない食事をしてきたせいか、1日4食の合宿生活で一気にたくましくなる」と説明する。経験者は即戦力と期待される半面、船を下りるとすぐ筋肉が落ちるのだという。

* * *

090505-gyozyou.jpg 「息子のおかげで、村で一番早くテレビを買えた」「内陸育ちで泳ぎもできない息子が、船で稼いでくれるなんてね」
 インドネシア・ジャワ島の中央山脈東ふもとにあるチアミス県ジャレット村。マルシップ制度の船員としてマグロ船に乗り込むヤヤハルダヤさん(32)の実家で、父カルソノさん(64)と母エシーさん(48)は語った。
 ヤヤハルダヤさんには昨年11月、気仙沼港で出会った。出航準備の合間、誇らしげに妻子の写真を示し「家族のためにもっと稼ぎたい」と繰り返していた。今はオーストラリア南側のタスマン水域で、ミナミマグロを追っている。
 4人兄弟の長男。次男(25)には家を建てる土地の購入費用を、その下の双子の弟(12)には教育費を送金してきた。
 実家の3軒隣は新築したばかりの自宅だ。外壁は天然石タイル、床は大理石。打ちっ放しのコンクリート造りが多い村では、ひときわ目立つ。
 実家の目の前では、エシーさんが「ワルン」と呼ばれる食堂兼雑貨店を営む。ヤヤハルダヤさんが開店資金を出した。
 帰郷する際は高価な土産も忘れない。昨年は双子の弟たちに、日本製の格闘技ゲームソフトを買って帰った。海賊版天国のインドネシアで、本物が新品で手に入ることは少ないからだ。

* * *
0900506.jpg 「いつまでマグロ船に乗っていられるだろう」
  昨年11月17日、気仙沼港。インドネシア人のマルシップ船員ヤヤハルダヤさん(32)は出航前、不安を口にしていた。
 叔父に誘われ、19歳で初めて日本のマグロ船に乗った。今回が12回目の航海。同じ船に乗るインドネシア人15人の中で一番のベテランだ。
 そんなキャリアを誇ることができないのは、20代後半になって年齢と給与の高さを理由に、日本船から採用を断られた経験があるからだ。自ら給与の減額を願い出て、乗船したこともある。
 船員派遣会社などでよく聞かされた「35歳定年説」。その年齢が近づくにつれ、強く意識するようになった。
 インドネシア人船員の構成は、十数回の航海経験者を頂点とするピラミッド型だ。年齢と経験を重ねるごとに給与が上がるため、35歳前後で採用してくれる船がなくなるという。
* * *
maguro0508.jpg インドネシアのジャカルタ市で2月13日、全日本海員組合(全日海、東京)が初めて船員セミナーを開いた。日本のマグロはえ縄船の経験者93人が参加した。
 「ミスをしたら殴られた」「日本人は怒鳴ってばかりで怖い」。インドネシア人たちは次々に、不満をぶちまけた。
 セミナーは、日本の労働法制や組合員の権利を知ってもらい、インドネシア人船員の労働環境の改善につなげる狙いだった。船上でのトラブルや雇用、待遇面での相談が増えているのが背景だ。
 2006年11月、石巻市の金華山沖を航行中の近海マグロはえ縄船内で、インドネシア人船員(29)が日本人船長=当時(25)=を包丁で刺殺する事件が起きた。
 やめるように頼んだのに、船長が狭い船員室で喫煙をやめなかったことに腹を立てての犯行。仙台地裁で懲役14年の実刑判決が確定し、船員は日本で服役している。
* * *
maguro0509.jpg 「自分は仲間の失跡と無関係だ。なぜ、船に乗せてくれないんだ」
 2月13日、インドネシアのジャカルタ市で開かれた全日本海員組合(全日海、東京)の船員セミナー。インドネシア人船員カエルディンさん(26)は切々と訴え、最後は「(失跡した)やつを見つけたら殴ってやる」と拳を握り締めた。
 漁業研修生として来日し、近海マグロはえ縄船に乗っていた昨年8月、仲間の1人が沖縄県で脱船、逃亡した。研修を終えたカエルディンさんはマルシップ制度での再乗船を希望している。業界団体「全国近海かつお・まぐろ漁業協会」(全近かつ協、東京)の許可が、まだ下りないという。
 マルシップ制度の適正な運用のため、全近かつ協は近海マグロ船主に指導事項の順守を義務付けている。その一つが「問題船員」の排除だ。