河北新報社

(5)社協の苦悩/ジレンマ抱え、善意生かせず

0328_01.jpg<全国から電話>
 昨年4月、東松島市社会福祉協議会が開設した災害ボランティアセンターで、社協職員の千葉貴弘さん(41)は葛藤の毎日を送っていた。
 大型連休を前に、がれきの撤去や泥かきを志願するボランティアが急増。センターは一時、全国からの問い合わせ電話が鳴りやまなかった。

 市内はいまだ混乱の真っただ中にあった。「受け入れたいのはやまやまだが、さばくだけの人手が圧倒的に不足していた。車で来るボランティアの駐車スペースもなかった」と千葉さん。
 センターは4月11日、それまで市内のボランティアに限っていた受け入れをようやく県内に開放。県外からの受け入れ開始は連休最終日の5月5日とさらにずれ込んだ。
 東松島市は住宅地・市街地の65%が浸水し、三陸沿岸の被災市町村の中でも最大だった。社協の正職員38人もほぼ全員が被災した。
 NPOや県外の社協の応援を得て徐々に態勢を整えたセンターは、昨年12月時点で被災前の人口4万3000を超す延べ5万人のボランティアを受け入れた。それでも千葉さんは「センターの初動は果たして万全だったのか」と自問する。
 善意に応えるか、混乱を回避するか-。社協のジレンマは多くの被災地に共通している。宮古市では、県外からのボランティア受け入れは団体が4月下旬、個人は5月に入ってからとなった。
 宮古市社協職員の有原領一さん(35)は「NPOや各団体と日ごろから信頼関係を構築しておく必要があった。災害が発生してからでは間に合わない」と自戒を込めて振り返る。

<「県外お断り」>
 1995年の阪神大震災はボランティアが復興に活躍し「災害ボランティア元年」とされた。
 この際、一部でボランティアへの対応に混乱が生じた反省から、各都道府県と市町村社協の間で協定締結が進んだ。災害時に社協はボランティアセンターを開設して志願者を受け入れ、都道府県が支援するとの内容だ。
 今回の震災でも各社協が順次センターを開設したが、多くが志願者の殺到を懸念。「県外ボランティアお断り」。こう公言してはばからないセンターは、関東や関西のボランティアに驚きを持って受け止められた。
 気仙沼市で継続支援に取り組む大阪ボランティア協会(大阪市)の岡村こず恵事務局主幹は「社協は押し寄せるボランティアの対応に追われ、ニーズを把握する体力が残っていなかった」と指摘する。
 「ボランティアが増える週末に合わせて、前日に慌ててニーズを調査するあべこべが常態化していた。もっとボランティアが活躍できる機会を増やさなければならない」と残念がる。

0328_02.jpg<実際は倍以上>
 全国社会福祉協議会のまとめでは、ことし3月までのボランティア活動参加者は岩手、宮城、福島3県で延べ95万人に上る。センターに登録せず支援に動いた個人や非政府組織(NGO)、NPOも多く、実際にはその倍以上のボランティアが活動したとも言われる。
 震災から1年。被災者のニーズは、仮設住宅を中心とする生活支援に移っている。仮設住宅を1軒ずつ訪ね、被災者に寄り添うにはマンパワーの確保が不可欠で今後、継続的なボランティアの協力が一層重要になる。
 河北新報社は、ボランティアの力を最大限に生かす鍵として、コーディネートの拠点と調整役の重要性を提言の中で指摘している。

写真:がれきの撤去作業に取り組むボランティア。被災地の復興には、まだまだボランティアの継続的な取り組みが欠かせない=11日、宮城県南三陸町

(2012/03/28)