河北新報社

(4完)3港統合/世界を視野に復興戦略描け

20121225_1.jpg<合板供給直撃>
 東日本大震災による港湾機能のまひは、皮肉にも物流拠点としての東北の価値を再認識させる結果となった。
 石巻港は原木輸入量が全国8位で、背後地には合板工場が立ち並ぶ。宮古、大船渡両港も合わせると東北の太平洋岸は、国内の合板供給の3割を担う一大拠点だった。
 しかし、原木は津波で流失し、工場も軒並み被災した。一時は、仮設住宅の建設に必要な構造用合板の不足も懸念される事態に陥った。
 石巻港には大小の飼料工場も林立する。トウモロコシなどの穀物を輸入し、南東北や北関東向け畜産飼料のほぼ全量を供給していたが、震災で流通は4カ月間停止した。

 大震災による東北の港湾の被害は、岸壁、防波堤など基幹施設だけで689カ所、計3405億円に上る。被災港湾の取扱貨物量は震災直後の2011年4月、前年同月に比べて75%減。コンテナ貨物は99%減少し、今も震災前の水準を回復できていない。
 国土交通省東北地方整備局は「資材の供給ルートを絶たれた状況で、復旧には過去に経験のない規模とスピードが要求された」と振り返る。
 釜石港にコンクリートプラントを新たに建設し、宮古港などにミキサー船を横付けした異例の復旧作業は、13年度以降も続く。

<「45フィート」に活路>
 被災した岸壁299カ所は10月末現在、264カ所(88%)が利用可能となった。被災港湾の背後地に立地する企業計104社のうち95社(91%)も何とか業務再開にこぎ着けた。
 東北最大の取扱貨物量を誇る仙台塩釜港で、港湾関係者の脳裏をよぎるのは、阪神大震災(1995年)の復興につまずいた神戸港の失敗だ。
 90年代初頭、神戸港はコンテナ取扱量が世界3位で「国際ハブ港」の地位を誇っていた。だが、復興の遅れが響き、順位はずるずると後退し、現在ではトップ40の圏外に甘んじている。
 東日本大震災から2週間後、国内では公道走行が制限されている45フィート(13.7メートル)コンテナ輸送を可能にする構造改革特区に宮城県が認定された。海外では、現行の40フィートに比べて積載容量が27%多い45フィートが主流だ。
 宮城県の村井嘉浩知事は「国内初の試みであり、仙台塩釜港の復興と国際競争力強化を同時に成し遂げる一手だ」と意義を強調する。

20121225_02.jpg<役割を明確化>
 仙台塩釜、石巻、松島の3港は10月統合され、新たに国際拠点港湾「仙台塩釜港」が誕生した。
 国際貨物を扱う仙台港区、水産加工業を担う塩釜港区、木材・製紙産業を支える石巻港区、観光拠点の松島港区と役割を明確化。宮城県は「復旧の効率化や災害時のバックアップ機能を高める」(港湾課)と意気込む。
 宮城県震災復興会議のメンバーで日本総合研究所の寺島実郎理事長は「物流の世界戦略には、岩手と秋田、宮城と山形、福島と新潟の組み合わせで太平洋側と日本海側の港湾連携が欠かせない」と助言する。
 震災から2カ月間は、太平洋側の港湾に代わって酒田港が物流拠点となり、取扱貨物量は前年同期の約1.5倍に跳ね上がった。
 寺島氏は問う。「物流復興の鍵は、東北一体でアジアを視野に入れたネットワークが構築できるかどうかだ。時代を先読みした成長戦略は描けているか」

   ◇
 東日本大震災からの復興を期して河北新報社はことし1月1日、3分野11項目からなる「東北再生への提言」を発表した。1年間にわたり、提言を実現するための道筋を探ってきた。
 そこで浮き彫りになったのは、思うに任せない復興の現実であり、再起を模索する被災者の苦悩だった。その一方で、被災地から新しい東北を興そうと奮闘する人々の姿も忘れられない。
 被災した人たちと共に震災を克服し、未来図を描くことは、被災地に足場を置く報道機関としての責務だ。私たちの提言が東北再生の一助となることを信じたい。
(東北再生取材班=編集委員・新迫宏、報道部・矢野奨、山崎敦、佐々木篤、東京支社・元柏和幸)

写真:完成車が積み出される仙台塩釜港。震災からの復興を足掛かりに国際物流拠点としての取り組みが始まっている=15日、仙台市の仙台港区

 

(2012/12/25)