河北新報社

(2)時間との闘い/区画整理前に住民転出も

<体力が続くか>
saisei0223_01.jpg 被災地からの移住を促す現行の枠組みでは、防災集団移転促進事業と並ぶ大きな柱の一つに土地区画整理事業がある。
 「事業の完了まで体力が続く仲間がどれだけいるか」。陸前高田市商工会長で、高田地区の建設業阿部勝也さん(70)が、市が進める区画整理の行方に気をもむ。

 高田地区は、並行する国道45号とJR大船渡線の沿線に商店や住宅、公共施設などが集中していた。シンボルの景勝地・高田松原を根こそぎ奪い去った高さ13~17メートルの巨大津波で、阿部さんも会社事務所と自宅を同時に失った。
 市は昨年12月策定の復興計画で、規模が小さい集落の高台移住には防災集団移転促進事業、人口が多い市中心部の再開発には土地区画整理事業を適用するシナリオを提示。
 今月初め、高田地区と川向かいの今泉地区(計621ヘクタール)で区画整理を進める都市計画決定をした。

<阪神では16年>
 土地区画整理事業は、地権者の合意に基づき土地の区画を整え、少しずつ土地を提供してもらい道路、公園などの公共施設を整備する。最も一般的な市街地再開発の手法で、戦災や1995年の阪神大震災の復興にも活用された。
 東日本大震災の被災自治体も多くが中心市街地の再開発に導入するとみられる。陸前高田市の場合、海沿いの低地は原則的に居住を認めない公園や産業ゾーンとし、線路の内陸側を5メートルかさ上げするなどした高台に新たな市街地を形成する。
 区画整理はしかし、事業完了までに長い年月を要するのが難点。多種多様で複雑に絡み合う権利関係を、一つ一つ解きほぐすように調整しなければならないからだ。
 事実、阪神大震災後に兵庫県内の20地区で進められた区画整理が最終的に完了したのは昨年3月末。震災発生から実に16年を要した。
 しかも20地区を全て合わせても255ヘクタールにすぎず、陸前高田市の半分にも満たない。神戸大の塩崎賢明教授(都市計画)は「長期戦に耐えられる住民ばかりとは限らない。元の住民が3分の1しか残らなかった地区もあった」と明かす。

saisei0223_02.jpg<選択肢増やせ>
 陸前高田市商工会によると、市内の会員事業所699の約9割に当たる604事業所が被災した。過半数が被災後も事業を継続するとみられ、既に市内の他地区や市外に仮店舗、仮事務所を構えた事業所もある。
 死者・行方不明者が約2000人に上る市内は購買力が著しく低下。仮営業では生計を維持するのも厳しく、区画整理を待てずに他地区で本格営業を始めたり、廃業したりする事業所も出かねない。
 商工会は市に対し、公設の商業モール建設などを盛り込んだ独自の復興ビジョンを提案した。だが、阿部さんは「せっかく新しいまちができたのに誰もいなかった、ということなったら大変だ」と表情を曇らせる。
 河北新報社が設置した東北再生委員会委員の増田寛也元総務相は「被災地の地理的・文化的条件は多種多様で、高台移住の現行制度を全てに当てはめることは難しい。移住を促進するためには、これまでの制度の枠を超えて、まちづくりの手法の選択肢を増やしていかなければならない」とアドバイスする。

写真:会社事務所があった場所を歩く阿部さん。中心市街地の再建は時間との闘いだ=7日、陸前高田市高田地区

(2012/02/23)