河北新報社

(5)ビジネスモデル/生産から販売、一体化で成功

0725.jpg<年商は10億円>
 東日本大震災の混乱の中で「農」の底力をまざまざと見せつけた一団があった。「マルシェ・ジャポン センダイ」。仙台市中心部の商店街に設置した仮設テントで連日、2万2000食分の炊き出しを行った。
 マルシェとは、フランス語で「青空市場」の意。もともとは仙台近郊の生産農家が、消費者に直接販売する機会を増やしたいと2009年に始めた。
 「出店コストを抑えるために考えた仮設テント方式だったが、その機動力が震災で生きた」。マルシェの仕掛け人で実行委員長でもある針生信夫さん(50)は、こう振り返る。

 針生さんのもう一つの顔が、仙台市若林区に拠点を置く農業生産法人「舞台ファーム」の社長だ。地元でコメ25ヘクタール、野菜15ヘクタールを栽培。北海道当別町や遠野市にも提携農場を有する。
 04年に株式会社化し、自社の野菜カット工場から安定的に商品を出荷することにより大手コンビニエンスストアとの契約を獲得。直売所、直営レストラン、インターネット販売と次々に販路を広げていった。
 都市近郊の地の利に着目した手法で瞬く間に従業員105人、年商10億円という国内トップクラスの「農業商社」へと上り詰めた。

<法で優遇措置>
 舞台ファームの成功例などを手本に農業の多角化を進めようと国は昨年3月「6次産業化法」を施行した。生産者らが生産、加工、販売を一体的に進める事業計画を立て、認定を受ければ補助金などで優遇される。
 巨大津波で全農地の約3割、1800ヘクタールが浸水した仙台市の農業復興策も「6次産業化の推進」が基本戦略だ。浸水農地を含む3000ヘクタールが、税制上の優遇措置を受けられる「農と食のフロンティア推進特区」に指定された。
 国や自治体が急ピッチで環境整備を進める6次産業化だが、針生さんは「構想を実現するには、2次、3次産業に原料を供給するだけに甘んじる生産者の意識改革こそが課題だ」と感じている。
 東北大地域イノベーション研究センター長の藤本雅彦教授(経営組織論)は、農商工連携プロデューサー育成塾などの事業に携わってきた経験を踏まえて指摘する。
 「これまで農協や農業改良普及員の指導は、生産技術の指導に傾きすぎていた。経営指南に力点を置いた指導で若い農業者のやる気を引き出し、針生さんに続く人材を育成することも大切だ」

0725_zu.jpg<研究会が発足>
 仙台平野の農業再生を目指して昨年12月、農業者を中心に「仙台東部地域6次産業研究会」が発足した。
 「3.11で水田を中心とした土地利用型農業は完全に壊れた。諦めかけている農家に、再生へのモデルを示そう」。呼び掛けたのは、やはり針生さんだった。
 今月、研究会を母体にした新たな農業生産法人も誕生した。参加した農業者5人は、全員が被災農家。20代の若手も役員に名を連ねる。
 海水に漬かった農地に、除塩の必要がない養液栽培の温室を建設するという逆転の発想で農業再生にかける。仙台市のフロンティア特区にも事業申請している。
 トマトやレタス、ホウレンソウなどを栽培し、加工、販売まで一貫して手掛ける。用地は4.2ヘクタールからスタートし、徐々に拡大する。将来的には500人の雇用を目指すという。
 津波で荒れ果てた仙台平野の農地に、国内最大級の「野菜工場」と農業者自身による新たなビジネスモデルが立ち現れようとしている。

写真:買い物客でにぎわう「マルシェ・ジャポン センダイ」。生産者による情報発信拠点へと成長した=19日、仙台市青葉区のサンモール一番町商店街

(2012/07/25)