お産SOS 河北新報社

第6部/助産力

[ 2007/04/19 ]

(5完)潜在と偏在/やりがい生む環境が鍵

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 陣痛待ちから分娩(ぶんべん)、産後の回復まで一貫して対応できる一室は、まだ真新しさが残っていた。
 2002年に開院した栗原市立栗原中央病院。「もったいないですよね」。LDR(陣痛分娩回復)室を見回し、看護師の千葉由美子さん(47)はつぶやいた。
 290床と市内で最大規模の病院は、最新のLDR室も整えた。開設から2年後、常勤医が空席になった。分娩の受け入れは休止された。
 十数人いた助産師も宙に浮いた。異動や退職で、今も残るのは7人。外科、小児科などで看護師として働く。千葉さんもその1人。「看護の仕事もやりがいはある。ただ…」。時折、同僚とLDR室を掃除し、設備を点検する。

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第6部/助産力

[ 2007/04/18 ]

(4)マタニティーホーム/病院に開設 安心感増す

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 中庭に面した窓から、春の陽光が降り注ぐ。3月下旬の公立刈田総合病院(白石市)。宮城県蔵王町に住む三辺るみ子さん(27)は、病院の一角にある「マタニティーホーム」に向かった。
 布団に横たわると、助産師の梶川里子さん(48)が足をマッサージしながら語りかけた。「しばらく先生の診察を受けていないよね。予約は来週だけど、心配なら今日でもいいのよ」
 妊娠35週目。時々、おなかが張る。三辺さんは少し考え、翌週まで様子を見ることにした。「横になっても張りが続くなら、すぐに来て」と梶川さん。体調管理なども話し合い、健診はたっぷり一時間半かかった。

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第6部/助産力

[ 2007/04/17 ]

(3)開業の条件/医師との連携高い壁に 

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 3月中旬。開業したばかりの仙台市青葉区の「森のおひさま助産院」で、お披露目会があった。応援する母親たちが手料理を持ち寄り、祝福する。その一人一人に笑顔で応えながらも、院長の小野由起子さん(43)の心中は複雑だった。
 「やっと開業したのに、すぐ廃業しなくてはいけないかも…」

 小野さんを悩ませるのは、今月施行の改正医療法。助産所の場合、嘱託医は産科医に限定された。連携する医療機関として、産科と新生児医療の体制が備わった病院の確保も義務付けられた。
 こうした条件を整える期限は来年4月。市内で分娩(ぶんべん)を扱うもう一つの助産所「とも子助産院」(泉区)の院長と一緒に病院を回ったが、まだ決まっていない。
 法改正は、母子の安全性の向上を図るためとされる。小野さんに異論はない。「助産院も大きな病院とつながりたい。でも、現状では受け入れてもらえない」

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第6部/助産力

[ 2007/04/16 ]

(2)安心と安全/リスク察知 不断の努力

 「1%」。106万2530人の赤ちゃんが誕生した2005年、厚生労働省によると、うち1万676人は助産所で生まれた。助産所出産の割合はここ十数年、横ばいを維持する。
 常勤、非常勤合わせて10人の助産師がいる仙台市泉区の「とも子助産院」。3月上旬、院長の伊藤朋子さん(40)を囲み、院内で出産した母親仲間の集まりがあった。
 昨年10月に2人目を産んだ石沢佳奈さん(33)=仙台市若林区=。陣痛が始まると、助産師がずっと寄り添ってくれた。約6時間。分娩(ぶんべん)の進行具合は逐一教えられ、とても安心できた。「その夜、家族4人で一緒に寝たときは、すごい幸福感に包まれた」
 伊東小百合さん(36)=仙台市泉区=は長男(5つ)を病院で出産後、ひどい腰痛に悩まされた。「抱っこもできなかったけれど、お産自体は問題がなかったので、規定通りに退院させられた」
 とも子助産院に出張ケアを頼み、何とか育児を乗り切った。「病院は医療以外のリスクを抱えた妊婦の居場所がない」。間もなく2歳になる第二子は、最初からお世話になった。

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第6部/助産力

[ 2007/04/15 ]

(1)きずな/地域の命 支え続けた手

20070415osan.JPG 五所川原市で開業して40年がたった。7686人の誕生に立ち会ってきた。「よくやってきたものでございます」。助産師の福士レイ子さん(75)は、しみじみと振り返る。
 多い年は300人を超えた。昨年も90人近くを取り上げた。市の人口は6万2000。街のあちこちに、かかわった「命」が息づく。
 3月上旬、福士さんは蒔田育子さん(34)の家を訪れた。昨年末、女の子を産んだ。手際よく、体重、身長を測り、発育を確かめる。「見事だのう。ちょっと、おっぱいはやりすぎかな」
 産後、福士さんは母子のもとに必ず出向く。産後うつ、育児ストレスの気配はないか。赤ちゃん、そして母親の様子を慎重にみる。心配があれば、何度も足を運ぶ。
 「福士先生だば、顔見ただけで元気になる」。蒔田さんは4度の出産すべてを頼んだ。自分も、福士さんの手で取り上げられた。母の裕子さん(55)は言う。「人柄が良くて何でも相談できる。産んで終わりの関係じゃない。家族同様の方だ」
 2代続けて世話になった母娘は多い。「産婆冥利(みょうり)に尽きる」と福士さんは語る。

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