河北新報社

座談会「地域医療-震災後の新たなモデルを目指して」/医師確保へ医学部を

1030_T04.jpg 東日本大震災が発生する以前から医療資源の乏しかった東北の被災地で、医師の不足傾向に拍車が掛かっている。河北新報社は震災からの東北再生に向けた提言「地域の医療を担う人材育成」で、仙台に臨床重視の大学医学部を新設する必要性を訴えた。仙台市内では仙台厚生病院と東北福祉大(ともに青葉区)が医学部新設構想を打ち出しているが、医師会などの反対も根強い。河北新報社が設置した東北再生委員会の委員を務めた増田寛也氏ら被災3県の医療事情に詳しい3氏に「地域医療-震災後の新たなモデルを目指して」をテーマに話し合ってもらった。

◇座談会出席者
 元総務相・前岩手県知事  増田 寛也氏
 元東北大医学部長     久道  茂氏
 東大医科学研究所特任教授 上  昌広氏
【コーディネーター】
 一力雅彦 河北新報社社長

1030_T01.jpg◎新設こそが偏在を解消/上氏

 -地域医療と医師不足の現状から伺いたい。
 増田寛也氏 岩手県では127の医療機関が被災した。約9割の102が再開したが、このうち37が仮設診療だ。仮設はいずれ常設に戻すかどうか決断を迫られる。相当な個人負担があり、考えあぐねている開業医が多いようだ。
 被災直後、全国から災害派遣医療チームが県内に入ってきた。この年末を節目に派遣を引き揚げる動きがあり、その後をどう手当てするかが課題だ。来年以降の医療体制をどう確保するか大きな不安を抱いている。
 上(かみ)昌広氏 震災前、日本の医師(医療施設従事者)数は人口10万当たり219.0人(2010年)で、08年のデータでは経済協力開発機構(OECD)の加盟国30カ国中、下から4番目。フランス、ドイツは約350人、英国、米国も約250人いる。
 福島県浜通り地方は約100人で、中東とほぼ同じレベルだった。浜通りの医師数は震災後に半分にまで減り、この1年間で震災前の水準以上に増えた。私が支援している南相馬市立総合病院は常勤医が16人だったが、今は20人いる。東京、京都、九州からドクターが続々と入った。それでも絶対数がまだ足りない。せめて日本の平均にするためには倍増しなければならない。一朝一夕では達成できず、医学部の定員増だけでは難しい。
 久道茂氏 宮城県の人口10万当たり医師数は222.9人で、47都道府県の中で27位と中位に位置する。しかし平均値では見えないことがたくさんある。登米医療圏は101.2人で、仙台市の326.7人の3分の1以下だ。気仙沼圏は121.0人、石巻圏も156.2人。宮城は医師の地域偏在がひどく、医療崩壊の寸前にある。
1030_T03.jpg もう一つ大きいのは診療科の偏在だ。登米医療圏にはお産を扱う医師がいない。地域住民は他地域と同じように健康保険料を納めているのに、医療が受けられない不公平が生じている。勤務医と開業医の差も問題だ。都市部には開業医がたくさんいるが、地方は少ない上に高齢化している。
 上氏 地域の医師数に最も影響するのは医学部があるかないかだ。福岡県では、いずれも医学部のある北九州市と久留米市に医師が多い。横浜市は横浜市大医学部がある南部に医師は多いが、北部は少ない。
 増田氏 厚生労働省の調査によると、全国で約2万4000人の医師が不足している。都道府県別では岩手の医師不足が最も深刻で、必要な医師数を満たすには現状の1.4倍を確保する必要がある。
 上氏 1970年代に当時の厚生省と日本医師会が将来医師が過剰になると主張し、医師数を抑制したため現在の医師不足を招いた。人口1300万の九州には医学部が11校あるが、同規模の千葉、埼玉両県は計2校しかない。900万の神奈川県も4校。医学部の新設が許認可制になっている点が問題だ。

1030_T02.jpg◎固有の事情、地域で解決/増田氏

 -医学部新設には、全国医学部長病院長会議も反対している。一方で全国市長会が医学部新設を決議し、宮城、新潟、神奈川、静岡の4県知事が国に要望書を出した。
 上氏 医師は高齢になると働けない。これに対し患者は高齢化に伴い疾患が増え、医療需要は指数関数的に増える。医療安全の観点から、勤務医の労働時間に規制をかける動きもある。私たちの研究室のシミュレーションでは、関東圏は2050年ごろまで医師不足が続く。東北の医師不足も35年まで悪化する。
 仙台市に医学部を新設すべきだ。人口200万を超える大きな県である宮城の中心に位置し、旧七帝大に数えられる東北大という研究志向の高い大学もある。旧帝大のある都市で医学部が1校しかないのは仙台市だけだ。地域医療と研究を分業した方がいい。
 -全国の医学部入学定員はかつての約7600人が現在は約8900人にまで増えている。
 久道氏 確かにここ数年間の定員増は、医学部を10校以上新設したのに等しい。しかし定員増は卒業生が地域医療に従事することを担保していない。1973年の国の無医大県解消構想で、各都道府県に医学部・医大が1校以上置かれた。新設された大学のほとんどは地域医療を担う構想でつくられた。北海道大と札幌医大、大阪大と大阪市大、京都大と京都府大など、旧七帝大のある地域には地域医療を担うための大学が必ずある。
 東北大は歴史的に宮城県の地域医療を担ってきただけではなく、東北各地の基幹病院に医師を派遣してきた。その一方で研究もしなくてはならない。東北大は入学定員(12年度125人)の約半数が研究職に就く。宮城県には地域医療を担う、または臨床を重視する医師養成機関が必要だ。
 増田氏 医学部新設に反対する意見の多くが全国の医師需給の観点から議論している。私はこの問題は「被災によって加速度的に地域医療の崩壊が進行している東北につくる」という視点をまずは押さえなければならないと思う。東北の医療、大学関係者には考えてもらいたい。地域の医師不足は地域で解決する地産地消の発想が必要だ。自分たちで医師を養成し、東北の若い人材を地域に投入したい。

1030_T05.jpg◎複数科勤務、義務付けも/久道氏

 -医学部新設の動きは民主党が政権交代を果たした09年の総選挙で、マニフェスト(政権公約)に医師養成数を1.5倍に増やすと掲げたのが発端。今後、運動論をどう展開するべきか。
 久道氏 「地域医療を担う使命」。これを医学部新設の条件にするのがいい。仙台厚生病院と東北福祉大の構想には、卒業後に地域医療への従事を義務付ける奨学金など具体的な方策が組み込まれており、医学部新設の申請があれば許可を出してほしい。
 全国の自治体病院の約7割は赤字で、最大の原因は医師不足にある。東北に医学部を新設しても卒業生が一人前になるまでに10年近くかかる。それまでに、例えば宮城県内の自治体病院を一つの地方独立行政法人に統合し、調達コストの削減や人事の迅速化を図る手法もある。診療科偏在は、外科志望の医師には麻酔科や産婦人科、内科志望には精神科や小児科に何年間か勤務を義務付けるなどすれば、ある程度解消できる。
 増田氏 情報通信技術(ICT)を活用し、患者情報の共有を図れば災害時だけでない医療の質向上につながる。遠隔医療にはコストなどの問題はあるが、医師の負担を軽減できるメリットもある。新設医学部と地域の病院の連携を深め、これからの地域医療の在り方を被災地から全国に発信できるといい。
 上氏 新設医学部と東北大は自立、分散、協調の原則に立ち、連携を図りながら切磋琢磨(せっさたくま)するライバルの関係となるのが望ましい。新設実現に一番重要なのは世論だ。復興は人づくりから。子孫への投資である教育こそ真の復興につながると訴えるべきだ。

<仙台への医学部新設構想>
 仙台厚生病院(仙台市青葉区)を運営する財団法人厚生会(目黒泰一郎理事長)が2011年1月に発表した。看護師らの養成課程を持つ東北福祉大(青葉区)を連携先とし、入学定員は100人を想定。基本方針には「臨床重視」「地域貢献重視」の2本柱を掲げ、学費を全額貸与する奨学金制度を設けるなどして卒業した医師の地元定着を図る。仙台市内には東北大医学部(12年度入学定員125人)があり、新設が実現すれば2校体制となる。

<今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会>
 民主党が2009年衆院選のマニフェスト(政権公約)に「医師養成数を1.5倍に増やす」と目標を明記したことから、文部科学省が10年12月に設置した。医師や学識経験者ら委員20人で構成。11年11月までに開催した計9回の会合では、医師不足解消のため医学部新設に賛成する意見と、将来の医師過剰などを理由に反対する声が相半ばした。同年12月には国民の意見募集も実施したが、会合はその後再開されていない。

<医師養成>
 医師法は医師国家試験の受験資格を「大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者」と規定しており、医学部卒業が必須となっている。医学部は現在、79大学(防衛医科大を除く)にあり、教育課程は6年一貫。戦後しばらくは46大学、定員3000人前後だったが、医師不足を背景に1960年代から新設や定員増が続き、72年度に定員5000人を突破。73年には医学部のない県を解消するとの閣議決定があり、79年の琉球大の認可で全都道府県に設置された。

◇医学部入学定員をめぐる動き

1973年 「無医大県解消構想」を閣議決定
  81年 琉球大医学部が学生受け入れ開始(最後の医学部新設)
      入学定員が8280人に(84年まで)
  82年 医師数の抑制策を閣議決定
  97年 医学部の整理・合理化を含む入学定員削減を閣議決定
2003年 入学定員が7625人と最少規模に(07年まで)
  08年 入学定員の増員を閣議決定
  10年 「今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会」設置
  11年 東日本大震災
  12年 入学定員8991人
      全国市長会が医学部新設を決議

<かみ・まさひろ>1968年、兵庫県生まれ。東大医学部卒。虎の門病院、国立がんセンター中央病院勤務を経て2005年から現職。専門は血液・腫瘍内科学、医療ガバナンス論。44歳。

<ますだ・ひろや>1951年、東京都生まれ。東大法学部卒。旧建設省を経て95年から岩手県知事3期12年。2007年から08年まで総務相。09年から野村総合研究所顧問。60歳。

<ひさみち・しげる>1939年、宮城県涌谷町生まれ。東北大医学部卒。81年同教授に就任、95年から2001年まで医学部長。07年から宮城県対がん協会長。専門は公衆衛生学。73歳。
 
写真:巨大津波に襲われ、解体と移転新築が決まった石巻市立病院=石巻市南浜町1丁目


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(2012/10/30)