お産SOS 河北新報社

プロローグ(中)遠のく診察室/雪道を60キロ 耐える妊婦

0115s.jpg 風光明美な津軽西海岸。一台の車が走る。風が強い。変化に富む道沿いに荒波が迫る。「カーブが多いから、揺らされるのが怖い。妊娠初期は買い物がてらにお出掛けっていう感じだったけど」。冬道では診療所までゆうに1時間半はかかる。
 青森県深浦町の主婦佐藤美喜子さん(36)。初めての子どもを2月に出産する予定だ。「こういう所なんだから。産科が遠いのどうの言っても始まらない」。気丈な物言いには、あきらめとともに母となるたくましさもにじむ。
 町中心部から最も近い出産場所は五所川原市。約60キロ離れている。隣町にある鯵ケ沢町立中央病院が2003年3月、出産の受け入れをやめた。深浦の赤ちゃんの7割近くがそこで誕生していた。移動距離は20キロ以上延びた。出産間近の入院時、自らハンドルを握る妊婦もいる。お産環境の厳しさは東北でも指折りだ。
 「この状況で産むしかない」。美喜子さんは、静かに言葉を重ねる。「それが深浦の、普通の女性の感覚です」

0115m.gif 12月中旬。薄日が差す深浦は、風花が舞っていた。2週間ぶりの妊婦健診のため美喜子さんは午後3時、車で五所川原へ。建設関係の勤めを早引けした夫の睦夫さん(38)が運転する。予約は5時に入れている。
 鯵ケ沢から内陸部に進むと、雪は本降りに。路面は圧雪からアイスバーンへ。わだちが車を大きく揺らす。睦夫さんの緊張感が増す。「つがる市辺りが一番怖い。地吹雪がひどい」と嘆息した。
 「産むのが夏だったら、不安はだいぶ違った」と、おなかの膨らみが一段と目立ち始めた美喜子さん。「きょうはまだ大した雪じゃない。楽勝でした」。診療所のドアの向こうに消えた。
 「今や、5、60キロの通院は大変と思わない方がいい」。五所川原市で安斎レディスクリニックを開業する安斎栄一さん(58)は努めて平然と語った。
 「いずれ県内でお産のできる場所は(中心都市の)青森、八戸、弘前だけになるのでは」と安斎さん。五所川原に来た1981年、西津軽郡と北津軽郡、五所川原市には合わせて17人の産婦人科医がいた。今は五所川原に5人だけだ。
 「でもね。冬は心配だよ」。安斎さんは表情を曇らせた。遠距離通院者の交通手段はほぼ百パーセント自家用車。「妊婦は体がきついし、ぼーっとしがち。冬は事故が多いんだ」

 4月に五所川原で第2子の出産を予定している深浦町の看護師(28)。長女は鯵ケ沢町立中央病院で産んだ。車の中で必死に陣痛をこらえた。「あの苦しみがさらに30分続くかと思うと」。度胸は据わったが、時折、心が騒ぐ。
 遠野、十和田、栗原…。東北で分娩(ぶんべん)の扱いを休止する公的病院が相次ぐ。開業医の高齢化、お産離れに過疎・少子化が重なる。津軽に限らず、出産の「空白域」は各県で拡大する。
 「西津軽の妊婦さんは、産科医療の現状に不平、不満をあまり言わない。それは我慢しているから。あきらめの気持ちに切り替えないと、ここでは暮らせない」
 鯵ケ沢町立中央病院が分娩をやめるまで、長年、助産師を務めた今千恵さん(54)は、妊婦たちの心情をこう代弁する。
 耐えて産む。消えゆく産科が、悟りにも似た妥協を迫る。深浦が直面する厳しい現実の影は、東北を広く覆い始めている。

【写真説明】夫が運転する車で60キロの道のりを妊婦健診に通う佐藤さん。冬は2時間近くも緊張を強いられる=青森県深浦町

(2007/01/15)

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