河北新報社

第5部=提言・自立的復興へ東北再生共同体を創設

tohokusaisei_20120608.jpg<経済界が提案>
 関西では、行政が一本化すれば効率的だと考えた経済界が、道州制を提案してきた経緯がある。2003年に関西経済連合会の呼び掛けで、各府県と政令市、経済団体による「関西分権改革研究会」が発足した。
 戦後、関西と東京は車の両輪の関係で日本経済をけん引してきた。しかし低成長の時代に入り、東京への一極集中が進んだ。1980年代には、大阪市の人口が横浜市に追い抜かれた。
 バブル経済崩壊で、関西経済の地盤沈下はますます顕著になった。そこで07年には研究会を「関西広域機構」に改め、下部組織の分権改革推進本部で関西広域連合の設立に向けた検討を始めた。

(2012/06/08)


0609A01kao.jpg<地域の声増幅>
 日本災害復興学会の会長として東北6県の知事でつくる「東北広域連合」の創設を震災直後に提言した。東日本大震災という広域災害からの復興には「東北の連帯」が不可欠との思いからだ。
 阪神大震災(1995年)の被害は神戸市に集中した。北海道南西沖地震(93年)、新潟県中越地震(2004年)にしても、主な被災地は一つの都道府県内にとどまっていた。
 東日本大震災は岩手、宮城、福島の東北3県にとどまらず、関東にも被害が及んだ。災害の規模が大き過ぎて、都道府県という従来の枠組みで対応できる範囲をはるかに超えている。

(2012/06/09)


0610_saisei.jpg<順序、完全に逆>
 世界の人々は、日本がどのように復興を遂げるのか、固唾(かたず)をのんで見守っているのだが、こうした期待に応えられるだけの復興構想が全く見えない。復興庁をはじめとして国に構想力が欠如していることが最大の原因だ。
 政府の復興構想会議は、復興財源をどうやって確保するかという視点から議論を始めた。これは順番が完全に逆だった。
 最初に震災後の日本社会はどうあるべきか、というグランドデザインを描き、そのために必要なプロジェクトは何か、そのために必要な財源をどう手当てするかという順序で検討すべきだった。

(2012/06/10)


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