河北新報社

第1部=提言・世界に誇る三陸の水産業振興

saisei_01.jpg 陸(おか)に上がって10カ月が過ぎた。「もう漁師の手じゃないな」。宮城県女川町の離島・出島の阿部作雄さん(73)の手は白く軟らかかった。
 東日本大震災の大津波で出島寺間にある自宅は壊れ、島の仮設住宅に夫婦で暮らす。ホタテやホヤの養殖いかだは全て流された。漁具の購入などに1千万円以上かかる。
 阿部さんは高齢を理由に「陸上がり」を決めた。寺間の漁師58人のうち再開できたのは十数人。「みんな迷っている」(阿部さん)という。

(2012/01/23)


saisei_001.jpg<残存3隻だけ>
 宮城県南三陸町の志津川漁港に、鉄骨むき出しの魚市場が残る。復旧さえままならない「浜のいま」を映し出している。傍らに立つ緑色の仮設テントが、昨年11月に誕生した「南三陸漁業生産組合」の事務所だ。
 年が明けて間もない今月9日、組合員12人全員が顔をそろえ、養殖ホタテやワカメの共同作業の準備が始まった。
 同町の養殖業は家族経営が主流で、収穫など繁忙期を除いて共同で作業することはほとんどない。「震災前に共同作業をしたことは?」。組合員にこう尋ねてみた。
 「ありえねっちゃ」と即座に否定された。

(2012/01/24)


saisei0125_01.jpg<想定外の事務>
 こたつの上に置かれたファイルが「ドスッ」と大きな音を立てた。厚さ約10センチ、扉に「前網漁業生産組合」とある。
 「魚を捕ることは負けねえけど、事務作業は苦手だ。これから補助金申請の手続きが増える。正直、戸惑っている」
 復旧のスピードを速めようと、昨年10月に生産組合を設立し組合長に就いた鈴木信男さん(60)=石巻市前網浜=が仮設住宅で頭を抱えていた。

(2012/01/25)


saisei0126_01.jpg 三陸の浜では、協業化に対する抵抗感が依然、根強い。協業化で新たな漁業に挑戦する西日本の先進地3カ所を取材し、収益性向上やブランド化、後継者確保などのメリットを検証した。

<1億円を突破>
 薩摩半島西端にある鹿児島県南さつま市の野間池漁港は、鹿児島弁で「すんくじら(隅っこ)」と呼ばれる人口200余の小さな漁村だ。9年前に発足した協業体のマグロ養殖は2010年度、売上高1億円の大台を突破した。
 「養殖マグロはしばらく売り手市場が続く。2億円はいける」。野間池マグロ養殖協業体の代表森剛さん(48)は余裕の表情を見せた。

(2012/01/26)


saisei0127_01.jpg<経済をけん引>
 二つの協業体が「車の両輪」の関係で、漁業のまちの地域経済を力強くけん引する。
 日向灘を望む宮崎県延岡市の北浦漁港では、それぞれ蓄養マアジと養殖マサバを生産する2漁業者グループが、いずれも協業化を利用してブランド魚を確立させた。
 先陣を切ったのは「北浦灘アジ」。
 「トロ箱に魚を詰めて仲買人に渡せばよかった時代は終わった」。7船団の漁師127人でつくる北浦漁協まき網船協業体代表の宇戸田定信さん(58)=同漁協組合長=が言い切る。

(2012/01/27)


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