2009年11月 2日

TITLE|旧宮崎町の食の文化祭と切込焼記念館

THEME|宮城の味

「食の文化祭」にきませんか?のお誘いを菅原商店の啓子おかみからいただいて、急遽加美町宮崎にいってきました。

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3年前に行ったときには、会場狭しと並べられた宮崎町の家庭のお料理の壮観に圧倒されたものでした。

あの時はまだ合併前で宮崎町独自の行事だったのですが、中新田、小野田との合併で旧宮崎町の食に対するパワーが持続できるのかいささか危惧の念を抱いていました。

そのことは翌年加美町でお招きいただいた講演会でも少し辛口ながら申し上げ、なんとか続けていってほしいなあと願ったものでした。

今回、やっぱりなあと、ちょっとさびしい思いを抱いてしまいました。出展数も少なく、人出もいまひとつだったようです。

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今年おもしろいと思ったのは「お弁当」。
中でも「私の作ったお弁当」の昔バージョンと今バージョン。
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50年以上前に弁当を作っていたということは作られた方は70歳以上の方なのでしょう。
ラップで覆ってあるのでうまく撮れていないのですが、一番に気づくのはご飯の量ですね。今の弁当は半分以下しか米のご飯が入っていません。昔の弁当にはたぶん秋刀魚の煮付けときんぴらごぼう。今の弁当のほうがいろいろな食材が入っておいしそうです。

そのほかにも「高校生の男の子の弁当」、アルミ?の弁当箱に入ったドカ弁、いろんなお弁当が並んでいました。


帰り足、折角ここまで来たのだからと「陶芸の里 切込焼記念館」にいってきました。
切込焼きについては中新田の「東北陶磁文化館」でも拝見して、伊達藩にもこんなに良質の、上品な焼き物があったのかとすっかり魅入られてしましたので是非にでも行ってみたかったところでした。

宮崎町の町並みから車で最上方面に向かって15分ほど。山懐に抱かれたすばらしいところにその記念館はありました。

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いいところです。ほんとに。今は紅葉も見事。

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建物も周りの環境もすばらしいのですが、展示されている切込焼きがまたすばらしい。
江戸中期から明治にかけての変遷もよく分かるように展示されていました。現代の切込焼きの作家の作品もありました。

なんとも静寂。空間を独り占め。もったいない。もっと多くの人に来て見てもらえたら、と願わずにはいられませんでした。

しかし、
なんとも残念だったのは展示のなかに明らかにボンドでくっつけたと思しきものがあったこと。それもボンドがはみ出して年数を経て変色してしまったようなものがいくつかありました。

はなはだしくはセロテープでハッツケた物まで展示してあったのです。

これは悲しい。悲しすぎる。

修復の予算が取れなかったのだろうか。それならむしろ壊れたまま、かけたまま展示してもらったほうがよっぽどいい。


せめてはみ出したボンドや接着剤はきれいに落としてほしい。


と言うのも、気に入っている焼き物を壊してしまった悲しさからこのごろ何とかして「金継ぎ」「金繕い」を自分でしてみたいといろいろ試みているからなのだが。だからこそもっと正しく修復してほしい思うのだ。

化学薬品で処理した古い焼き物がどのように傷つくのかはよくは分からないけれど、痛いたしいのは悲しすぎる。

建物の維持も大変なのではと思われるが(なにしろ参観者が余りに少ないように見受けられたので)なんとか作品の保持にも心を使ってほしいものだとおもってしまった。


切込焼きの完品はすばらしいいものがあるし、破損していてもそれはそれで美しいのだから。


宮崎町だけの宝ではなく、加美町の、宮城県の宝だと心から思って帰路に着いたのでした。

いえ、帰る前に切込焼記念館の隣にある「ゆ~らんど」によってきたのは言うまでもありません。あったまりました。なかなかよい湯でした。

投稿者 くいしんぼ : 20:16 | コメント (0) | トラックバック (0)

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