河北新報社

特集/学び伝える観光拠点/三陸ジオパーク構想実現へ

 東日本大震災の被災地が、新しい観光の形を世に問うている。あえて災禍にスポットを当て、学びと交流を目的とした震災ツーリズムだ。一方で、震災の爪痕を後世に伝える構造物は、復興の進展とともに次々姿を消している。震災を伝え、世界中から観光客を受け入れる「東北再生ビジターズセンター」の必要性が高まっている。

◎復興誓う震災遺構 オンリーワンの資源に/前観光庁長官・溝畑宏さんに聞く

20131105_01.jpg 震災は、被災地のみならず東北全体の観光産業に大きな打撃を与えた。復興をテコにしてビジターズ産業を打ち立てるため、東北は固有の観光資源をどう活用すべきなのか。前観光庁長官の溝畑宏さんに聞いた。

 -長官を退任後、東北を自転車で走破しました。

<熱い思い実感>
 「被災地東北を支援しようと2012年3月、1年間にわたる『東北観光博』が始まった。発案者として挑んだのが『みちのくひろし旅』だ。半年かけて東北6県計1800キロを走り抜いた」
 「原発事故に苦しむ福島への支援や震災からの復興は、日本人全員が、わがこととして長期に取り組まなければならないと痛感する旅だった。同時に仮設商店街には、人々の復興にかける熱い思いがあった」

 -一番印象に残った風景は?
 「宮城県南三陸町の防災対策庁舎だ。震災直後からがれきの撤去作業、整地された現在へと風景が刻々変わる中、防災庁舎だけは変わらずにあり続けた。その存在感に魂が揺さぶられた」

 -そうした震災遺構の解体が始まっています。
 「遺族の感情を思えば難しい問題だが、復興を支える人たちの思いもくみ取ってもらえないだろうか。例えば私には、沖縄から被災地に駆け付けて支援を続ける知人がいる。彼にとって防災庁舎は、手を合わせ、復興を誓う心のよりどころだ」
 「被災者にとっても、自分たちはここから復興したのだと確認する場所になる。東北のビジターズ産業にとって震災遺構は、オンリーワンの観光資源になり得る」

 -観光を議論することにためらいを感じる被災者もいます。
 「『観光』と言うと物見遊山のイメージが先行しがちだが、決してそうではない。地域固有の資源をブランド化し、雇用を生み、地域経済を活性化させる戦略的交流産業だ。被災地だからこそ果敢に取り組む価値がある」
 「20年の東京五輪開催でも同じことが言える。誘致には私も深く関わったが、東北が元気にならなければ東京開催の意味はない。被災地への支援を惜しまなかった世界の人々に、東北はこんなに元気になったと、感謝の気持ちを示すことが東京五輪最大のコンセプトだ」

 -どうも東北人は積極性に欠けるようですね。

<弱い情報発信>
 「おもてなしの心や人情味は、全国でも際立って優れているが、海外市場などへの情報発信力は弱い。東北には確かに素晴らしい景観や温泉、食文化があるが、それは国内どこにでもある。東北6県が一体となって顧客ニーズをつかむ戦略を描かなければならない」

 -具体的には?
  「そもそも観光博は、被災地を元気にするため、まずはその周辺を活性化しようと発想した。だが、被害のほとんどなかった秋田や山形でも観光需要は大幅に落ち込んだ。被災地と非被災地を組み合わせて周遊型の観光ルートを提案するなど、新しい観光商品を提供する必要がある」
 「被災地を中心に東北全体に観光客を行き渡らせるため、ハブ的機能を有するビジターズセンターの設立も重要だ。被災と復興の現場は、世界中で東北にしかない。防災ノウハウを発信したり、観光客や研究者を呼び込んだりする仕掛けを真剣に考えてほしい」

<みぞはた・ひろし>1960年、京都府生まれ。東大卒。旧自治省理事官、サッカーJ1大分トリニータを運営する大分フットボールクラブ代表などを歴任。2010年1月~12年3月まで任期付き採用で観光庁長官。

◎人と防災未来センター/経験と教訓、次代へ

 観光客や研究者を被災地へといざない、震災の経験と教訓を広く発信するため、河北新報社は「東北再生ビジターズセンター」の設立を提案している。同様の機能を有する「人と防災未来センター」(神戸市)を訪ねた。

20131105.jpg 神戸市東部のウオーターフロントに建つ未来センター。来館者の8割が兵庫県外から、6割が高校生以下の教育旅行だ。
阪神大震災メモリアルセンターの設立構想は震災直後からあったが、実際に計画が動きだしたのは震災発生の4年後、完成は7年後だった。
 
 木村博樹副センター長は「復興の局面では、震災遺構の保存より、生活の再建、都市の再構築を優先せざるを得なかった」と打ち明ける。被災地を取り巻く事情は、東日本大震災とも共通する。
 未来センターの機能は(1)展示(2)資料の収集・保存(3)災害対策職員の育成(4)防災研究(5)被災地支援(6)交流・ネットワーク-の六つに大別される。
 展示フロアでは、市民ボランティアが資料について解説し、被災体験を語る。こうした語り部ボランティアの登録者は現在約150人。ボランティアの男性(65)は「特に東日本大震災後の来館者は、過去の震災から学ぼうという意識が高い」と言う。
 資料の展示や保存が過去の災禍をいまに伝える取り組みなら、研修や研究活動は未来への営みと言えそうだ。
 自治体職員向けの研修は、目的別に四つのプログラムを用意している。近年、参加申し込みが増えており、未来センターでは「東日本にも同様の機関が必要だ」と力説する。
 常勤研究員9人を擁する防災研究は「応急避難」「救命救急」「被災者支援」など多岐にわたり、国内外の研究機関との連携も活発だ。
 
 「これからの防災、減災は、若い世代が担っていく。経験と教訓を伝える役割は今後ますます重要になる」と、木村副センター長はビジターズセンター機能の意義を強調した。


<人と防災未来センターの概要>阪神大震災の関連資料を保存、展示する西館と、減災を学ぶ東館(ともに地上7階、地下1階)で構成。延べ床面積は計約1万8755平方メートル。西館は2002年4月、東館は翌03年4月にそれぞれ開館。総工費は西館60億円(国と兵庫県が各30億円を負担)、東館61億円(兵庫県の単独事業)。公益財団「ひょうご震災記念21世紀研究機構」が運営。収蔵資料は約18万点で、うち800点を展示。年間来館者は約50万人。

写真:西館(左手前)と東館。館内では東日本大震災のドキュメンタリー映像も上映している

写真:震災の記憶フロア。阪神大震災を知らない世代に地震の脅威を伝える

写真:海外からの来館者にも市民ボランティアが英語で対応する

写真:地震の揺れを学ぶ実験コーナー。市民ボランティアが講師を務める


◎「被災地支える旅」/語り部ツアーが誘客の起爆剤に

復興需要の陰に隠れた観光客の減少と、観光することで被災地を支えようという思い。観光産業の再起にかける被災地でいま、二つの潮流がせめぎ合っている。

20131105_map.jpg 「観光立国」を目指す国は震災以前に「2020年の日本への外国人旅行者2000万人」という目標を設定。東北も07年、新潟県を加えた7県で東北観光推進機構を設立し、取り組みを進めていた。
 震災は、こうした機運に急ブレーキを掛けた。
 延べ宿泊者数の増減はグラフの通り。それまで前年同月比120~130%で推移していた宿泊者数は11年3月、全国91.6%、被災3県81.3%にまで落ち込んだ。
 震災の翌月以降は、全国、被災3県とも震災以前の増加ペースを回復しているように見える。だが、被災3県の「宿泊者の半数以上が観光目的」という宿泊施設に限定すると、震災以前の水準にも届いていないのが実情だ。
 
 復興特需が収まった後の反動減に危機感を抱く東北観光推進機構は12年、キャッチコピー「『東北を旅する』という支え方がある」を発表。誘客活動の強化に乗り出した。
 中でも力を入れているのが、教育旅行の受け入れだ。東京、大阪、福岡の各都市で、具体的なルートを提案するセミナーを催している。
 11年度、生徒たちの意思で初めて被災地を旅行先に選んだ九州のある高校では、翌年度以降も東北への教育旅行を継続している。20131105_zu.jpg被災地ツアーを組み合わせた旅程に学校側も「良質な教育効果を得られる」と高い評価を与える。
 東北観光推進機構の平沢宏治本部長は「被災各地に生まれた語り部ツアーが、観光客の開拓に大きな役割を果たしている」と分析。「被災地ツーリズムという新しい旅を積極的に提案していきたい」と意気込んでいる。

 東日本大震災を踏まえて河北新報社は2012年1月、「おこす」「むすぶ」「ひらく」を基本理念に3分野11項目から成る「東北再生への提言」を発表しました。復旧期から復興期へと差し掛かった被災地の現状と提言実現に向けた課題を掘り下げた特集を随時掲載します。

 

(2013/11/05)