河北新報社

第11部=提言・交通、物流ネットワークの強化

1222_a1.jpg<非常階段、設置>
 「この非常階段があったら、助かった命かもしれない」。仙台市若林区役所の元道路課長菅野猛さん(62)が今月上旬、非常階段の下に手向けられた花束を見詰め、手を合わせた。
 非常階段は、東日本大震災で高さ2メートルの津波に襲われた若林区三本塚の仙台東部道路のり面に昨年5月、設置された。幅2メートルで手すりが付き、道路脇には避難スペースが確保されている。
 仙台平野を縦走する東部道路に整備された13カ所(仙台市5、名取市3、岩沼市3、宮城県亘理町2)のうちの一つだ。

(2012/12/22)


20121223a.jpg<半年後に復旧>
 東日本大震災からの全面復旧の歩みを「不死鳥」と称賛された仙台空港が、いままた力強く羽ばたこうとしている。
 国内8都市、海外7都市と結ぶ東北の玄関口は大震災のあの日、高さ5メートルの巨大津波に襲われ、滑走路とターミナルビル1階が泥水に没した。機能不全に陥ったビル内には、乗客ら約1700人が孤立した。
 米軍の「トモダチ作戦」などにより、がれきは1カ月で取り除かれる。昨年4月に国内臨時便、7月には定期便が復活。9月に国際定期便も再開され、わずか半年で全面復旧を成し遂げた。
 

(2012/12/23)


20121224_01.jpg<貨物列車再び>
 東日本大震災の直後、被災地は深刻な物資不足に見舞われていた。窮地を救ったのは「磐越西線を経由して新潟から郡山に貨物列車を運行させる」というJRの提案だ。
 今では旅客専用の磐越西線だが、かつては貨物が走っていたことをベテラン鉄道マンが思い出した。調べてみると、トンネルの内径や橋脚の強度などコンテナ輸送にも対応できる軌道の仕様は健在だった。

(2012/12/24)


20121225_1.jpg<合板供給直撃>
 東日本大震災による港湾機能のまひは、皮肉にも物流拠点としての東北の価値を再認識させる結果となった。
 石巻港は原木輸入量が全国8位で、背後地には合板工場が立ち並ぶ。宮古、大船渡両港も合わせると東北の太平洋岸は、国内の合板供給の3割を担う一大拠点だった。
 しかし、原木は津波で流失し、工場も軒並み被災した。一時は、仮設住宅の建設に必要な構造用合板の不足も懸念される事態に陥った。
 石巻港には大小の飼料工場も林立する。トウモロコシなどの穀物を輸入し、南東北や北関東向け畜産飼料のほぼ全量を供給していたが、震災で流通は4カ月間停止した。

(2012/12/25)