河北新報社

(5)進む協業化<中>ブランド魚、4~10倍の値

saisei0127_01.jpg<経済をけん引>
 二つの協業体が「車の両輪」の関係で、漁業のまちの地域経済を力強くけん引する。
 日向灘を望む宮崎県延岡市の北浦漁港では、それぞれ蓄養マアジと養殖マサバを生産する2漁業者グループが、いずれも協業化を利用してブランド魚を確立させた。
 先陣を切ったのは「北浦灘アジ」。
 「トロ箱に魚を詰めて仲買人に渡せばよかった時代は終わった」。7船団の漁師127人でつくる北浦漁協まき網船協業体代表の宇戸田定信さん(58)=同漁協組合長=が言い切る。
 所属の巻き網船が漁獲した新鮮なマアジを、漁港のいけすで1週間以上蓄養し、計画出荷している。人の手を触れず、丁寧に取り扱われた魚体は南国の日差しを受け、キラキラと輝く。
 主力のイワシは1990年に回遊が減り、漁獲量が半減。それまでの「大量・低単価」から「少量・高単価」へ転換を迫られた。
 漁業者自ら導き出した答えが、協業によるブランド化だった。2001年に協業体を組織し、どうすれば品質を高められるか試行錯誤を重ねた。03年、県の水産物ブランドに認証された。
 漁師たちに、抵抗がなかったわけではない。北浦灘アジは一匹一匹にブランド認証のシールを貼るのがルールだ。
 細かく慣れない作業に、仲間内からも「余計な仕事が増えた」とブーイングが起きた。だが、普通の鮮魚アジの4~10倍の値が付くと、すぐに理解されるようになった。

<営業マン兼務>
 「ひむか本サバ」がこれに続いた。
 地元の4養殖業者が天然種苗を無投薬で大切に育てているため、適度に脂が乗りさっぱりした肉質となる。アジの背中を追うように02年に協業化、05年に認証を受けた。
 「今の漁師は営業マンにもならないといけない」。14人が名を連ねる北浦養殖マサバ協業体代表の中西茂広さん(55)は「自分たちがつくった魚は、自分たちで値段を付けたい」と力を込める。
 カンパチ養殖が主体だったかつての経営は、収入の総額は大きくても、種苗代、飼料代がかさんで収益はわずかだった。
 これに対し、協業体の内部で生産量を調整、計画出荷するマサバは収入自体は減少する。それでも薬代が不要になるなどコストは下がり、一経営体当たり毎年安定して500万円ほどの収益を確保できる。
 「変わらなければ、先細るだけだ。幸い、世界三大漁場の一つの三陸には豊富な資源がある。失敗を恐れず取り組むことからアイデアは生まれる」と、東日本大震災の被災地にエールを送る。

saisei0127_02.jpg<「第三」を模索>
 山口県・下関市立大の浜田英嗣教授(水産経済学)は地域ブランドの意義を「大量生産・大量消費の時代が去って国内市場が縮小する中、漁業者が量ではなく質で勝負する際に重要かつ不可欠なツール」と説明する。
 その上で「激化する産地間競争を生き延びるには、一度確立したブランドでさえ絶え間ない改善を迫られる。地域で切磋琢磨(せっさたくま)する仕組みをつくる必要がある」と指摘した。
 北浦漁港では加工業者と漁業者が、アジ、サバに続く第三の協業化の可能性を模索中だという。協業体同士が互いに刺激し合い、好循環を生んでいる。

【写真】地域ブランドの認証シールが貼られ、出荷を待つ「北浦灘アジ」。ブランドは三陸の漁業復興にも重要なツールとなるはずだ=12日、北浦漁港

(2012/01/27)