河北新報社

序文/新たな東北、新たな一歩

1.jpg 「戦後」に替わって「災後」という時代が幕を開けようとしている。
 私たちは今、歴史の峠に立っている。東日本大震災からの復興を誓い、新しい東北の創造に挑もうとするとき、このことを強く心に刻みたい。
 2011年3月11日、東北には名残の雪が降っていた。身を寄せ合った避難所には、底知れぬ寒さと恐れと悲しみが渦巻いていた。あの暗闇の中で、がれきのまちで、そして今も、私たちは犠牲となった人々に報いるすべを考え続けている。

 大震災の混乱の中で、私たちは戦後日本の幾つかの実像を見た。福島第1原発の事故は、暮らしの便利さを優先させてきた日本社会に痛烈な警鐘を鳴らした。 事故は、いまだ予断を許さない状況が続く。首都東京の今日の繁栄は、東北の豊かな自然からの恩恵で成り立っていた。東北への災禍は、そのまま国難へと直結 する。

 被災地・東北に手を差し伸べたのは、この国を形づくる小さな単位の地域社会や一人一人だった。被災地では今も、全国から駆け付けたボランティアや自治体職員らが奮闘している。
 東北の人々が兼ね備えているつつましさやたくましさに、全世界は驚嘆し、被災地へ惜しみない援助をしてくれた。このことを、私たちは忘れない。三方を山で閉ざされた三陸の集落では、震災を機に世界との新たなつながりが生まれた。
 大自然の猛威から命と暮らしを守るために大切なのは、巨大な堤防ではなく、より強固な人々の絆と、自然と共にしなやかに生きていく心構えだと分かった。
 これらに東北再生の鍵があるのではないか。

 「東北の、東北による、世界のための復興」。「災後」を歩み始めるとき、この言葉を復興と創造の道しるべとしたい。
 私たちは新しい東北を「おこす」。地域や人々が垣根を越えて「むすぶ」。生まれ変われるよう、広く世界へと「ひらく」。
 固有の文化と、それを育んできた自然にあらためてまなざしを向け、ゼロからの視点で新たな一歩を踏み出したい。東北として自立する気概を持った者同士が手を携えながら。英知を集めて編み出すライフスタイルと創造的産業が、世界と向き合う東北の礎となる。
 歴史の峠から見渡すふるさと東北は、いまだがれきの中にある。しかし、その向こうに広がる海は光り輝いていると信じたい。何十年かかろうと、私たちは必ずやり遂げなければならない。

【写真】いまだ復旧作業が続く被災地。その向こうに広がる海は朝日に光り輝く=2011年12月、宮城県女川町

(2012/01/01)