河北新報社

第7部=提言・仙台平野の先進的な農業再生

0721.jpg<再開まだ500ヘクタール>
 海岸線から約2.5キロ内陸に入った仙台東部道路を境に、作付けが始まった水田と手付かずの農地がコントラストをなす。
 東日本大震災の巨大津波はクロマツの防潮林を根こそぎ倒し、仙台市東部地区に開けた田畑をなめ尽くした。浸水面積は1800ヘクタール。東京ディズニーランド36個分に相当する平たんな優良農地が、一瞬にして生産不能な荒土と化した。
 除塩作業が済んで営農を再開できたのは、いまだに東部道路西側の500ヘクタールにすぎない。
 現在は来春の営農再開を目指して、東側の900ヘクタールで除塩が進む。海寄りの400ヘクタールが復旧するのはさらに1年以上かかる見通しだ。

(2012/07/21)


0722.jpg<兼業は不要に>
 仙台東部道路と仙台空港に挟まれた水田地帯に、真新しい大型のハウス3棟がお目見えした。ハウスの中では、長さ35メートルの水耕栽培の架台に、レタスやサンチュなど葉物野菜が青々と茂る。
 津波で浸水した名取市植松の塩害農地で、株式会社「さんいちファーム」が野菜工場の経営に乗り出している。
 さんいちファームは仙台市宮城野区岡田の兼業農家瀬戸誠一さん(62)ら地元の農家3人が、東京の環境コンサルティング会社と昨年11月に設立した農業生産法人だ。
 「農地と農業機械が海水に漬かり、自宅も勤め先の運送会社も全て失った」と瀬戸さん。一からの出直しを迫られ、再起を模索している中、コンサルティング会社から野菜工場の提案を受けた。

(2012/07/23)


0723.jpg<塩分、逆に効果>
 津波にのまれた岩沼市下野郷の畑で、漢方薬草の甘草(かんぞう)がたくましく育っていた。宮城県のNPO法人「薬用植物普及協会みやぎ」が民有地を借りて行っている小さな実験場だ。
 「津波が3日間も引かなかった場所でこんなに立派に成長するなんて...」。試験栽培を手伝っている主婦原田教子さん(71)は、地中深く根を張った生命力に驚く。
 海岸線から2キロの原田さんの畑は1メートルを超す津波に襲われた。被災後、試しに植えた大豆は塩害で全て枯れてしまった。
 野菜作りを諦めかけていた原田さんに「甘草を栽培してみないか」と持ち掛けたのが、元大阪薬科大教授で漢方薬草に詳しい普及協会みやぎの草野源次郎理事長だった。

(2012/07/23)


20120724.jpg<今冬にも開店>
 「農業を起点に復興を後押ししたい」
 そう考える6人が17日、仙台市青葉区の経営コンサルタント事務所に集まっていた。震災2カ月後に発足した一般社団法人「東北復興プロジェクト」の役員たちだ。
 6人の本業は経営コンサルタントやレストラン経営、障害者施設運営、建設業、不動産業とばらばら。名取市で今冬、農園と加工場、飲食店を一緒にした商業施設のオープンを目指す。

(2012/07/24)


0725.jpg<年商は10億円>
 東日本大震災の混乱の中で「農」の底力をまざまざと見せつけた一団があった。「マルシェ・ジャポン センダイ」。仙台市中心部の商店街に設置した仮設テントで連日、2万2000食分の炊き出しを行った。
 マルシェとは、フランス語で「青空市場」の意。もともとは仙台近郊の生産農家が、消費者に直接販売する機会を増やしたいと2009年に始めた。
 「出店コストを抑えるために考えた仮設テント方式だったが、その機動力が震災で生きた」。マルシェの仕掛け人で実行委員長でもある針生信夫さん(50)は、こう振り返る。

(2012/07/25)


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