河北新報社

(1)地域営農の鍵/農地、先見据え大区画に/所有と利用 分離必要

0721.jpg<再開まだ500ヘクタール>
 海岸線から約2.5キロ内陸に入った仙台東部道路を境に、作付けが始まった水田と手付かずの農地がコントラストをなす。
 東日本大震災の巨大津波はクロマツの防潮林を根こそぎ倒し、仙台市東部地区に開けた田畑をなめ尽くした。浸水面積は1800ヘクタール。東京ディズニーランド36個分に相当する平たんな優良農地が、一瞬にして生産不能な荒土と化した。
 除塩作業が済んで営農を再開できたのは、いまだに東部道路西側の500ヘクタールにすぎない。
 現在は来春の営農再開を目指して、東側の900ヘクタールで除塩が進む。海寄りの400ヘクタールが復旧するのはさらに1年以上かかる見通しだ。

 復旧から復興へ-。国は農地復旧に併せて東部地区の生産性をより向上させようと、大掛かりな圃場整備を計画している。事業費は国、宮城県、仙台市の全額負担だ。
 対象は被災した1800ヘクタールを中心に宮城野区高砂、若林区七郷、六郷の各地区にまたがる計2000ヘクタール。現況は10~30アールの小区画農地だが、その約7割を30アールから1ヘクタールの区画へと大型化する。

<国事業に期待>
 コメや麦などを作付けする七郷地区の農事組合法人「仙台イーストカントリー」の代表理事佐々木均さん(59)は、国営の圃場整備に大きな期待を寄せる。
 「せっかく区画整理するのだから、できるだけ大区画に再編すべきだ。われわれには20年後、30年後の仙台平野の農業を見据える責務がある」と佐々木さん。4年前に設立した法人の仲間7人と規模拡大に努める地域営農の担い手だ。
 震災前に88農家の計68ヘクタールを耕作していた法人には被災後、津波に機械を流された農家からの耕作依頼が相次ぎ、経営面積はさらに4ヘクタール増えた。
 佐々木さんの担当はうち32ヘクタール。ただ、1カ所当たりの面積は広くても5、6ヘクタールどまりで、車で30分掛かる泉区の8ヘクタールも受け持つ。移動に時間が掛かり、水稲の管理は1日おきにせざるを得ない。
 佐々木さんは「繁忙期に作業員を雇えば100ヘクタールにまで広げられる。ただ、農地を集約して作業効率を高めることが前提となる」と話す。
 仙台市は国営圃場整備を契機に、農事組合法人など東部地区に17ある集落営農組織への農地集約を加速し、地域営農を推し進めたい考えだ。
 農地所有者が自ら耕作する「自作農主義」から脱却し、農地の「所有」と「利用」を分離して大規模経営が可能な担い手に委ねる。具体的には、農地の貸借や売買を促す各種制度を活用して集約を進めていく。

0721_zu.jpg<農家反応鈍く>
 7月上旬、国、市、仙台農協などが東部地区で開いた圃場整備の集落説明会は、参加戸数延べ600と、対象農家約2500戸の25%にも満たなかった。国、市などの狙いをよそに、農家の反応は盛り上がりを欠いているのが実情だ。
 市は「一口に東部地区といっても被災程度は場所によってまちまち。仮設住宅暮らしで生活再建さえままならず、地域農業の将来に思いをはせにくい農家も少なからずいる」(経済局)とみる。
 農業政策に詳しい農林中金総合研究所の石田信隆理事研究員は「仙台平野の農業が、持続可能で生産力の高い産業として再生できるかどうか。土地利用調整が、地域営農実現の成否の鍵を握る」と指摘する。
 「成功すれば、次代を担う後継者が仙台で営農できることを誇りに思えるはずだ」と、取り組みの意義を強調した。


 東日本大震災は、食料基地・東北の基幹産業である農業にも大きな打撃を与えた。営農継続の見通しさえ立たない農地も少なくない中、大消費地を背後に抱える仙台平野の農業を、いかに復興していけばいいのか。
 河北新報社の提言は、仙台平野の先進的な農業再生に向け、思い切った土地利用調整を前提に被災農地を集約した地域営農の実現を訴えている。
 その担い手は、主に経営感覚を備えた法人が望ましく、農外企業などの異業種参入も促している。生産に加えて加工・流通も手掛ける6次産業化は不可欠のツールで、農家と消費者による「産消連携」も地域営農のキーワードになる。
 地域営農のモデルとなる「芽生え」を探しに、復興へ踏みだした被災農地を歩いた。
(東北再生取材班)=第7部は6回続き

写真:巨大津波の爪痕が残る仙台平野。中央の仙台東部道路を境に、作付けの進んだ水田と除塩が完了していない農地がくっきり分かれる=4日、仙台市若林区六郷地区

 

(2012/07/21)