河北新報社

(3)元日銀副総裁・藤原作弥氏/経営支援の強化が急務

20120105.jpg ―あらためて東日本大震災をどう振り返るか。
 「政治的不安定と経済不況のさなかに起きた大災害という意味で、関東大震災、阪神大震災、東日本大震災には共通の背景が認められる。しかし政権交代といい、世界同時不況といい、その規模の大きさと深刻さは過去に例がない。あらゆる条件が不利になった」

 ―政府の震災対応への不満が根強い。
 「与野党あるいは政官を問わず、震災前からもたつきが目立った。福島第1原発事故をめぐる情報の遅れ、透明性の欠如が拍車を掛け、国民の不信を大きく募らせた」

 ―被災自治体の復興計画が出そろいつつある。
<民の発想、貴重>
 「東北全体の将来像を視野に入れた点で、河北新報社の提言は独自性があり、貴重だ。個別の具体的なプロジェクトを掲げながら、全体として東北のグランドデザインを描ききっている。政でも官でもない民の発想で公の問題を掘り下げた」

 ―経済復興において金融が果たすべき役割は。
 「戦後、政府は復興金融金庫を設立して復興のエンジンとした。戦後と比較されることが何かと多い 『災後』だが、今ここで公的金融機関を復活させ、政府の中に位置付けようというのは時代に逆行する感もある。補助金や税制優遇、政策金融も含め、きめ細か に企業をサポートすべきだ」

 ―震災では、地場の中小零細企業の経営指導を担ってきた地域の金融機関も被災した。
 「金融機関に限らず国や国の出先機関、それに地方自治体も含めて、経営指導力の脆弱(ぜいじゃく)さは震災前から日本経済の課題だった。経営支援が被災企業の強力な援軍になるのは間違いなく、強化が急務だ」

 「中小企業向けに経営コンサルタントのような事業を展開するNPOも現れてはいるが、まだまだ数が少ない。提言にある東北再生機構のような組織やシステムが、臨時的にコンサルティングの機能を務めることは大いにあり得る話だ」

 ―被災地に本社を置く報道機関は復興にどう貢献できるのか。
<教え、次世代に>
 「提言が創造に結び付いているか追跡し、監視する使命がある。現場主義の立場で復興を定点観測しながら、必要に応じて提言を見直したり、追加したりすればいい」

 「命は各自で守る『津波てんでんこ』が被災地に語り継がれてきたように、防災の教えを次世代に継承することは大切だ。悲劇を決して風化させてはならない」

 ―提言は、序文で「何十年かかろうと、私たちは必ずやり遂げなければならない」と宣言した。
 「一過性の復旧や復興に終わらせず、新たな発展につなげようというのが提言の趣旨だった。何十年どころか、提言した以上は100年単位で東北の行く末を見届けなければならない」

 <ふじわら・さくや>1937年、仙台市生まれ。東京外語大卒。時事通信社ワシントン特派員、解説委員長などを経て98年から2003年まで日銀副総裁。

  <復興金融金庫>第2次世界大戦からの経済復興を目的に、全額政府出資により1947年に設立された公的金融機関。石炭や鉄鋼、電力などを重点的な融資先 と定めて資金を大量投入し、基幹産業の増産をはずみに産業全体の底上げを図ろうとする傾斜生産方式を採用した。戦後の復興に大きく貢献したとされる。51 年に発足した日本開発銀行に債権・債務を譲渡して解散。その役割は北海道東北開発公庫(56年設立)に引き継がれ、今日の日本政策投資銀行(99年)へと 至る。

(2012/01/05)